第四章 衣津納 一 血槍
第四章 衣津納
「おい地球王、どうやらてめえの悪巧みもここまでのようだな。
千樽の魔修羅石で山を丸ごとブッ飛ばすとか、龍神を呼び起こして不二の山を作るとか、随分とデカい口叩いてくれやがったが、結局河童の里をこんな風にしちまったただけで終わりじゃねえか。
こうなったら大人しく俺らに討たれて、地獄で里の皆に詫びやがれ!」
だが地球王のクソ野郎は、俺の言葉を鼻で笑った。
「ふん、詫びだと? 畑を耕すにいちいち土中の蚯蚓に詫びる馬鹿がおるか。
それに終わりどころか、全てはこれから始まるのだ。魔修羅石は千樽はおろかまだ十樽も使ってはおらぬわ」
「なに?」
「先の爆裂はただの下拵え、邪魔な水溜りを取り除いた過ぎぬ。
そして遂に儂は見つけたのだ。見よ、この地の底まで続く深淵を。これこそ龍穴、龍神の急所だ!」
地球王の言う通り、かつて大きな沼があった場所には、真っ黒な大穴が口を広げている。
ここから見下ろすと、その途轍もない大きさがよく判る。広さは村一つをすっぽり飲み込んでしまうほど、そして深さは文字通り底が見えねえ。
そう言えばヌマヂの爺様も言っていたっけ、この沼は底が知れねえと。
だがあの光り輝く水面の下にこんなものが隠されていたなんて、想像もつかなかったぜ。
「ぬははは! では望外の観客も揃っておるところであるし、そろそろ始めるとしようか」
地球王が天に向かって諸手を広げる。
「しかと見よ! これぞ我が妖力と知力の極みにして、龍神の剛鱗をも突き破る究極の武具! 魔修羅の天槍なる!!」
すると上空を渦巻いていた真っ黒い雲の奥から、血のような赤い光が覗き始めた。
「……!」
不気味な輝きに目を奪われ、言葉もなく見つめていると、光は少しずつ輝きを増し、それにつれて雲の動きも激しくなって行く。
やがて、沸き立つように荒れ狂う乱雲を突き破るようにして、赤く焼け爛れた太陽が姿を現した。
「なんだ……あれは……」
いや、太陽なんかじゃねえ。
夕陽と見紛う輝きに初めはそう見えたが、それはほんの先端に過ぎず、光はその後も途切れることなく続いて、遂には天と地を結ぶ一本の柱となった。
これは、以前見た穴掘り柱と同じものなのか?
だが形は確かに似ているものの、大きさは桁違いだ。
太さは大穴の約半分、長さは頭上の黒雲と大穴の淵を繋いでなお余りある。
正面から見据えると、眼前をゆっくりと下って行く様はまるで巨大な壁。圧倒的な威容と熱量をもって、視界の半分を血の色に染め上げた。
こんなとんでもねえものを、いったい今まで何処に……。
その時俺は気付いた。
柱は雲の中から出て来ているように見えるが、その境目が青白い光を放っている。あれはもしや……。
「結界の中に隠してやがったのか!」
「ほう、よく判ったな。
その通り、天槍はあの雲間の結界の中、石は山中の屋敷に仕舞っておった。なにしろ魔修羅石を大槍の中に詰め放しにしておく訳にはいかぬのでな。
ようやく時が至ったので、二つを繋ぐ異空間を通して運び込んだのだ」
その間にも、赤い柱は大穴の中へと沈んで行く。
やがて雲間から柱の上端が現れ、全てを吐き出した黒雲は元通りに渦を巻き始めた。
際限なく続くかと思われた連なりにもちゃんと端があると知れた時は何故かホッとしちまったが、それでも一体どれ程の長さだったのかは見当もつかねえ。
「ぐふふふ……。もうすぐ、もうすぐだ。
龍神よ、今まさに魔修羅がその身を捧げ、煮え滾る憎悪の全てを叩きつけてくれるぞ。
なに、貴様にとっては何程のこともない、ほんの針の一刺しであろう。
だがその一針も一番痛い所に刺されては辛抱できまい。
遠慮はいらぬ、怒りに打ち震えるが良い。そしてその力を思う存分解き放つのだ。
荒ぶる神の力をもて地上を蹂躙し、この世に真の地獄を顕せ!」
くそっ、こうなっちまったらもう、黙って見ている他はねえのか。
「があああああっ!」
その時、イヅナの兄さんが突然声を上げて苦しみ出した。
「兄さん、大丈夫か!」
慌てて駆け寄ると、兄さんは自分の体を抱え込むようにして地面をのたうち回った。
「がはっ……が……」
「兄さん!」
苦しそうに息を吐く兄さんに手を掛けようとして、気付いた。
背の真ん中が、赤く光っている……。
いや、背中だけでなく腹の方もだ。
なんだこれは。いったいどしたっていうんだ。
「狼…さん……」
「しっかりしろ。大丈夫か!」
「あ、あの……赤い槍は……駄目だ……。
あれは……あれは……」
体を抱え上げようと背中に手を当てたら、指先がジュッと音を立てた。
「あつっ! こ、これは……」
良く見ると、赤い部分の周りを縁取るように緑色の光が瞬いている。これはもしかして、赤い光に侵されるのを龍神の血が防いでいるのか。
いやこれは……、まさか!
振り返ると、赤い大槍はその大半が大穴の中に隠れ、間もなく上端をその淵に沈めようとしているところだった。
大穴は巨大な異物を飲み込んでなお底の見えねえ深淵であったが、見ると、槍は全身を没しかけた所で動きを止めていた。
そしてその周囲を取り囲むように、緑色の光が煌めく。
「おのれ龍神め、此に及んでまだ抗うか。
やはり水結界はほんの表面だけ、その下に更に強固な結界を隠しておったな。小賢しくも、流石は神と言っておこう。
だが儂は負けぬ。ぬううんっ!」
地球王が額に拳を当て、念を込める。
すると槍が光を強め、同時に腹の底に響く地鳴りを伝えて来た。
それに応えるように緑の輝きも更に強さを増して……。
「ぐううああっ……」
「兄さん!」
間違いねえ! 兄さんと大穴は繋がっている!
「くそっ!」
俺は地球王に向かって走った。一刻も早く奴を止めねば。
一撃で仕留められなくてもいい。気を逸らしさえすれば槍の動きを止められるはず!
「ぬ?」
地球王が俺に気付く。だが構いやしねえ。
「クソったれがあっ!」
大上段から叩っ斬る!




