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5.「セナ」

 後ろにステラちゃんの衣の布ずれを聞きながら、俺は思考する。


 何故、この初対面の女の子は俺が童貞であることを見破ったのだ?


 ……そうじゃなくて、いや、それもそうだけれど。


 何故、この初対面の女の子は俺が男の心を持っていることを見破ったのだ?



 俺はうつむき、自分の肢体を見やった。


 うん。何度見ても今の俺の身体は女そのもの。

 だのにステラちゃんは、俺が本当は男だということを言い当てた。と言うことは、この少女がそこらへんの事情を知っているのかもしれない。そう疑うこともできそうだ。



 あるいはどうだろう。実を言えば俺はまだ自分の今の姿を完全には把握していない。

 首から下、前面を見下ろす以外に方法はないのだから、例えば頭なんぞは実際どうなっているか良く分からないのだ。


 ならば、そうした自分では確認できていないところに、何か男の特徴のようなものが出ている可能性もある。


 例えば股の間に生えていたものが、今は頭のてっぺんからニョキっと生えているとか……


 俺は慌てて頭へ手をやる。


 ホッ。よかった。

 そんなことにはなっていないようだ。


「もういいですよ」


 我ながら馬鹿なことをやっていると、後ろのステラちゃんから声がかかる。




 振り返るとステラちゃんは裸で、その白く美しい背を晒していた。


 骨格の起伏の微妙な未熟は、まさに15、6歳のつぼみ花咲き始める頃合いといったような具合である。

 背筋はツンと伸びて、通常少女のある一時にしか成し得ないそうした貴重な可憐さが月明かりにより純度を増して起立していた。


 しかし、ステラちゃんはこの背中の可憐を、その価値を、美しさを自覚している様子はない。


 だって、おそらく彼女が見せたいのは別のモノなのだ。

 すなわち、硬質な肩甲骨から伸びた翼の生えぎわであろう。


「これで信じてくれましたか?」


 そう尋ねられたが、俺が信じられたのは彼女が普通の人間ではなさそうだということだけだった。


 その翼は確かに彼女の肌となめらかに接続されている。衣に縫い付けられた飾りではなく、身体の一部だったのだ。


 そして、普通人間には翼などない。

 つまり、ステラちゃんは少なくとも普通の人間ではないのだろう。

 本当に人間でないのなら電波も厨二病もない。


 その時、美しく尖った肩の骨が蠢いて翼が一つはばたく。


 俺はひとつドキリとした。


 こうなると、さっきの化け物とステラちゃんの違いはなんだ?

 醜い異形か、美しい異形の違い?


 そういう疑問が脳裏を浮かびそうになったが、俺はそれを慌てて打ち消して、


「まあな」


 とだけ答えておいた。


 そもそも、現状これだけ今までの積み重ねた常識が打ち破られている。

 目が覚めたら知らない場所にいて、女の身体になっていて、極めつけは先ほど現れたモンスターだ。


 この際、天使の一柱や二柱、ぽんぽんと現れても驚くに値しない。


 その上で、本人が天使と言っているのだから――そして応分の証拠も提出しているのだから、ステラちゃん=天使ということで会話を進めてみるのもやぶさかではないな。


「それで、君みたいな天使様が俺みたいな一般庶民に何の用だ」


「ええ。実はあなたが倒したその魔物についてなのです」


 そう言うとステラちゃんは白い衣を再び召しつつ、先ほど俺が殺してしまった緑色の化け物を指差す。


「まさか殺生を咎めにきたとか?」


 本当に天使なのだったら、そういうこともありえる気がした。


「いいえ、とんでもない。むしろ逆です」


「逆?」


「ええ。先ほど言ったとおり、あなたは全然悪くなんてないのですよ?魔物を一匹倒しただけなのですから。むしろ私達天使は、魔物を倒した人間には褒美を与えることにしているのです」


「褒美……ねえ」


 褒美とか言うとなんだか殿様とのさまみてーだ。


「どんなものをくれるんだい?」


「こちらをご覧ください」


 ステラちゃんはそう言って、ノートくらいのサイズで画面のようなものを差し出す。


「何これ」


「ふふっ、これは天使の最先端技術を結集して作られた『ステラちゃんパット』です」


「つーか、タブレットじゃん」


「え?」


「タブレットだろ」


「いいえ、ステラちゃんパットです」


 とステラちゃんはどう見てもただのタブレットをステラちゃんパットとやらと言い張る。


「ほらこうやって指でタッチすると画面が出て……」


「わかったわかった。で、これが何だっての?」


「この一覧から、褒美を選んでくれればいいんです」


 と言われて画面を見てみるが、見たこともない文字が並ぶのみである。


「あ、言語設定をしますね。うーん、あなたの使っている言語はかなり特殊ですね」


「フツーに日本語だけど、ステラちゃんも喋っているじゃん」


「私はそんな聞いたこともない言語は喋れません。私とあなたが意思疎通できているのは、思念通信テレパシーをしているからで……」


「ふーん」


 本当かね。普通に喋っているようにしか感じられないけど。


 ステラちゃんは、タブレット……じゃなくてステラちゃんパットを少し弄ってこちらに寄こした。

 すると、今度は日本語で表示されていて文字は理解できる。



<<<<<<<<<<


名前:未登録


所持sp:20sp



小さいパン 10sp

一杯のミルク 10sp

回復薬(微) 10sp

魔法瓶(微火) 10sp



栄養剤 20sp

カッパ 20sp

毒消し 20sp

魔法瓶(微水) 20sp


<<<<<<<<<<



「一応きいておくけれど、この『sp』と言うのは?」


「ステラちゃんポイントの略です」


 やっぱりな。

 この女、何でも「ステラちゃん」と付けなければ気が済まないタチなのだろう。


「これでいくと俺は今20ステラちゃんポイント持っているから、10spのもの二つか20spのもの一つ選べるってことか」


「そうです。もっと高いspで交換できる褒美もありますが、今のところ所持している20spで手に入れられるアイテムはこれだけです」


「今20sp持っているのはやっぱりあの緑のヤツを殺したから?」


「ええ。倒した魔物の一覧が見たい時はここを押してください」



<<<<<<<<<<


名前:未登録

撃滅数1


ひとつ目ゴブリン(20sp) 1匹


<<<<<<<<<<



「ひとつ目ゴブリンって……」


 と聞くとステラちゃんは頷く。


「こうやって人間が魔物を倒すとステラちゃんパットに記録されていきます。でも登録をしてもらわなければ20日以内に記録が消えてしまう。だから、今日はせめて登録だけでもしておいた方がいいですよ」


 何か手の込んだ迷惑メールのようだ。


「登録というのは?」


「ここに名前だけ入力してくれれば良いのです」


 すると、ステラちゃんパットに、



<<<<<<<<<<


ステラちゃんシステムへの登録


名前:『』


<<<<<<<<<<


 

 となってカーソルが点滅している。


「俺の名前を打てばいいの?」


「ええ」


「ちっ、タッチパネルは苦手なんだよな」


 そう愚痴ながら名前を入れるとこうなった。




<<<<<<<<<<


ステラちゃんシステムへの登録


名前:『セナゲ』


<<<<<<<<<<




「セナゲ……変なお名前ですね」


「違げーよ。瀬名源三郎せなげんざぶろうだ。この先が入力できないんだけど」


「あ、容量の関係でお名前は四文字まででお願いします」


「……」


 昔のファミコンRPGみたいだな。天使の最先端技術を集積したとか言ってなかった?


 これだと、源三郎と打ってみても、



『ゲンサ』



 までしか行かない。

 濁点も一文字かよ……


 仕方が無いので、



『セナ』



 と打っておいた。


「これで登録はオッケーです」


「え、これだけで良いの?」


「はい。ステラちゃんは天使なので、顔と名前さえ把握していればどうとでもなるのです」


 どうとでもなるって……怖ーよ。

 天使というより死神みてーな天使である。


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