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元盗賊、従者を目指す

どうしてこうなった。

今の心象を言葉で表すなら、これ以上に適切な言葉はない。オレにとっては最後のあがきで行った取引がまさか予想もしない結果になると、誰が想像出来ただろう?


『教える事は以上だ。本日最後の授業に向けて休憩しておけ』


「ありがとうございます、ドラゴ様。今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」


あれから半月程経っただろうか。結局、オレ達が起こした騒動は身内での争いという形で処理されることになった。大々的に公表される事もなく内密に処理され、ぐっすり眠っていたら話が進んでいて次に目が覚めると既に魔王城の使用人専用見習い部屋に叩き込まれていた。

元々農民上がりや浮浪者ばかりをかき集めて作り上げたこともあって、生き残った奴らはまともな教育を受けたことがない奴らばっかだ。初日はマナーレッスンや言葉遣いの修正から始まり、徐々に一般教養から護身術や戦闘術、元々魔術が得意な奴は専門的な魔術まで指導され始めた。

盗賊の時はともかく、一族の当主になるべく勉強していた頃よりも遥かに多彩な知識を頭に叩き込まれるせいで多少勉学に慣れているオレでさえ頭が煮える。子分達なんて当初から知恵熱を出してぶっ倒れる奴がいたぐらいだ。


何より一番頭を悩ませるのは、それらの知識や技術を教える教師役に四天王や魔王といった国のトップが関わってくることだ。本人たちは立場など気にせず接してくるが、こちらとしては身が縮こまるどころか恐縮してその場から逃げ出したい。逃げ出そうとすればメイド長や嬢ちゃんに連れ戻されるんだがな。


それにしてもあの嬢ちゃん、マジでなんなんだ。

魔王直属のメイドとは聞いていたが、実際の仕事ぶりを見るとメイドがする事以外もやってるじゃないか。主の身の回りの世話・情報収集・掃除・新人育成ぐらいかと思いきや、下働きがやる料理の仕込みの下準備が終われば魔王や幹部達が会議に使う資料を作成したり、空き時間があれば兵士の訓練に付き合い、消耗品の在庫を買いに外に出れば他国の情報や商人達からの噂話を土産に持って帰ってくる。お偉いさんが訪ねてくれば事前に下調べしてメイド長に報告し、休みのメイドの担当箇所まで仕事をこなす。締めには上層部全員のスケジュール表なんてのも作り上げる始末。最後に関してはメイドじゃなくて執事か側近がすることだろ。


他の使用人に聞いてみれば「暇であればやってくれる」らしく、業務もスムーズに済むから頼りっきりらしい。時々魔王の夜間警護もしているとか。仕事しすぎにも程がある。『少しは断っていいんじゃないのか?』と本人に言えば。


「後々自分の所に回ってくるのでさっさと済ませた方がマシなんです」


「こき使ってもいいとは言ったけど…メイドとしての仕事が少ない…」とぶつぶつ呟きながらも作業をする手が止まることはない。元々世話好きな性格なのか時々話に出てくる『お師匠様』に叩き込まれたのかオレにとってはどっちでもいいが、他の召使いも連日忙しくしているあたり人手不足なのは間違いないらしい。まぁ…あれが原因じゃ好んで城で働こうとする奴は少ないのはもっともだろうが。

休憩中のオレの視線の先には、一次研修を受けている元子分・現同僚達を指導している魔王の姿がある。


戦争していた頃の名残か、または【魔王】という存在に反乱を起こさないようにするためか、同種族を殺した魔族は忌避されると幼い頃から教え込まれるもんだ。同じ魔族でも別の種族なら「力が弱かったんだろう」で済まされるが、何故同種族だけはダメなのか。やってしまった今となっては身に染みてわかる。


命を奪った瞬間に流れ込んでくる魔力、アレはまるで麻薬だ。脳内を雷のように走り抜ける高揚感と自分の意思以上に動く体、そして何より不安や恐怖など初めから存在しないと錯覚する程の自信が沸き上がってくるあの感覚。

本来馴染むのに時間が掛かるはずの他者の魔力が一気に自分の物になる快感は、底が知れぬ程に甘美でおぞましい。特に原因を言語化するのが難しい辺り、酒に飲まれるよりタチが悪い。

何度も経験していれば行き着く先は魔物か共食いする畜生か、想像するだけで嫌になる。体験したからこそ同族殺しは忌避されるというのは理解できたが。


半端者のオレが、不意打ちをしてきた守衛一人を殺しただけでこう感じるんだ。

なら、噂では先代の部下だった何百人もの同族を殺した魔王が、何故平静を保てているんだ?そもそもオレは生まれて初めて魔王の素顔を見たんだが、以前着けていた奇抜なマスクはどこに消えたのだろうか。


「…………何か言いたいことでもあるのか?」


今まで本人にバレぬように観察していたんだが、見ている時間が長すぎたのかとうとう本人にバレた。観察しててもわかんねぇんだ、回りくどい事をせず直接本人に聞くか。


『気になったんだけどよ「習った事を忘れたか」…申し訳ありません」


『親分怒られてやんのー』『やんのー!』


「お前達も今の立場を忘れたか。ドラゴに鍛え直してもらえ」


悲鳴をあげながらドラゴ様に訓練場に連れて行かれた元子分達を見送り、二人だけになった執務室で改めて問い直す。


「魔王様は何故平静を保てているのですか?」


一言だけで魔王は納得がいったようで、懐かしそうな(どことなく疲れたような)目でオレを見てくる。


「……そうだな。お前には話しておいた方がいいか」


「長くなる。適当に座れ」と言われ、オレは同僚達がさっきまで座っていた席に座ると魔王は語り始めた。



魔王がまず話始めたのは、先代についてだった。

オレが生まれるニ百年程前、魔王として君臨していたある男は生まれつき魔力が少なく、力を重視する魔族社会では軽視され続けていた。兄弟が多い中彼が魔王として即位出来たのは、成人するまで生きていたのが男しかいなかったからだ。厳しい教育に耐えていた有望な兄弟達は様々な要因で早死にし、養子として迎えられた女も体が病弱で寝床から半日起き上がるのがやっと。唯一健康体だったのが男しかおらず、男の両親は渋々男に王政教育を施した。

存在すら気にされていなかった男が王となる。家臣達から不満の声が上がるのは自然だったが、男は即位してすぐにそれを払拭してみせた。代替わりしてまもなく結成された勇者一行を城に一歩も入れずに消してしまったらしい。


「詳しくは知らんが、勇者の支えを失くしてこちら側に引き入れたと聞いた」


「へぇー」


「元々関係が悪かったんだろうさ。引き入れた勇者は僻地で事故死したと記録されていたが、それが本当かどうかは今となっては分からん」


魔族と関わった痕跡すら残さずに成し遂げた男に、周囲の者達は態度を反転させる。毛嫌いしていた者は男を慕うようになり、存在を認識すらしていなかった者は一目置くようになり、男の両親は「自慢の子だ」と男を慈しんだ。

しかし男はかつての己と同じように彼らを存在しない者として扱い、見捨てた。そんな男が唯一気を許していた妃との間に子供が生まれる。それが今の魔王様だ。


「鬱陶しいぐらいに溺愛された」


「ちなみにどのくらい…?」


「幼い頃は四六時中、城内を連れ回されていた。授業や稽古の時間には必ず顔を出しに来たな。母上と一緒に来るといつの間にか茶会が始まって何度も授業が中断した…楽しかったな」


表情は変わることはないが、声色は柔らかい。オレだったら喧嘩でもしてそうだが仲が良かったのだろう。優しげな声色は一瞬にして霧散したが、それがかえって本心から溢れた感情なのだと実感させられる。


「妹も生まれてあの頃は幸せだった……変わったのは妹の魔力測定をした日だ」


「魔王様に妹がいたんですか」


驚くオレに、魔王様は一枚の写真を見せてくる。生まれたばかりの子供とそれに寄り添う幼い魔王様の写真だ。確かに二人の顔は似ていて一目で兄妹だと分かる。だが妹君の髪や瞳の色は、姿絵で見た先代とその妃様とはだいぶかけ離れているように思える。


「父上も最初は先祖がえりだろうと納得していたんだ。だが魔力測定をすると、母上とは違う別の種族の魔力が大半を占めていた。それが母上の側仕えのメイドだとわかると…」


オレが砂龍の外見と竜の力を持っているように、魔族は魔力と共に両親の特徴を引き継いで生まれてくることが多い。成長するにつれて変化していくのだが、未成熟の時には特徴が顕著に現れやすい。そういう時に魔力を測定すればどちらの素質が強く、将来どのように成長していくのか判断することができるのだが…どうやらそれがアダになったらしい。魔王様の時に判明しなかったのは大半が父親の魔力だったんだろう。


「…母上は子供が産めない体だったらしい。泣きながら何度も謝っていた。血が繋がってなくても貴方の子が欲しかった、彼女達は協力してくれただけだと。父上にとってはそんな事問題ではなかった。母上が父上に対して隠し事をしていた、それだけが問題だったんだ」


先程とは打って変わって硬質的な声色で語る魔王様。声色だけで家族に何が起こったのか察してしまい、思わず生唾を静かに飲み込んだ。


「……父上が狂う様を目の前で見ていた。妹の母親を食い殺すのを、俺の本当の母親の首が部屋に転がる様子を、見ていることしか出来なかった。恐怖で動けなくなった母上が何処かに連れて行かれると、妹を抱いた俺を血だらけの体で抱きしめて父上は微笑んだ。泣くことも、恨み言もなく。それが何より恐ろしかった」


先代は「大丈夫だ」と言ってその日は仕事部屋に消えた。翌日、魔王様が目を覚ますと傍で一緒に眠っていた妹はおらず、聞けば側近の親族に引き取られたらしい。自分も誰かに引き取られるのかと不安に思っていたが一向にそういう気配はなく、むしろ今まで以上に可愛がられた。依存されているようにも拘束されているようにも感じ始めた頃、先代は「王としての仕事を見てみるかい?」と誘ってきたらしい。


「あとはお前も知っているだろう。先代は人攫いを合法化させ、表向きは犯罪者として他種族を拷問し、裏では実験台として処分するようになった。政務よりそちらを優先する様になると馴染みの側近達は離れ、傍には金で雇われた者達しかいなくなった」


「それでどんどん荒れ果てていったんですよね?」


「そうだ。金で雇われた者も自分が始末されることを恐れて外部に一切情報を出さなかったが、この城は王の心象が如実に現れる…聡い者にはすぐ分かっただろう」


親父から聞いた話では、人間の城と変わりなかった城がある時期を境に徐々に歪んでいき、魔王様が成人する頃には捻れ曲がった建造物になっていたらしい。確かにそうなってしまえば事情を知らなくても何かあったと思うわな。

そして代替わりする直前、先代が起こした事件によって魔王様は初めて『同族殺し』を行う事になったと。魔王様幼い頃から苦労してんなー。


「巷に流れてる噂はあながち間違いではない。…流石に数百人も殺ってないが…20年前までは半日を症状を抑え込む時間に費やしていたぐらいだ」


『最近まであの感覚に襲われていたのか!?』


「……口調」


思わず素の反応が出て注意されてしまったが、確か魔王様が代替わりしたのは70年ぐらい前の話だ。そこから20年って事は50年間あの感覚に襲われていたって訳で、よく耐えていられたもんだなぁ…。


「すみません、それでどうやって症状を克服したんですか」


そう聞くと、わかりやすく眉間に皺を寄せて遠い目をし始める魔王様。どうしたんだ?と思っているとオレ達がいる執務室の扉がノックされる。「入れ」と魔王様が声を掛けると入室の挨拶と共にカートを引いて嬢ちゃんが入ってきた。カートの上には茶器一式とクッキーが山の様に入った籠が載せてある。どうやら話し込んでいる間に魔王様の休憩時間になっていたらしい。

慌てて給仕を手伝おうと立ち上がるが、手伝いは要らないと首を振られ、魔王様にも「座っていろ」と言われて大人しく座り直す。魔王様の前に紅茶の入ったカップとクッキーの籠が置かれ、何故かオレの目の前にも同じ組み合わせが置かれる。


「これは?」


「レイヴン様からの餞別だそうです」


そう言われ魔王様を見れば無言でクッキーを咀嚼していた。よく見ると少し尖った耳がほのかに赤くなっている。魔王城で働いてる奴らはこういう素の魔王様を知っているからこそ、噂に囚われずにずっと働いているのかもしれない。元子分達は既に魔王様に懐いているし、オレも若干絆されている感が否めない。ありがたく頂戴していると、先に食べ終え一息ついた魔王様が話を再開し始めた。


「…症状は克服したんじゃなく、治療されたんだ。20年前からは症状を呪いの痛みで耐えていた」


思わず紅茶を鼻から噴き出すところだった。いや、元々魔王様が常人だとは思ってはいなかったが予想以上に常識外の存在だったようだ。呑気に頭の中でツッコミを入れながら息を整えていたが、無慈悲な追い打ちがオレを襲う。


「ちなみに治療したのはそこのメイドで、1年前に呪いのついでに治療された」


トドメとばかりのついで宣言にオレの鼻から紅茶の噴水が湧いた。嬢ちゃんのおかげで魔王様に紅茶がかかることはなかったが、しばらくの間呼吸困難になったのは言うまでもない。嬢ちゃん本人は頭にクエスチョンマークを掲げて零れた紅茶をタオルで拭いている。

嬢ちゃんが別の仕事場に移動してから教えてもらった事だが、オレ達に後遺症が出ていないのは嬢ちゃんから後遺症の原因を教わった四天王の魔女が治療薬を作成し、オレ達に投与しているかららしい。専門用語での説明で理解できず混乱するオレに、ボロボロの元子分達と戻ってきたドラゴ様が簡単に説明しなおしてくれた。


曰く、同族の魔力は別種族の魔力より吸収速度が早く、満たされた魔力に体や脳が満腹感を覚える。しかし一度満腹感を覚えると空腹に耐えられなくなり、満腹感を得ようと徐々に食事(同族殺し)をする回数が増えてくる。それがいつしか中毒症状となって最終的には意識や体の機能すら食事優先になっていくらしい。


『お前達、夜の定食のデザートを覚えているか』


『はい!夜は決まってゼリーです!』


『昼のデザートはバラバラなのに、夜だけ毎日果物が入ったゼリーが付いてます』


『そのゼリーが治療薬だ』


「へっ?」


驚くオレ達にドラゴ様は苦笑しながら説明を続ける。料理の内容は他の使用人と同じ定食なのだが、ゼリーだけは特別にオレ達だけ提供されている物だという。


『食事療法と呼ばれる治療法だそうだ。ゼリーに入っている果物は単体では何も効果はないが、同時に摂取することで魔力の消費を抑えたり吸収速度を緩やかにする効果があるらしい』


「授業では敢えて体に負荷の掛かる内容をさせている。そうすることで過剰に摂取した魔力を消費し、元々の魔力の底上げをしている。慣れてくれば四天王達と同程度の魔力が身につくだろう」


『お前達は物覚えがいい。いずれは四天王や魔将の部下になる可能性もある』


「ど、どうしてそこまでオレ達に」


当初から不思議で仕方なかったのだ。保証人の立場である嬢ちゃんはともかく、嬢ちゃんの雇い主である魔王様やその部下である魔将達が自分達に何故ここまでしてくれるのか。同じ城で働いている者といえど立場は下の下であるオレ達に過剰に接してくるのは、何か企んでいるのではないかと。与えられる好意を素直に受け止めきれなかったのは事実だ。

しかし、そんなものは杞憂だったのだと思い知らされる。魔王様はそう言ったオレに自信に溢れた笑みを向けたからだ。


「我らが、個人的に、お前達に期待しているからに決まっているだろう」


屈託もない笑顔でそう言われてしまえば思考が停止するのも仕方ないだろう。


『そうでなければ魔王様は最初からお前達に話しかけていない』


「…知っているか?ドラゴは親しい間柄の者にしか魔族語を使わないんだ」


『魔王様!?』


「他の者もそうだ。今は見習いとして共同生活をさせているが、見習い期間が終わればそれぞれの部署から編入の誘いがくるだろう。もう既に声を掛けられている者もいるのではないか?」


そう言われ、元子分の内何人かが頷いた。ドラゴ様から『お前は部下が欲しがっていた。いずれ声をかける』とこの場で指名されている奴もいた。呆然とするオレに魔王様が頬杖をついたまま微笑んでくる。


「…あのメイドの部下で使用人という事は変わらない。どこの部署で仕事をするのかは自由にしていい。だが、本人の意思で決めさせて欲しいとの申し立てだった。お前は一番初めに見習い期間を終えるだろう…今のうちに決めておけ」


もう何が何やらと目を回すしかない。だが、既にオレの中では答えが出ていた。嬢ちゃんに命を救われ、魔王様の過去を知り、魔将や四天王達から沢山の事を学んだオレが望む場所。


半月後、オレが真っ新な使用人服を身に付けて向かったのは魔王様の執務室。ドラゴ様や嬢ちゃんが魔王様の後ろに控えている中、オレは魔王様の目の前で片膝を地面に下ろし、深々と頭を下げる。


「本日より魔王付き使用人として配属されました。未熟な身ではありますが、何なりとお申し付けください」


故郷で一族の長を務める妹よ。元盗賊の兄貴は新しい名前を貰って魔王様の従者を目指す事にした。また出会う時にはお互い良い顔で再会しようぜ。




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