第二章 撫子 三 捕獲
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世の中、化け物だらけだ。
河童といい、クソ巫女といい、盗賊オヤジといい。
そういやあの野郎、俺のことまで化け物呼ばわりしやがったな。ふざけんな、くそ。
その日の夜。
俺は古寺の藁床の上に座り込んで、壁を睨み付けていた。
考えなくちゃならねえことが山ほどある。
クソッ。用心棒なんて簡単な仕事だと思ってたら、とんだ訳だ。
山の奴らだけでもうんざりだってのに、またもやこんな化物女まで現れやがって。
もう無理だ。
こんな連中、俺なんかじゃとてもまともに渡り合える気がしねえ。化け物は化け物同士でやり合ってりゃいいんだ。
どうする。こうなったらもういっそのこと、逃げちまうか。
まだ金を貰ったわけじゃねえし、このままこの村とおさらばしてもどうってことはねえ。
だが……。
村の連中はどうする、このまま見捨てるのか。
じき、侍共も来る。
そうなりゃ、今度こそ戦争だ。こんなチンケな村なんか、あっという間に滅茶苦茶にされちまうだろう。
田も畑も踏みにじられて収穫どころじゃねえだろうし、なけなしの作物だって全部召し上げられちまうに決まってる。
だが戦は止められねえ。どうするんだ、どうやって村を守りゃいいんだ。
それに、マリモとの約束だって……。
「のう……、のう、狼よ」
背中越しに、女の声が聞こえてきた。
撫子だ。
「のう、いつまでそんな所で拗ねておる。いい加減こっちを向いたらどうじゃ」
この化け物女は、結局あのまま名主を言いくるめて、この村に居座ることに成功しちまった。
そのうえ、名主が気を遣って自分の屋敷に住まわせようとしてくれたのに、こいつときたら俺と一緒がいいなんて抜かしやがって。
もちろん冗談じゃねえと断ったが、じゃあもう一度勝負するかと言われて、俺は黙るしかなかった。
くっそ。
「のう狼よ、私が悪かった。あんなつもりではなかったのじゃ」
何だ? 俺はつい耳をそばだてた。
昼間と違ってずいぶん殊勝じゃねえか。俺を慰めてくれようってのか?
だがな。女に慰められるなんて恥の上塗りだし、だいいち俺は拗ねているんじゃねえ、考え事をしているんだ。
邪魔すんな。
「のう、おぬしに恥をかかせようとか、生意気だからやっつけてやろうとか、そんな気は毛頭なかったのじゃ。
じゃが、まさかおぬしがあれほど弱っちい奴とは思わなんだゆえ。
あまりに簡単に仕留めてしもうたので、やった私の方がびっくりしてしまったくらいじゃ。
じゃが心配せずともよいぞ。か弱いおぬしは、私がちゃあんと守ってやるゆえにな」
「なん……だと……」
俺はゆっくりと振り返った。
このクソアマ。殊勝どころか、とことん俺を馬鹿にする気か!
「おお、やっとこっちを向いてくれた。機嫌を直してくれて何よりじゃ」
目を剥いて睨み付ける俺に向かって、撫子が嬉しそうに手を打つ。
何なんだ、この無邪気な笑顔は。
こっちの頭がおかしくなりそうだ。
「てめえ、一体どういうつもりだ」
「ん? 何がじゃ?」
小首を傾げる撫子に、俺は指を突き付けた。
「それでとぼけてるつもりか。
お前が只者じゃねえことはよく判った。だが、早々に正体を現したのは失敗だったな」
「おぬしのいう事はよく判らん。正体とは、一体何のことじゃ」
「お前、盗賊の仲間だろう」
「はあっ?」
「ただの女があの峠を無傷で通り抜けられる訳がねえし、お前のあの訳のわからねえ早技も、とてもまともな人間に扱えるものとは思えねえ。
白状しろ、地球王の手下め」
「地球王……、それが盗賊の名か」
「とぼけるな!」
撫子の顔を睨み付けながら、いったい俺は何を言っているのだろうと、自分自身の言葉に呆れ返っていた。
理屈も何も無茶苦茶だし、それにこいつが地球王の仲間だなんて、いくら何でもそんな訳あるか、馬鹿俺め。
だが、ただの人間と思えねえというのは、本音だ。
こいつの正体とはいったい……。
「はぁああああああああぁあぁあぁあ……」
撫子が、大きな溜息を吐いた。
「あああ困ったのう、困ったのう。馬鹿とは思っておったが、まさかこれほどまでに脳足らずとは思いも寄らなんだ。
私が、この私が、こともあろうに盗賊の仲間だとか。
はあぁぁあ、困った困った。
口で説明するだけなら簡単なのじゃがなあ。
しかし馬鹿は物分かりが悪いからこそ馬鹿なのであってなあ。
そんな馬鹿に限って自分が馬鹿であると認めるのも悔しいゆえ、判り切ったことすらわざと判ろうとせぬのだよなあ。
ほんに、馬鹿の相手は面倒くさいなあ。
困った困った、ああ困った」
と、腕を組み額に皺を寄せて真剣に悩んでみせる撫子のその姿は、実にわざとらしかった。
「殴りてえ……」
思わずそう漏らしてから、俺はしまったと思った。
が、既に手遅れ。
撫子が顔を上げて、ニヤリと笑う。
「ほほお、私を殴りたいと申すか。
うむ、構わんぞ。それでおぬしの気が晴れるというのなら、言葉で説得するよりよほど手っ取り早くてよい。
そうかそうか、おぬしに無抵抗の女子を殴りつけるような趣味があったとはちと意外じゃが、私もそういうのは嫌いではないゆえ、遠慮はいらぬぞ。
一発と言わず、気の済むまで思う存分やるがよい。ささ、早う早う」
「うっ……」
何でこんなことになっちまったんだろう。
嬉しそうに顔を突き出す撫子とは裏腹に、俺の方はもう、情けなくて逃げ出したい気持ちで一杯だ。
かといって、今更逃げ出せるはずもねえし。
俺は諦めて、撫子の顔めがけて腕を振った。
スカッ、と。
案の定、空振りだ。
「何をしておる。もっと思い切りやらんと、当たるものも当らんぞ」
「うるせえ!」
今度は思いっきり殴りつけた。
スカッっと。
もう一発!
スカッ。
無言で撫子を睨み付ける、俺。
そして同じく無言で、いやらしいニヤニヤ笑いを返す、撫子。
「うわああああっ!」
メチャクチャに腕を振り回してみたが、何度やっても何処を殴りつけてもなんの手応えもない。
まるで煙を相手にしているようだ。
「くっそお」
撫子は相変わらず涼しい顔で、目の前に立っている。
幻なんかじゃねえ、こいつは確かにこの場に立っている。こうなったら……。
「うらああっ!」
俺は大きく腕を広げ、撫子に飛びかかって行った。
「お」
撫子は一瞬たじろぐように後ろに下がろうとしたが、俺はそれを許さず、両腕でその細い体を思いっきり抱きしめた。
「へへ、やっと捕まえたぜ」
「ふふ、捕まってしまったのう」
冷静に考えれば、左右を塞いだところで、後ろに飛び退いてしまえば逃げるのは簡単だ。
だが頭に血が上った俺はただ闇雲に撫子に飛び掛かってしまい、捕まえた瞬間には「やったぜざまあみろ」とさえ思っていた。
こいつは、わざと捕まっただけだというのに。
撫子に間近で見つめられ、我に返った俺は、慌てて体を離そうとした。
が、今度は撫子の方が俺の首に腕を回し、しっかりと抱え込んで離そうとしなかった。
そして、
「狼……」
更に顔を寄せ、
「おい、ちょっと待っ」
唇を押し付けて来た。
「んっ……」




