第三章 与一 九 攻城
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死人達による襲撃は、その後も何度となく続いた。
だが大きな攻撃はあの一回きりで、後は二・三十人くらいの小人数が散発的に現れてくるだけだ。
初っ端であれほど大掛かりな戦を仕掛けておきながらあっさり返り討ちにされちまったもんだから、怖気づいちまったのか。それともあれが主力だったか。
ともかく、侍達は罠に警戒しつつ襲撃がある度に足止めを喰らいながらも、着実に前へと進んだ。
だが……。
「まずいぞ、与一よ」
撫子は空を仰ぎ見ながら、那須の大将に声をかけた。
「どうした、撫子」
「見よ、陽はもうとうに頭の上じゃ。こんなにのんびりしておっては、砦を落とす前に暗くなってしまう」
その言葉に、大将も太陽を見上げて苦い顔をした。
「そうか、夜はまずいな」
撫子の言うとおり。人間相手の戦とは違って、暗がりの中ではこちらが一方的に不利になっちまうだろう。
なにしろ相手は疲れを知らぬ死人だし、この大人数もかえって混乱の元だ。
「狼、砦まではあとどれ程だ」
「んー、そうすね。順調に行けばあと一刻ってとこっすか。
砦は小さな崖の上に建っていて、攻めるには手間取りそうな造りになってます。確かに、まごまごしてたらあっという間に夜になっちまいますね」
「そうか、よし。
皆の者、敵と出会っても止まるな! 全力で進め!」
大将が声を上げると、侍達が「応!」と応え、脚を速める。
その後も何度か襲われたものの、侍達は足を止めることなく数に物を言わせて力ずくで押し通った。
それにしても、今日は襲ってくるのは死人ばかりで、生きている盗賊は一人もいねえな。元々生きている奴らは何人もいなかったんだろうが、こないだの夜襲で懲りて、みんな逃げ出しちまったかな。
「進め! 進め!」
津波のような大軍が、藪を斬り裂き草も岩も踏みにじって押し進んで行く。
度重なる襲撃で既に数百の兵が失われているはずだが、進軍の勢いは露ほどの衰えも見せることはなかった。
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それからきっかり一刻の後、俺達は崖が見える所までたどり着いた。
「あの上っす」
「なるほど、これは確かに攻め難い。
登れぬほどではないが、上から仕掛けられたら手も足も出ぬな。数を頼りに攻めるにしても、相当な損害を覚悟せねばなるまい」
崖とは言っても断崖絶壁という程でもなく、きつい急斜面といった感じだ。
高さも十間そこそこだし、歩いて登るという訳にはいかねえが手足を使えばそれほど苦労はねえ。
ただしその間は、大将の言う通り手も足も出ねえ状態になっちまうってことだ。
崖の手前は開けた草地になっている。だが討伐軍はそこまで進まず、大将の指示で森の中に留まり縁に添って展開した。
「右手は断崖絶壁で、とても登れたもんじゃありません。左手は先の方で藪になっています。前に来た時はそっちから行きました」
「そして砦の後ろは峰の頂上まで更に昇っており、裏に回り込むことは不可能と。ふむ……」
大将は腕を組み、暫し考え込んだ。
「よし、正面から攻めるとしよう」
「えっ?」
その言葉に、俺は戸惑った。たった今、攻め難いと言ったばかりじゃねえか。
それに手前の草地も見るからに怪しいし、大将もそう感じたからこそここで留まったはずだ。
それを正面突破だなんて、どう考えても無謀すぎるだろう。
「どれ、では景気付けを兼ねて地ならしといくか」
大将は一歩踏み出すと、鉄弓を構えた。
「またあれをやる気っすか! もう止しなさいよ!」
「むううんっ!」
だが大将は俺に背を向けたまま、天に向かって鉄弓を引き絞り大声を発した。
「南無八幡大菩薩!」
「あーあ……」
溜息を漏らす俺の眼前で先刻と同じ様に鉄弓が輝きを放ち、その手の内に光の矢が現れる。
「ぬんっ!!」
気合と共に放たれた光の矢は、砦へ向かってではなくほぼ真上、遥か頭上へと飛び去り、あっという間に視界の外へと消えて行った。
そして数瞬の後、青い空にぼんやりとした光の雲がかかったと思うと、その雲は見る見る大きく広がりながら降りてきて、遂には夕立のごとき豪雨となって辺り一面に降り注いだ。
「うおっ……」
思わず声が漏れる。
光の矢はズドドドドッ……という轟音と共に見渡す限りの地面を抉り、田植え前の代搔きの如く大地を掘り返して行った。
いや、地面と言わず森と言わず、崖の上の砦を中心に目の前の草地から遥か山の上、右手の断崖から左手の藪の更にその先まで、およそ目の届く範囲にあるもの全てを貫き、蹂躙し尽くして行く。
「「「おおおおお……」」」
その光景を目の当たりにした侍達のどよめきも納まらねえ。
その上驚いたことに、いったいどういう狙い方をしたものか、俺達が立っている森の中には一本の矢も落ちて来やしなかった。
「見かけに寄らず、器用なことをするものじゃな」
撫子も感心している。
「わはは。どうだ、狼の隠形芸にも劣らぬであろう。これで大分見通しが良くなったぞ」
「芸とか言うな」
確かにこれなら、例え罠が仕掛けてあったにしても台無しに違いねえ。
大将は笑いながら鉄弓を掲げ、号令を発した。
「兵どもよ、ここが一番の大戦ぞ! 遠慮はいらぬ! 一気に攻め落とせ!」
「「「おおおーっ!!」」」
雄叫びと共に全軍が突撃を開始する。
正面だけじゃなく、右翼からも左翼からも侍達は一気に草地を駆け抜け、崖をよじ登って行った。
「ふふ……。さて、我等も行くか」
「行くかじゃねえよ、またそんな無茶しやがって」
俺はブスブスと煙を上げている大将の腕を取ると、さっきと同じように血をかけようとした。
だが大将は「まあ待て」と、その手を押し退けた。
「お前は先程、その力は借り物だと言ったではないか。そう何度も気軽に使って良いものでもなかろう。
ここ一番という時までとっておけ」
「しかし……」
「案ずるな。最初の時とは違って、これでも多少は加減したのだ。この程度ならば耐えられる」
大将はそう言って、鉄弓を手に前へ踏み出した。
「ちっ、しゃあねえ。行くぞ撫子」
「応よ」
俺達も大将に従った。
敵を目前にした侍達の気合は凄まじく、先頭はあっという間に斜面の中ほどまで達していた。遠くから見上げると、無数の人間が崖一面に取り付いてよじ登って行く様はまるで獲物に集った蟻の群れのようだ。
対する砦からの反撃は、未だ何もねえ。先程の大将の一撃が効いたかと思えなくもねえが、この静けさには逆に不気味なものを感じるぜ。
崖の上の様子はここからは見えねえが、確かあそこには白塗りの塀と大きな門があったはず。そしてその先には広大な屋敷だ。
ここから見えるのは更にその奥にそびえ立つ高い峰の先端だけ。
この勢いなら塀くらいは一気に乗り越えてしまいそうだが、果たして……。




