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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第三章 与一   十 突破

 と、崖の上方に目を向けたその時、その頂にいくつもの黒い影が現れた。


「来やがったか」


 現れた影達はそのまま崖を一気に駆け下り、斜面に張り付いている侍の群れに体当たりで突っ込んで来た。


「うおおーっ!」

「怯むな! 押し戻せ!」


 迎え撃つ侍達の怒号が響く。

 だが黒いその影は、崖の縁から零れ落ちるように次から次へと現れては侍達に向かって突進して行き、連中を巻き添えにして自分もろとも崖下まで転げ落ちた。

 侍達も始めのうちはこれを破ろうと躍起になっていたが、あまりの数と勢いに手もなく押し返されてしまっていた。

 そして影達は崖下に落ちた後も、軍団の中を縦横無尽に駆け回りながら大暴れをし、侍達を大混乱に陥れたのだった。


「あっちゃあ」


 目の前で繰り広げられている何とも無様な光景に、俺達は森の(ほとり)に佇んだまま溜息を漏らした。


「あーあ。おい与一よ、これはどうにもならぬぞ」

「むう、してやられたな。まさかこう来るとは」


 二千もの精鋭と互角に渡り合う黒い軍団。その正体は、先刻こちらが放った馬の群れだったのだ。


「そういやいつの間にか、(いなな)きも蹄の音も聞こえなくなっていたっけな」

「やれやれ、これに思い至らぬとは迂闊であった。人間の兵でさえあれほど容易く虜にされたのだから、馬で同じことが出来ぬ道理はなかったな」

「くふふっ。おぬしの倶利伽羅峠(くりからとうげ)のお返しに、義経の一の谷逆落としで来るとはの。敵もなかなかやるのう」

「笑いごとじゃねえだろ」


 そんな無駄口を叩いている間にも、死人ならぬ死馬と化した軍馬の群れは、元の主人である侍達を相手に死闘を繰り広げている。

 対する幕府の連中も懸命に応戦しているが、何しろ人間相手とは勝手が違う上にちょっと突いたくれえじゃビクともしねえ不死身の体だ。

 黙らせるには首と四つ脚を斬り飛ばす以外に手立てはねえし、しかもこの数ときたもんだ。

 こりゃあ如何な二千余の大軍といえど、簡単に撃退という訳にはいかねえだろうな。


「どれ、こんな所で手古摺っておってはそれこそ日が暮れてしまう。こいつらは放っておいて、俺らだけで本陣を目指すとしよう」

「それはいいけど、どうやって?」


 またあれをやる気かよ。と呆れ顔の俺に背を向けたまま、大将は何を思ったか弓を手放して背中に背負うと、両手を挙げて大きく伸びをした。


「んんーっ、んっと。さて……」


 そして前方をキッと睨みつける。

 次の瞬間、その全身から怒涛の如き凄まじい殺気が溢れ出して来た。


「うおっ」


 思わず後退りする。

 大将はこの時までもずっと、尋常じゃねえ殺気を垂れ流したままだった。

 (ようや)く慣れてきたと思っていたところだったのに、今度はそれを遥かに上回る、殺気どころか狂気とさえ呼びたくなる程の気の嵐が吹き荒れる。


 心臓を握り潰されるような重圧に、息が荒くなるのを感じる。こんなのを浴びせ掛けられたりしたら、並の人間では立っていることも出来ねえだろう。

 と、周りを見渡したら案の定、近くにいた偉丈夫達が軒並み地面に倒れ伏しているのが目に入った。

 自分じゃどうにもならねえとか言っときながら、その実こんなとんでもねえものを隠し持っていたとは。

 ったく、油断のならねえおっさんだぜ。

 だが大将はそんなことはお構いなしに、大きく息を吸うと、大混乱の戦場に向かって怒号を放った。


「道を開けよおおっ!!」


 その声と同時に、大将の体を包み込むように吹き荒れていた嵐が一塊になり、ゴウッと唸るような音を立てて前方へ飛び出す。

 気の塊は進路に立ち塞がる兵士や馬を容赦なく吹き飛ばしながら広場から崖の上までを一気に駆け抜け、戦場のど真ん中に一筋の道を開いた。

 こりゃ非道え、敵も味方もあったもんじゃねえや。


「行くぞっ! 遅れるな!」


 言うや否や、大将自身も飛び出す。


「ちょっ、待てこら!」


 俺も慌てて後を追ったが、とても付いて行けるもんじゃねえ。その走りは速さも勢いも、人間のものとは思えねえほど凄まじかった。

 それもそのはず。大将は脚だけでなく二本の腕まで使って、獣のような四つ脚で駆けて行きやがったのだ。

 その姿は正に森の王者、虎そのもの。

 ははっ、こりゃ犬神なんて目じゃねえや。

 


 ―*―*―*―


 崖の天辺まで一気に駆け上がると、そこには予想通り大層な四脚門が姿を現した。

 左右には白塗りの土塀がどこまでも続いているが、どちら側を見ても先は生い茂る木々に隠れて定かではねえ。

 門は閉ざされているがその前には護衛の一人もおらず、崖下の乱闘とは裏腹に死人や盗賊の姿など何処にも見当たらなかった。


 その不気味な静けさに違和感を覚える。

 いや、違和感の原因は静けさだけじゃねえ。先日訪れた時にも感じた、この門と塀の眩しいほどの真新しさだ。

 ついさっきの大将の一撃で周りの野山は畑のように耕されちまったというのに、この屋敷は傷一つ付いてねえどころか昨日建てたばかりのようにピカピカだ。

 こりゃあひょっとして、この屋敷全体が強固な結界で守られているということなのかも知れねえな。


「与一よ、これをどう見る」


 油断なく辺りに目を配る撫子に、大将は相変わらず傲岸不遜に笑った。


「はっ、どうもこうも見たままではないか。ここには誰もおらん。そしてこの扉の向こう側に何が待ち構えておるかは、こうすれば判る!

 ぬうううりゃあっ!」


 大将は鉄弓を片手で振り上げると、鋲の打たれたいかにも頑丈そうな門扉に思いきり叩き付けた。

いや、叩き付けようとした。

 鉄弓の先端が扉に触れようとする寸前、弓とそれを手にする大将の体がバリバリという雷鳴と共に青白い閃光に包まれた。

 やはり、結界が張られているか。


「ぐおおおおおっ!」


 だが大将は全身から雷光を迸らせながらも再び鉄弓を振り上げ、今度は両手でもって大上段に斬り付けた。

 その一撃で、扉に亀裂が入る。続けて右脚を上げ思い切り蹴飛ばすと、扉はドーンという大音響と共に向こう側へと倒れ込んだ。

 そして同時に、大将を襲う雷撃も消え去ったのだった。


「あーあ、無茶しやがる」


 大将は俺の呆れ声などまるで意に介さず、体のあちこちからブスブスと煙を上げながらのっそりと門の中へ歩を進めた。

 俺と撫子もその後に続く。門を抜けると、見覚えのある大きな庭園が広がっていた。


「やはり誰もおらぬな」


 撫子が周りを見回し、呟く。


「罠か。それとも逃げられちまったかな」



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