第二章 撫子 十八 芋粥
俺は焚火の所まで歩み寄ると、鍋を覗き込んだ。
「昨日、里芋をたんと戴いたからの。せっかくだから粥にした」
鍋の中には、米や粟に交じって大きな芋がごろごろ入っているのが見える。
なるほど、こりゃ美味そうだ。
腰かけ代わりの丸太の上に、無言で腰を下ろす。
すると蓬子も鍋を挟んで俺と向かい合うように、黙って腰を下ろした。
撫子は椀に芋粥をよそうと、箸を添えて俺と蓬子の前に置いた。
「いただきます」
「いただきます」「いただきます」
ガツガツと犬のように粥を掻っ込む蓬子。そんなに腹が減っていたのか?
俺は、芋を一個口に入れ、じっくりと味わいながら撫子に尋ねた。
「んで、結局こいつは何なんだ?」
「ん? 見ての通り、私の連れじゃ。今回は蓬子の力が必要になる気がして、一緒に連れてくるつもりでおったのじゃがな。
その前にお使いを一つ頼んでしもうたので、遅れて来たというわけじゃ」
「へー、お使いって?」
「悪者退治じゃ!」
蓬子が、あっと言う間に椀を空にし、自分でお替りをよそいながら答える。
「悪者退治?」
「そうじゃ。京の五条で、何やら弁慶気取りの大男が出没して暴れておるというのでな、我がやっつけてきた」
「はあっ?」
蓬子はもう、粥をやっつけるのに忙しそうな様子なので、撫子が後を継ぐ。
「うむ。今頃になってわざわざそのような名を名乗るくらいじゃから、おそらく元は義経の家来衆であろう。
主を悼む気持ちも判らぬではないが、はた迷惑でもあるし、いつまでも世を儚んでおらずにそろそろ目を覚ました方が、本人の為にも良かろうとな。
暴れん坊を大人しくさせるには、人前で大恥をかかせるのが一番じゃ。
どうせやるなら、私がやるよりも蓬子にやらせた方が面白かろうと思うてな。ククッ」
俺は、目の前に座るこの小さな娘が雲を突くような大入道を手玉に取る様子を想像した。
面白すぎだろ。
「んじゃおめえ、京でその偽弁慶をやっつけて、それからここまで一人で旅して来たってわけかい?」
「ほうひゃ!」
口いっぱいに芋を頬張りながら。
「何なんだろうな。こんな小っちぇえ餓鬼が弁慶みてえな大男をやっつけるなんて、普通なら冗談としか思えねえんだけど。
お前の連れと聞くと、信じちまいそうになるぜ」
「嘘ではない! 疑うなら我と一勝負やるか?!」
六杯目をよそいながら。
「いや止めとくよ、勝てそうにねえからな」
お世辞じゃなく、これは本音だ。
「それにしてもお前、良く食うな」
「五日五晩、ずっと走り通しだったのでな。さすがに腹が減った」
「ブハッ!」
五日五晩走り通しだと?
「どこまで出鱈目なんだよお前らは! まさか、ずっと飲まず食わずの休みなしで走って来たのか?」
京の都から蝦夷に近いこの地まで、普通の旅なら一月はかかる。
走り詰めでも半月。五日で来ようと思ったら、本気で休みもなく夜も寝ずに走り通しでもなきゃ、来れるわけがねえ。
しかも、子供の脚でだぞ?
「干し飯くらいは持っておったからな、駆けながらでもそれなら少しは口にできる。水はそこらの沢でいくらでも飲める」
「眠るのは?」
「時が惜しい。我は一日も早く撫子姉さまにお会いしたかったのじゃ。
じゃから、そこの峠でもおかしな奴らが出て来たが、相手にせず走り抜けて来た」
「えっ、盗賊に襲われたのか?」
「襲われたというか何というか。男どもが大声出しながら馬で追いかけて来たのじゃがな。面倒なので脚を速めたら、すぐに見えなくなったぞ」
馬より速く走ったのかよ……。
「そうかそうか、道理で思ったよりも早う着いた。えらかったの、蓬子」
「えへへー」
撫子がニコニコしながら頭を撫でてくるのを、蓬子は嬉しそうに笑い返す。
とても心温まる微笑ましい光景のように見えるが、喋ってる内容はこの世の出来事とは思えねえ化け物同士の会話だ。
「御馳走様でござりました。はあ、お腹一杯で御座りまする」
椀を置いて、満足げに腹をさする。
そりゃそうだろ、ほとんど一人で食っちまいやがって。
「蓬子よ、少し休んだらどうじゃ?」
「はい、そうさせて戴きます。少々疲れましたゆえ」
少々かよ……。なんかもお、言葉の端々がいちいち引っかかるな。
「では」
蓬子は、すっと立ち上がると本堂の方へ向かう。と思ったら、俺の後ろへ回って襟首をグイと引っ張った。
「ぐえっ。何しやがんだこの餓鬼!」
「五月蠅い、ちょっと体を貸せ」
そのまま片手で、ズルズルと俺を引きずりだす。
「てめ! 離せこのクソチビ!」
なんて馬鹿力だ。確かにこれなら弁慶の一人や二人くらい、屁でもねえだろうが。
蓬子は俺が暴れるのもまるで意に介さず、欠伸をしながらそのまま本堂の所まで引きずって来ると、枕でも放るような気軽さで、ポイと中へ投げ込んだ。
ドスン!
「ぎゃっ」
俺は腰を床に強かに打ち付けて、悲鳴をあげた。
「このっ、……って」
起き上がろうとした俺の膝の上に、今度は蓬子が身を投げ出してきた。
「おいこら」
「ん……」
返事なのか返事じゃねえのか、小さな声を漏らしながら猫のように丸くなる。
「おい」
「クウー……」
あっという間に寝息を立て始めやがった。ったく、なんて奴なんだ。
「あはは。どうじゃ狼よ、娘が出来たらそんな感じじゃぞ。丁度良い練習になるではないか」
後から撫子が覗きに来た。
「こんなおっそろしい娘なんか御免だよ。
それにしても、ホントに何なんだよこいつは。お前の妹なのか?」
「うーむ、妹と言うか妹分と言うか娘分と言うか」
「妹分? てことは血は繋がってねえのか」
「血か。うーむ、それも繋がっておるようなおらぬような」
「なんだよ、はっきりしねえな」
「そうじゃな、妹と言うて差支えなかろう」
「そうか。で、これからどうすんだ?」
「まあ、この一件が片付くまでじゃな。できれば、蓬子の力を借りずに済ませたいものじゃが」
「確かにこの馬鹿力なら、相当頼りになりそうだ」
撫子は、首を振った。
「必要なのは、馬鹿力ではない。もっと大きな、この私でさえ及びもつかぬ大きな力じゃよ」
「お前の、こないだのアレよりもか? そりゃすげえな、そうなったらもう神様並じゃねえか」
「いいや、神ではのうて鬼じゃ」
「鬼……」
「じゃから、使いとうない。そんな力を蓬子に使わせとうない。じゃが、どうしても使わねばならぬこととなったその時は、私も蓬子もその宿命に抗う術を持たぬ」
こいつらの宿命って……。
「ひとつ聞いていいかい?」
「何じゃ?」
「お前らって、人間?」
「無礼なことを申すな。人でなければ何だというのじゃ。
少なくとも、河童娘の小便を浴びて喜んでおる痴れ者よりは、ずっと人に近いわ」
「誰が喜んでんだよ!
大体だな、この仕打ちは何なんだよ。
ひとの体を布団代わりにしやがって。しかも、あんだけ馬鹿だの嫌いだのと散々こき下ろしておきながら平気で膝の上に乗っかって来るなんて、いったいどういう了見だ。
人肌が恋しいなら、お前んとこに行きゃあいいじゃねえか」
「まあ、そう言うな。こやつにも色々あるのじゃよ。
それに、おぬしの事を何だのかんだの言うておったが、あれ全部嘘じゃからな。
初対面で照れておっただけじゃ」
「ふざけんな! あれが照れ隠しの態度かっ!」
「とにかくまあ、そういう訳なのでな。
辛い生を歩む可愛い妹が、ほんの一時の温もりを欲するというのであれば、それは存分に味あわせてあげたいなあと、姉である私は思うのじゃよ。
もちろんおぬしも、異論はなかろ?」
くふふ……、と笑いを漏らす。
このやろう。
「判ったよ。こんな固え膝でよければ、いくらでも貸してやるよ」
「さすが、それでこそ我が夫たる狼殿じゃ」
嬉しそうにパンパンと手を打つ。褒めてんのか馬鹿にしてんのか、どっちだ。
「では私は先に出かけるゆえ、蓬子が起きたら連れて来てくれ。村の皆にも紹介しておかねばならぬからな」
「はいよ。あーあ、俺はついさっき起きたばっかりなんだけどな」
「二度寝とはなんと贅沢な、羨ましい限りじゃ。くふふっ」
「いいから、さっさと行け」




