メイド、勝利のポーズ
「今日は思いっきり遊ぶって決めたのよ!行くわよ!」
『お待ちください、マーナ様。早いですよ!』
翌日、また現れた婚約者候補様は今日もまた城下町を歩いております。
今日は何故か私と、実家から連れてきたらしい護衛の騎士を一人連れてだけど、連れだした本人は凄い楽しそうに屋台の商品を見たり、店員さんと話してたりする(ちゃんと仕事は休みを頂いてきましたよ)。こうして見ると普通の女の子にしか見えない。
昨日仕事の終了間際にドラゴさんから彼女のことを教えてもらったのだけれど、その情報と目の前にいる人物が本当に同一人物か疑いたくなる。
マーナ・エリボス・キルムウェン。
砂漠や砂地を住処にする大蛇の一族『砂龍』の当主。そして、レイヴン様の母方の従妹であり婚約者候補第1位。今は人型だけど、本来の姿はドラゴンさえも飲みこむほどの巨大な大蛇だと言われている。魔王城から東に位置する砂漠地帯が主な住処らしい。翼を持っていない代わりに、地面や砂を泳ぐように移動するとか。
実際にその姿を私は見たことがないけれど、ドラゴさんの種族である『炎龍』は西洋龍で、『砂龍』は東洋龍という認識で合っていると思う。移動の方法の仕方聞いた時はミミズか!とも思ったけれど、それだと格好良くないですしね。
で、婚約者候補様は先祖返りで特に力が強いんだとか。更に、幼い頃から当主になる為に英才教育を施され、弱小一族を100年かけて龍系の魔族の中でも五指に入る強大な一族に育て上げた猛者らしい。
迎え待ちの間、レイヴン様の寝室に忍び込もうとしてたところをドラゴさんに見つかって逃げ回ってる姿を見た私からすると「嘘じゃね?」としか思えないんですけどね。今だってそうだ。
「娘、あの店で売ってあるのは何?」
「あれはタルトですね。そこのお店は鮮度の高い熟したフルーツを使っていて、素材そのものの甘さで仕上げるのでなかなか美味しいですよ」
「あっちは?」
「あそこは炒め料理専門店ですね。まだ熟していない果物と牛肉の甘辛炒めが名物です」
「あそこは?」
「鮮魚を取り扱っているお店です。頼めばその場で調理して食べさせてもらえますよ」
「それはいい事を聞いたわ!」
街に降りてきてから興奮しっぱなしなんですがこの人。
しかも今さっきから食べ物のお店にしか興味を示していないけど、そんなにお腹がすいているんだろうか?
好きな人がいる女の人って、大抵自分を着飾ることに熱中するよね?
私は花より団子派なのでなんだか彼女に対して親近感が持てそうだけど、それはそれで女子としてはどうなんでしょうね??本人が幸せそうなら別にいいとは思うのですけどね。
そんな事を考えていると、鮮魚店の店主を何故か悔しげな表情で見ていた婚約者候補様が、目線を逸らした先をじっと見ているのに気がついた。
その視線の先を見ると、人の波をかき分けて街の端をワニのような頭の魔族の大男が鎖を持って引き摺って歩いている。彼の後ろに続くようにボロボロの衣服を身にまとった若い女性やガタイのいい男や、幼い子供達がゆっくり歩いている。総勢20人程度だろうか。その表情は全く生気がなく、今にでも倒れてしまいそうな程に脆く見える。その首には先頭を歩く大男が持って引き摺っている鎖と同じ素材の、鉄製の首輪が付けられていて、手錠と鎖に繋がれ歩くことしか出来ないようにされていた。
その列をじっと見つめていると彼らには魔族の特徴である角がないことに気づく。そして獣人のように動物の耳が付いているわけでもないし、エルフのように耳が長いというわけでもない。
彼らは全員人間だった。
この世界には奴隷制度がある。いや、正確にはあったというのが正しい。
異世界人が召喚される前は当たり前のように存在していて、法としても定められていた。しかし徐々に法も時代も変わり、その内に奴隷制度も無くなり、代わりに作られたのが冒険者制度。
それでも長く続いた奴隷制度という歴史は完全に無くなることはなく、制度という形ではなく、事業という形で残っているのが現状だ。
私は奴隷自体を批難することもないし、差別する気もない。前世で一度奴隷を体験したこともあるし(捕まったジルを助ける為にわざと)、売るのも買うのも売られる本人にも事情という物があるというのを知ったから何も言う気はないのだけど……。
今視線の先で歩いている彼らは、確実に無理矢理連れてこられた人たちだ。
『戦利品ですね。たぶんこれから雇い主のところへ行くんでしょう』
私の心を代弁したように護衛騎士君がそう言った。たぶんどこかの人間の村を襲ったのだろう。その証拠に、彼らの衣服の所々にまだ乾ききっていない赤い血が付いている。髪や顔にまでべったり付いている人だっている。
察するに、どっかの魔族の御貴族様が命令したんでしょう。魔族の国程ではないけれど、人間の国でも時々ある光景です。見たのは私が生まれた国じゃないし、対象は魔族が殆どでしたけど。
親族を人間に連れて行かれたか、または殺されたか、またはただの狂気の沙汰か。
どちらにしても私には理解できようもない思考の持ち主がやったのだろう。
でもこれ、実は厄介な状況です。
今魔族と人族は公に戦争してるわけではないし(大国のトップ同士仲良くなっちゃってるし)、この国は奴隷事業自体が禁止なんだなー(レイヴン様が魔王として君臨してから廃止したそうです)。
詳しいお国情勢とかはまた今度語るとして。つまり、今この状況って法律違反を堂々と発見しちゃってる状態なんですよね。わーい雇い主の貴族ぶん殴りたーい!
さてどうしたものかと考えていたら、婚約者候補様が何を思ったのかその団体へ近づいていくではないか。
ドレスでハイヒールだというのに早足で彼らに近づいていく彼女に、嫌な予感しかしない。護衛騎士君もそう思ったのか、私たちは少し見合った後、同時に走り出す。
でも走り出して人ごみをかき分けて婚約者候補様に駆け寄ったら、もう既に遅かった。
『そこの、止まれ』
『誰だアンタ。こっちはまだ仕事中なんだよ、邪魔しないでくれないか』
話 し か け ちゃ っ た よ こ の 人 ! !
むしろ最初っから何か危害加えてくれた方がこっちも対処しやすいんですが!(げふんげふん)
さて、婚約者候補様とワニ男と口喧嘩を始めてしまい護衛騎士君が必死に仲裁しようとしてるけれど、むしろヒートアップさせてるものだから、周囲にどんどん人が集まってくる。
ワニ男が連れてる人たちも困惑した表情で怯えながら周りを見渡してますね。
話の内容は割としょうもないので聞き流しておくとして、さてどうしましょうかね。街の人たちの何人かはこの状況が異常だと思っている人が居るようで、ワニ男を批判する声がちらほらと聞こえてきますし。
とりあえず私は今のうちにワニ男のステータスを覗き見しておきましょう。
「えーっとなんだったっけ。指定対象1名、ステータス閲覧、ディスプレイ表示っと」
最後の言葉を言うと同時に空中に透明な正方形の板が現れ、その中に様々な文字が浮かび上がっている。
指で弾くような仕草をすると、板の中の文字も動き、その中から必要な情報だけ抜き出していく。
実はこれ、魔術とスキルの並行技だったりします。
そもそも、スキルって魔術とかも含まれるんじゃないのって思いますが、この世界じゃ違うのです。
この世界の『スキル』は、家事や料理・土木や建築といった生活スキルや職業スキルの事のみを指していて、ゲームでいう必殺技の一部や魔術・魔法といった類は、この世界ではスキルとは別の物として扱われてます。
一度習得してしまえば一生消えることがなく、作業の積み重ねでスキルのレベルが上がっていく形式で、人によって向き不向きがあるので、沢山スキルを覚える人もいれば3つ4つぐらいしか覚えない人もいます。(ちなみにあの子は戦闘に使えそうな物以外全く覚えられませんでした)
ぶっちゃけていうと自分の身体能力だけを使う技能をスキル、魔力を使った技能を魔術、その他もろもろという認識でいいと思う。
話は戻して、今さっきの並行技を細かく説明すると、まず魔術でスキルの効果範囲をワニ男だけに固定。
『観察眼』という対象の全ての情報を閲覧するという魔術でワニ男のステータスを見て、それを全てのものを写し取る『転写』スキルで魔術で作ったディスプレイに写す、といった感じです。観察眼だけでもステータスは見れるんですけど、余計な物も見ちゃうんだなこれが。
家族構成とか性癖とか、他人には見せたくないような情報まで、対象に関わる全てのモノを見ちゃうのでこんな使い方をして余計なものは弾くようにしているのだ。
弾いてまとめた結果をさて、これから見ようかと集中しようとした矢先。
『黙れこの○○女が!!』
『はぁ!?そっちこそ黙りなさいよ、この○○蛇男が!!』
『おおおお嬢様口調が、口調が崩壊してますよぉぉ。確かにこの人は○○っぽいですけど』
あっという間に地雷を踏み抜いた騎士君に、ワニ男の何かがぶちりと切れるような音が聞こえた。
観客がどよめき、ワニ男は顔を憤怒で赤くしながら腰に付けた斧を引き抜き、婚約者候補に斬りかかろうと大きく振りかぶる。それに気づいた騎士君が庇うように前に出るのを確認して。
私はディスプレイを消し、後ろに回ってワニ男の手から斧を抜き取り、思いっきりワニ男の大事な男の象徴を蹴り上げた。
真顔で蹴り上げる私と徐々に痛みを感じて苦悶と絶望の顔に変わっていくワニ男。
観客や後ろで捕らわれている人間が軽く息を呑む音。
それら全てがスローモーションのように流れ、ワニ男が舗装された道にぶっ倒れたことで一瞬の出来事だったのだと理解する。
やった本人である私は斧持って内心爆笑しながら真顔でガッツポーズですが何か?




