11.「連戦連勝」
腹が減ってしかたなかったので、即座にステラちゃんポイントを以下のものと交換した。
「あんパン《50sp》」
「牛乳《30sp》」
それから、念のためにまた
「魔法瓶・微火《10sp》」
も手に入れておく。
魔法瓶は永遠に使えるというわけではないとのことで、この「微火」は数十回で効果を発揮しなくなるらしいからだ。まあ10spなので余裕があれば買い貯めておいてもいいかもしれない。
しめて、135sp持っていたところを90sp使って、残り45spとなる。
全部使わないのは今日これ以上魔物が現れなかったら夜に食べるモノがなくなってしまうからだ。
早い話、貧乏性なのである。
さて眼の前にあるのは、芳しきあんぱんと牛乳である。
ああ、胃が空っぽで痛い。
むしゃむしゃと貪りたいところだが、そこは我慢だ。
一口づつ味わって食べる。
うん、もう美味いのか美味くないのか分からないくらいに美味い。
噛み砕いた食物が、食道を通り、胃へ吸い込まれていくという実感がする。
空腹は身体の内から神経を鋭敏にさせて、あらゆる粘膜が栄養素の摂取に躍起になっているのだ。
よく噛み、食す。
ごちそうさま。
まだ足りないのだと思うけれど、まともな栄養を採ったことにより、身体のふらふらがまともになった気がした。
ちゃんと立てなかったのは俺がこの身体を上手く使えていないというだけではなく、単純に腹が減りすぎていたということもあったのだろう。
少し腰の力が地へ伝わったような気がして、剣をつかずに歩いてみる。
すると、十歩くらいは倒れずに行けた。
足場の悪い、木の根の這う森の中でここまで歩けたのだから、もはや平らなところであれば普通に歩けるのではなかろうか?
これなら剣も、もう少しまともに振れるだろう。
二、三素振りをしてみると、これまで「ブオン、ブオン」という音だったのが、「ブンッ、ブンッ」という音を放った。
うーん。
さっきの連中くらいの魔物であれば負ける気はしないぜ。
そう。実際、連戦連勝であった。
あれからゴブリン系の異形と全部で8匹出会い、これを苦もなく打ち倒すことができたのである。
また、どんなに相手が弱くても実戦は実戦。
こちらも真剣だ。
真剣な動きの中で、身体の動かし方も効果的に学習できた気がする。
すなわち女の骨格というものが、動きに馴染んできたのである。
もはや、ゆっくりならば剣をつかずに動き回れるし、少しならジャンプさえできる。
素振りの音も「ヒュッ、ヒュッ」という具合だ。
ためしに、この剣撃でバスケットボールほどの細い木を幹から切りつけてみる。
すると、剣は一撃にして木の直径の半分以上をえぐり、もう一度力をグッと込めると、それはギギギギっという音を上げて倒れた。
かなりの威力じゃね?
特に、この剣を振るという動作は、他の動作と比べて感覚を掴んでいくスピードが早い気がする。
俺って、剣の才能があったのか。
いや、いくらなんでも、童貞の俺に剣の才能などあるはずもなかろう。
俺に……というより、剣の扱いをこの身体そのものに、肉に、骨に、血に、おっぱいに、それを覚えこまされていたという感じであった。
俺はこの時。初めて以下のような疑問が脳裏に起こったのである。
この女の身体。この身体自体は、どんないわくのものなのだろうか、と。
そうこうしていると時も過ぎ去って、日も傾いてきたようだ。
あの野原からはそれほど遠くは行かないようにして、いつでも引き返せるようには移動してきたつもりだ。
野原から離れて魔物を探すというよりは、野原の周りを廻るように魔物を探していたのである。
何だか、昔のRPGゲームのレベル上げみたいな感じがして癪だけれど仕方あるまい。
だって、戻れなくなったら怖いもん。
あそこに戻らなくても別に構わないと考えることもできたが、この世界で初めに眼を覚ました場所というだけでも、俺には帰属意識があるようだ。
今の俺に、あまりにも寄る辺がないことの左証でもあろう。
そういうわけで、だんだんこの周りの木の生え方から地の盛り方、岩の形など細かいところまでに眼が馴染んで行き、あそこをこう行ってこう行けばこうなっているということがおぼろげながら掴めて来るようだった。
逆に言えば、そんなに広い範囲を移動していたわけではないということだが、これだからこそ野原に帰ることは容易いというわけである。
「じゃあそろそろ戻ろうかな」
日がますます傾いて、黄金色の西日が木々の間から弱々しく注がれているのを見ると、俺はそんなふうに呟いた。
しかし、それとほぼ同時だっただろうか。
後ろから、気配を感じる。
気配を感じるというと格好付けすぎかな。
ガサガサという葉の音が聞こえていたので、音を聞いたと言うべきかもしれない。
でも、音を聞いた後に、魔物の気配を背後に感じたのも事実である。
だから、音だけではなく気配だってちゃんと感じたという意味では、気配を感じたと言っても話を盛ったことにはならないはずだ。
まあ、それはいい。
そういうわけで俺は、魔物の気配を背後に感じて咄嗟に振り返ったわけだ。
そして、こう思った。
ラスト一匹……と。
しかし、そんな余裕な心持ちは、気配の主の姿を見てすっ飛んだのである。
一言でいえば、デカイ。
その魔物は明らかに大きかった。
今までのゴブリン系の連中とは比較にならない。
自分の身長が今どれほどなのか分からないから、相手の身長を推し量ることができないけれど、俺の眼線はソイツのみぞおちくらいのところにある。
のみならず横幅もあり、まるでアメリカン・フットボールのような巨躯。
全身が獣のように毛で覆われており、顔はおおよそ猪のような格好をしている。
そう。
その日最後に遭遇した魔物は、オークだったのだ。