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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第三章 与一   十五 疾走

「さて行くか。にしても……」


 峰々の遥か彼方に立ち昇る、毒茸のように不気味な黒煙を見据える。


「ありゃあ大分遠いな。さっさと行かねえと暗くなっちまうぜ」


 ドンと、いきなり狼王が体をぶつけて来た。


「なんだよ」


 俺が問いかけると、狼王は「ガオッ」と一声吠えてその場に伏せた。


「ん? まさか背中に乗れってのか?」

「ガウッ」


 むう。狼になんか乗ったことはねえが、確かに自分の脚で走るよりもこっちの方が速そうだ。

 そうだな、こいつの体格なら裸馬に乗るのと変わりはねえか。


「そいつは楽で良いが。じゃあ俺はお前の世話になるとして、大将はどうします?」

「なに、俺のことは案ずるな。これでも山走りなら狼などには負けんぞ」


 自信あり気に笑う大将の前に、もう一頭、一番でかい奴がのっそりと寄って行く。

 そいつは怪訝そうな大将と一瞬だけ目を合わせると、黙って身を沈めた。


「なんと、この俺を運んでくれるというのか」

「おいおい無茶すんなよ。いくら何でもこの熊みてえな大男を乗せてまともに走れるわけねえだろ」


 いや、熊じゃなくて虎だった。

 それはともかく、こちらの言葉が通じているのかいねえのか、巨狼は大将に背を晒したまま真っ直ぐ前を向いて身じろぎ一つしねえでいる。


「ふふ、遠慮は無用ということか。どれ」


 大将が背中に跨ると、巨狼は子供でも背負ったかのような軽さですっくと立ち上がった。


「ほう、流石だな」

「グォウッ」


 狼王に促されて、俺もその背に身を移す。

 狼王はやおら立ち上がると、ググッと後ろ脚に力を込めた。

 他の狼達もそれに(なら)う。俺と那須の大将は巨狼の背中に身を伏せ、首に手を回して構えた。

 次の瞬間。

 ドンッ! と音を立てる勢いで、狼の群れが一斉に飛び出した、


「うおっ」

「むおっ」


 いきなり振り落とされそうになり、慌ててしがみつく。

 狼共は俺達のことなんか気にも留めない様子で、荒れ果てた山中を飛ぶような速さで駆け抜けた。

 いや『ような』なんて生易しいもんじゃねえ。

 こいつらときたら、文字通り一蹴りで十間以上も跳んじまうんだ。

 積み重なる倒木や瓦礫の山を物ともせず、見上げるような急斜面も易々と駆け上る。小さな谷なんか本当に一飛びで越えちまう。

 それどころか、こないだ俺が落っこちたのと同じくらいの断崖絶壁をまるで平地を走るような勢いで真っ逆さまに駆け降りた時は、心臓が止まるかと思ったぜ。


 この速さでうっかり放り出されでもしたら、確実に死ぬ。というか、このままでも体が潰れちまう!

 隣を見ると、那須の大将も巨狼の背中に必死でしがみついている様子だ。

 あの馬鹿でかい体を担いでこの走りとは、まったく恐れ入る。こりゃあ俺や大将の脚なんかじゃ、とても敵いっこなかったな。


 それでも黒い茸雲が立ち昇る場所は、まだまだ先だ。

 こんなに遠く離れた所の木々までぶっ飛ばすなんて、魔修羅石の威力はいったいどれ程のものだと言うんだ。



 ―*―*―*―


 やがて、周りの景色が変わってきた。

 熱風が吹き荒れたのか、地面は黒く焼け焦げあちこちで火の手も上がっている。

 それに、焦げくさい風の中に瘴気の臭いまで混じってきやがった。

 くそっ、これじゃあこの山は生き物なんか住めなくなっちまうぞ。


 それだけじゃねえ。

 俺は走り続ける内に、胸の奥に言い知れぬざわつきとズキズキするような痛みが湧き上がってくるのを感じ始めていた。


 この風景。

 真っ黒焦げでかつての面影は消えちまっているが、地形には見覚えがある。

 それにこの方角。

 盗賊の砦から見た時は、遠すぎてそうとは思わなかった。

 だが、まさか。

 頼む、どうか俺の勘違いであってくれ……。


 そんな俺の不安を余所に、狼達は尚も黒い山中を疾走する。

 進むに従って、周りの瘴気がどんどん濃くなって来た。


「おい、お前ら大丈夫なのか?」


 俺や那須の大将は光を纏っているからいいけど、こいつらの体は剥き出しのままだ。この瘴気の中じゃあ参っちまうだろう。

 そう心配して声を掛けると、狼王はチラリとこちらを見ただけで何事もないように駆け続ける。

 と思ったら、その体が白い光を発し始めた。


「おう、お前もか」


 見ると、他の狼達も同様に白い光を纏っている。

 さすが、やはりただ体がでかいだけの獣じゃなかったな。

 この色味は俺と同じ、月光の輝きだ。今更ながら、仲間に出会えたみてえでちょっと嬉しくなってきやがったな。


 それからいくつもの尾根を跨ぎ、谷を越え……。

 そうだ。この谷川を渡り、更に山の奥へと向かうんだ。

 すっかり焼け野原になっちまっているが、ここは陽の光さえ遮る深い森だったはず。

 何処まで続くとも知れぬ長い道。霧の立ち込めた白い森の、その先。

 ここを抜ければ、きっと見えてくるはずだ。


 あの光に満ちた景色が。

 懐かしいあいつらの笑顔が!




 ―*―*―*―


「嘘……だ……」


 俺はその場所に降り立ち、目の前に広がる地獄に言葉を失った。



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