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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
20/76

第二章 撫子   三 捕獲

 ―*―*―*―


 世の中、化け物だらけだ。

 河童といい、クソ巫女といい、盗賊オヤジといい。

 そういやあの野郎、俺のことまで化け物呼ばわりしやがったな。ふざけんな、くそ。


 その日の夜。

 俺は古寺の藁床の上に座り込んで、壁を睨み付けていた。


 考えなくちゃならねえことが山ほどある。

 クソッ。用心棒なんて簡単な仕事だと思ってたら、とんだ訳だ。

 山の奴らだけでもうんざりだってのに、またもやこんな化物女まで現れやがって。

 もう無理だ。

 こんな連中、俺なんかじゃとてもまともに渡り合える気がしねえ。化け物は化け物同士でやり合ってりゃいいんだ。

 どうする。こうなったらもういっそのこと、逃げちまうか。

 まだ金を貰ったわけじゃねえし、このままこの村とおさらばしてもどうってことはねえ。


 だが……。


 村の連中はどうする、このまま見捨てるのか。

 じき、侍共も来る。

 そうなりゃ、今度こそ戦争だ。こんなチンケな村なんか、あっという間に滅茶苦茶にされちまうだろう。

 田も畑も踏みにじられて収穫どころじゃねえだろうし、なけなしの作物だって全部召し上げられちまうに決まってる。

 だが戦は止められねえ。どうするんだ、どうやって村を守りゃいいんだ。

 それに、マリモとの約束だって……。


「のう……、のう、(ろう)よ」


 背中越しに、女の声が聞こえてきた。

 撫子(なでしこ)だ。


「のう、いつまでそんな所で()ねておる。いい加減こっちを向いたらどうじゃ」


 この化け物女は、結局あのまま名主(みょうしゅ)を言いくるめて、この村に居座ることに成功しちまった。

 そのうえ、名主が気を遣って自分の屋敷に住まわせようとしてくれたのに、こいつときたら俺と一緒がいいなんて抜かしやがって。

 もちろん冗談じゃねえと断ったが、じゃあもう一度勝負するかと言われて、俺は黙るしかなかった。

 くっそ。


「のう狼よ、私が悪かった。あんなつもりではなかったのじゃ」


 何だ? 俺はつい耳をそばだてた。

 昼間と違ってずいぶん殊勝じゃねえか。俺を慰めてくれようってのか?

 だがな。女に慰められるなんて恥の上塗りだし、だいいち俺は拗ねているんじゃねえ、考え事をしているんだ。

 邪魔すんな。


「のう、おぬしに恥をかかせようとか、生意気だからやっつけてやろうとか、そんな気は毛頭なかったのじゃ。

 じゃが、まさかおぬしがあれほど弱っちい奴とは思わなんだゆえ。

 あまりに簡単に仕留めてしもうたので、やった私の方がびっくりしてしまったくらいじゃ。

 じゃが心配せずともよいぞ。か弱いおぬしは、私がちゃあんと守ってやるゆえにな」

「なん……だと……」


 俺はゆっくりと振り返った。

 このクソアマ。殊勝どころか、とことん俺を馬鹿にする気か!


「おお、やっとこっちを向いてくれた。機嫌を直してくれて何よりじゃ」


 目を剥いて睨み付ける俺に向かって、撫子が嬉しそうに手を打つ。

 何なんだ、この無邪気な笑顔は。

 こっちの頭がおかしくなりそうだ。


「てめえ、一体どういうつもりだ」

「ん? 何がじゃ?」


 小首を傾げる撫子に、俺は指を突き付けた。


「それでとぼけてるつもりか。

 お前が只者じゃねえことはよく判った。だが、早々に正体を現したのは失敗だったな」

「おぬしのいう事はよく判らん。正体とは、一体何のことじゃ」

「お前、盗賊の仲間だろう」

「はあっ?」

「ただの女があの峠を無傷で通り抜けられる訳がねえし、お前のあの訳のわからねえ早技も、とてもまともな人間に扱えるものとは思えねえ。

 白状しろ、地球王の手下め」

「地球王……、それが盗賊の名か」

「とぼけるな!」


 撫子の顔を睨み付けながら、いったい俺は何を言っているのだろうと、自分自身の言葉に呆れ返っていた。

 理屈も何も無茶苦茶だし、それにこいつが地球王の仲間だなんて、いくら何でもそんな訳あるか、馬鹿俺め。

 だが、ただの人間と思えねえというのは、本音だ。

 こいつの正体とはいったい……。


「はぁああああああああぁあぁあぁあ……」


 撫子が、大きな溜息を吐いた。


「あああ困ったのう、困ったのう。馬鹿とは思っておったが、まさかこれほどまでに脳足らずとは思いも寄らなんだ。

 私が、この私が、こともあろうに盗賊の仲間だとか。

 はあぁぁあ、困った困った。

 口で説明するだけなら簡単なのじゃがなあ。

 しかし馬鹿は物分かりが悪いからこそ馬鹿なのであってなあ。

 そんな馬鹿に限って自分が馬鹿であると認めるのも悔しいゆえ、判り切ったことすらわざと判ろうとせぬのだよなあ。

 ほんに、馬鹿の相手は面倒くさいなあ。

 困った困った、ああ困った」


 と、腕を組み額に皺を寄せて真剣に悩んでみせる撫子のその姿は、実にわざとらしかった。


「殴りてえ……」


 思わずそう漏らしてから、俺はしまったと思った。

 が、既に手遅れ。

 撫子が顔を上げて、ニヤリと笑う。


「ほほお、私を殴りたいと申すか。

 うむ、構わんぞ。それでおぬしの気が晴れるというのなら、言葉で説得するよりよほど手っ取り早くてよい。

 そうかそうか、おぬしに無抵抗の女子(おなご)を殴りつけるような趣味があったとはちと意外じゃが、私もそういうのは嫌いではないゆえ、遠慮はいらぬぞ。

 一発と言わず、気の済むまで思う存分やるがよい。ささ、早う早う」

「うっ……」


 何でこんなことになっちまったんだろう。

 嬉しそうに顔を突き出す撫子とは裏腹に、俺の方はもう、情けなくて逃げ出したい気持ちで一杯だ。

 かといって、今更逃げ出せるはずもねえし。


 俺は諦めて、撫子の顔めがけて腕を振った。

 スカッ、と。

 案の定、空振りだ。


「何をしておる。もっと思い切りやらんと、当たるものも当らんぞ」

「うるせえ!」


 今度は思いっきり殴りつけた。

 スカッっと。

 もう一発!

 スカッ。


 無言で撫子を睨み付ける、俺。

 そして同じく無言で、いやらしいニヤニヤ笑いを返す、撫子。


「うわああああっ!」


 メチャクチャに腕を振り回してみたが、何度やっても何処を殴りつけてもなんの手応えもない。

 まるで煙を相手にしているようだ。


「くっそお」


 撫子は相変わらず涼しい顔で、目の前に立っている。

 幻なんかじゃねえ、こいつは確かにこの場に立っている。こうなったら……。


「うらああっ!」


 俺は大きく腕を広げ、撫子に飛びかかって行った。


「お」


 撫子は一瞬たじろぐように後ろに下がろうとしたが、俺はそれを許さず、両腕でその細い体を思いっきり抱きしめた。


「へへ、やっと捕まえたぜ」

「ふふ、捕まってしまったのう」


 冷静に考えれば、左右を塞いだところで、後ろに飛び退いてしまえば逃げるのは簡単だ。

 だが頭に血が上った俺はただ闇雲に撫子に飛び掛かってしまい、捕まえた瞬間には「やったぜざまあみろ」とさえ思っていた。

 こいつは、わざと捕まっただけだというのに。


 撫子に間近で見つめられ、我に返った俺は、慌てて体を離そうとした。

 が、今度は撫子の方が俺の首に腕を回し、しっかりと抱え込んで離そうとしなかった。

 そして、


「狼……」


 更に顔を寄せ、


「おい、ちょっと待っ」


 唇を押し付けて来た。


「んっ……」


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