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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第四章 衣津納   五 龍爪

 不思議なことに、激しい地揺れはずっと続いているものの、大穴の中から音らしきものは何も響いては来ていなかった。ただ眩い光の束が脈動を繰り返しながら、天界を覆う黒雲を妖しく照らすのみだ。

 ゆっくりと、ゆっくりと光は広がりを見せ、何物かが深淵の奥底から登って来るのを、周囲に知らしめる。

 黒雲が東雲(しののめ)の如く煌き、(ほとばし)る暁光が周囲の山々を浮かび上がらせる……。そして遂に、それが姿を現した。


「あれは……」


 穴の中から浮かび上がって来たのは、醜く焼け爛れた巨大な太陽だった。

 朝日のような美しさはまるで感じられねえ。大穴いっぱいの大きさを持つそれは、血塗れの赤と焼け焦げた黒が混然となった醜悪な姿で、時折怒りに任せたような爆発と閃光を放ちながら、辺りを光と熱で照らした。


「これが魔修羅か」

「うむ。じゃがやはり変じゃな。あの乱れ様は、まるで大きな力がより大きな力から逃れようと、必死で足掻いているやに見える。

 何者かが魔修羅の力を抑え込んでおるのじゃ。あそこで渦巻いておる力は、目に写っておるよりもはるかに強大じゃぞ」


 抑え込んでいるのは、イヅナ兄さんなのか。

 それを証明するかのように、爛れた太陽に続いて、今度は目にも鮮やかな橙色に輝く光の柱が現れた。

 橙色の光は魔修羅の後を追うように穴の奥から()り出してくると、先端が分かれて赤い珠を支え持つような形に変化(へんげ)した。

 まるで節くれ立った古枝……。

 いや、そうじゃねえ! あれは鉤爪だ!


 四本の鋭い爪を持つ獣の手が、血塗れの太陽を掲げて俺達の頭上高く伸びて行く。

 その圧倒的な威容に、俺と撫子は息を飲んだ。


「り、龍の手か……」


 そして俺は見た。巨大な腕の手首の辺りを、緑色に煌めく光が腕輪のように覆っているのを。

 もしや、あれが……。


 今や魔修羅の太陽は完全に穴の外へと押し出され、龍の掌の上で更に激しく燃え盛ろうとしていた。

 巨大な球の表面では絶え間ない爆発が繰り返されているが、その炎が外に飛び出す様子はねえ。赤と黒が入り混じったような色合いも次第に薄れ、全体が白みを帯び始めている。

 あの球体こそが龍神の結界で、魔修羅はその中に閉じ込められちまっているということなのか。


「まさかまさかまさか! このようなことは有り得ぬ! 認めぬ!」


 地球王が叫ぶ。


「龍と呼ばれ神と崇められるも、(しか)してその実態は自然の摂理の一部。獣の本能はあれど人の如き理性など持ち合わせようはずもないのに!

 魔修羅の力は逆鱗に届かず! あの暴虐たる力の全てを龍神自らの意志によって封じたというのか!」


 理性……。あるとすれば、それこそあの人の力だろう。

 俺は天空にそびえ立つ龍の腕に架けられた緑色の輪の中に、イヅナ兄さんの面影を見ていた。

 やがて魔修羅の太陽が更に強い光を発し始める。


「何だ、最後の足掻きか」

「いや、あれを見よ。龍が何かをしようとしている」


 撫子の言う通り。それまで太陽を掌の上に載せるような恰好で掲げ持っていた龍神の手が、鉤爪を振りかざして掴み掛ろうとしていた。

 魔修羅はそれに抗おうとしているのか。いや……、抗うどころか……。


 龍がググッと爪の先に力を込めたように見えた。

 すると結界の太陽の外側に更に結界のような光が茫と浮かび上がり、太陽はその中で純白の輝きを放ちながら、少しずつ縮み始めた。

 

「ぬはは、馬鹿な奴め。あの太陽を握り潰そうとでも言うのか。

 いかな龍神と言えどそんなことが出来るものか。魔修羅の力は既に解き放たれている。圧すれば圧するほど、より力を与えるようなものだ」


 地球王はそう言いながらも、満面に歓喜を浮かべて眼前の光景に見入っている。

 よおし、この隙に殺っちまうか。

 隠形……。

 俺は呼吸を整え、気配を断とうとした。が!


「く、くそっ」


 吹き荒れる瘴気の嵐が激しすぎて、気配を断つどころじゃねえ。少しでも気を抜いたら俺の方がやられちまいそうだ。


 その間に、龍神は完全に魔修羅の太陽をその手の内に封じ、太陽は二重の結界の中で見る見る小さくなっていく。

 縮むにつれて輝きがより鋭くなっていくように見えるのは、地球王の言う通り中の圧が高まって力が集中していることの(あらわ)れか。

 結界の中では、太陽の周りに靄のような光が渦を巻いているが、その渦も次第に速さを増して行き、終いには薄い独楽のような形になった。おそらく太陽の回転に引っ張られているのだろう。

 龍神は、あれを一体どうするつもりなんだ……。


「先の爆発ですらほんの数樽と言っておったな。それを千樽ともなれば、ここら一帯の山々を吹き飛ばすだけでは済まぬ程の力を持っておろう。

 あそこにはそれが閉じ込められておる。

 圧を掛ければ掛けるほど力を与えるというのは正しくその通り。じゃがその力が全て封印されておるのなら、この光すら漏れ出ぬはずじゃ。

 それが見えるということは、龍の結界は完全ではないということ。このままでは、ただでは済まぬことになるぞ」


(おおおおおおお……)


 頭の中に何者かの唸り声が響いてきた。

 兄さん、イヅナ兄さんなのか!


 魔修羅の太陽はますます小さくなって行き、僅かに漏れ出た光は結界の中で激しく渦を巻く。

 やがて白い光で満たされた結界の中に一際鋭い光を放つ星が煌めき……。


 そして遂に……。


 何かがプツッと切れたかのように、全ての光が一瞬にして消え去った。



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