メイド、胃が痛む
私の問いかけに、村人さんは何度か視線を泳がせ、決心がついたのか私の目を見て頷いた。
「まず村の事情を説明してええです?」
「構いませんよ」
そう答えると、村人さんは元々服に忍ばせていたのか、服の内側から一冊の革手帳を取り出した。
紙や表紙がかなりボロボロで、所々乾いた血の跡が残っている。彼はそれを開き、地図のような見開きページを開いて私の前に置く。
「わしらの村は昔っから人間と獣人が協力し合って暮らしとったんです」
位置的には、王都から数百km離れた国境付近の森の中。人口数は100人弱。比率は人間と獣人が半々。
地図には村の全体図が書かれており、農業で生計を養っていた村だということがひと目で分かる。
「元々は奴隷同士が集まって作った村でな。噂を嗅ぎつけてよく流れ者が村に訪れとったんです」
その度に村人たちは彼らの支援をしたり、定住を希望する者は受け入れてきたそう。
「珍しいですね。大抵は追い払うのに」
「村の代々の方針だったんよ。種族関係なく隠れ蓑がなきゃ生きていけん者もおる」
「今回の原因はそんな流れ者の一人ですか」
村人さんは苦い顔をしながら、次のページを開いた。ページの一番上の表題に『一時定住者リスト』。
その下には沢山の名前が書かれており、村人さんはその内の2つの名前を指した。片方は女性のもの。もう片方は男性のもののようだ。年が横に書かれている。女性は31歳、男性は5歳。親子かな?
「この二人が来たのが前の月初め。白いぼろぼろな服を着て現れて、村の狩人が保護した。どっちも衰弱しとったけん数日看病したんじゃが、妙な怪我をしとった」
「妙な怪我?」
「腕と腹の辺りが異様に傷つけられた痕があったんよ。ちょうどこの辺りです」
男の子は上腕を中心に、女性は腹部を中心に切り傷が沢山刻まれていたらしい。首輪を付けられていた跡もあったらしく、最初村人たちは虐待されていた奴隷親子ではないかと思ったらしい。
「事情はあんま話してくれんかった。女は教育係で子供は雇い主の子だってぐらい。嘘だろうとは思ったけんど、それ以上に子供が不思議な子やったわ。なんせ、人形みたいに喋らんかった」
村人さん曰く、女は片角を失くした魔族で子供は人間だったのだが、女は体調が良くなるに連れて感情を出すようになったのに対して、男の子は来た当初から何も言わなかったらしい。
表情を全く変えず、どこを見ているのかも分からない。でも、時々頷いたり言葉に反応していたことから、精神が壊されている状態じゃないかと結論づけたそうだ。
傷の手当てを受けつつ体調が回復してくると、二人は農作業を手伝うようになった。率先してやっていたそうだ。
「女は『この子を早く安全な場所に送り届けたい』って言っとった」
「何かに追いかけられていたんですか」
「何に追いかけられとったんかは分からん。じゃが、同じ人間、しかも老人を異様に避けとった」
彼女たちを消そうと思っていた人物は人間の老人。だから国境を越えて別の国に入り込んでしまえば逃げれると思ったのかもしれない。なるほどな、考えは分かりやすい。
「でもそれ以上に引っかかったのが、その言葉が子供の身を案じてじゃなく、危ない物を遠ざけようとしとるように思えたんよ。まるでその子供自身が危険物かのように扱っとった」
その言葉に横にいた神様が反応した。ついでに後ろの婚約者候補様も反応した。
村人さんは気づかずどんどん話を続けていく。
「毎日懸命に働いて、3日ぐらい前に『お金が溜まったから村を出る』って言っとったんやが……その前にあの魔族共が現れたんです」
震える体を抑えるように、村人さんは手を組んで顔を隠す。恐ろしい出来事を思い出させているんだ、当然の反応です。
私は村人さんを安心させるために村人さんの手を両手で包む。村人さんは一瞬私を見て目を見開いた後、ゆっくりとまた口を開く。
「魔族共は女が連れていた子供が目的やったんです。交渉もなく村を蹂躙していきやした。女は抵抗しやしたが殺されてしもうた。子供も指揮しとった魔族が連れて行き、わしらは配下である魔族たちに報酬として捕まって…」
あとは、ついさっきの広場での出来事か。
まとめると、村を大勢の魔族に襲われた。目的は子供一人。指揮官が子供を確保。他の魔族たちには報酬として村人たちを配布し、一人はついさっきのワニ男。
子供一人にここまで大掛かりにする必要がある?
「魔族たちは何か気になる行動や発言をしてませんでしたか?」
特徴なんかも教えて欲しいと言うと、村人さんは私の手を外して、少し首を傾げた。
「そういえば…魔族たちが人の言葉で喋っとりました」
「なんて言ってました?」
「『せいいぶつ』とか『もほうひん』とか。隠れとったはずの子供が現れた時にそう呼んどりました。指揮しとった魔族の姿は、言葉じゃ難しいんで描いて説明しても?」
そういう村人さんにインクと羽ペンを取り出して渡すと、サラサラと手帳の空きページに一人の魔族を描きあげていく。
…なんか見た覚えが、いや、聞いたことがある外見のような…。
まだ上半身しか描けてなかったけれど、私はそれを少しお借りして後ろの婚約者候補様に見せた。
婚約者候補様はその絵を見て徐々に眉を顰めていき、最終的には持っている手紙を握りつぶしながら虚空を睨みつけてました。やっぱり婚約者候補様の種族の方だったようです。
これはレイヴン様に伝えておく必要がありそうですね。レイヴン様の胃、大丈夫かな。
黒いオーラを吐き出していた婚約者候補様は、騎士君に背中を摩られ落ち着いたのか、ゆっくりと村人さんと話をしだした。
私はもう用事が済んだので神様の首根っこを掴んでその場を離れ、異次元の中に入っていた他の村人さんたちを呼び戻しておく。そろそろお迎えが来てもおかしくない時間が経ってますからね。
入れた時と同じように大きく異次元を開き、中に向けて大声で呼びかける。
「皆様そろそろ迎えの使者が参ります。出る準備をお願いいたしまーす!!」
遅れて「「はーい!!」」という元気な声が聞こえたので、出入り口はその場に固定しておいて、首根っこを掴まれた状態で紅茶をのんびり飲んでいる神様に目線を落とす。
「で、話に出てた子供は『やばいモノ』なんですね?」
「うぐっ」
珍しく詰まった。神様が言葉に詰まりおった。考えればどうして反応したのか分かってしまうものなんだよねー。
婚約者候補様は一族関連の話だったから反応した。だったら、神様が反応したのは本当にその子供の存在が危険なものだと知っていたから。
『せいいぶつ』と『もほうひん』は私が間違ってなければ、聖遺物と模倣品。
この世界での聖遺物は、異世界人の遺品です。召喚された時に身に着けていた物や、魔王を倒した時の武器などがその対象になります。大抵そういう武具も神様から加護を貰っていることが多いので、こっちの世界では兵器みたいな扱いですね。裏市場では時偶その模倣品(偽物)が売られてたりします。
本物は勇者の死後国か家族に委託され、厳重に保管されるけれど、盗まれたり売られたりする場合もある為極希に本物が出回ることもある。
そして、聖遺物の中で一番力を秘めているものは、勇者の遺骨。
過去には勇者の遺骨の欠片を使って国を3つ一夜で滅ぼした者もいたぐらいに、桁違いの力を秘めています。生前の勇者の能力次第で効果は上下するけど、死者を蘇らせることは容易い。
兵器で例えるとすれば、核弾頭。薬で例えるなら致死性99.9%の病を一瞬で治す薬でしょうか。敵味方関係なく広範囲に影響を与え、数mgで世界の根底を覆すことが出来る代物です。それをどのような場面で使うのかは使用者の意思次第。便利すぎて余計タチが悪いわ!
量産するのに一番簡単なのは、同じ『勇者』を作り出してしまうこと。
「質問に答えるだけでいいです。子供は勇者の遺骨から生み出されたレプリカですか」
神様は搾り出すようにか細い声で「そうだよ」と答える。思わず溜息が出てしまう。
私が勇者一行の頃も似たような実験をやってる奴がいたんだよなー。魔物と前の勇者の骨を掛け合わせて生物兵器を作ろうとしてた奴。もう顔すら覚えてないけど。
研究資料や施設は全て消去したはずだから、また似たような思考の人が現れて、今度は成功しちゃったのかー。
「厄介なことに能力だけは本物そっくりの、ね」
「ほほぅ。で、誰の骨ですか。マサキですか、リュウノスケですか、エイナですか」
この3人はよく盗まれてる勇者(骨)です。方向性は違うけど、能力が自己強化なので汎用性が高いらしい。しかもこの3人、死後の遺品や遺骨を自分たちが関わった全ての人に分け与えると遺書に書いたもんだから、争奪戦が起きて民間から国のトップまで様々なところに保管してあるっていうね。
死後にバラバラ殺人事件とかやだわー。さて、どの方の骨かな。
「君のお友達」
「……うん?」
「君のお友達の勇者の手の骨」
「…………うん?」
「更に前の君の骨も混ざってるから、サラブレッド」
「………………???」
「魔族の体+魔物の身体能力+聖女と殺姫の魔術特性を受け継いだ子なんだよ」
魔族の体=魔術耐性・強
魔物の身体能力=尋常じゃない生命力と物理耐性・強
前世の勇者(異世界人2人)の魔術特性=全属性の魔術適正有り
おーけーおーけー
「その子が神様を殺すものじゃない、です、よね?」
…全力で顔背けやがったこの野郎…。数年後どころか1年後じゃないですかやだー!!
私とあの子とか最悪な組み合わせだな畜生め!!
てか、私とあの子の骨は海に流せとあれほど言いつけておいたはずなのに、なんで使われちゃってるんですかね!?
「君たち二人はコンビとしては最高だったからね…国が一部回収したんだよ。それが使われたんだろうね」
一つのことで国が滅びるどころの騒ぎじゃなくなってるんですが、それはどうなんですか神様。
「なんやかんやいって和平も結べたんだし、その子の対処も出来るよね」
丸投げにしよったこの人。いや、この神。出来るよね?じゃなくて出来るよねって命令系で言ってきやがりましたこのお方。
和平だって、大国同士が仲良くなっちゃったから他の国が口出し出来ないだけであって和平じゃないし、きっかけはレイヴン様と殿下の気が合ったからであって私関係ねーです!!
「結果良ければ全てよし!!とりあえず確保すればなんとかなるよ。頑張れ!!」
「それじゃあ帰る」って言い逃げしていきやがりましたが、良いわけあるか!!!!
もしかして「嵐が来るから気をつけて」ってこの事ですか、お父様。「また無理難題押し付けられるようだから気をつけて」って意味でしたか!
最近胃薬が友達になってるレイヴン様の苦労に比べたらマシなんだろうけど、私も胃薬が欲しいです!!
この後、お迎えに来た堕天使さんに「胃薬用の薬草買いに行くのでお願いします」と村人さんたちと婚約者候補様たちを任せたら、無言でめっちゃ頭撫でられた。
優しさが身に染みて辛いです、はい。




