14.「失敗」
何ごとも、上手くなり始めに失敗は起こると言われる。
例えば自動車の運転。
あれは、初心者のうちはむしろ慎重にやるので事故はないが、ある程度小慣れてくると横着をして事故るものだ。
あるいは茸狩り。
初心者はよく分からないので達人に「これには毒があるか」と尋ねながら狩るけれど、すこし経験を積むと自分で判断できるような気になって結局毒茸を狩ってしまう。
俺の、女の身体の扱い方もそうである。
これも最初、まったく立ち上がることも上手く行かない折には、いろいろなことが油断できなくて、四六時中気を張っていたものだ。
しかし、骨格に合わせて女の動きというものをだんだん習得していくにつれ、どこかでこれが当たり前のような気分になって油断の心地があったのだろう。
特に、戦闘の実力が上がり、オークを倒すことさえ苦労しなくなってからは危機意識も薄れてきた。
この辺りにオークより強い魔物はいないようだったし、何よりもオークを倒せば一匹だいたい500ステラちゃんポイント手に入る。
これで、相変わらずの野宿ではあったが、野営の水準は劇的に上がったと思う。
食料に貧することはなくなったし、火や光源、寝床なども揃っていったのだ。
そうだ。問題はその寝床である。
初めは野外なのだからシュラフ(3000sp)にしようかと思ったが、これはさすがにステラちゃんポイントが足りない。
一方、簡易の小さなお布団(1500sp)というのがあったのでこちらを手に入れてみた。
これはむしろ、俺は寝袋で寝たことなどなく、お布団が恋しかったというのもあるから、こちらでよかったくらいである。
つまり、低コストで自分の求むるところが手に入ったというわけだ。
まあ、どちらにせよ。
失敗が起こったのは、その小さなお布団を仕入れたその次の朝のことであった。
「ふぁーあ……」
と、あくびをしながらお布団の中で半身を起こす。
すると、お尻の辺りが何かおかしい。
モゾモゾと腿を動かすと、シーツがビショビショに濡れている感じがする。
雨が降ったのかと思ったが辺りにはそういった様子はない。
「あ、そうか。ついに来たか」
そう呟いた時の俺は要するにこう思ったのだ。
すなわち、月のモノが来たのだ、と。
女の身体になっているのだから、当然そういうことも考えられると覚悟はしていたのである。
まあ、そう思ったので。
俺は血を恐れながらもお布団をそーっと捲ってみる。
しかし、予測に反して、お尻を濡らしていたのは血ではなかったのだ。
そう。結論から言えば、生理ではなく、おねしょだったのである。
「はははっ。なーんだ。単なるおねしょか」
と、軽く言ってみるがこれはこれでショックはデカイ。
いや、でも。そういう所もこの身体を扱い慣れていないのだから仕方ないだろ?
むしろ最も構造やら何やら違いそうなところだし。
意識的なコントロールが効かない、眠っている時の粗相であるならなおさら仕方ない。
そう、仕方ない。仕方ないはずだ……
などなど自分で自分に猛烈な言い訳をするが、濡れそぼったお布団と、せっかくの格好良いブロンズ色のパンツがびしょびしょに濡れて色を濃くしている低劣なザマを見ると、自分の大人としての尊厳が徹底的に剥奪されたような心持ちになる。
「はァ……」
深い溜息。
唯一の救いは、この大自然の下には俺一人っきりで、他人にこのザマを発見されていないということだけだろう。
「おはようございます」
「わあ!」
しかし、そんな救いも天使によって剥奪されたのであった。
「何を落ち込んでいるんですか?」
「な、なんでもないよ。何も用はないから、あっち行けよ」
そう言って、俺は下半身を布団に隠しておねしょを隠す。
「何を落ち込んでいるんですか?童貞のくせに」
「同じことをトゲを加えて繰り返すのはやめろ!」
「童貞のくせに、おねしょですか?」
トゲしか残らない。
と言うか、バレてる……
そう思うと、頬から火が吹くようで、目頭が熱くなるのを感じた。
「う、ううう……」
「泣かないでください。みっともない」
と、天使のように微笑むステラちゃん。
「うるさい!どうせ馬鹿にしにきたんだろ」
「違いますよ。天使だって童貞のおねしょをからかっているほどヒマなんてありませんから」
「じゃあ何を……」
「紙オムツは一枚30spですから、ご入り用かと思いまして」
やっぱりからかっていやがる。
でも、おねしょがバレて恥ずかしいのとバツが悪いのとで効果的な反撃が思い浮かばない。
「とりあえずオムツはいいよ……」
「そうですか」
「でも、替えのパンツとかがあるとありがたい」
「ごめんなさい。ステラちゃんポイントは衣類や武具などの装備品とは交換できないんです」
紙オムツはあるのに……
「でも、今ある装備の複製なら承りますよ」
「どういうこと?」
「つまり、そのパンツだったら、そのパンツの価値にあわせたspでもう一枚同じものをコピーして差し上げるということです」
「おお、それで良いよ。それで何spするの?」
「12万spです」
「は?」
「12万spです」
「聞こえてるよ!その馬鹿げたspは何だってこと」
「仕方ないじゃありませんか。そのパンツにそれだけの価値があるということです。価値と言っても、もちろん装備品的な意味でですよ?」
マジか……これ、こんなにスゲーもんだったんだな。
逆に言うと、これまでの戦いで勝てたのも、このパンツのおかげだったのかもしれん。
いずれにせよ、12万spなど無理なので、ステラちゃんからは50spの石鹸を購入したのみだった。
※1話目の前にプロローグを加えました。