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A M:M Alter Matrix:Meta  作者: イチトセ
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A M:M Alter Matrix:Meta 01 一章 不穏それでも平穏

貴方が甘美な演劇に眼を奪われていると、何処かの邪魔者が「何をそんなに見つめているのか? その演劇と彼女の瞳に、貴方の心の深層まで映っているのか?」と訊ねてきて、その内に根こそぎ貴方の時間と命を奪ってしまうだろう。



「おはようさーん」


「おー、おはよう。昨日のアレ、観たかよ?」


 賑やかではあるが騒騒しくはない教室。朝、ホームルームが始まる前に生徒達が思い思いの事を話すというのはここ、私立 朝霧学園でも例外ではない。


 海の近郊に位置するここ藍見市の埋め立て地の高台に位置する朝霧学園は県内でも有数の進学率を誇る全日制の私立高校である。部活動は運動部、文化部共に盛んであり、そのいくつかは県内でも強豪として知られている。校舎は近年改修したこともあり充分に綺麗な状態である。


「ねぇねぇ、今朝ニュース観た?」


 教室の中は意味のわかる雑多な音で満たされている。


「あー、観た観た!例の通り魔事件でしょ?怖いよねー」


「やっぱこの近くに犯人いんのかな?」


「えー、やだなぁそれ。ちょー怖いじゃーん」


「なぁお前ら知ってるかよ? この事件、妙な噂があんだよ」


「え?なになに? 妙な噂って? マジに犯人が近くにいるとか……?」


女子生徒のグループとその近くに居た男子生徒とで最近話題となっている連続通り魔事件について騒いでいる。


「ちげーよ、そういうんじゃなくてだな、なんでも被害者の死体にはな……」


男子生徒がいかにもな感じで間を開ける。どうやらその間は効果的だったようで女子生徒達は話に聞き入っている。


「し、死体には……」


「あぁ、なんでも『無い』らしんだよなぁ……」


「無い、って……」


「だからさ、色々、だよ。手とか脚とか…… 内臓、とか、さ」


「え、マジで……?」


「おう、なんでも食っちまってるって話だぜ、カニバリズムっつーの?そういう異常者が通り魔なんだってよ……」


「やだ、怖い……」


 この通り魔事件は三カ月程前から発生しているもので、発生当初からその凄惨さ、残虐性から世間の注目を集めていたが、最近ではその異常性が更に酷くなっているとの専らの噂であり、そんなこともありこのように尾ひれがついたとしか思えないような噂もまことしやかに囁かれるのだろう。


 彼らは彼らなりに真剣に怖がってはいるのだろうが、やはりどこか自分達には関係の無いことであると考えているのだろう。怖いと怖いと言いつつどこかその瞳には好奇心が感じられるし、話の内容がそれから逃げるための事や防ぐための事ではなく、通り魔の正体は怪物だの、どこかの研究所から逃げ出した実験体だのなんだのと、どんどん話があらぬ方向へ拡がっているのが何よりの証であろう。彼らにとっては凄惨なニュースも如何わしい都市伝説や怪談と同じで日常に刺激と話題を与えてくれるものにしか過ぎないのだ。


 果たしてこの噂が本当の事で、彼らの推察が当たっていると知ってしまっても、彼らは笑っていられるのだろうか……。


「新はさ、どう思う、アレ?」


「アレってなんだよ、アレってさ。Thatに特に思い入れはないよ」


「通り魔事件だよ、通り魔事件」


先程のグループと比較すると男と男のグループであり、だいぶ寂しいグループではあるがその後ろでも通り魔事件の話に花が咲いていた。夏の時期には少し野暮ったい印象を与えてしまいがちな光城 信也は、彼の横で学校配布の椅子を新幹線や飛行機のリクライニングチェアのように倒して、いつも通りの意味の無いジョークを言う旧友である新 侃に話を振る。


「なんかさー死体食ってるとか色々言われてるじゃん、どうなんだろうってさ」


「うーん、それってホントに正しいのかね?」


「え、間違いなの?」


「死体じゃないかもしんないぞ、生きてる時にバリバリと、っていうことも……」


「うへー嫌だなぁそれ。なんでそんなことするのかな?」


「知らないよ。俺は犯人じゃないし」


「知ってるよ」


 このように新と光城の話はなかなか進まないことが多い。その主な原因は新であり、主な、というのは正確にいうと9割5分3厘である。


「なにか考えてることない?」


「考えてることは無いね。思いつくことはあるけど」


「その思いつくことは?」


「教える責任は無いね」


 唇の端を持ち上げてこちらを見る新に、光城は多少の頭痛を感じるが、同時にいつも通りの友人の態度に安心感も覚える。


「思いつくこととしては、先ず大きく2つに分けられるね」


 話す気は無い、という風に言っていたにも関わらず、新は溜息をついている友人をよそに勝手に話を始める。


 ただ新がこのように話を進めていくのは別に難しいことではない。そもそもとして、彼は話す気が無い、会話する気が無い時は返事をしないし、返事をしても「ああ」とか「そう」といった素っ気無いものになる。


「積極的な動機によるものか、消極的な動機によるものか、といった2つ」


「具体的に言ってもらっていい?」


「食べたくて食べたか、そうせざるを得なかったからそうしたか」


「えーっと……」


「夜型の俺が頑張ってるんだから、お前ももうちょい頭働かせなよ」


 既に平均的なリクライニングチェアの傾斜角度すら越えた角度で椅子を倒しながら先程より唇を持ち上げて、ついでに眉も上げて新は光城を見る。 ここまで椅子を倒していると、休んでいるというよりかは、寧ろ、椅子と机を支えているエネルギィの消費の方が大きそうである。


「積極的な理由の場合、つまり食べたくて食べた場合は言うまでも無いな。きっと好物なんだろうね」


「人間が好物かぁ。やっぱそうだよねぇ。じゃないと食べようとは思わないだろうし」


「食材ならそこら辺に沢山いるからね。食費には困らないんじゃないか? 見習おうとは思わないけど」


「見習っても僕らを食べるのは止めてね」


 それなりに本気で光城は心配する。


「消極的な理由の場合、証拠隠滅とかになるのかな。食べて証拠隠滅」


「あぁ、指紋とかそういうの?」


「そう。食べた場所に何らかの痕跡が残っていた、とかな。 でもこの事件、現場に『食べ残し』が残ってるんだし、この線は薄いんじゃないか。余計に証拠が残りそうだし」


「食べるんなら全部食べないと意味が無いってこと?」


「証拠隠滅したいならね」


「うーん、食べたりするより海に沈めたり、山に捨てたりする方が確実で早いんじゃないかな?」


「俺は警察じゃないし、どうやって隠すのが確実かなんてわからないよ」


 欠伸をしながら、椅子を元に戻す。どうやら彼の「椅子をどこまで倒せるか」のチェレンジは、一旦の終わりを迎えたようだ。


「まぁもしもの話、仮定、想像の話だって。妄想かもしれないけど。食ってあったとか、あんなもんはただの噂だよ、ただの噂」


「そうかなぁ。噂かなぁ」


「噂だよ。っつーか、食われてたのが本当だとしても、なんで殺した奴、もしくは人間が食ったって思うんだよ。殺された後で野犬とかに齧られただけだろうよ、どうせさ」


「でも『火の無い所に煙は立たない』って言うじゃない?」


不意に男二人の寂しく、華も無い会話に爽やかな女性の声が混ざる。

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