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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第二章 撫子   十一 言霊

 ―*―*―*―


 それから二・三日の間は、何事もない平穏な日々が続いた。


 俺は特にやることもなく、畑仕事を手伝ったり川で魚を捕ったりと、のんびりと過ごした。

 撫子(なでしこ)は、女達に細工物や織物を教えたり、男達にも畑への水の引き方や(こやし)のやり方、農具の手直しなんかの指導までして、村人達に頼りにされている。それに絵や歌なども達者で、餓鬼共からも大人気だ。

 どこで覚えたのやら、まったく色んなことを知ってやがるぜ。

 ただ、よせばいいのに餓鬼に請われて竹とんぼなんかを作っちまって、それが空高く飛んで行く様を睨みつけて苦々しげに唇を噛んでいたのには、正直言って呆れた。


 そんなある日のこと。

 俺と撫子は名主(みょうしゅ)に呼び出された。

 屋敷に足を運ぶと、他の百姓達も大勢集まっていた。何やら、ただごとじゃねえ雰囲気だな。


「実はな、(ろう)さんよ」

「どうしたい?」


 出迎えた名主も表情が硬い。


「今朝、御領主様から御布令が届いただ。近いうちに武家衆がやって来るそうだよ」

「へえ、そりゃ良かったじゃねえか。領主さんもやっと本腰入れて来たかい」

「本腰はいいだどもな。今度は三千人だとよ」

「「「三千!!」」」


 その言葉に、一緒に聞いていた百姓達も声を上げた。


「しかも、その軍勢は鎌倉からやって来るそうだ。総大将の名は、那須与一宗隆(なすのよいちむねたか)

「那須与一?」


 また、えれえ名前が出て来やがったな。

 おそらく領主が泣きついたんだろうが、これだけの軍勢を出すってことは、幕府も本気って訳かい。


「あれ? でも那須与一って、何年か前に病で死んだって聞いたけど」

「ああ、儂もそう聞いてただよ。だが、間違いねえってよ」

「そうかい。まあ噂なんか当てになんねえってこったな」

「盗賊をやっつけてくれるのはいいだがよ。

 いくら何でも三千人なんて、源平の合戦じゃあるまいし。そんな大人数、この村で養えるわけねえだ。

 そりゃあ、自分達でも兵糧(ひょうろう)くれえは持ってくるんだろうが。陣を敷くとなりゃあ、村の作物だって根こそぎ召し上げられちまうに決まってる。

 こんなこったら、盗賊の方がまだマシなくれえだ」


 いいや、あの盗賊は村どころか国ごとぶっ壊すつもりだぜ。なんてことは口が裂けても言えねえが。


「そこは、大将にきっちり話付けるしかねえんじゃねえのかい?

 いくら幕府が恐ろしいったって、鬼じゃねえんだからよ。それに那須与一といったら、国中にその名を轟かせた名将だ。そんな非道いことはしねえだろう」

「本当にそうだべか」

「そったらこと言っても、相手は幕府のお侍だで」

「この村あどうなっちまうだ」


 百姓達が口々に騒ぎ始めた。

 まったく、百姓ってのは本当に気が小せえな。まあ、その心配も判らねえじゃねえが。


 侍って連中は、とにかく人を人とも思わねえ野郎どもの集まりだ。

 百姓なんて犬や猫のようにその辺から勝手に湧いて出てくるくらいにしか思ってねえし、そんなのが生きようが死のうが、あいつらにとってはどうでもいいに決まってる。

 今回の件だって、村を救おうなんて殊勝な気は更々なく、ただ二度もやられたのが悔しいから仇を取ってやろうってだけの事だろう。

 だからといって、来るなと言えるわけもねえし。

 こうなっちまったら、村の連中にできる事といったらもう、ただただ頭を下げて嵐が通り過ぎるのをじっと待つくらいなもんだ。


「まあ、おぬしらが不安になるのも無理はないが、相手も同じ人間じゃ。話せばきっと判ってくれるじゃろう」


 それまで黙って話を聞いていた撫子が、口を開いた。


「あまり非道いことはせぬよう、私も交渉に加わってやろうゆえ。

 よいか皆の衆。:あ:ん:ず:る:な::……」


 撫子が『案ずるな』と言った瞬間、屋敷の中を一迅の風が吹き抜けたような不思議な空気が流れた。

 すると、腰を浮かせて騒ぎまくっていた百姓達がピタッと言葉を止め、力が抜けたようにベッタリと床に座り込んで、はあーっと一斉に息を吐いた。


「まあ、巫女様がそう言ってくれるならよ」

「そんなに心配することもなかんべか」

「そうだな」

「ああ」


 まるで憑き物が落ちた様な晴々とした顔で、良かった良かったと笑い合っている。何が良かっただ、全然良くねえだろ。

 こいつ、また何かしやがったのか?

 と、隣に座る撫子の顔をチラリと窺うも、撫子は表情も変えず澄ました顔のまま、連中の様子を見つめている。


「それで、名主殿。侍達はいつ頃来ると?」

「ああ、五日後くれえだそうだ」

「そうか、ではそれまでは特段やることもなかろう。皆、家に戻って畑仕事にでも精を出しては如何じゃ?」

「そうだな、そうすべえ」

「んだんだ」

「んじゃあな狼さん、巫女様」

「おお、達者でな」

「またな」


 と、その日は解散となった。



 ―*―*―*―


 その晩のことだ。

 俺は、当たり前のように俺の腕を枕にして寝転がる撫子に、昼間のことを聞いてみた。


「昼間のあれは、一体何をやったんだ?」

「あれはな、言霊という術じゃ。

 言葉に真実の想いと魂を込め、相手の魂と直接語り合う。それによって、相手は私の言葉を魂に刻み付けられ、否応もなく言われた通りに受けてしまうのじゃよ」

「言われたことを無条件で信じちまうってことか」

「それどころか、言った通りに動かすことが出来るぞ。右手を上げよと言えば右手を上げるし、走れと言えば走り出す」

「それで、落ち着けと言ったわけか」

「そうじゃ」

「なるほどね、大した技だ。出来ることなら俺も教えて欲しいもんだぜ」

「止めておけ」

「やっぱ無理か?」

「そういうことではない。この術は、そんなお気楽なものではないのじゃ」

「てえと?」

「死ねと命ずれば、相手は死ぬぞ」

「なっ……」


 そこまでのものだったか。


「そうか。だったらあの時、地球王にそれを使っていたらどうなってたんだ?」

死人(しびと)相手に死ねと言っても意味はなかろう。

 まあ、あ奴は真の死人とは違うようではあるが、魂の有り様が極めて異質であることは疑いようもない。

 おそらく言霊も、あの者には効かなかったであろうよ」

「なら、あの白拍子には?」

「あれには、効いたやも知れぬな。

 ただ、あの魂もまた尋常ではない。死人ではないが、地球王ともまた違う異様な形をしておった。

 それに、例えあの女が地球王の味方であるとしても、問答無用で死を賜るほどの罪を犯しておるのか、私にその判断はできぬ。

 そしてそれは、あの女に限らず他の誰が相手でも同じことじゃ。

 故に、私はこれまで人に向かってそれを言ったことは一度もないのじゃ」

「そうか……」


 って!


「ちょっと待て。お前、こないだ俺の顔を踏ん付けながら、死ねって言わなかったか?」

「ん、そうであったか? よく憶えておらぬ」


 このやろう……。




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