16.「猟劇」
猟銃を持った男は不機嫌そうな顔をしてこちらをジっと眺めていた。
濃い顔と長い脚。
ずいぶん見栄えのする男だ。
イラン系、ペルシャ系のような容姿で、ヒゲをもっさりたくわえているから年齢は良く分からない。
「おおーい!」
人間だ……と、俺は嬉しくなって手を振った。.
現代にいた時、俺は人間が嫌いだった。
人間が嫌いというよりは、人間とふれあう自分が嫌いだった。
でも、こうやってしばらく人間とふれあわないでいると、そういう自分を忘れて人恋しさだけが勝る。
また人とふれあえば嫌いな自分を思い出すというのは分かっているけれど、人恋しさには抗えない。
寂しさを一人で克服した者は絶対的強者であるが、そんなものはお坊さんとかそいう系統の連中しかなしえないことだ。
それに連中だって本当にそんな克服を獲得したのかは怪しい。獲得したのだと吹聴しているだけか、獲得したと自分で思い込んでいるだけの者が大半ではないか?
どちらにせよ、俺は弱っちいので人恋しさに抗えない。
だからこそ、残念ながら、嫌いな自分は死ぬまで俺を追いかけてくるというわけだ。
人間が好きだけど嫌いという人間の心理は、こういう仕組みになっているのである。
「おーい!」
俺はまた手を振る。
しかし、男は岸の向こうで黙ってこちらを見るのみ。
どうしたんだろう?
こちらに何かあやしいところがあるだろうか?
その時ハッと気づいたが、自分は今裸で身体を洗っていたので、おっぱいが丸出しになっているのであった。
これでは変態だと思われてしまう。
俺は一旦水面下に裸体を隠し、シャボンを落としてからササッと岸へあがって、パンツやらプロテクターやらを嵌めた。
パンツはまだ乾いていないからグショグショで不快であったけれど、やむをえまい。
どうせまた川を渡るために濡れるのだ。
俺は、男のところへ行くために川を渡り始めた。
それほど深くもなければ急でもない川である。
泳がなくても歩いて渡れる。
「え、おい!ちょっと待てよ!」
しかし、ちょうど川の中腹くらいまで来た時、男は踵を返して木々の中へ消えてしまった。
俺は慌てて川を渡り切り、森中へ彼を探しに行った。
木々の中で人一人見つかるものではないと思ったが、意外にもすぐに男は見つかった。
が、話しかけることはできなかった。
彼は猟銃を構えていたからである。
そう、銃。
この世界にも銃があるのだ。
俺は改めてそのことを噛みしめた。
ここの暴力は、剣や魔法だけで完結していない。
そのことは重大な発見だと思われたが、今はそんなことはどうでも良い。
俺は、彼の銃口の向けられた先を目線で辿ってみる。
すると、鹿のような、のびやかで、美しい生き物のいるのが見られる。
その鹿は4、5匹の集団で、小さな泉で水を呑んでいた。
水場には陽が差し込んで甚だしく牧歌的だ。
しかし、木々に隠れて照準を合わせている男が潜むことを知っている俺は、その牧歌的な様がかえって緊張感を増幅させる装置にすら見える。
一つ。
狭い空に銃声がこだました。
鹿たちはパーっと散っていく。
だが、一匹だけが動かない。
彼だけがその場に残ったと思われた時に、ドサリと地へ伏した。
この一連の猟劇を、俺はほとんど息を付かないで眺めていた。
緊迫感で声をかけるどころの話ではなかったのはもちろんのことである。
続いて、男は仕留めた獲物へのそりのそりと歩んでいき、それを縄のようなもので複雑に縛るという作業を始める。
それでも、俺は声をかけるのをためらった。
彼は、あんまり美しかったからだ。
それは単に姿が美しいというだけではなくて、所作、行動、すべてに生活があふれていて、崇高と評しても良いような煌きを有していた。
これが人間だろうか?
人間とはこんなに素晴らしそうなものだったか?
そう考えるとどうにも気後れしてきてならなかったのである。
「や、やあ。あんた、猟師なのか?」
俺はやっとのことでそんなことを聞いてみた。
間抜けな質問だ。
見れば分かるだろう、とツッコミながらも俺は頭をぽりぽりかきながら返答を待つ。
一方、男は不機嫌そうな顔をしている。
怒っているのかもしれないが、元々そういう顔なのかもしれない。
しかし、顔が怖いというのは、まあ、大した問題ではなかった。
圧倒的な問題が起こったのはこの後である。
「yd? h☆のいァw;うえh」
「は?何?」
「h♪じゃd」
全然言葉が通じなかったのだ。
猟師は、苦い顔をさらにしかめる。
呆然と立つ俺の横を、獲物をかついで彼は通りすぎていった。