小話 メイドの得意な魔法
「仕事についてなんだが、先にやってもらいたい事がある」
「はい?なんでしょうか」
明日から仕事ということで、魔王城に先に勤めている先輩(この人は夢魔でした)から城の地図を貰って必死に覚えていたところ、レイヴン様が突然そう尋ねてきた。実はこの城に居る魔族全員人語が喋れるそうだ。カタコトな人も居るけど、なんかそういう教育をしているらしい。意外にグローバル思考?
地図から目を離し、レイヴン様を見上げると彼は一枚の紙を差し出した。
紙には魔族語で『使用できる魔術』と書かれていて、下にはチェック欄がある。
「城のメイドはそれぞれ使用できる魔術によって役割分担をしている。一番得意とする物には丸を、普通に使える物には印をつけておいてくれ」
「なるほど。少しお借り致します」
その紙を受け取り一通り目を通すと、私はどんどん印を付けていく。終わるとすぐにレイヴン様に手渡した。彼は受け取るやいなやいきなり私の肩を掴んできたけど、巨体に掴まれるってある意味恐怖でしかない。それがイケメンでもね!無表情で強く肩揺さぶらないで首がもげる!!
「ど、どうしたんですか!?」
「どうしたもこうしたもあるか!全ての魔術が使えるなんてどこぞの神か。しかも得意な魔術が無いとか普通はありえんだろうが!」
ある意味生きてる人間の中で一番神に近いとは言えない。あのドジ娘の傍に居たら嫌でも色んな技術と魔術学ばなきゃ生きていけなかったんですよバッキャロー!!
街にたどり着けば転けて変な男に連れ去られかけるし、悪い盗賊団が居るって聞いたら夜中に突撃して罠にはまるし、救出するの主に私の役目だったんですよ!?小柄だし力もあんまり無い最初はわざと捕まって内側から破壊して逃げましたよ。思い出すだけで涙が……。
魔術を覚え始めてからは魔術を派手に使って逃げるようになったけど、その頃もうすでに勇者として姿も名前も広まってたからむしろ彼女じゃなくて他のパーティーメンバーが連れ去られるようになったんだよねこれが。
勇者パーティーってやっぱり美貌が高い=能力が高いらしく、男メンバーもイケメンというか美男というか…ばっさりいうと男の娘と美女にしか見えない。(一人はジル)
その二人もよく誘拐されてたわけで、一番無難で目立たない私がいつの間にか救出係に任命されていた。思わず「自力で帰ってこいよ」って言った時があるけど、街が崩壊しかけたので泣きながら救出に行ったことがある。美貌が良すぎるのも考えものですねー。
「そこに書かれていなかっただけで得意な魔術はありますよ」
流石にずっと睨まれているのも怖くなってきたので、ぼそっと呟くとレイヴン様は私の肩から手を離し、怪訝そうな顔で私を見つめてきた。
少し痛む首を押さえながらため息をつき、私は右手を顔まで上げて軽く横に振ってみせる。すると手のひらから薄紫色の蝶が現れ、ふわふわと飛んでレイヴン様の肩に止まった。
そして私が手を握るとその瞬間軽い音を立てて蝶が白い鳥に変化する。突然の変化に驚くレイヴン様に私は笑みを浮かべ、肩に乗ってきた鳥を撫でる。笑顔いただきましたー。
「幻覚か」
「半分正解です。幻覚の一種で、私が理解・体験したものを相手に見せる魔術です。でも…」
そう言いながら鳥を指先に乗せ、空中へ飛ばす。そして両手をパンッと叩くと鳥が弾け、弾けた体と羽が雪になってふわりと広間に降り始めた。ただ雪に触れるとほのかに暖かい。
闇属性に属する幻覚は、自分自身が体験した出来事や実際に触れたもののみを再現するけど、私の場合は違う。
「こんなふうに現実に存在しないものも相手に見せることも出来ますよ」
「ほぉ…これは面白い」
「お褒めに預かり光栄でございます。それではもう一芸お見せ致しましょう」
調子に乗った私は、そこで軽く指で空に円を描くと円が立体で浮かび上がり、白い塊になる。それを掴み軽く捏ねると徐々に形が出来上がってくる。私が今作っているものは白い子犬だ。
最後に形を整え地面に置くと、白い子犬はトコトコと自分の意思で歩き始めた。まるで生きているかのように見える。
レイヴン様は驚きながらその子犬を抱き抱え、頭を撫で始める。子犬は撫でられるのが気持ちいいのか目を細めてレイヴン様の手に擦り寄っている。その反応に思わず微笑んで子犬を見つめるレイヴン様。
ナニコノコウケイモノスゴクカワイインデスケド。思わずカタコトになるぐらい目の前の方の周りだけほのぼのとしております。この世界にデジカメがあったら写真撮ってたと思う。
ちゃんと顔はにやけないように仮面の笑顔ですよええ。
「後はそうですね…使役魔術が得意でしょうか」
「珍しい魔術が得意なのだな。変わった奴だ」
「あははー小さい頃からよく言われます」
むしろ私の両親も変わり者、周りの人間も変わり者だったから一族揃って変わり者だとは言われてる。
その中でも一番変わっているのが私だった。そりゃあ生前の記憶持ち&チート能力だからね。生まれた瞬間魔力が暴走してあたふたしたとか。あたふたで終わってるから私の家族って凄いと思う。
下手すれば山が吹っ飛ぶ魔力を1時間で抑え込んだお父様。出産した直後だというのに私に結界をしてそのサポートをしたお母様。考えるだけで規格外である。
「王宮で働いていた事もあるので将来のお妃様の身の回りのお世話も出来ますよ」
そう言うと、何故か急にレイヴン様の動きが止まった。不思議そうに見上げる子犬と私に、後ろで部屋割りを決めていたドラゴさんがゆっくりと近づいてきて、襟元を掴まれた。
「ほぇ?」
「魔王様に妃の話はしてはならん…色々想像してしまうらしくてな、思考停止するらしい」
その言葉通り、今さっきから一切レイヴン様が動かない。どんだけそういう方面に疎いんだろうか…。
もしかしてDT?DTですかDT。
「魔王様に追い打ちを掛けるな小娘。それに魔王さまはすでに人間の年で6歳の時に卒業しておられる」
「6歳!?早すぎませんかドラゴン様!」
「ドラゴだ!王族なら普通のことだが、人間でもそういう風習はあるだろう」
いや、確かにこの世界にの王族には子供の頃から性教育を学ばせると風習はある。でも6歳は早すぎる。
あの勇者でも確か12歳の時だったはずだ。王女様は後2年後だったかな…。
「それじゃあなんでこんなに純情というか疎いんですか?年頃の男性って女性の体好きでしょ?しかも王族なんですから経験豊富じゃないんですか?」
「バッサリ言いおったな小娘。魔王様自身があまりそういう行為を好まないからだ。だが魔王の義務として女を抱くことはあるぞ」
「やっぱりそういうのあるんですねー。生贄とかですか?」
「いや捕虜や罪人のみだ」
「それって男…っ!ホモですかBLですか同性恋愛ですか!?」
「何故捕虜や罪人=男になる?!魔王様が抱くのは女性のみだ!」
「じゃあレイヴン様が抱かれるんですかそうですか」
「何故そういう結論になった?!」
「おーい二人共そこで話止めとけばー?」
「魔王様泣いちゃってるよー」
「「えっ」」
カロンとカランの言葉に驚愕しながらレイヴン様の方を見ると、確かに肩を震わせながら大の大人がボロボロと大粒の涙を流していた。
二人で慌ててフォローすれば更にボロボロと涙を流す。ひぃぃ泣かないでぇえええええええ。綺麗な顔が残念になってしまう。いや綺麗な顔だから泣いてる顔も綺麗なんだけど…って違う!
「あわわわわごめんなさいレイヴン様っ!なんでもしますから泣き止んでください」
「……なんでも?」
「はい!私が出来ることなら何でもいいですよ」
「「もしかして『わ、私を抱いてもいいんですよ?』てきな感じ?」」
「そこの淫魔共は黙ってていただけないでしょうかね」
常時脳内エロ共にツッコミを入れながら、内心冷や汗をかきながらニコニコと微笑んで言うと、いきなりレイヴン様に腰を掴んで持ち上げられた。
いわゆる俵持ち。
「へっ?」
「ちょうどいい。手伝ってもらいたい物がある」
「「おっとまさかの魔王様の方からお持ち帰りだァぁあああああああ!!」」
「おかしいでしょその考え方!!ちょ、レイヴン様下ろしてください自分で歩けます!」
ジタバタ腕の中で暴れるのも虚しくそのまま何処かへ連れ去られていく私をドラゴさんは生ぬるい目で、カロンとカランは満面の笑みで見送った。
そして数十分後の私はというと。
「ふむ…この服装の方が良さそうだな」
『魔王様、こちらのデザインはどういたしましょう』
「それは給仕の方へ採用する」
『すぐに手配させます。次は女性用の制服ですね。すぐに試作品をお持ち致します』
「頼んだ」
「もう勘弁してくださいぃ」
魔族の女性用の制服やメイド服、新作のドレスや戦闘服の着せ替え人形にさせられていた。
まず指定された年齢と体のライン、身長などを幻覚で再現。そして試作品を着せられそれに似合う髪型に何十回もさせられた。
1つのデザインに対してその行為が10回。今現在20個のデザインの服を着せられたから約200回以上は着せ替えられている。正直言うと結構ヘトヘトです。
ヘトヘトな私に対して着せ替え担当のメイドさんとデザイン担当のメイドさんはとても楽しんでいるようだ。レイヴン様も顔に笑みを浮かべている。
「正直言うと助かった。良いモデルがなかなかいなくてな…独断で決めていたら悪いと思っていた所だ」
「カラン様がいるじゃないですか」
「あいつはマトモなアドバイスが出来ん。ほぼ裸と変わりないデザインを推してくるばかりだ」
あーなんか簡単にその光景が目に浮かぶ気がする。淫魔だから仕方がないのかもしれない。
「時々でいい。彼女達に付き合ってやってくれ」
『私たち個人で店を開いていますの。理想的なモデルがいなくて辛かったのです』
『いつも新作を考えてはモデル探しに苦労していたのよ。貴女みたいな方が居て助かったわ』
「あまりこういうのは慣れてないんですけど…」
そもそもドレスとか私の生に合わない。今まで血生臭い戦闘かドロドロな人間関係しか体験したことないからほぼ無縁の存在だし。そりゃあ貴族の娘だから着る機会はあったけれど、好き好んで着たくない。
可愛いとは思うけれど自分には合わないと思う。むしろ誰かに着て欲しい。そしてその姿を見たい。
顔に嫌だというのが出ていたのだろう。レイヴン様が私の眉間に指を突き立ててこう言った。
「何でもしてくれるのだろう?」
私は泣く泣く頷く事しか出来なかった。内心モデル代取ってやる!と思っていたら、心を読んだかのようにお給料に追加すると言ってくれただけ幸いです。
タダ働きは無理。精神的にも肉体的にも無理。