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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第三章 与一   四 前夜

 ―*―*―*―


 出陣は、明日の夜明けと決まった。


 俺達は晩の内に一旦寺に戻り、準備を整えてから再び合流することにした。

 俺の支度はいつも通りだ。撫子も変わらず薪棒二本を手にしたが、札の代わりに俺の(ひょう)強請(ねだ)った。


「どうもこの呪符はアテにならぬ。そちらの方が効きそうじゃ」


 と。


「でもよ。こんなのよりも、お前がこないだやったあの技をもう一回やれば、死人(しびと)達なんか何千人いたってイチコロじゃねえのか?

 そうすれば、残りの盗賊共を征伐するのなんて簡単だろ」

「却下じゃ。おぬしは馬鹿か」


 撫子は、あっさりそう答えた。


「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」

「そんなことをしたら、真っ先にくたばるのはあの与一ではないか」


 あ、そっか。


「そういやそうだったな」

「それにあの技は開けた場所なら無敵じゃが、山の中のような入り組んだ場所では効果が薄い。かなりの数を取りこぼしてしまうじゃろう。

 第一、あれを使ってしまったらその後私が動けなくなる。肝心の地球王を仕留めることが難しくなるぞ」

「それもそうだな。そう都合良くはいかねえか」


 俺は頭を掻いた。


「あの化け物だけは、何としても退治せねばならぬ。こちらも万全の態勢で臨まねばならぬじゃろう。

 そこでじゃ」


 そう言って差し出してきたのは、奇妙な形をした短剣だった。


「おぬしに、これをやろう」

「なんだこれは。随分と華奢な造りだな、こんなので人が斬れんのか?」

「ふふ、そうじゃな。これは銀の剣、普段であれば飾りにしかならぬ」

「普段なら、か。てことは、いざという時には役に立つということだな」

「その通り。

 地球王は西域より渡ってきた物の怪じゃ。聞くところによると、彼の地の化け物は皆、銀に弱らしい。

 そしてこの形。見るがよい、この剣と柄が十文字の形になっておろう?」

「ふむ、確かにそんな刻印が施されているな」

「この十字紋は、西域においては破邪の印なのじゃ。それにこの剣自体にも、おそらくこれを作った者であろう、相当な力を持つ者の念が込められておる。

 つまりこれは、退魔の聖剣というわけじゃ。あの化け物にはよく効くであろうよ」


 俺は、初めてあいつに会った時のことを想い出した。

 確かに、腹の真ん中をぶった斬っても、あいつは蚊に刺された程にも感じてねえ様子だった。普通の攻撃じゃどうにもならねえってことだろうな。


「なら、これはお前が持っていた方がいいんじゃねえのか?」

「いや、地球王はおぬしが殺れ。私はあの白拍子の相手をせねばならぬ」

「そうか。那須の大将はどうするんだ?」

「あやつは好きにさせておけば良い。

 地球王に一騎打ちを挑むであろうが、おそらくあやつでは勝てぬ。

 だがそれで良いのじゃ。それがあの男の望みであるのじゃから」

「死にたがっているというのか?」

「ただ死ぬのではない。武士(もののふ)として、戦って死にたいのじゃ」

「そうか」


「さて」


 そう言って撫子は、蓬子(よもぎこ)と向き合った。


「では蓬子、次はおぬしの番じゃ」

「はい」


 蓬子が部屋の中央に座る。


「これより、封印を解く。覚悟は良いな」

「はい、姉さま」


 蓬子はそう答えると、静かに目を(つぶ)った。

 いったい何が始まるんだ……。


 撫子は蓬子の前に立ち、額に手を当てた。そしてただ一言、


「許す」


 とだけ告げた。

 すると、蓬子の体から金色に輝く(もや)のような光が漂い出してきた。

 光は、先日見たような全身が光り輝く感じとは違って、静かに、蓬子の体から少しずつ滲み出してくる。

 そして、その体に(まと)わり付くようにゆっくりと周囲を巡った。


「蓬子が完全に目覚めるには、今暫くかかる」


 蓬子の周りで、金色の光がたゆたう水の如く揺らめいている。その光に包まれた蓬子の姿は、まるで深い湖の底に沈んでいるかのようにも見えた。


「よく判らねえけど、なんか凄そうな感じだな。化け物相手には頼りになりそうだ」

「いや、化け物退治には使わぬ。蓬子はこのままここに置いて行く」

「ここに?」

「そうだ」

「いったい何をさせるつもりなんだ」

「狼よ、先日地球王が言っておったな。あの魔修羅石(ましゅらせき)千樽を(もっ)てすれば、あの山塊を吹き飛ばすことも可能だと」

「ああ、随分とでかい口を叩いていたな」

「その程度のことなら、この蓬子一人でもやってのけるぞ」

「なんだと……」

「蓬子は最後の切り札じゃ。この力は地球王ではなく、龍神にぶつける」

「龍神に? まさか、そんなことを」


「首尾よく我らが地球王を倒せば、それで良し。

 じゃが万が一それを果たせず龍神が暴れ出す事態となった時には、これに対抗できるのは蓬子だけじゃ。

 無論、まともに戦って勝てるなどとは思っておらぬ。じゃが、抑え込むくらいなら何とかなるのではないかと考えておる」

「なんとかって、本当に龍神相手に何とかなんてなるのか?」

「ならぬ時は、日の本は終いじゃ」


 蓬子が静かに目を開いた。

 その瞳は金色に輝き、だがどこか虚ろで、心ここに在らずといった風に見える。


「蓬子」


 声を掛けても、返事はなかった。


「蓬子には、力が暴走せぬよう封印が施してあった。

 先程その封印を外したのじゃが、あれには外れると同時にもう一つ、別の封印が発動するよう仕掛けを施してある。つまりは、心の封印じゃ。

 今の蓬子は、己の意志を失い私の言霊でしか動かぬ人形と化しておる」


 人形だと?


「おまえ、なんてことを……」

「やむを得ぬのじゃ。こうでもせぬことには、蓬子はこの世に破滅をもたらす悪鬼と成り果ててしまう。

 これは蓬子が人として暮らす為に必要なこと。無論、蓬子も納得した上での仕打ちじゃ」


 やむを得ぬこと……。本当にそうなのか?

 先日の川原で見せた、あの無邪気な笑顔。俺はあれと今見ている能面のような顔を、どうしても重ねることが出来なかった。


「だったら、こんな無茶なことはさせなきゃいいじゃねえか。

 力の封印だけを掛けたまま、普通の娘としての暮らしをさせてやればいいだろう」

「無理じゃ」


 俺の言葉に、だが撫子は首を横に振った。


「それをやったら、蓬子は救えるはずの多くの命を見捨てることになる。それでは、自ら暴虐の限りを尽くすのと何も変わらぬ。

 出来ぬなら仕方がないと諦めよう。知らぬならそのまま通り過ぎもしよう。

 じゃが我らには出来てしまうのじゃ、知れてしまうのじゃ。

 目の前で泣く者に背を向け、救える命を救わず逃げ出してしもうたら、残りの人生をずっと、取り返せぬ後悔と共に生きねばならぬ。

 我らには、逃げるという選択など与えられておらぬのじゃ」


 こいつの言うことは何一つ納得出来ねえし、理解も出来ねえ。

 だが、こいつらが選んだ生き方に俺の考えを押し付けるのも、決して正しいと言えるものでもねえ。

 覚悟……。撫子はさっき、蓬子にそう告げた。

 人を超える力を持った者が、人の中で暮らそうとした時、一体どれほどの覚悟が必要となるのだろう。




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