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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第一章 狼   五 潜入

 ―*―*―*―


 さて、今日こそちゃんと仕事しよう。

 今日こそ。つまり昨日は、結局何もしなかったということだ。

 なにしろ、あれから鯉鍋どころか村中集まっての大宴会になっちまって、仕事どころじゃなかったからな。


 百姓という連中は、本来お祭り騒ぎが大好きだ。

 いや、祭りが嫌いな奴なんていやしねえだろうが、百姓は普段辛抱に辛抱を重ねて暮らしてるだけに、いざハメを外すとなったらもう明日のことなんか考えもしねえで大騒ぎをする。

 昨日も、名主が布令を出したとたんにびっくりするほど大勢集まってきやがって。

 それで名主の方もすっかりその気になっちまって、蔵から酒樽を引っ張り出して昼間っからみんなで酒盛りだ。


 もちろん俺も村の連中と一緒になって盛り上がった。いやあ、久々に楽しかったぜ。

 なにしろ村に来たとたんに河童様と仲良くなって、そのうえご祝儀まで頂いちまったってんだからな。

 こりゃ縁起の良い男が来てくれたって、この俺まで福の神扱いだ。

 それに男連中だけでなく、女達にも色目使われたりして。おかげで河童様々な一夜を過ごすことが出来たぜ。

 今度会ったらちゃんと礼を言わなきゃな、ウヒヒ。


 というわけで、今日は山に登って盗賊どもの様子を探りに行くことにする。

 どうせ大した奴らじゃねえとのんびり構えていたが、昨日の佐助爺さんの話を聞いちまった以上は、考えを改めない訳にはいかねえ。

 なにしろ二百人もの侍を皆殺しとなりゃただ事じゃねえし、どうにも怪しい雰囲気だ。こいつはちょっくら腹を据える必要があるってことさ。


 支度も万端。刀は邪魔にならねえように短いのを二本と、鏢は普通のやつに加えて、火薬を仕込んだ火鏢を持つ。弓矢はいらねえ。袖を縛り、手甲を付け、岩場でも平気な特別製の皮草鞋も履く。

 ついでに、使うつもりすらねえ、とって置きの仕掛けまで仕込んでおいた。

 よし。



 ―*―*―*―


 さすがに今回は村へ来た時みてえに呑気に山道を行くわけにはいかねえから、まずは川沿いを登って行くことにした。

 山に入ると、平地とは違って川原などほとんどなくなり、流れも急になってくる。

 周りは岩場だらけで、これを辿って登るのは結構きついものがあるが、山育ちの俺にはこんなのはお手のもんだ。

 そして適当なところで藪に分け入り、獣道を伝いながら更に奥へと向かった。


 奴らのねぐらがどこら辺にあるのかは判らねえが、山の形を見ればそこそこ見当はつく。

 たぶん、隠し砦みてえな感じで外からは分からねえようにはなっているんだろうが、その途中の、人や馬の足跡までは隠しきれねえはずだ。

 それさえ見つければ、後はそれを辿って行くだけってもんだ。


 案の定、足跡はすぐに見つかった。


 踏み荒らされた様子を見た感じでは、結構な人数が山を出入りしているようだ。

 馬の蹄の跡も多いし、何か大きなものを引きずったような跡も見える。

 何だか知らねえが、こりゃあ相当大掛かりな事をやってるな。やはり砦を築いているか。


 よし。ここから先は穏形で行くことにしよう。

 呼吸を整え、獲物を狙う獣のごとく気配を完全に絶つ。そして敵の気配は探りながら、静かに移動して行く。

 これも俺の得意技だ、……と。

 いやがったぜ。林の中を槍を抱えた男がフラフラと歩いている。


 岩陰に身を潜め、そっと様子を窺う。

 一人だけか……、周りに他の奴の気配はねえな。見回りのようだ。

 ん? 待てよ、あいつ、どこかで見たことあるような……。


 振り返った奴のツラを見て、俺は背筋が凍りつくような衝撃を受けた。

 あいつ! こないだ俺を襲ってきた野郎じゃねえか!

 間違いねえ、耳が片方しかねえし、右手の指も三本足りねえ。だがあの時俺は、確かに奴に止めを刺したはずだ。くたばったのをちゃんと確かめてから耳を切り取ったんだ。

 こりゃ一体どういうことだ、まさか生き返ったってのか?


 指なし野郎は、その後もフラフラとあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、少しずつ山を登って行く。俺も身を隠しながら、その後をつけて行った。

 暫くすると、奴は崖の前で立ち止まった。

 行き止まりだ。隠し扉でもあるのか?

 と思ったらあの野郎、槍を背中に括り付けてエッチラオッチラと崖を登り始めやがった。


「なんだよ、ひねりも何にもねえな」


 しかし参ったな。確かに登って登れない高さじゃねえが、かと言ってこのまま奴の後について行ったりしたら、上から丸見えだ。

 しゃあねえ、奴を見失っちまうが回り道を探すか。


 右も左も切り立った崖、右手は先に行くほど崖の高さが増していき、左手の方は遠くで森に飲まれている。

 うーむ、左の方が行きやすそうには見えるが。だがしかし、なーんか嫌な感じがするな。

 こういう時どうするかは決まってる。おれは自分の直感に従い、嫌な感じがする左手の方へ向かった。

 なあに、罠でもあったらかえって面白え。


 とりあえず藪づたいに進んで、登れそうなところを探す。

 崖の手前は開けた道のようになっていて、そこを進めば崖の上まで回って行けそうだ。

 だがあの野郎は、この道を使わずに崖を登って行った。ということは、あそこは通っちゃいけねえってことだ。

 面白れえとは言ったが、わざわざ自分から掛かりに行くほど物好きじゃねえ。

 俺はそのまま身を隠しながら真っ直ぐ進み、右も左もわからねえほど深い藪の中に入ったところから上を目指して登り始めた。

 ここなら人が入った跡もねえし、斜面はほとんど崖みてえだが、熊笹が手がかり足がかりになって登るのが楽だ。


 笹をなるべく動かさないように注意しながら、静かに登る。

 笹ってのは、外から見ると結構大げさに揺れるもんだ。雑に動くのは大声を出すのと同じ、ここは慎重に。

 そうやって斜面を登りきったと思ったら、いきなりおかしなものに行く手を阻まれた。


 んんっ? こんな所に、塀だと?


 石垣でも柵でもない、白塗りの大層立派な土塀だ。山寺か誰かの屋敷か、だが山の中にそんなものがあるなんて聞いてねえぞ。

 加えて、この塗りたてみてえな真新しさ。山奥に似つかわしくない眩しいほどの白さが、どうにも神経に障る。

 何だかやべえものにぶち当たっちまったような気がするぜ。だが、ここでビビって引き返す訳にもいかねえ。

 俺は近くの木を足掛かりにして、塀の上に飛び乗った。

 塀の屋根に身を潜め、そっと中を窺うと。


「なんだこりゃあ……」


 思わず声が漏れた。

 白い土塀の向こう側にあったもの。それは、なんとも馬鹿でかい御殿だった。


 でっけえ池と白砂(しらす)の撒かれただだっ広い庭、そしてそれを囲むように建ち並ぶ屋敷の棟々。

 こりゃあ鎌倉あたりの武家屋敷じゃねえ、京の公家屋敷の造りだ。間違いねえ、ずっと前に忍び込んだのとそっくりだ。

 こいつはただ事じゃねえぜ。人の気配は感じられねえが、このまま忍び込むのも無用心すぎる。

 このまま夜を待つか。


「よお、(あん)ちゃんよう」


 その時、塀の向こうから声が聞こえた。

 しまった、見つかった!





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