第四章 衣津納 二 混然
だがその一撃も、寸前で阻まれた。
地球王ではなく、目の前に突然現れた一本の太刀が、俺の刀を受け止めたのだ。
「ぎゃははははっ! 何やらすげえ事になってんなあ!
やるじゃねえか地球王。天変地異の前触れかい?!」
「義経!」
何故こいつがここに。撫子達はどうしたんだ。
思わず飛び退った俺の前に立ちはだかるのは、全身を血のような何かでドス黒く染め上げ、片手で構えた太刀を狂気に満ちた目と共に向けてくる荒武者だった。
そして俺の目に飛び込んで来た、もう一方の手にぶら下げている黒くて丸い物。あれは!
「大将っ!!」
「ふはは……。さあて、残るはお前とそこの死にぞこないだけだ。
お前等さえ始末すれば、地球王との約束は果たしたことになる。
そしたら次は、いよいよ俺の番だ。日の本を舞台に思う存分暴れさせて貰うぜ」
義経が、大将の首を無造作に投げ捨てる。
まさか、あの二人が……。
「ぬははははっ! 流石は儂の見込んだ男よ。
よかろう、我が事が成った後には貴様が手下に望む者はいくらでも蘇らせてやろうぞ。
そこにおるのは、犬神の生き残りと龍神の皇子だそうだ。大戦の前には格好の供物であろう。
遠慮なく屠るが良いぞ。
ぬわっはっはっ!」
クソ野郎の雑言に唇を噛みながら台地の縁まで退り、チラリと下を覗く。
そこに見たのは、首を失ってなお堂々たる立ち姿を見せる那須の大将と、その足元に倒れ伏す撫子だった。
「くっ!」
そんな、あいつまでやられるなんて。
だがその時、俺は見た。
地に伏した撫子の左手が印を結び、右手が大将の足首をしっかと掴んでいるのを。
(狼よ、おぬしの目を借りるぞ。的から目を離すなよ!)
頭の中に撫子の声が響く。
次の瞬間、二人の体が薄紅の光に包まれ、首のない大将が鉄弓を構えた。
そこに現れたのは、紅と白の炎を撚り合わせたような、これまで見たことのねえ形を見せる光の矢!
引き絞ると同時に撃ち放つ!
この俺目掛けて一直線に飛んでくる光の矢の向こうで、大将の体がグズグズと崩れて行くのが見えた。
考えてる暇なんかねえ。俺は地面に身を投げ出し、撫子の言葉通りに義経に目を向けた。
矢は俺の頭上を通り過ぎて空の彼方へ、と思いきや意思を持つかの如くグイと矢先を変え、義経を目指して突き進んで行った。
「おおっと」
義経が軽やかに躱そうとする。
だが紅白の矢はそれを許さず、猛蛇のごとく追い縋って胴の真ん中に喰らいつく!
「がああっ」
その一撃で、義経の体は真っ二つに千切れた。
まだだ! 終わりじゃねえ!
俺はその後ろに立つ地球王を睨み付けた。矢は勢いもそのまま地球王へと的を転じ、その体を貫かんと襲い掛かって行く!
「むおっ!」
地球王が身を翻す。
逃がしゃしねえ。今度こそ!
だがまたしても、必殺の鏃矢は阻まれた。
矢と地球王の間に突如現れたのは、青白い光球。その中で、白い衣装に身を包んだ一人の老婆が矢を受け止めていた。
あれは、まさか……。
「遅れまして御座いまする」
「蛍火よ」
バリバリと音を立てて弾ける光球に向かって、地球王が静かに語り掛ける。
「王よ。貴方のお蔭で、妾は生の喜びというものを知ることが出来ました。
短い間では御座いましたが、御側に仕えさせて頂いたことは、この蛍火一生の幸せ」
「満足か」
「はい。身は此の地に果てるとも、魂は永遠に王と共に。
どうか王よ、世界を!」
次の瞬間、蒼い光球は紅矢もろとも大音響を響かせて弾け飛び、跡形もなく消え去った。
千年を生きた女の、壮絶な最期。
その執念は、愛する男の身を確かに護り貫いた。
だが、撫子と那須の大将の執念も決してそれに劣るものではなかった。
千々に弾けた光は四方へと飛び散り、山頂を包む蒼い結界に突き刺さる。その衝撃で結界は粉々に破れ、俺達は再び剥き出しの嵐に晒されることになった。
「ぐおおお……」
地球王の足許で、義経が呻き声を上げる。
二つに千切れた体の間を黒い何かが繋ぎ、再び一つになろうとしていた。
こいつ! この様になってさえ!
いや、こんな野郎に構ってる暇はねえ。今度こそ地球王は丸裸だ。
一気に飛び込み、月光を纏わせた剣を振るう!
渾身の斬撃を、地球王の大太刀が真っ向から受け止める。
まだだ。再び打ち込む!
三度、四度と打ち掛かり、大太刀もこれに応える。だがこれでいい。
激しく打ち合いながらも、俺は密かに呼吸を整えていた。
隠形……。
もう一息、あと一瞬の隙さえ掴むことが出来れば。
そしてその隙は、あいつが作ってくれる!
地球王の背後から、狼王が猛然と襲い掛かった。
地球王は大太刀で俺の剣を受けながら、もう一方の手を狼王に向かって翳す。
「ぬあっはあっ!」
と放った気が狼王を襲うが、狼王は物ともせずその手に喰らい付く!
衝撃で、大太刀が一瞬離れた。
今だ!
ふうっと息を吐き、全身の気配を絶つ。
地球王は左手にかぶり付いている狼王を引き剥がそうと、大太刀を振り上げる。 その瞬間、奴の意識から俺の存在が消え失せた。
俺は地球王に迫りながら、懐から小振りの剣を取り出した。
そう、撫子に貰った銀の聖剣だ。
これで終いだ。気配を絶ったまま剣を走らせ、地球王の首を掻き斬る!
だが切っ先がその肌に触れようとした瞬間、銀剣が眩いばかりの光を放った。
「ぬおっ!」
「ちっ!」
寸前で脅威に気付いた地球王が、無理矢理体を捻って脱しようとする。
逃すか! 手首を返し、離れようとする野郎を追い詰める。
が、剣先は僅かに皮を切り裂いたのみで、地球王は辛くも死地を逃れた。
「くそっ」
「ぎゃあああっ! ぎゃあっ! ぎゃあっ!」
地球王は左手に狼王を纏いつかせたまま、首元を押さえて地面を転がり回った。
どういうことだ。腹を裂かれても平然としているような化け物が、この程度の傷でこんなに苦しむなんて。
つまりはこれが、剣の威力ということか。
よし、ならこいつで止めだ!
「ぎひいいっ! この犬ころめがあっ!」
地球王が悲鳴を上げながら狼王の体を振り上げ、今まさに躍りかかろうとした俺に向かって投げ付けて来た。
「くっ」
「ぎゃうっ!」
狼王も堪らず口を離してしまう。慌てて剣を引いた俺は、狼王諸共地面に投げ出された。
「くそっ」
すぐに立ち上がり、再び地球王と向き合う。
地球王は首筋を押さえたまま、憎悪に満ちた目を俺に向けた。
「おのれ……、何故貴様がクルスを持っている。そんな物を何処で手に入れた」
「何処だっていいだろ。へへっ、どうやら教えてもらった通り、この剣は西域の化け物にはよく効くらしいな」
「貴様、それが何なのか知っておるのか! その標こそは人の邪悪の象徴! 人どもはその標を掲げて我等山の民を滅亡に追い込んだのだ!」
「へっ、そんなの知るかよ。俺にとってはこの日の本こそが棲み処だ。俺の縄張りを荒らす奴は、誰だろうと容赦しねえんだよ」
「この愚か者が。なればこの地の人共と仲良く死ぬるが良いわ!」
地球王はそう吐き捨てると、大穴に向かって大きく手を振った。
「ぬんっ!」
次の瞬間、大穴に突き立てられた槍が更に輝きを増し、遂にはその身から溢れ出すように、赤い稲妻を迸らせた。




