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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第二章 撫子   十五 慟哭

「済まぬ! 済まぬ! 私のせいじゃ! 全部私のせいじゃ!

 私にもう少し力があれば、もうちょっとだけ頑張っておれば! あともう一人、二人でも助けられたものを! 許してくれ! 許して……!

 うわあああああああーっ!」


 聞き様によっては、これほど傲慢な言葉もなかっただろう。

 人の生き死には、天によって定められたものだ。どれほど強い者であろうと、どれほど身分の高い者であろうと、死は全ての者に等しく訪れる。

 例えそれが寿命を全うしたものではなく、他者に無理やり奪われたものであったとしても、それがその者の天命だ。

 だが撫子の言い様は、まるで自分にはそれすらも自由にできる力があるとでも言うかのようだった。

 もう少し? もう少し力があったらどうだと言うんだ。

 望めば人の命でさえ想いのままになると、お前は言うのか。


 撫子の周りには数人の女達がすがり付き、もういいから、貴女は十分にやってくれたから、お願いだから泣かないでくれと、同じように泣き叫んでいる。

 あの者達も身内を失った悲しみを抱えているだろうに、それ以上の悲嘆を撒き散らすあいつを黙って見ていられないのだ。


 それはそうだろう。

 あいつの取り乱し方は、普段のあいつからは想像もつかないくらいに激しく、狂おしい。

 傲慢さなど欠片も見えない。その無防備に泣き散らす姿は、まるで親を失った幼子のようだ。

 そしてあいつがそれ程までに悶え苦しむその理由も、俺はもう知っていた。

 言霊……。今の撫子の心には、村中に満ちる悲しみの声が洪水のように流れ込んできている。

 撫子はその絶望の海に溺れ、救いを求めて喘いでいるだけなんだ。


「撫子」


 後ろから声をかけた俺に、撫子は振り返った。


(ろう)……。もう一回だけ、もう一回だけ命を分けてくれ。

 そうすれば、あと一人や二人は生き返るやも知れぬ。さあ、お願いだ」


 俺は黙って手を差し伸べ、その体を抱え上げた。


「有難う、狼」


 撫子が俺の体をギュッと抱きしめる。

 だが、それだけだ。何も起こらない。

 そう。撫子にはもう、俺の命を吸い取る力すら残ってはいなかったのだ。


「行こう。

 お前がいつまでもそこで泣いていたんじゃ、他の皆が泣けねえじゃねえか。

 あっちで少し休もう」

「嫌じゃ、嫌じゃ……。降ろしてくれ、あの者達の側にいさせてくれ……」


 抱きかかえる俺に抗い、手の中から逃れようとする。だが今の撫子は、たったそれだけのことをする力さえ持たぬ、本当に幼子のようになってしまっていた。


「嫌……嫌……」


 俺は駄々っ子のように身悶えする撫子を抱えたまま、その場を離れた。


「済まねえがみんな、後は頼む」

「ああ、まかせな。撫子様をゆっくり休ませてやっとくれ」

「狼さん、巫女さん、本当にありがとう」

「撫子さんを頼んだよ」

「巫女姉さまに優しくしてあげてね」


 皆が口々に(ねぎら)いの言葉をかけてくれる。

 その声を背に、俺は古寺へと足を向けた。


 そして撫子は、俺の腕の中でいつしか眠りに就いていた。



 ―*―*―*―


 昼過ぎになって、名主(みょうしゅ)と佐助爺さんが寺にやって来た。


「狼さん、いるかい?」

「ああ、ご苦労さん」


 本堂を出て、外で話す。


「巫女様の様子はどうだね」

「さっき起きて、水を少し飲んだよ」

「そうかい、そりゃ良かった」

「村の方も大変だろう。大丈夫か?」

「まあ、色々と後始末はせにゃならんがね。

 そんでもまあ、こんな程度で済んだのも、狼さんと撫子さんのおかげだ。村のみんなも感謝してるだよ」

「俺はなんにもしてねえよ。全部あいつがやった事だ」

「そんなこたねえだ。あの人があれだけやれたのも、兄さんがいてくれたおかげだよ。本当に良くやってくれただ」


 命を落としたのは、全部で十七人だった。

 他にも大きな傷を負った者や家を焼かれた者は大勢いたが、あれだけ大掛かりな襲撃を受けて被害をそれだけに食い止められたというのは、確かに上出来だったと言ってもいいくらいだろう。


「まったく、あんな何百人もに襲われたってえのによ。兄さん達は一人残らずやっつけちまうんだもんな。

 ホントにぶっ魂消たもんだあ」


 何百人?

 いや、攻めて来た盗賊は確かに二百は越えていたとは思うが、俺達があそこで半分以上を食い止めたのだから、村を襲ったのは百にも届かない数だったはずだ。

 そうか、暗闇と恐怖のせいで、そんな大人数に見えちまったんだな。

 この村の住人は千人以上もいるのに、その一割にも満たない人数に襲われただけで大混乱に陥ったというのは、そういう理由だったか。


「狼……」


 その時、本堂の奥から撫子が出てきた。


「撫子」

「巫女様」

「撫子さん」

「ああ名主殿、佐助殿も。心配かけて済まなかったな」

「体の方はもうええのけ?」

「ああ、別にどこを悪くした訳でもないからの。少し休めば、どうと言うこともない」

「そうかね、それなら一安心だ」

「それより狼、腹が減った。なんぞ食い物はないか?」

「それなら儂がひとっ走りして、何か見繕ってくるだよ。ちっと待ってな。狼さんも食うべ?」

「ああ、済まねえな」


 佐助爺さんは任せろとばかりに、踵を返して走り去って行った。

 撫子は、その後ろ姿が見えなくなるまで見届け、それから名主の前に進み出て深々と頭を下げた。


「皆の前で見苦しい姿を晒してしまって、申し訳なかった。この通りじゃ」

「とんでもねえ! 頭を上げて下されよ!

 巫女様のおかげで、おら達は助かっただ。命を救われた連中は皆、早く礼が言いたいって大騒ぎしてるだよ」

「そうか……、そう言ってくれるか」


 撫子は俯いたままホッとしたように小さく笑い、それから顔を上げた。


「名主殿、ひとつお願いがある」

「何だね、何でも言っとくれ」

「笛と鼓を用意出来ぬか? もちろん奏者もじゃが」

「それくらいお安い御用だが。何するだね?」

「神楽舞をしよう」

「神楽舞?」

「弔いじゃ。亡くなった者達の魂を、せめて楽と舞で送ってあげたいのじゃ」



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