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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第三章 与一   二十 錯綜

 地球王のクソ野郎は、山の(いただき)に立って俺達を見下ろしていた。


「それにしても犬神よ、まさか貴様がその者を連れて来るとはな。

 どこまでも儂を楽しませてくれる男であることよ! ぬははははっ!」


 その者? 那須の大将のことを言ってるのか。


「ああ、てめえが(こしら)えた死人(しびと)がてめえを殺しに来たぜ。覚悟しな」

「ぬははははっ! 儂はそんな出来損ないの傀儡になど興味はないわ。だがそこな源氏の小僧には良き手慰みであろう。

 そして犬神よ、貴様にとってはそれ以上の価値がある。

 戦う相手を間違えるなよ。お前の敵は儂に非ず義経に非ず、真の敵は貴様の隣に立つ、その男だ」


 何だと?


「どういう意味だ」

「約束であったな。

 もはや仲間になれとは言わぬ、ここまで楽しませてくれた礼に教えてやるとしよう。貴様が知りたくて知りたくて、知りたくないことをな。

 そして更に儂を楽しませるがよいわ。ぬはははっ」


 こいつ、いったい何を言ってやがるんだ。


「よいか良く聞け。その那須与一宗隆こそが、犬神の村を襲い貴様の母や仲間の命を奪った、盗賊の頭目だ!」

「何っ!」

「なんだとっ!」


 思わず俺と大将が顔を見合わせる。まさか……。


「無論、その男は盗賊などではない。それはまだ幼子であった貴様のただの勘違い。

 村を襲ったのは、頼朝の命を受けた源氏の軍勢だ」


 ぐふふ……と、涎を垂らさんばかりに下品な笑みを浮かべる。


「平家亡き後、頼朝は己に(まつろ)わぬ者達を片端から滅ぼして回ったのよ。見境も手加減も無く、平家に所縁(ゆかり)の豪族共はもとより、そこの義経のような身内であってさえもな。

 (いにしえ)より山の(まもり)と崇められ、下界とは一切関わらぬとされてきた犬神も、己の下に就かぬとあらばただの敵でしかない。那須与一を総大将に、数千の軍勢を(もっ)て力攻めで討ち滅ぼしたのだ」

「あはははっ! 何だよ、与一も随分と楽しそうなことをやってんじゃねえか。

 誘ってくれりゃあ俺も手伝ったのによ」


 義経がギラギラと目を輝かせる。


「ぬははは、それは無理と言うものだ。義経よ、貴様こそ頼朝にとっては真っ先に葬らねばならぬ敵に他ならぬであろう」

「違えねえや、はははっ!」

「犬神……。そうか、お前はあの里の生き残りなのか」


 大将が静かな目で語り掛ける。


「それは済まぬことをしたな。俺が憎ければ、討つがいい。ただし、あの男との決着を付けた後にだ」

「ああ、何が何やら訳が判らねえが、取り敢えずあのクソ野郎をやっつけねえことには始まらねえ。話はその後だ」

「ふん……」


 と、地球王が鼻を鳴らす。


「なんだ、つまらぬ。そこで三つ巴の戦いでも見せてくれるなら面白かろうものを」

「やかましい! 行くぜ大将!」

「応!」


 大将が先に飛び出す。

 その背中を、俺の右手がいきなり斬り付けた。


「むおっ」

「なっ!」


 自分自身の行動に愕然とする俺の前で、大将が膝を突く。


「ひゃっほう!」


 その機を逃すまいと、義経が大将の首を狙いに来る。

 俺は義経に体当たりをかますように剣を叩き付け、力ずくでぶっ飛ばした。


「邪魔あすんなクソがああっ! こいつは俺の獲物だああっ!」


 何を言ってやがる。くそっ、こいつは!


「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」


 俺の中のもう一人の俺が目を血走らせて喚き散らす。この馬鹿が、地球王の言葉に乗せられて狂いやがったか。

「おっ母の仇だ……。仲間の……、兄弟の……」


 兄弟だと? 俺に兄弟なんかいなかったはずだ。

 いや待て、あれは誰だ。あの背中は……。誰かを……、何かを思い出しそうな……。

 俺が奇妙な感覚に心を奪われている一方で、体を支配したもう一人の俺が歓喜の雄叫びを上げる。


「うわあああっ! さあ観念しやがれ! ぶっ殺してやる!」


 いきなり態度を豹変させた俺に、那須の大将は立ち上がりながら刀を向けた。


「どうした、気が変わったか」

「ぐるるるる……」


 こんのクソ犬があ、体を返しやがれ!

 だが体は自由にならぬまま、もう一人の俺が狂気に満ちた目で大将を睨み付ける。その向こうでは、義経が笑いながら太刀を構えていた。

 くそっ、こんな事をしている場合じゃねえってのに。


「ふむ」


 突然大将が刀を降ろし、地面に座り込んだ。


「お前がそうしたいならするがいい。この手で奴を仕留められぬのは心残りだが、後の始末はお前に任せるとしよう」

「うるせえっ、死ねえええっ!」


 神妙に頭を下げる大将に向かって、刀を振り下ろそうとしたその時!


「何をしておるかっ! この痴れ者がああっ!」


 稲妻のような衝撃が脳天を襲った。


「ぐはあっ! ぎゃあああっ!」


 死人さえ一発で昇天させる薄紅の閃光。にもかかわらず昇天どころか気を失うことすら許されず、全身を焼かれる激痛にのたうち回る俺の前に、両手に薪棒を携えた一人の女が降り立った。


「な……、撫子……」

「この馬鹿者が、ちょっと目を離すとこの有様じゃ。おぬしは敵と味方の区別もつかぬのか」


 くそっ。いやそうじゃねえ、助かった。

 もう一人の俺はと言うと、あの一撃が余程効いたのか、主人に叱られた犬っころのようにすっかり小さくなっちまっている。だが、それでも狂犬のような目で大将を睨め付けていた。ったく、ふざけんなよこの馬鹿犬が。

 と言うより……。

 こいつの様子には最初から変な感じがすると思っていたが、ここへ来て漸く判った。要するに、こいつは餓鬼なんだ。

 撫子の話では、こいつはずっと俺の中に封印されていた俺の本性らしい。

 記憶に違いはねえみてえだから、どうやら俺の見聞きした事はこいつも見ていたらしいが、おそらく中身は餓鬼の頃に封じ込められたまま何も変わっていねえんだろう。

 まあ、油断した俺も悪い。この気狂い野郎は迂闊に手綱を緩めると何をしでかすか判らねえってことが、よく判ったぜ。


「ああ、すまねえ。来たのか」


 まだクラクラする頭を振りながら、立ち上がる。


「来たのかではないわ、この(うつけ)が。

 与一も与一じゃ。敵を目の前にして戦を放り出す気か、愚か者」

「まあそう怒るな、撫子よ」


 那須の大将も苦笑しながら立ち上がる。

 背中の傷も大して(こた)えちゃいねえようだ、ああ良かった。


「大将、済まなかったな。ちょっと血迷っちまった」

「気にするな、大した事ではない」




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