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第一話「おはよう、戦場」

どうも、不破関優那です。

完全に趣味で書きました。細かいことは気にせず、お楽しみください。

 ほの暗い視界、寒々とした早朝の空気。嵐の前の静けさ。

 朝霧立ち込める中、いわゆる塹壕(※1)の陰で彼女は目を覚ます。渓谷かと思えるくらいに背の高く傾斜のきつい前後の壁はあいさつの一つもない。それどころか霜をつけるというささやかな反抗までしてくる始末だ。

 我々だって好きでやっているんじゃない、と白髪幼女――ディアナ・クルーク魔導中佐は内心で愚痴る。白髪についた土埃を払う彼女は、こと戦場というイメージにはとてもそぐわない容姿をしていた。


 さらりとなびく肩まで伸びた白髪に、艶っぽく光る赤い瞳。整っている顔立ちには幼さを残し、桜色の唇からは長い八重歯が覗く。

 小柄な体には深緑を基調とした軍服も、いくつもの勲章も酷く似合わない。

 ただその鋭い眼光は、それに見合う以上のものだった。


「あぁ、クルーク中佐。おはようございます、よく眠れましたか?」


 大あくびをするディアナへ、すぐ脇で軽作業に勤しんでいた軍服姿の若い茶髪女性は顔を上げる。一般平均よりも少し小さいくらいの体格の彼女は、レベッカ・マルクス魔導中尉。

 上層部うえがわざわざよこしてきた希少な魔導師――もとい、ディアナの副官兼お目付け役だった。


「ふん、こんなところでの睡眠で十分なら、これからはベットではなく藁でも敷いて寝かせてやる」

「じ、冗談が悪いです。クルーク中佐」

「まったくもってそうだな、マルクス中尉」


 そんなことを聞く方が悪い、と行間に書き殴るディアナ。マルクス中尉は滲んだ冷や汗を薄汚れた軍服の袖で拭う。

 その手には布にくるんだ黒鉛の棒と安っぽい紙。慌てて隠すマルクス中尉に、ディアナは「ほう」と意地の悪い顔で笑った。

 ディアナは口には出さないが、「貴様も一端の乙女だったか」と内心ほくそ笑んでいる。しかしすぐに、もじもじと恥ずかしそうに顔を赤くするマルクス中尉にめんどくさくなった。


 ディアナは前を向き直って手早く自らの装備の点検作業に取り掛かる。特別に小さく作られた金属製のプロテクトや戦闘服、専用ベルトなどに異常はない。

 愛用しているサブマシンガンとか言うらしい魔導具も、表面の傷から射撃動作まで念入りにチェックする。ディアナはガルドルと呼んでいるが、作らせた黒ずくめ陰気男はMP7と呼んでいた。

 名銃だとかなんとか言っていたが、ディアナは性能云々よりも、その黒々としながらもスマートな見た目を気に入っている。人の目がなければ頬ずりしてしまうほどに、彼女は愛銃ガルドルを気に入っていた。


「はぁ……クルーク中佐もこれさえなければ完璧なのに……」


 どこからかそんな呟きが聞こえてくるが、ディアナは気にしない。朝靄でかすむ空気の中にいつものほのぼのとした雰囲気が混じる。そんな中に一つの足跡が入り込んできた。


「クルーク中佐、おはようございます。本日もお綺麗でなによりです」


 ディアナの目の前で足を止めた短金髪男はピシッと敬礼を決める。

 比較的大柄な彼の名前は、ヨハネス・ジオーネ魔導大尉。中性的な顔立ちをしている彼は女性関係が派手で、責任感も軽く感じているために言動も軽い。

 年下であれ階級が二つも三つも上のディアナへ得意げな笑みを浮かべてみせるのが何よりの証拠だった。


「担当の奴ら相当渋りましたが、本日も代用コーヒー(※2)とシュガータブレット(※3)をかっぱらってきました。どうぞ味わってお召し上がりください」


 そう言ってジオーネ大尉が差し出すのはほんのりと温かい水筒と青い紙でできた筒状の包み。

 ディアナはいつものように思わず顔をしかめてしまうが、一兵卒はハードタック(※4)一つと二、三種類のレーション(※5)だと思うと文句は喉もとで詰まって出てこない。

 ディアナが何も言わずに代用コーヒーを貰うと、マルクス中尉もおこぼれにあずかる。ハードタックを噛み千切りながら、ディアナは塹壕のその向こうを見据えた。


 いくつも積まれた土嚢の壁に、いくつも口を開ける坑道。さびついたレールに乗っかったトロッコには、大きな石が積み上がっている。

 世界有数の石炭産出地域を目の前に、ディアナの祖国と隣国とがにらみ合いという名の膠着状態に陥って久しい。

 そんな状況下でも採掘作業を止めないあたり、かの地域の重要さが窺える。それはにらみ会う両国のみならず、塹壕の陰で乾パンを齧る幼女までもが理解していた。


「あぁ、そうでした、クルーク中佐」

「食事中に貴様の声は耳障りだな」

「そんなこと言わないでくださいよ、ただシェパード少将とお顔合わせしたっていうだけですから」


 上官への気遣いがまるで見られないジオーネ大尉に、ディアナは不機嫌そうな顔を上げる。マルクス中尉やディアナの白目には疑いの瞳が収まっていたが、ジオール大尉はただ笑って見せた。


「シェパード少将とすれ違うときにクルーク中佐への伝言を頼まれたんですよ。えっと確か、『いつも通りにやってくれ』だとか」


 シェパード少将とは、エリク・シェパード陸軍少将のことで、今現在この戦場の総指揮を行っている人物だ。羊飼いシェパードという名前ながら、そのどす黒い腹の中には狼ばかりが住み着いている。

 ディアナは少しだけ真剣そうな顔で考え込んだが、「――そうか」とだけ言って残ったハードタックを代用コーヒーで流し込む。

 ジオール大尉から奪い取ったシュガータブレットも二、三粒口の中に放りこんで、その場でのそっと立ち上がった。


「うちのマヌケどもは全員起きているだろうな? さっさと号令をかけろ」

「はっ! はひこふぁりまふぃた!」


 真剣味あふれる顔をするディアナに、マルクス中尉は咀嚼を中断してまでも敬礼をする。おかげでなにを言っているのかまるで分からない。

 ディアナはため息をつきつつ、シュガータブレットを下の上で転がした。



◇◇◇◇◇◇


 朝靄が徐々に晴れてきた頃。敵陣あちらさんは、まだ起きている者も少ないだろう時間帯。

 炭鉱の方を向くように、ディアナの指揮する魔導師(※6)だけの大隊から適当に選ばせた二個魔導中隊が待機している。通常とは違い人数は六十名と二個小隊(※7)ほどだが、その能力は通常の二個中隊――歩兵二百四十人分と評価するのが妥当なメンバーがそろっていた。


「大隊、傾注!」


 屈強な魔導師たちの前へ、威風堂々としたさまでディアナがやってくる。彼彼女らの娘と言っても通用しそうな見た目ながらも、その軍服姿はディアナが彼彼女らの上官であることを周囲に知らしめていた。

「敬礼!」と号令がかかると、魔導師たちはバッ!と一斉に右手を上げる。

 すぐに「気を付け! 休め!」と号令がかかって、二個中隊は一寸の狂いもなく同時に右手をおろして肩幅に足を開いた。


「貴様ら、母なる大地がもたらした固いベットは気に入ったか? 私は久しぶりに反抗したくなった」


 口元を緩めもせず吐き出された冗談に、その場の空気は少しだけ和らぐ。マルクス中尉がすかさず咳払いをして、ディアナは脱線しかけた話を元に戻す。


「本日三刻(午前六時)(※8)より、極秘の作戦行動を開始する。作戦工程や詳細は事前に配布した通りだ」


 特に考える必要のない定型文にその場の空気はピリッとした緊張感を取り戻す。ゴクリと誰かの喉が鳴って、ディアナはくつくつと笑う。

 三日月型に歪む口元には、長い八重歯が光った。


「貴様らは今回の作戦行動に適格だと判断されたため、今現在このように徴集されている。我らの期待をしっかりとその肝に銘じ、国のため、ひいては私の出世のために出来る限り尽力したまえ」


 不敵な笑みを浮かべるディアナ。真剣のごとき剣呑さを含んだ視線で見回して、彼彼女らはナイフのような冷たい感覚を覚える。

 石化の呪いでもかけられたように強張る魔導師たちにディアナはくつくつと笑って、くるりと踵を返した。


「け、敬礼!」


 慌ててかけられた号令に、魔導師たちは一拍の間を開けて従う。ザリザリと昨晩使わされた固いベットの提供主を踏みつけるディアナは、シュガータブレットを一つ口の中に放り込む。

 部下たちの準備が終えるのを待つまでの間、すぐそばの塹壕の上に腰かけたディアナは今回の作戦に支障を来さぬよう愛銃ガルドルにオプションパーツを取り付け始めた。


 オプションパーツといっても、ガルドル自体が汎用性に重点を置いて設計されているのでそれほど手間ではない。

 申し訳程度にしか伸びていない銃身バレットを乾いた布で拭いて、外付けの消音器サウンド・サプレッサー(※9)をしっかりとねじ込む。細かい凹凸を作られたレールに手のひらサイズのマイクロスコープをネジで固定して、一番大きな弾倉マガジンをカーキ色のジャケットにいくつも仕込んだ。


 弾倉の中をちらりと確認して黒光りする銃弾の状態を確認する。ディアナに適性のあった闇属性魔法の数少ない使い方で、キラリと筋状に光を落とす薬莢はいつ見ても美しい。

 ディアナは一発だけ取り出し小さな手につまんで、見上げるように眺める。流線型のフォルムに冷たい金属の感触はいつ見て触ってもたまらなかった。


「――ぅさ! ――ぅく中佐! クルーク中佐!」


 そのせいでディアナは自分を呼ぶ声に気付けない。はっとして声をした方を見ると、マルクス中尉がぷくぅーっ!とむくれている。

 ディアナとは正反対に可愛げあふれるマルクス中尉はピシッと背筋を伸ばして敬礼した。


「第三中隊及び第五中隊、出撃準備完了いたしました! 今すぐにでも出撃可能です!」

「そうか、ご苦労」


 ディアナは銃弾を弾倉に戻し、ガルドルに装填して安全装置をかける。そのままガルドルを革製の負い紐で脇にぶら下げて、ポケットから懐中時計を取り出す。

 ディアナの手のひらより少し大きいくらいの文字盤は、二刻半三十分(午前五時三十分)を指していた。


「ふん、少し早いがこれから五分後に作戦行動を開始する。所定の場所につくぞ」

「はっ! かしこまりました!」


 再びビシッと背筋を伸ばすマルクス中尉に、ディアナは面倒そうに鼻を鳴らす。塹壕から飛び降りるディアナは、懐中時計とは反対のポケットからシュガータブレットを二、三粒取り出して口の中へ放り込む。

 ドロップ型に成形された砂糖の塊を口の中でコロコロと転がしながら、ディアナは再び塹壕のその向こうを見据えた。


「クソ重いケツ蹴り上げてやるよ、お守りのかかしども」


 ディアナはガリッ!とシュガータブレットを噛み砕いた。


次話は午後10時!

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