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魔女と勇者

作者: 秋兎

「~♪~♪」


外はまだ陽の光りが射しているといるのにお屋敷の中は闇に包まれ、頼りになるものは転々と置かれた蝋燭の光りだけ。


さらに、お屋敷に響く歌声のようなうめき声のような奇妙な声は人を恐怖へ陥れるには充分なものだった。


そんな気味の悪い屋敷内を一人の男は眉間にシワを寄せ、足を急いでいる。


しばらく薄暗いなか、歩みを進めるとやがて黒く、髑髏等の装飾をされた扉の前に止まり、脚で乱暴に開けた。


「おい!メイデール今すぐ俺の前に平伏せろ!」


乱暴な物言いに歌声は止み、代わりに返ってきたのは男を嘲笑うメイデールの表情。


「勇者の言うものではないわねパルロ」


パルロは面倒臭そうに鼻を鳴らすと魔導書等が積まれているソファの上に身を投げ出すように座った。


「そんなのはどうだって良いんだよ。それより街のスライムを何とかしやがれ」


そう言いながらパルロは腰に着けていた革製の巾着袋の中からデロッ、デロに溶けたスライムを投げつける。

メイデールは首を傾げそれを避けると楽しそうに笑う。


「パルロ、私はお前達を苦しめたいと思っているの知っているはずよ。それなのに何故助けなければならない?そういう時こそお前の出番でしょう」


「うるせー、あんな雨みたいに降ってくるの全て倒せるか!」


今度は近くにあった魔導書をメイデールへと投げつけた。メイデールは先程とは反対側に首を傾げ避ける。


「全く、それでお前は苦しむ住民を置いて此処に着たのね…」


パルロは少し胸を張り、飄々とした口調でメイデールに話始めた。


「俺がそんなことすると思うか?これでも俺は勇者だからな住民を守る義務がある。だがなその前に国を守るっていう義務があるんだよ。そこで王様は俺にお前を倒すように頼んできたんだよ。ってことで、今は住民は国の騎士が守り、俺は根本のお前を倒しにきたんだ」


「さぁ、観念しやがれ」と笑うパルロにメイデールはやれやれと手を上げた。


「なんでお前はそんなに単純なのよ。観念しろと言われて観念する奴なんていないし、私のスライムがあの弱小騎士団に負けると思うの」


「思う」


メイデールが尋ねた後、一拍も置かずにパルロの返事が返ってきてメイデールは眉を少し上げた。


「ほぅ。そこまで断言できるなら何か対策でもあるのかしら」


魔女のトレンドマークともいっていい黒く、馬鹿でかい帽子の下からメイデールの瞳が蒼く光る。


「ああ、あるさ。お前は夜にスライムを降らせ、昼間は何もしてこなかったな。そして、スライム達は光りには寄ってこなかった。つまりはこのスライムは光に弱い……だから松明で焼いてやれば直ぐに消えたよ。お前にしては今回は詰めが甘いな」


パルロは埃っぽい部屋の空気を肺いっぱいに吸ってから吐き出した。そして、真っ直ぐメイデールを見据えた。


「あんなに弱いモンスターは初めてだった」


「何よ…。草原のモンスターより強いはずよ」


パルロの真剣さにメイデールは苦笑しながら目を逸らした。


「そんなんじゃない!お前はこんな弱いモンスターを大量に降らせるよりもでっかいモンスターを一匹放し暴れさせるのが好きだったはずだ!」


言っていることは国にたいして一大事の問題だが、パルロには最早そんなことはどうでもよかった。


変わってしまった魔女……いや、メイデールのが今はパルロの気になることだった。


「メイデール。何があった」


「煩いわね…知ったような口聞かないでもらえるかしら。とても不愉快だわ」


メイデールの表情には冷たい笑みだけが張り付いている。


「……西の樹海、か」


口を曲げ難しい表情をしたパルロにメイデールは一瞬身体を強張らせた。


何故、パルロが西の樹海のことを。メイデールは見つめてくるパルロに視線を移し、様子を窺う。


パルロはメイデールの動きに「やはりか」と呟くとため息をはいた。


「王様の使いがそこで何人も消えた。だから俺が確かめることになって行ったんだよ……」


西の樹海――突如湧き出てきた妖気にそこにいたものは骨も残らず消えてしまった。

この妖気、本当ならば今頃街一つ消してもいいくらいに噴出していたはずであったが、パルロが次に確認したときには殆ど感じられなくなっていた。


「お前だろ?あれを食い止めてるの」


「……さあ、大体人間嫌いの私がそんな面倒なことすると思っているわけ」


クスクスと笑いながら一冊の魔導書を手に取る。


「……あー!お前って本当面倒な奴だなッ!なーにーが、『大体人間嫌いの私がそんな面倒なことすると思っているわけ』だよ本当は嫌いじゃねーくせに」


パルロはソファから勢いよく立ち上がりメイデールの元にゆく。


「だから!パルロには関係ないでしょ!これは私の問題であってお前達人間のためじゃないわ!」


先程まで笑っていたメイデールは激昂に顔を赤く染め、パルロに怒鳴りあげる。パルロはそれを見ながら勝ち誇った顔をした。


「何焦ってんだよ」


にまにまとニヤつくパルロにメイデールは気を落ち着かせるために魔導書をめくった。


「焦ってないわ、怒ってるの」


パラパラとページがめくられてゆく音を聞きながらパルロは「ふーん」と意味ありげにメイデールを見ている。


「なぁ、その本逆なんだが何を読んでんだ?」


クツクツと喉の奥で笑いを堪えるパルロは恥じらいで耳まで赤くなったメイデールから本を引きはがしメイデールを自分の胸に収めた。


「これは…その、……っていうか、離れなさいよ変態勇者!」


腕の中で暴れるメイデールは最初の余裕のある笑みも魔女の冷徹さもなくなってただの恥ずかしがる少女のように身じろぎ顔をさらに赤く染めていた。


「嫌だね。…ったく、無茶ばっかしやがって」


細い腰周りに回された手から逃れようとするメイデールを無視し、パルロは肩に頭を乗せる。


「何誤解してる訳!?わ、私は自分のために……!」


言い返そうとした瞬間、メイデールの身体は力を失いその場に倒れるように崩れた。パルロはそんな身体を優しく抱き留め、自分が座っていたソファにゆっくりとメイデールを寝かせる。


「ッ、パルロ!私になんかしたわけ」


動かない身体に鞭を打ち、パルロを睨みつけると困ったような笑みを返された。


「何もしてねーよ。…お前の身体さ、お前が思ってる以上にボロボロなんだよ」


子供をあやす時のようにパルロはメイデールの頭を撫でる。そして、指先を額へと移動させるとメイデールの体中にじんわりと暖かいものが注がれてゆく。


身体に力が戻る感覚にメイデールは目を見開いた。


「パ、ルロ…止めて、魔力が無くなっちゃ、う…」


呂律の回らない舌を一生懸命動かし、パルロを止めようとしたがパルロは「黙ってろ」とだけ言うと魔力をメイデールへ注ぎ込んだ。


終わりの頃にはパルロは肩で息をしており、不安そうに顔を見るメイデールに苦しそうながらも笑ってみせた。


「ばーか、冷徹極悪魔女が泣きそうな表情するなよ」


通常、魔力というものは体内に所持できる量が生まれた時から決まっている。人間の持つものは微量でしかないが、魔女は魔力の塊のようなものである故に死なない限り無くなることはないとされている。そんな魔力が無くなるほどメイデールは魔力を使い、弱りかけていた。


「馬鹿はお前じゃない!なんでこんなことすんのよ」


ようやく魔力も注ぎ終わり、パルロの息も整い始めると、すーっと、一筋の涙がメイデールの頬を伝い落ちた。


「教えてなんてやんない……。あのさ、俺怒ってんだけど」


涙を隠すように目を擦ろうとするメイデールの手を阻止し、自分の袖を涙を吸い取ってやる。その手は怒っているという割に優しく押し当てられていてメイデールは目を反射的に閉じた。


「何よ、いつでも怒ってるくせに…」


どこと無くいつもより弱々しいメイデールの声にパルロは呆れたように身体の力を抜いた。


――本当にこいつは。俺がどれだけ心配してるのかわかってないな。


「ああ、お前が怒らせるようなこといつもするからな」


「うるさい。大体にしてなんで魔女なんかに構うのよ」


いじけた口調のメイデールにパルロは小さく笑った。


「それは、俺がお前を好きだからだな」


「パ、パルロ!何狂ったことを」


けらけらと笑うパルロに横たわっていたメイデールは顔を赤くさせ逃げるように身をよじる。


「狂ってるか?まあ、いいけどな」


それだけ言うとパルロはメイデールの顎から髪を撫でる。

メイデールはプルプルと震えながら口を開けたり閉じたりを繰り返したが言葉は出てこなかった。


「言っとくけど、逃がさねーよ」


そういうとパルロはメイデールの額に口付けをし、意地悪に笑った。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

御意見、ご感想、誤字脱字ありましたら教えていただけると嬉しいです。

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