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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第三章 与一   一 虎

第三章  与一



 その男は、虎だった。


 岩山とも見紛う巨躯に、獲物を狙いすますような鋭い眼差し。

 鎧の下に覗き見える筋肉は鋼の強靭さを備え、手綱を握る手は猛禽の鉤爪のごとし。

 そして全身に纏う殺気は、見る者全ての心を凍りつかせる。


 男の名は那須与一宗隆。

 幕府が寄越した討伐軍の総大将だ。



 ―*―*―*―


 その日、遂に幕府の軍団が到着するというので、村の連中は総出で村はずれまで迎えに出ていた。

 俺達も噂の侍大将を一目見ようと、村人達に交じって街道の脇に立って侍達が来るのを待ち受けていた。

 なにしろ、坂東一の弓取りと(うた)われる幕府屈指の名将だ。いったいどんな男なのか、俺だって興味あるぜ。


 やがて、陽炎の向こうから軍団が姿を現した。

 数百もの騎馬を先頭に、弓、槍などを携えた徒武者、足軽雑兵が続く。

 幾千の兵士が整然と隊列をなし、広い街道を埋め尽くさんばかりに進んでくる様は、正に壮観だ。

 こんなものはそう滅多に見られるもんじゃねえ。俺も、そのどこまで続くとも知れぬ物々しくも壮麗な隊列を、腕組みしながら眺めていた。

 そしてその中に、一際目を引く一人の武将の姿があった。

 間違いねえ、あの男だ。

 遠目にもはっきりと判る。馬に身を委ねて悠然と進んでいるが、他の者達とは一線を画す、尋常ではない覇気を身に纏っている。


 だが、近づいて来るに従って、俺はその男が放つ異様な気配に戸惑いを感じ始めていた。

 那須与一といえば、巷では眉目秀麗な優男(やさおとこ)ともっぱらの評判だ。だがこの男の出で立ちは、そんな噂とは全く違う。

 あの、全身から立ち昇る殺気は何だ。いくら戦を前にしているとはいえ、とても尋常な面持ちとは思えねえ。あれじゃあまるで、血に飢えた野獣じゃねえか。

 そう感じたのは、俺だけではなかったらしい。ついさっきまで祭りのようにはしゃいでいた村の連中までもが、その凶暴とも言える異常な雰囲気に気を飲まれたように、言葉を失っている。


 男は周囲の視線など気にする様子もなく、前方の一点を見据えたまま村人達の前を通り過ぎて行く。

 だが、俺達の近くに差し掛かったその時、男の目がジロリとこちらを向くと、その口から咆哮が放たれた。


「おいっ、そこのお前っ!」


 男は馬を返すと、一直線にこちらへ向かって来た。


「「ひいいっ!」」


 驚いた周りの百姓達が、悲鳴をあげて地べたに這いつくばる。

 男は連中には目もくれず、俺達の前まで来ると再び声を上げた。


「撫子っ! そこにいるのは撫子ではないかっ!」


 雷が落ちた様な怒号だった。


「よっ、息災か?」


 それに対し、撫子がお気楽な調子で手を上げる。


「隣にいるのは、蓬子かっ! 暫く見ぬ間に大きくなったなあっ!」

「うむ。久しいのう与一どの」


 蓬子も気安げに声をかける。

 まさか、こいつら知り合いなのか?!


「わっはははっ、これはなんという奇遇か! このような山奥で懐かしい顔を見たわ!」


 侍大将那須与一は、豪快に笑い声をあげると、馬上から手を伸ばした。


「来い! 久しぶりに積もる話でもしようぞ!」

「あはは。おぬしは今、行軍の最中であろうが。後で陣屋を訪ねるゆえ、まずはちゃんと仕事をせい」

「わははっ、そうであった! やむを得ぬな!」


 それから男は、隣に突っ立っている俺の方を見た。

 他の連中は、みな恐れおののいて地面にひれ伏している。立っているのは、俺達だけだった。


「む? その男は?」

「ああ、紹介しておこう。我が(つま)七殺星(ななつごろし)(ろう)じゃ」

「何! お前の男だと!」


 与一は、俺の顔をジロジロと見つめると、ニヤリと笑った。


「なるほど、面白い面構えをしている。撫子、こいつも後で連れて来いよ!」

「うむ、承知した。

 じゃがな、与一よ。一つ教えておいてやるが、こやつに向かって顔のことを言うと、母君に謝らねばならぬことになるのだぞ。気を付けよ」

「あん?」


 キョトンとする与一。この馬鹿、余計なことを。


「くくっ、まあよい。ほれほれ配下の方々が困っておるぞ。早う戻れ」

「わははっ、相変わらずよのう! では後ほど!」


 再び馬を返し、隊列の中へ去って行く。

 俺はその後ろ姿を見つめながら、背中に冷たいものが流れるのを感じていた。

 あいつは……、あの男は……。



 ―*―*―*―


 その後、一旦ねぐらの古寺に戻った俺達だったが、俺は寺に着くなり撫子に掴みかかった。


「おい、あれはどういうことだ! あいつは何だ!」

「何を興奮しておる。ただの知り合いじゃ。

 心配せずともあやつとは何もないぞ、くふふっ」

「誰がそんなことを心配してんだよ、この馬鹿! そうじゃなくて、あいつは……」


 そうだ。あの男が目の前に来た時、俺は衝撃のあまり声を出すことすら出来なかった。何故なら……。


「あいつは、死人(しびと)じゃねえかっ!」


 撫子は、少しの間俺の顔を見つめると、静かに笑った。


「ふ……。おぬしの鼻を少しナメていたようじゃな。あの(かす)かな臭いに気づいたか」

「ああ、あんなに近くまで来なかったら、気付かなかったかも知れねえ。

 だが俺にははっきり判った。あれは地球王や死人と同じ、あの魔修羅石(ましゅらせき)の瘴気の臭いだ」

「その通りじゃ。

 座れ、狼よ。一から話そう」


 撫子は俺と向かい合う形で床に座った。


「私が与一と初めて出会うたのは、今から二年前のことじゃ。

 その頃、飛騨の山中に化け物が現れるという噂を聞きつけてな。近隣の者達が大層怯えておるというので、蓬子と共に様子を見に行ったのじゃ。

 そして、山中をうろついておったあの男を見つけた」


 蓬子は、撫子の隣に座って大人しく話を聞いている。

 先日の偽弁慶退治と同じ様に、その化け物も蓬子に相手をさせようとしていたのだろうか。


「姿形は、図体がでかいだけのただの人間じゃった。

 じゃがその体から溢れ出る殺気は、それだけで人を殺せると思えるほど凄まじいものであった。

 私も一目見て、なるほどこれは普通の人間の目には化け物としか映らぬであろうなと納得した」

「あいつは、そんな山奥でいったい何をしていたんだ?」

「何もしておらぬ。ただうろついておっただけじゃ」

「どういうことだ」


「あやつはその時、人の心を失うておったのじゃよ。

 私が前に立っても、あやつは何の反応も示さなかった。殺気は凄まじい程に溢れておったが、ただそれだけじゃ。ほんの僅かも私に向けられることはなかった。

 話しかけても返答はない。言葉すら忘れておった。

 それどころか、己が人であることすらも忘れておったのじゃ。


 そこで私は、言霊の力を使ってあの者の魂を覗き、そして、それが滅茶苦茶に(いじく)り回されておるのを知ったのじゃ。

 驚いたぞ。

 ただ壊れているだけならば、まだ話は判る。おそらく黄泉(よみ)の淵から蘇ったのであろう、確かにそういう壊れ方をしておった。

 じゃがそれだけではない。あやつの魂には、己が物だけではなく猛虎のそれが混ぜ込まれておったのじゃ」


 人の身に獣の魂……。やはり、地球王の野郎の仕業か。


「そこで私は、その魂をなんとか修復しようと試みた。

 幸いにして、与一は己が何者かも知らぬ人形のような状態であったから、私が何をしようとも抵抗など一切なかった。

 そのおかげで、時間を掛けてじっくりやることができたのじゃがな」

「へえ、それで何とか人間に戻れたってことかい」

「まあ、そういうことじゃな。

 ただ、完全に元通りと言う訳にはいかぬ。何しろ混ぜ込まれた虎の魂を抜くことはできなかったし、抜いてしもうたら、その場であの者は死んでおったであろう。

 何とか人の意識を取り戻すのが精一杯であった」


 それだけでも大したもんだ。


「そこで初めて、あの者の正体が判明した。

 まあ、それを知った時は私も驚いたが、当の本人もどうしてあんなことになったのかはさっぱり判らぬと言っておった。

 記憶では、自分は病で死んだはずだと言うのじゃ」


 やはり、そういうことか。


「あの野郎が、墓から遺体を盗み出したってことかな」

「恐らくな。

 私もその時はどういうことかさっぱりじゃったが、先日地球王と出会うてやっと理解が及んだわ。

 間違いない、全てはあの盗賊の仕業じゃ」

「まったく、とんでもねえ野郎だ」


「そしてあの者は、自分の居場所へと帰って行った。

 それからどうなったのかは知らぬ。が、あの様子を見る限りちゃんと元の鞘へ収まることが出来たのであろうな」

「まあ、良かったと言っていいのかもしれねえが。でもホントにそうなのか?」

「さあな、それは本人に直接聞いてみるのがよかろう」



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