第三章 与一 十二 蛍火
「出来損ないの傀儡風情が。
王に捨てられた際にそのまま朽ち果ててしまえば良かったものを、何を浅ましげにこの世にしがみつき居ったか」
ブスブスと煙を上げて床に横たわる巨体を冷然と見下ろし、白拍子がこちらへ踏み出そうとする。
その足首を、真っ黒に焼けた大将の右手が掴んだ。
「っ!」
声を上げる間も与えず、黒焦げの大将は女の足を掴んだまますっくと立ち上がると、その小柄な体を棍棒のように振り回して床に思いっきり叩き付けた!
白拍子は為す術もなく叩き潰される。かに見えたその寸前、青白く輝く靄が体を包み込み、繭のようにその身を守った。
同時に大将の右腕が音もなく肩から切り離され、女の体と共に床に落ちた。
「むうっ」
大将がドス黒い血を迸らせる傷口を左手で押さえながら、こっちへ下がって来る。
「大将、大丈夫なのかい?」
「腕の一本くらいどうということはない」
「いやそうじゃなくて。死人の体は火が弱点のはずなんだけど」
「そんなものは気合で凌げる。肌を少し焦がしただけだ」
「うへ」
なんともまあ、凄まじい気合いだな。
その間に白拍子はすいと立ちあがり、床に転がる右腕を忌々し気に踏み付けた。
「おのれ小癪な……」
その腕を大将に向かって蹴り飛ばす。
大将はそれを左手で平然と受け止め、肩口に押し付けた。すると継ぎ目がぼうっと光を放ち、右腕は綺麗にくっ付いちまった。
更にその右腕でゴシゴシと顔を擦ると、黒焦げの下から綺麗な肌が現れ出てきた。ああー、地球王のどてっ腹をぶった斬った時のことを思い出しちまったぜ。
ったくこいつらときたら、なんて体してんだよ!
白拍子を包む青い靄が輝きを増しながら大きく広がる。キラキラと星屑のように瞬いて見えるのは、小さな電撃か。
「蜘蛛の糸じゃ。
気を付けよ、生身で触れたら微塵切りにされてしまうぞ」
撫子がこちらも全身を薄桃色に輝かせながら、薪棒を構える。
「んじゃあこっちもいくか。頼んだぜ相棒」
俺の中でもう一人の俺が薄眼を開く。全身から発するは燻銀の輝き、月の光だ。
そして大将も。
「ぬううん……」
どす黒い殺気の間から、真っ白な光が迸る。二つの色は交じり合い絡まり合って、目にも鮮やかな縞模様を描いた。
「ほほう、これはまた見事な。やるのう」
撫子が愉快げに笑う。正邪一体、光と闇を同時に纏うその姿こそ、正に虎そのものだった。
その間にも、白拍子の体を包む青白い靄が大きく膨らみながらこちらへ迫って来る。
触れただけで死を齎す蜘蛛の糸は、俺達の光に触れるとバチバチと火花を飛ばした。どうやらこれを破る程の力はねえようだ。
へっ、こんなのは初めてだが何とかやれるもんだな。
(調子に乗るな、クソが)
俺の中の俺が吐き捨てる。うるせえよ。
糸の靄は尚も広がって俺達の周りを包み、視界を遮った。
むう、このままじゃ俺達も身動きが取れねえな。ったく鬱陶しい。
「おい撫子、これ何とかなんねえのか」
「騒ぐな。来るぞ」
その言葉と同時に、火花と靄の向こう側にぼんやりと見えていた女の姿がフッと消える。
と思った次の瞬間、俺の背中でギィィンッ! と何かが激しくぶつかり合う音が響いた。
「なっ……」
振り向いたそこに、撫子と白拍子が互いの光剣を打ち付け合う姿があった。
「気を抜くでない馬鹿者!」
撫子がそう叫ぶ背後から、那須の大将も鉄弓で打ち掛かる。
「ぬうりゃっ!」
白拍子は必殺の斬撃を舞うような体捌きで軽やかに躱し、くるりと一回りしてから扇子の先を先程と同じように大将に突き付けた。
すかさず撫子の光剣がそれを跳ね上げる。
大将はその隙に弓と重ね持っていた一本の矢を、白拍子の開ききった脇腹に突き立てようとする。
だが先端が白い腹に届こうとする寸前、白拍子の全身が青白い閃光を放ち、矢は消し炭となって果てた。
「ぬうっ」
「与一よ、手出しは無用じゃ。こやつは私が相手をする」
撫子の言葉に、大将が下がる。
一瞬の隙も許さぬ凄まじいまでの攻防。
この間、俺は何をしていたか。実は何もしていなかった。
いやね、やっぱ女に斬りかかるってのはどうもね。
「ほほ、其方一人で妾の相手が務まると?」
「ああ、暫しお付き合い願おう」
女同士、再び剣を交わしながら。
「おぬし、やはり死人ではないな」
「ほお?」
「じゃが、魂の色味は常人のそれとは明らかに違う。おぬし、何者じゃ」
「魂の色が人と異なるは其方も同じであろう。其方こそ何者じゃ?」
「ふむ、言われてみれば答えようのない問いであったの。これは失礼した」
その間にも激しい剣戟は続いている。
奇妙なことに、女達は神速を使うのを止めていた。撫子がふざけ半分なのは毎度のことなので別に驚きゃしねえが、白拍子の方もこの戦いを楽しんでいるように見えた。
「我が名は蛍火。王に黄泉返しの術を伝えたのはこの妾じゃ」
「黄泉返しとは死人返りの事じゃな。ほお、おぬしがあれを!」
「王はそれに西域の妖術と魔修羅の力をもて不死を加えた」
「兵とする為にか? 世界を己が物とすることがあ奴の望みか」
「なに、単に手足として使う為じゃ。
王は人間の世界などには何の興味も持たぬ。ただ望むまま生きるのみじゃ」




