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第二話「やってきました、戦場」

第二話! 全三話なので、次回で最後です!

 足元を流れゆく赤茶けた大地。ふわりと揺れるカーキ色のジャケットに、澄み切った白髪。

 ディアナ・クラーク魔導中佐を先頭に、風一つ鳴らさず行軍していく二個魔導中隊。常識を飛び越えているような彼彼女らの足は空を踏みつける。本当は見えない足場の上を滑っているだけなのだが――彼彼女らはまさしく空を飛んでいた・・・・・・・


 曰く魔導師とは、物理的現象から片足はみ出た技術である魔法(※10)に才能があり、兵士や戦士としての素質も持ち合わせたものたちを効率よく運営するために準備された枠組み。

 いくつかの属性に分かれた魔法のうちいくつかに素質があり、魔法を使うのに必要な魔力を一定量以上持ち合わせていて初めて、魔導師としての卵となれる。

 魔導師として重要なのは、森一つ焼き尽くせるほどの火力でも攻城兵器すらも弾く防壁を作り出せることでもない。『魔導師専用の魔導具をいかに使いこなすか』ということだ。


 魔法の属性すべてに適性がありながら一つもこれといった火力が出ない器用貧乏なディアナは、その点優秀だった。魔力の保有量と戦闘能力だけは秀逸で、まさしく魔導師になるために生まれてきたような人材と思える。

 加速と速度と隠密性にすぐれた『空飛ぶ靴|(※11)』を使いこなすのは、当たり前のことだった。

 第二種警戒区域(※12)と定められた足下は坑道を掘り進めた影響であちこち陥没して穴だらけであり、大人数を連れて行軍などとてもできない。それはディアナの敵国が身を持って痛感したことでもある。


 本来なら足を踏み込んだだけで国際問題に発展する炭鉱近くだが、多国間協定のようなものは先日期間を過ぎて失効したばかりだ。失効後一月以内に再度講和会議を開く予定だったのだが、ディアナの祖国は失効後一週間以内に|虎の子(魔導師)たちが意図的に立ち入らせることを以前から決めている。

 その先駆けにディアナたちを選んだのはシェパード陸軍少将であることは、ディアナ本人には簡単に予想できた。

 総じて、ディアナたちの上司たちはナショナリズム(※13)の塊と判断しえる。

 ディアナたちが向かう炭鉱に陣を張る敵国も似たようなものであり、衝突も多くお互いに怨みは絶えない。

 ディアナたちが寝食をともにした一般兵士たちは、後退した国境の警備を強化するために不衛生な塹壕に詰めている。相手も似たような現状だろうが、警戒区域を警備している人員は通常と比べものにならないほど少なかった。


「ジオー大尉と第三中隊は第二段階へ移行。マルクス中尉と第五中隊は私について来い」


 声を潜めるディアナに副官はただ頷いて返す。空にとどまったまま指示を待っていた中隊は一気に動き出した。

 まずジオール大尉と第三中隊が『空飛ぶ靴』から消音効果という恩恵を受けつつ、ディアナやレベッカ・マルクス中尉より先に敵陣に沿って迂回する。残されたディアナたちはお互いに目配せして、各々陥没したことによりできた落とし穴に入り込む。そして、見えもしない足場にしゃがみ込んで息を殺す。

 落ち着いた呼吸音が鼓膜を撫ぜることからくるどうしようもない不快感がもどかしい。

 敵陣に最も近いところで身をひそめるディアナもそんな思いに駆られている。思わず愛銃ガルドルをそっと撫でていると、ドォォン――!と遠くの方から爆発音を聞こえてきた。


 ディアナの口元が三日月型に歪む。そしてこそこそと隠れるのをやめて、バッ!と勢いよく敵兵の前に己の姿をさらけ出した。


「母なる大地に接吻を、ってか?」


 皮肉めいたことを呟くディアナ。その手には愛銃ガルドル。混乱して固まる警備兵たち五~六名。

 黒々とした凶弾は銃口から機関部の作動音のみを残して放たれた。そのまま空を穿ち、コンマ一秒未満のタイムラグの後、警備もろくにできない低能どものお飾りを食い散らかす。

 瞬きもしないうちに真っ赤な花弁とぶよっとしたピンク色のムースが、母なる大地へ撒き散らされた。


「総員速やかに第三段階へ移行! クラーク中佐に続けぇ!」

『『『サー、イエスサー!』』』


 凶弾が食い残した下あごがゴツっと地面を打つと同時に、第五中隊全員が一斉に駆け出す。ディアナもガルドルを小脇にかかえ、彼彼女らの先陣を切った。

 『空飛ぶ靴』によって三十人分の足音はそよ風程度にまで抑えられている。それをいいことにディアナは遠慮することなく敵陣深くまで足を踏み入れた。


「っな! きさm――」

「死ね」


 ディアナと鉢合わせた敵兵の気分はまさに地獄。

 進行方向に立っていれば声を上げることもなく凶弾に襲われ、塹壕に詰めていた敵兵は火球を放り込まれてほんの数瞬でレアステーキに仕上がる。敵国軍支給の旧式マスケット銃(※14)を構えようものなら真っ先に凶弾の餌食になった。

 ディアナはいつも通り絶好調だが、部下たちの歩みは想定よりも遅い。

 ちらりと後ろを一瞥したディアナに、マルクス中尉が慌てて駆け寄った。


「クルーク中佐! 予想以上に敵兵が多いです! 塹壕の数も多すぎます!」

「そうか! なら奮発しないとなぁ!」


 焦り顔のマルクス中尉に、ディアナは凶悪に笑う。

 すぐさまディアナが着込む戦闘服の袖部分に仕込まれた魔方陣(※15)が光って、特大の火球が頭上へ打ちあがる。二、三秒間上昇を続けたのち、パアアァンっ!と激しい破裂音とともに多数の火球へと分裂した。

 火球一つ一つにまでコントロールが利くはずもなく、膨大な熱量が全員の頭上から無差別に襲い掛かる。

 敵兵たちはとっさに身を守るが、ディアナたちはそれでも走るのを止めなかった。


「クルーク中佐! いくらなんでも派手すぎます! 殺す気ですか!?」

「それは冗談か!? この程度で私の部下が死んだ覚えなどない!」


 マルクス中尉の抗議は無数の爆音によってかき消される寸前だ。腰だめに凶弾をばらまくディアナはそもそも聴く耳を持たない。

 狂気すら感じられるディアナの高笑いは戦場の爆音にもかき消されず、敵兵たちに恐怖を植え付ける。慌てて武器を構え直す敵兵たちは、鼻で笑うディアナの火球によって吹き飛ばされた。


「うガぁアアアアアッ!」


 かろうじて動き出せた精鋭たちの奇声がディアナの鼓膜を打つ。立ち上る黒煙をかき分けて突っ込んでくる鬼兵たちを、思わず足を止めるディアナはマイクロスコープ越しに覗く。

 カシャシャシャっ!と凶弾がガルドルの銃口から音速で吐き出され、鬼兵の肢体を食らっていった。


 しかし、それでも討ち漏らしは数人発生する。ついに喉を嗄らすほどの奇声を上げ続ける壮年男性がディアナの弾幕を中央突破して、その小さな体に掴みかかった。

 ディアナの口元が三日月形に歪む。

 傷だらけの手は空を掻き、壮年男性の脇腹にヒヤリとした銃口が突きつけられる。息つく暇もなく響く凶弾の声。間髪入れず、軍服を真っ赤に染める壮年男性の下あごがガチンっ!とカチ上がった。


「ぐふ、ぁあ――」

「かははっ」


 両膝を折る壮年男性と、か細い右足を振り上げるディアナの間に流れる一瞬の間。脳を揺さぶられて朦朧とする壮年男性がそれを見上げるころには、ディアナの右足に仕込まれた魔方陣は爛々と無機質な光を放っていた。


「黙って死んでろ」


 壮年男性の頭蓋が、振り下ろされた右の踵と地面とで勢いよく挟まれる。

 コンマ数秒の抵抗を見せる頭蓋骨は、ドキャっ!と重苦しい声とともにピンクと赤のほの暗いグラデーションが母なる赤茶けた大地に広げた。

 敵兵からも味方からもあちこちから畏怖の視線を集めるディアナ。ブーツにこびりついた脳漿を払うように足を振ると、敵兵のほとんどは思わず手にした武器を足元に落としていた。

 ディアナの目にはそれが映らず、ばら撒かれたガルドルの凶弾によって食い殺される。バタバタと敵兵が倒れて、ディアナはマイクロスコープから目を離した。


「うん、見晴らしがいいな。結構なことだ」


 その一言には、マルクス中尉も絶句する。思わず銃剣を足元へ落としそうになる彼女をおいて、ディアナは再び走り出す。抵抗する敵兵の姿はほとんどなく、血を流した敵兵と使い古されたマスケット銃だけがその姿をさらしている。

 辺りを一通り見まわしたディアナはつまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らす。そしてマイクロスコープから顔を離した。

 

「クルーク中佐! エリアⅢ、クリアしました」

「総員第四段階に移行。ジオール大尉の援護だ」


 不機嫌そうなディアナは、駆け寄ってくるマルクス中尉にもそっけない。ガルドルをぶらりと下げて、乱暴に取り出したシュガータブレットを噛み砕く。

 ディアナは何故かイラついていた。「了解しました」と敬礼するマルクス中尉の姿も見えていない。

 嫌なものでも噛み潰したような顔をするディアナは、かすかだが、近付いてくる多数の足音を察知した。

 そちらの方向を向いたまま、ディアナはガチャっと弾倉を入れ換える。

 いつでも構えられるよう警戒を滲ませるディアナの目に、つい最近も見た軽薄な笑みが飛び込んできた。


「これはこれは、クルーク中佐。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」

「そうだな、ジオール大尉。本来来るはずもないエリアでとは、まさしく奇遇だ」


 ジト目のディアナに、ジオール大尉は思わず後ずさる。対して、ジオール大尉に引率されていた第三中隊の彼彼女らは見世物でも見るようにニヤニヤと笑っていた。

 手癖も良くないらしく、ジオール大尉を含めた彼彼女らの背嚢リュックやポケットは物が詰め込まれてパンパンになっている。ジオール大尉に限っては、小脇に人をひとり抱えていた。


「いくらお咎めなしだといってもそれは感心しないな、ジオール大尉以下。処分は帰ってからにするが、その大荷物はなんだ?」

「クルーク中佐、そう目くじらを立てないでください。これも大事な荷物ですよ」


 険しい顔をするディアナへ、軽薄な笑みを浮かべるジオール大尉。彼は古ぼけた印象の略章(※16)を上官ディアナへ差し出す。太陽を模した銀の布地に、小さく金糸で刺繍された星が二つ。

 士官になるのに必要な講習を受けていれば、その略章は陸軍中将のものであることは一目でわかる。ディアナは表情を一転、ニヤリと口元を三日月型に歪ませた。


「随分と面白そうだが、続きはあとだ。ジオール大尉、貴様の話もシェパード中将の説教も長いからな」

「分かりました、おじょ――クルーク中佐」


 ディアナの眉がピクリと動くが、ジオール大尉は軽薄な笑みを絶やさない。

 目付きを険しくするディアナは「ふん」と鼻を鳴らして、くるりと踵を返す。それに気が付いたマルクス中尉は、慌てて彼女に駆け寄った。


「作戦目標達成確認! 総員帰投せよ! 繰り返す、総員帰投せよ!」


 マルクス中尉の声は部隊全体へ行き渡る。周辺の警戒に当たっていたディアナの部下たちも、ディアナ同様踵を返す。それを確認したディアナは、そのまま真っ直ぐに駆け出していた。

 風に靡くカーキ色のコートを追いかける大人たち。小さな背中の横に、大荷物の大人が一人並ぶ。

 ニヤニヤといたずらっ子のように笑うジオール大尉の手には、ライター状のリモコンがあった。


「クルーク中佐、一度どうですか? 忘れられない快感ですよ」

「なんだ、貴様は爆発狂だったのか」

「そんな野蛮なものじゃないですよ。クルーク中佐は相変わらずつれませんね」


 「やれやれ」ともっともらしく肩をすくめるジオール大尉。ディアナはもちろんマルクス中尉までジト目になって、ジオール大尉はしぶしぶといった様子でリモコンのスイッチを押しこむ。

 その瞬間、とてつもない爆音が鼓膜を揺さぶる。押し出された衝撃と空気の波を肌で感じるディアナが振り返った先では、黒煙が空高くまで巻き上がっている。尋常でない振動が足下を揺らしたせいか、崩れた塹壕まであった。


「どこを爆破した?」

「いいかんじに火薬と弾薬が保管してあったので、そこを。派手にぶっ飛んでくれてなによりです」


 呆れた様子のディアナに、ジオール大尉は自信満々に胸を張る。マルクス中尉は「やりすぎです!」と目くじらを立てているが、ディアナはため息をついただけで再び走り出した。

 それについていくマルクス中尉やジオール大尉、その他六十名。

 戦場をひっかきまわした彼彼女は、まさしく嵐のように去って行った。


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