メイド、嵐の予感
股間を蹴られれば女性でも男性でも悶絶する。割と一般常識ですよね。
悶絶するワニ男の顔面の横に持っていた私の身長ぐらいの大きさの斧の柄を「え~い」と軽いノリでへし折って投げ、連れてこられた人間達の拘束具全てを魔術で外していく。
単純な構造の拘束具は魔力を込めればすぐに崩壊して、鈍い音を立て地面へと落ちた。
呆然と自由になった自分の体と地面に転がる拘束具を交互に見ている彼らに、私はニコリと笑顔を浮かべ、スカートを掴み一礼。
「申し訳ありません、事情は後程伺いますのでどうぞこちらへ」
そう言って、成人が十分に通れるほど(中の様子が見えるようにわざと)大きな異次元への穴を開く。すると、最初は戸惑っていた人々はワニ男が少し動くのを見て慌てて走って中へ入ってくれた。
全員が入り終え、穴を閉じるとちょうど痛みが治まってきたのか、ワニ男が起き上がる。顔が真っ赤だから見るからに怒っている。
股間にも防具を着けてないお前が悪い。狙ってくださいと言ってるもんじゃないですかねー。
素手で殴りかかってくるけど大振りで分かりやすい動きだったので横に避けて、殴りかかってきた腕を登って頭を蹴って真上に飛び、魔術で自分の質量を1t程重くすると両足揃えてワニ男の頭に着地。と同時に地面にめり込むワニ男の頭。
わざと派手にやったけど、頭蓋骨に罅は入ってないと思う。たぶん。
『着けたら着けたで便所とかの問題がありますよー!』
「そういうのとはまた別問題です。とりあえず、誰か警備呼んでもらえます?」
質量を元に戻しつつワニ男の頭から降りて、スカートに付いた埃を手で払いながら周りの人に呼びかけると、元々呼びに走っていたのか数名の人が警備の人を連れて来た。
警備の人に適当な理由をでっち上げて説明すると、周りの観客もフォローに回ってくれる。時々余計な事を言おうとした人には目で威圧して黙らせた。そのまま意識を失っているワニ男を警備に押し付け、いまだに口を大きく開いたまま私を見てくる婚約者候補様を引きずって、私は近くの隠れ家カフェに向かうことにした。
大通りから1つ道を逸れた路地裏に、私のお気に入りのカフェがある。
古ぼけたアンティークを店中に飾ったシックでありながらどこか華やかな気分になるお店で、私は特にここの店長の人柄と珈琲の味が大好きで、休みのたびに訪れるんです。
カランカランと鈴の音を鳴らしながら扉を開けると、奥で店長が珈琲カップを拭いているところだった。
見た目はスポーツ系好青年なのだが、どことなく女性っぽい雰囲気を見せる店長に手招きされ、カウンター席の特等席に座ると婚約者候補様も騎士君も不思議そうな顔をしながら横の席に座る。
「店長さん。人払いお願いできますか?」
そう言うと、店長である彼は優しく微笑んでカウンターの鈴を一度チリンと鳴らす。
すると裏手からドタドタと子供の足音が聞こえてきて、最近の癒しの存在が舞い降りた。
ひょこっと店長の後ろから現れたのは、褐色の肌と店長と同じ淡いオレンジの髪の少年…のような少女だ。彼女は私の顔を見てぱぁと花咲くような笑顔を浮かべると、店の扉や窓を全て締めカーテンをかけてから私に抱きついてきた。
店長の娘さんなんですが、もうこの子めちゃくちゃ可愛くて思わず頭を撫で繰り回してしまうんですよ。
わしゃぁ!!と思いっきり撫で繰り回していると、横で不思議そうな顔の婚約者候補様。
「この娘は誰だ?それとここは…」
「ここは様々な職種の会合場所として使われるカフェなんです。この子は店長の娘さんで、この子の力で店の存在を外から隠してくれているんですよ」
隠してる時にばったり見つけちゃったから完全に隠してくれるかは微妙なところなんですが。
店長であるカッツェさんとその娘さんであるポポちゃんは、空間や幻を操る魔術が得意な一族で、ポポちゃんは特に能力が強いらしく、広範囲まで幻影の影響を与える事が出来るそうで、その能力を使って店の表側を偽装して、別のものに見せて隠れ家みたいにしているらしい。
店長さん曰く「のんびり暮らしてく為にこんなカフェにしたんだよ」というお話。
彼らの外見は、頭に大きな黒い巻角と人間の耳の位置に獣の耳があるという、魔族と獣族のいいとこどりです。
関心している婚約者候補様を余所にポポちゃんと一緒に遊んでいると、店長さんが今日のおすすめを出してくれた。
私にはいつもの珈琲とクッキー。婚約者候補様にはふんわりとしたパンケーキ。騎士君にはハムやチーズにレタスを挟んだバゲットだ。
どれも出来立てで美味しそうな香りと湯気を漂わせている。小麦粉の焼ける匂いってお米とはまた違った魅力があるよね。
私は手の平を合わせて「いただきます」と言って、香ばしく焼けたクッキーを一枚口に入れる。ここのお店のは他のお店よりしっとりしてて、口の中でほろほろ崩れていくのが堪らないのです。
隣の二人も恐る恐るという感じで食べ始めると、その味の魅力を知ったのかどんどん食が進んでいるようだ。
何度話しかけても上の空だったから、とりあえず今の状況を店長伝にレイヴン様に連絡してみると。
『面倒な客が来ているから迎えだけよこす』
とだけ言われてしまった。とりあえず横の二人用にケーキを注文しておいて、微温くなった珈琲を飲みながら異次元を開いて中の様子を確認。
たぶん大事にはなってないだろうし大丈夫だろうなと思いながら覗き込んだら、予想外の展開で思わず珈琲を吹き出してしまいました。うん、思わず素が出そうになった。
「わしらはどうなるんでしょう?」
そう言ったのは、ワニ男に捕まっていた男の中で一番歳をとった人(40後半ぐらいだろうか)で、さっきまで血のついていた服など何処に行ったのやらというほど清潔な服装に石鹸の香りを纏ってカウンター席とは違う席に座っている。食事中の二人はカウンターに、私は男性と4人席に相対する位置で。
私は若干苦笑しながら珈琲を飲んでいるんだけど、正直言うと味がしない。それぐらい意識が別の場所に飛びそうになっている。
異次元を覗いてみたらレイヴン様が言っていた通り異次元の中に家が建っていたのだ。しかも芝生が青々と茂っている平原に、木造二階建て洋風の家+木造平屋の日本家屋が建っているというカオス。
他の村の人たちは今はその建物内で休んでいるみたい。よくわからない生き物が世話をしてくれたというが、私は異次元内に生き物を入れたのは今回が初めてで、それより前に入れたことはないんですが。
というかこの人たちの事情よりそっちが気になって仕方ない。
「詳しい事情を聞き次第としか言えません。悪いことにはなりませんよ」
それが本人たちにとって良い事なのかは保証出来ないけど、とは口には出さない。私の言葉に、男性は安心した表情で運ばれてきた紅茶で喉を潤しはじめた。割と呑気な人だな、この人。
それ以上に呑気な人がカウンターに座ってるからいいか。
自分も同じように珈琲を口に運んでいると、ふと横の席に人の気配を感じる。
この雰囲気は神様が来る予兆だ。
「そう言う君も呑気だよね」
その一言で、隣の席に農民の少年が現れた。突然の少年の登場に驚くポポちゃんと村人さんを置いておいて、私は神様の方へクッキーを差し出す。それを美味しそうに食べる神様。本当にこの人は進出鬼没である。
この少年の姿になると、どうしても弟としか思えないんだよなー。ちなみに本体はお兄様。
親しくなったせいもあるんでしょうが、どうしても身内感が抜けない。
「私、あまり政治には興味ないので。それで?リオン様が迎えというわけじゃないですよね」
「昔はそういう世界で生きてた君がよく言うもがっ」
あれは無理やりやらされてたんですよーと良い笑顔で4・5枚のクッキーを神様の口に突っ込み、神様の視線が向いている方を見ると、満足するまで食べ終えて食後のティータイムに洒落込んでいる婚約者候補様だった。ちょうどその時ようやく周りの状況を把握しだした彼女と目が合う。
合った瞬間めっちゃ照れ始めたけど、今更照れても遅いぞ。
「そっちのお嬢さんに手紙、君には伝言を届けに来たんだよ。君のお父さん人使い荒いよねー」
「食べるの早っ…て、お父様から?」
予想外な人物の名前の登場です。てっきりジルとか部下さんの名前が出てくるかと思いきや、まさかの私の父親。
てかお父様、神様をパシリにしてる!?流石にそれはお母様もしなかったことなのに!?
お母様も常識外れな人だけど、お父様もなかなか常識外れな人だとは思わなかった。
「君とは別方向で常識外れだよ彼。えー、マーナ嬢で合ってる?」
「…ごほん。人間風情がわたくしに声を掛けるな」
一度咳をして取り繕ったようだけど遅い。そして台詞に説得力無いです。
神様も若干苦笑いしてるし、横の騎士君なんて横で震えながら笑い堪えてる様子ですが??
あと残念、この方人間じゃない。
「君のお爺さんから書状を預かってきたよ」
婚約者候補様の言葉を無視して、手に封筒を1つ取り出した神様。婚約者候補様はその封筒を一瞬で奪い去り、封筒に付いた蜜蝋を確認して驚いていた。
差出人の家紋が刻まれたあまり見たことがない蜜蝋のようだったけど、どこの家紋か確認する前に破いて中身を見始めたものだからそこまでは見れなかった。
時折呼吸が不自然に止まっているし、手紙の内容は彼女たちにとって悪い事が書かれているんでしょうね。
私は困惑している村人さんと神様の分の紅茶を注文しておいて、とりあえずこっちの話を聞いておきましょうか。
「それで、お父様からの伝言ってなんですか?」
「このお茶も美味しいね。えーっとね、『嵐が来るから気をつけて』だって」
短すぎて伝言の意味が分かりません、お父様っ!!
そういえばですが、初代魔王は私が寝ている間にレイヴン様と話し合いをした結果、今はまだ人間として暮らすことになりました。
監視役として人間に変装した変態双子が常に付いていますが、殿下とお父様にも協力してもらい、身分は今まで通り「王宮薬師のエンディア・イリオ・ナグ厶」のままです。
最初お父様には私から協力を仰ごうとしたんですが、一応私は自分から家を出た身。言い辛かったんですよ。だから、神様の方から両親に言ってもらったんですが「あの子(私)が提案したんだろう?」と即バレ。
無事協力をしてもらえることになり、今も初代魔王は王国でお父様と一緒に働いています。後継者がいるらしく、その人に自分の薬の知識全てを教え込んだら魔族側に戻るらしい。名前に関しては愛着があるそうで、「元の名前は名乗らない」と吹っ切れたような顔をしていたのが印象的だったけど、その後継者さんが恋人ではないのか?と殿下に聞かれて、真顔で「アイツ…男ですよ?」と言って殿下の誤解を必死で解こうとしていたのには笑った。
そんなことがあって、半年ぐらい前からジルやジルの部下を通して伝言のやりとりをするようになったんですが…とうとう神様まで使いパシリにし始めたのか…お父様。
ところで物思いにふけていたらいつの間にやら私のクッキーと珈琲と村人さんの紅茶も無くなってるんですが、食べましたね神様。てへって舌出して可愛子ぶっても意味ないですからね。
「いいじゃんかー!降りてきた時ぐらいしか食べられないんだからさー!!」
「そもそも食べる必要無いでしょ」
「体には必要ないけど心に必要。あいつら、帰ってくるたびにお土産を目の前で食いやがって」
羨ましさからなのか恨みからなのか分からないけど、机を拳で何度も叩いてる姿が心こもり過ぎてて怖い。機嫌がなおるようにと店長にバケツプリンを注文してる途中で元に戻ったけど。
私たちのやりとりを見ていた村人さんも、お茶のおかわりを頼んでなんだかんだ和んでる様子。
だけど次の一言に私は硬直した。
「なんというか、やっぱり魔族はわしらと一緒、なんですな」
「そうですね。見た目とか使えるものが違うだけで………………え?」
今、なんと言った?やっぱり、と言った?
大抵の人間は、魔族を毛嫌いする。それは教育方針だったり魔族に何かを奪われただったり様々だけど、大体は悪い伝承だ。良い伝承を伝えていても一般的には魔族=悪役という発想が幼い頃から植え付けられたりする。バッサリ言うと伝承によって種族の差別化を図っているのだ。それで成り立つものが多いからね、仕方ない。
だから、初めて会った時の神官少年みたいな感じなのが、現代の人の普通の考えなのだ。しかし、この人はワニ男の話題には怯えはしていたものの、周りにいる魔族を気にしていない。店長さんにも普通に対応していたくらいだ。
つまり、この人は少なからず魔族と関わったことがある。それも、人間に好意的な者と。
「あなたは…いえ、あなた方は何故あの魔族に連れてこられたのですか」
これは事情を聞いておかないとまずい気がする。




