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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第三章 与一   七 罠

 ―*―*―*―


 討伐軍は、全軍を四つに分けて進撃を開始した。


 三千という大軍も、平地なら無敵だが、山間(やまあい)での戦となったらその力を存分に発揮するのは難しい。

 せっかくの騎馬も弓矢も障害が多すぎて大して役に立ちそうもねえし、大勢で力押しをしようにも狭い道と急斜面で威力は半減だ。結局のところ、数だけを頼りに地道に徒歩(かち)で攻め上るしか手はねえってことになっちまう。


 先鋒は二百。

 一足先に山へ向かい、軍の先頭に立って物見と進路の確保を進める。

 盗賊共の砦の場所は、昨日のうちに俺が地図を示して教えてある。普通に進めば半日程度の道行(みちゆき)だが、まあそう簡単に行くはずがねえのは当然だ。


 心配なのは、罠の存在と、奴らがこの大軍に恐れをなして逃げ出しちまわないかということ。

 だが後者については、地球王の性格から考えてまず有り得ねえ。あの気狂い親父なら、逃げるどころか大喜びで迎え撃ちに来るだろう。

 それと同じ理由で、前者については無いはずがねえ。あいつなら、また訳のわからねえ術を使って手ぐすね引いて待ち受けているに決まっている。

 そう考えると、先鋒の本当の役目は物見というよりも囮だ。先にそいつらに手を出してくれれば、後続は楽に軍を進めることができるだろう。


 大将も随分とえげつない手を使うと俺も最初は思ったが、意外なことに大将は出陣に際し、きちんと厳命していた。

「よいか、決して無理はするな。罠には十分に注意し、危険と感じたらその先へ進む必要はない」と。

 それを聞いて、おやおや意外と部下に気を使うんだなと感心した。が、実はその時、大将はもっとえげつない作戦を考えていやがったのだ。


 後続は、本隊八百と右翼左翼がそれぞれ千だ。

 本隊の八百はやや少ないように見えるが、ここには軍の中でも選りすぐりの精鋭を揃えている。しかも、全員が騎馬だ。

 山中の騎馬など大して役に立たないようにも思える。だが、これにもちゃんと意味があった。

 俺は那須の大将が名将と謳われる所以を、すぐに思い知らされることになった。


「要するに、巻狩りと同じだ」


 街道を登る道すがら、大将はこともなげに言った。


「この大人数では奇襲など論外。それに撫子の話では何やらおかしな術で森中に網を張っているというではないか。

 ならばあえて大騒ぎをして相手を攪乱し、取り囲んで追い詰めるのが良策だ」


 街道から山中に入るところで、両翼は大きく散開し、左右の山深くを目指した。

 正に巻狩り。縦に長い隊列を作るのでは大軍の利点を生かすことができねえから、横に広がって相手を取り囲もうという戦法だ。

 そうやって敵の戦力も分散させておいて、その隙を突いて本隊が一直線に砦を攻めようってわけだ。


「全員、下馬!」


 山中へと入ったところで、侍達は馬を下りた。

 さすがにここから先は徒歩か。やっぱり馬なんて邪魔なだけだったな、里へ返すのか?

 なんて思っていたら、侍達はその馬を前面、先鋒隊の更に前へと押し立てて行った。

 そして、その尻尾に油をたっぷりしみこませた松明を括り付けると、一斉に火をつけたのだった。


「放て!」


 狂乱に陥った馬達が、兵士に追い立てられて一斉に山の奥へ突進して行く。

 たちまち、山中が馬の悲鳴と蹄の音で大騒ぎになった。

 

「なるほどこれは面白い。倶利伽羅(くりから)峠、義仲の火牛の計ならぬ火馬の計か。

 八百もの大群を囮に放つとは、豪気なものじゃな」


 人ではなく、馬を囮にする作戦だったとは。

 こりゃすげえや。まさかここまでするとは考えもつかなかった。


「あっはは、さすが大将だ。これならあの蜘蛛女の糸もまるで役立たずだな」


 八百もの数の馬。それもただの駄馬ではなく、鎌倉本軍から連れてきた選りすぐりの駿馬ばかりだ。中には大将の乗っていた奴のような名馬も数多くいたことだろう。

 それを惜しげもなく捨て駒にするとは……。


「名馬といえど、所詮は戦の道具。人間を楯にするよりはずっと良かろう」


 そりゃそうだが。


「でもあんなことをして、山火事にでもなったらどうするんで?」

「知らん!」

「うえへ……」


 このおっさんも、後先考えねえ手合(てあい)だな。

 大きく広がった両翼も、(とき)の声をあげ周囲を威嚇しながら山の奥へと進んでいく。

 馬達は一目散に山の奥へと走り去って行きあっと言う間に姿を消したが、蹄の音と(いなな)きだけは、木々の間に木霊して響いてくる。

 あれが聞こえている内は、無事に走り回っているということだ。


「ふむ、今のところ罠は無さそうだな」


 まあ、まだこんな入り口だしな。

 罠の恐れさえなければ遠慮はいらねえ。先鋒を前に走らせ、大将と俺達は本隊の先頭に立って進んだ。


 暫く森の中を進むと、大きく開けた谷地(やち)に出た。

 ここは沼になりかけの湿地で、見通しは良いが足場が悪い。開けているとは言っても藪は多いし、しかもそこら中水たまりだらけで、深みに嵌らねえように気を付けなくちゃならねえ。

 前を進む連中も、だいぶ苦労しているようだ。槍で藪を払いながら、あるいは引っかからねえように頭の上に掲げながら、なんとか前へ進んでいる。

 そうやって後続の為に道を開くのも、先鋒の大事な役目だ。


 俺達本隊は森の切れ目に立って、先鋒隊がある程度進むのを待った。

 先頭が谷地の中ほどに達したのを確認して、大将が前進の合図をしようと手を上げた、その時だった。


「ぎゃああーっ!」

「うわあーっ!」

「たっ、助け!……」


 いきなり悲鳴が上がったと思ったら、谷地の中を進んでいた先鋒隊の姿が一瞬で見えなくなった。


「むっ!」

「どうした!」


 悲鳴が消えた後には、水音一つ聞こえねえ。静寂のみがあった。


(ほとり)に沿って進め!」


 大将の号令で、後続の本隊から侍達が進み出る。そして二手に分かれ、谷地を挟み込むように前進する。

 その更に外側を、両翼の部隊が森の中に兵を進める。槍を構え、矢を(つが)えて辺りを警戒しながら。

 谷地は広く、これを迂回して行くのはかなり遠回りになるが、先鋒隊の二の舞になる訳にはいかねえ。

 大将と俺達は、手前に留まって暫く様子を見ることにした。


 それにしても、二百もの部隊がこんな簡単にやられちまうとはな。俺は前の二回の討伐隊が全滅したという話を思い出して、こういうことだったのかと背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 そうして隊列の先端が谷地の半ばを超えようとした時、湿原の中から水飛沫(しぶき)と共に何者かが姿を現した。


「「おお……」」


 皆が思わず安堵の声を漏らす。

 現れたのは、つい先程姿を消した先鋒の者達だった。

 それを見た一人の侍が駆け寄って行く。続いて更に数人の者達が後を追った。


「大丈夫か!」


 落とし穴にでも嵌ったんだろうか。突然のことで混乱しているのか、現れた男は天を仰いで呆然としている様子だ。


「しっかりしろ。お前達、一旦そこから上がれ」


 側に寄った侍がそう言って男の肩を掴もうとした、その時。

 男がいきなり刀を抜き放ち、侍を正面から斬り捨てた!


 斬られた侍が、声も上げずに水溜りに倒れ込む。

 驚いた他の侍達が足を止めたところへ、その周りにいた男達が一斉に襲いかかって行った。


「うわっ!」

「ぎゃあっ!」


 侍達は抵抗する間もなく、一瞬で斬り伏せられてしまった。


「な、何やってんだあいつら」


 すると他の男達も一様に刀を抜き放ち、ゆっくりとこちらへ向かってきた。現れた時と変わらぬ、妙に腑抜けた顔のまま。


「あいつら、まさか」

「むうっ!」

「ああ、食われおったな」


 そうだ。あの魂を失ったような顔つきは、間違いなく死人(しびと)のそれだ。まさかあれほどの人数を一瞬で死人に変えちまうだなんて。

 どうやら地球王の力を甘く見ていたようだぜ。




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