メイド、事前準備をする
「…という訳で、これより1ヶ月間。仕事は徹底して行いましょう」
「「「はい!」」」
「お客様は個性がとてもお強い方ばかり。フォローし合っていきましょう」
「「「はい!」」」
「それでは担当を発表していきます」
本格的な冬になり、ちらほらと雪が舞うようになってきた魔王城。メイド長の業務連絡が続く中浮き足立つ同僚達とは裏腹に、私は憂鬱な気分になっています。それもこれも、今日から魔王様の婚約者候補様達が1ヶ月間魔王城にお泊りするという行事が行われるからです。
「…………憂鬱だ」
「一応開催主であるレイヴン様がそう言っては駄目です」
朝から不機嫌な顔で仕事をしているレイヴン様の横で、ツッコミを入れながら紅茶の支度をする私。心情はお察ししますが許可したのは貴方ですよ。
元々は魔王のお妃様探しとして行われていた行事だそうで、今まではレイヴン様の体調に問題があった為やらなかったそうなんですが、今年は領主全員から要望を押し切られて開催する羽目になったらしい。レイヴン様とうって変わってドラゴ様や魔女さん辺りは嬉しそうに準備を進めている。候補者本人はともかく、それぞれの地域からの献上品や新たな情報を入手出来る機会でもあるからだとか。
それを知っているからレイヴン様も渋々許可を出したが、意欲が無いのは見て分かる通りです。
「……めんどい」
「本当に困ったら合図をください。どっちかが助けに入りますから」
そう言って書類整理をしている深緑色の執事服を着た男が微笑んだ。柘榴色の髪を一纏めに後ろに流し、褐色の肌に髪と同じ色の手袋を嵌めて書類の山を仕分けている。レイヴン様をクール美人の真面目先生と例えると、彼は未亡人感を漂わせる生徒会長だろうか。細く垂れた目には私と同じ翡翠色の瞳が輝き、頭部には半透明の同じ色をした角が対になって生えている。
実はこの人、最近新たな種族「竜人」に生まれ変わった元お頭の人型の姿です。今はロッドという名前です。
1ヶ月のスパルタ教育を終えて正式な使用人になった彼から呼び出された私は、アシェンや母親と同じ竜になると決めたと報告をしにきた彼に第二の心臓を返却。彼はその場で割って吸収して生まれ変わったのです。数日間竜体や人型になる練習に付き合うと、交互に姿を切り替えられるようになりました。でも最初人型になった時は妹である婚約者候補様と似たような容姿だったんですよ?ガタイの良い兄貴みたいな感じでした。
後日、彼の提案で使い魔契約を行った時にこんな姿になったんです。契約をする際に主側である方から使い魔側に呼び名を贈るんですが、彼は既に名無しの状態だったので二つ名前を贈ったんです。片方は私の洗礼名と同じく普段第三者に教えない名前、もう片方は普段使う名前をアシェンの時と同じ様な感じで。
儀式が終わって閉じていた目を開いてみれば、誰ですか??と言うぐらい劇的に変化していたんです。本人も私が異次元から取り出した鏡を見て驚いてたんだけど、これはこれで格好良いからいいやとなり、翌日出勤して職場を驚かせたらしい。中身は以前と一緒です。でも私の事を嬢ちゃんと呼ばず名前で呼ぶようになりました。レイヴン様の事も魔王様じゃなく、私と同じ呼び方をするようになりましたね。気分的には多少変わってるのかもしれないです。
後でステータスを確認したら種族の所に「竜人」と書かれてて、竜じゃないんかい!とツッコミを入れて二人で神様に恨みの念を送りました。一度お腹壊せばいいんじゃないかな?あの神様。
「今日はロッドが候補者達の対応をします。希少種ですから目を惹くでしょう」
「希少種言うな。初日は挨拶が終われば執務に戻って構わないそうです。明日からの候補者達とのスケジュールはメイド長や執事長が対応なされます。付き添いには私かルーフェが付けるようにいつでもシフト変更してくださるそうです」
「……そうか。メイド長や執事長にはいつも苦労をかける」
申し訳なさそうな顔をしているところ申し訳ありません。あのメイド長、今朝の朝礼で一言目に「本日から魔王様に媚びる虫がやってきます」って良い笑顔で言い放ったんですよ。完全に今までの憂さを晴らす気でいらっしゃいますよあの人。執事長の方も似たような言葉を言ったのか、ロッドも苦笑いしている。
部下に愛されてますね、レイヴン様。
「私達は部署は違えどレイヴン様に仕える身。ここにいる二人がいない時は、子分達に合図を出してください。彼らがすぐに上の者に取り次ぐ様に動きます」
ロッドの元子分達はそれぞれ別の部署に配属され、普段はその部署で使用人として働いている。ドラゴさんの騎士団や双子の情報部、吸血鬼さんの隠密部や堕天使さんの制作所に所属し、死神さんと魔女さんの仕事場には定期的に掃除をしにいっているらしい。彼らも今回のお泊まり会に駆り出される事になっている。
一人だけ、城内に設置されている保育施設で保育士をやってもらう手筈になっている。彼は以前から子供と接する仕事がしたかったらしく、盗賊の頃に神殺しの子の世話をしていた経験を買われて、今回は子供達の護衛ついでに研修を受けることになった。
「いざとなれば子供達の所に逃げてください」
「…何故だ。逆に危なくないか」
「子供は他人の感情を素直に読み取ります。無邪気な子供の言葉って、いくつになっても心に突き刺さるんですよーうふふ」
「………お前の上司、何かあったのか?」
「最近反抗期に入ったらしいですよ」
企み顔を見たレイヴン様がロッドに問いかけた。私はあの事を思い出して愕然と気分が落ち込んでいます。そう、神殺しの子の事です。名前が無くては不自由なので四天王さん達と相談して『トーリ』と名付けられ彼は、現在進行形で私に対してだけ反抗期中なんです。
最初の頃はチロルちゃんや他のメイドさん達に人見知りを発動して常に私の後ろから他の人を伺う様な子だったんですが、今は見た目相応な精神年齢にまで急成長。言葉もはっきりしてきたのは良かったんですが、最近私を避けるようになって逆にチロルちゃんや他のメイドさん、それ以上にロッドに懐いています。最近はロッドの部屋に泊まり込んでいるし、休みの日に遊びに誘っても「やることあるから行かない」の一点張り。お母さん寂しい…っ!
「これから1ヶ月毒沼に足を突っ込むような仕事をしなくちゃいけないのに…トーリとの一家団欒が最近の癒しなんですよぉー!それが出来てない!辛い!」
「下手すりゃその泥沼に浸かる事になるご主人を心配しろ」
「浸かる前に助けるのでそっちは問題ないですー!」
この1ヶ月間の婚約者候補様達の行動しだいで、下手したら私だけ泥沼に突き落とされる計画が発動されることを彼らは知らない。メイド長と先輩達が密かに計画してることだからね。私も今朝聞かされました。トーリの事で悩んでる最中にその計画を聞かされて、今朝から私も憂鬱です。
ボソリと「珍しいものを見た」と呟いたレイヴン様に恨みがましい視線を向けて、レイヴン様が好きな茶葉の紅茶を差し出す。この紅茶を飲み終えれば玉座がある広間に移動になる。それを理解しているせいかレイヴン様はいつもの倍の時間を掛けてカップの紅茶を飲み干すと、顔に無表情の仮面を貼り付ける。私達もそれに合わせて素の表情を奥底に隠し、主人の出陣を部屋の外の騎士達に伝える。
「所定の位置に付け」
「「かしこまりました」」
執務室を出ると今朝から配置された騎士達がレイヴン様の後ろに付き添う。私達は更にその後ろに付いて広間へと向かう。伝令からの報告で既に婚約者候補達が広間に集まっている事を知ると、背後にいるロッドに指で確認の合図を送る。チラリと通路の窓を見ると、ロッドが後ろで了解の合図を返してくる。さて、どんな曲者が来るのやら。
「予想以上に疲れた…」
そう言ったのは、午前中の対応を終えて執務室に戻ってきたロッドだった。見るからに頬が痩け、苛立っているのが分かる。レイヴン様に指示されて彼の分の紅茶を入れると、一気飲みして無言でおかわりを要求してくる。声ガラガラだものね…仕事が終わったら喉飴渡そう。
「ここにいる間はゆっくりしていい」
「ありがとうございますレイヴン様。ルーフェ、あれ作ってくんないか?」
仕方ないなーと思いながらおかわりを入れて空中に円を描き、ロッドのお気に入りであるペルシャ猫を作り出す。白いペルシャ猫は地面に降りるとすぐにロッドの足元に擦り寄る。それを抱き上げて肩に乗せると、彼は深いため息をついて二杯目の紅茶をゆっくりと飲み干した。
「はぁ、ようやく一息付いた」
「お疲れ様です。情報は手に入りましたか?」
「それはバッチリ。レイヴン様、報告のために口調を崩しても宜しいですか」
頷くレイヴン様を見てから、ロッドは素に近い口調で婚約者候補達から引き出した情報を話し始める。
全婚約候補100名の内、領主達が選抜して城に迎え入れたのは10名。一族を代表して選ばれたご令嬢達ばかりで、勿論婚約者候補第一位であるあの人もいる。初日は城内の案内と彼女達がそれぞれ暮らす個室への荷物移動を行うのだが、ロッドは案内役として彼女達一人一人について回った。広間での挨拶の際に、玉座がある上段ではなく出入り口に立っていた彼を身分の低い使用人だと思ったのか、彼女達は色々な質問をぶつけてきたらしい。わざと身分を低く見せるためにそこに立っていた事を彼女達は知らない。
「レイヴン様の事からオレ個人の事まで色々聞かれたましたけど、全部はぐらかしときました」
「わかった。内容を」
「まず、5~10位はそもそもレイヴン様を知らない奴らでした。偽物ではないのかとか以前のマスクは?とか、噂と見た目が違いすぎて驚いてる奴らです。あと年齢を上に鯖読んでます。相当若い奴を選抜してますよ」
まさかの上に鯖読み。確か最低年齢は20歳以上だったはずですが、相当若いという事は10歳以下の可能性があるということです。広間をこっそり覗いた時には大体私より年上かなー?と思う人たちばっかりだったんですが、魔族の年齢って見た目じゃ本当に判別できませんね。そこにいるレイヴン様が100歳近かったり、ロッドが20後半だったり。人間からしたら見た目詐欺です。
レイヴン様は真顔で手元にあるリストの5位~10位の欄をペンで消していく。横に「選抜者に処分通達」と書き込んでいるのを見て、心の中で彼らに向けて合掌する。
「問題は上位の奴らです。年齢も問題なく身分もそれ相応ですが、既に自分の家から連れてきた使用人を使って派閥を組み始めてます」
初日から早速始まりました女の戦い。まずは味方作りです。
「……誰のだ」
「はっきりとは言えないけど、おそらく数日で3位と4位の派閥が出来上がります。第一は無理でも第二になってやるって気合入れてました。早速オレに誘いをかけてきたぐらいですから相当気合入ってますよ」
その言葉にレイヴン様の眉間に皺が出来る。レイヴン様にとっては気合入れないで欲しいところですからねー。どうやら3位と4位の令嬢は押せ押せでいくスタイルのようだ。
「2位については後にして先に1位を。最初オレが兄だと気付かなかったみたいでしたが、魔力でバレました」
「だろうな」「でしょうね」
そりゃあ見た目は変わっても中身は一緒な訳で、婚約者候補様は身内ですからすぐ分かったでしょうねー。
「ある程度説明したら納得してたんで問題ないです。他の候補者への牽制は任せてください!だそうです。ただ……」
「ただ?」
「レイヴン様の知らぬとこで何か問題が起きた時に、ルーフェの鳩を借りる許可が欲しい…とかなんとか。鳩って伝書鳩かなんかのことか?」
ロッドとレイヴン様が不思議そうに私を見てくる。私は若干頭を抱えております。婚約者候補様よ、手紙であれほどプライベートな事だから他の人には内緒ね?と書いたでしょうが!実はあの騒動の後から彼女とも文通を交わしていたんですが、内容は本当に友達同士の気軽な内容ですよ?ただちょっとした秘密を交換しあったりしただけですよ?
真顔で私を見続けてくる二人に居た堪れなくなってきた私は、渋々と口を開く。
「鳩というのは、幼い頃から私が飼っている鳥の事です」
「「鳥」」
キョトンとした顔の二人。実際にその鳥を見せたほうが早いのだが、確実に怒られるのは目に見えている。でも見せなきゃなんで借りようとしているのか分からない。説教と体裁どちらをとるか悩みに悩んだ私は、一応「秘密にしてたこと、怒らないでくださいね?」と一言言ってから小さく口笛を鳴らす。
すると、音もなく私の直ぐ真上にオレンジ色の球体が現れる。もう一度口笛を吹くとそれに応える様に形を変え、次の瞬間、光をまき散らしながら大きく翼を広げた銀朱色の鷹が頭上を飛んでいた。形は鷹に似ているが、体の色や虹色の瞳球や長い緋色の尾を見れば別の生き物である事は明らかだ。
いつもの様に私の頭に着地し完全リラックスモードに入った愛鳥を、ロッドとレイヴン様が口を開けて呆然と見つめている。私は顔を両手で隠しながら説明を続ける。
「…不死鳥とかフェニックスとか言われている種類の鳥で、名前は鳩男爵です」
「その名前は無いだろ」
レイヴン様に冷静にツッコまれて私の羞恥心が爆発しました。
仕方ないじゃないですか!お母様からいきなり「4歳のお誕生日プレゼントですよー」って卵渡されて、正体を知らないまま孵化させちゃって、その時は凄い鳩そっくりだったのに半年ぐらいで羽が生え変わったらこの姿ですよ!?図鑑で調べて見つけた時には卒倒しましたよ!!
しかも「あれ?この子メスじゃん」ってお師匠様に言われた時なんて、一晩中この子に謝りました。逆に私を慰めてくれる滅茶苦茶良い子です。
出かけると何処にいるか分からないお母様やお師匠様に必ず手紙を届けてくれたり、魔術で姿を隠して潜入捜査もしてくれるとても良い子です。この子こそ、私個人が作り上げた情報網そのものだったりします。
「一度お前の両親に会ってみたいな」
「駄目です。絶対会わせません」
思わず即答してしまった。でも仕方ないじゃないですか。とても尊敬してますし大好きですが、二人の価値観は私や神様とは違った形で変だと最近学びました。許容範囲がダムを超えて海です海。しかも私より遥かに行動派です。私はあの二人が構築するほんわか不思議空間から、レイヴン様を守れる自信がありません。
「脱線させたオレが悪いんだけど、話戻していいです?」
押し問答を何度も繰り返す私達を見かねて、ロッドが助け舟を出す。どうぞーと促しつつ怒られなくて良かったと安心していると、何故かにっこり笑顔のレイヴン様がこちらを見ている。
「鳩については後で詳しく聞かせてもらおう」
「……ハイ、ヨロコンデ」
どうやらお説教は確定のようです。クアーッと呑気に欠伸をして毛繕いを始める鳩男爵から抜け落ちた羽根を貰い、品質を確認して異次元に投げ込みながら、私はとんでもない報告で意識がそっちに集中してくれないかなーと祈るばかりだった。




