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ジャックと豆の木  作者: 周防 夕
第二章 夏の日差しと亡霊の悪夢
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◇めざめ

「こんにちは。いえ、初めまして、というほうが適切でしょうか?」

 蒼い瞳は柔らかな空気を凍らせる。その持ち主は流暢な日本語で語る。それは「彼」の外見からすると明らかに異様だった。ジャックは驚き相手を見やる。

 輝く銀髪は金属のように光り、毛髪一本一本が細いにも関わらず重々しく見える。七色に輝くすあまの髪とは同じ銀色なのに印象はまるで違う。前髪は眉に、後ろ髪は首にかかるほどで、たなびくような癖がついている。鈍く光る髪は高貴さを感じさせるものがあった。

「本来ならばしっかりとした手順をふみ挨拶する手はずだったのですが、予想外のことになってしまいましてね。申し訳ありませんが、納得していただきたい」

 口は小さく、唇は薄かった。鼻も顔のラインもシャープで大人びていた。大人びている。つまり彼は大人ではない。彼は子供なのだ。

 その背はすあまよりも小さく、百センチ前後だろう。神主が着る装束に似た裾の広い白い服を身につけている。肌は青白く健康児という印象は受けないだろう。少年には子供の持つはつらつさが全く欠けていた。

「おや、僕の日本語はどこか間違っていましたか?」

 幼稚園児ほどの少年は幼い声でつらつらと語る。大人の魂が子供に乗り移っているようだった。

「……いいや、だいぶお上手だよ」

「お褒めいただき、光栄です」

 少年は礼儀正しく頭を下げる。顔を上げると黒と蒼の視線がぶつかった。二人ともたれ目には変わらないが、直線的で威圧的なジャックの目と違い少年のまぶたは柔らかな曲線を描く二重で気品があった。

 蒼い瞳はすあま同様に澄み切っているものの、ジャックに冷たい印象を与えた。

「……」「……」

 少年はすあまを見つめ、すあまも少年を見返した。彼らは知り合いなのだろうか? 確かに外見の特徴は一致する。二人の視線に強固なつながりを感じとりジャックは疎外されているような気がした。腕の中にいる彼女が自分から離れていく予感に体を震わせる。

「ああ、すみません。貴方を置いてけぼりにしまいました。我々は音声以外にも意思の疎通をとる器官がありましてね。そちらのほうが情報の欠落が少ないので同期を行っていました。テレパシーという言葉が近しいでしょうか」

 ジャックは少年には返事せずに少女を見つめた。自分が大量の汗をかいているのには気づかない。

「すあまの知り合いか?」

「んーん。……わからない」

「分からない?」

 少女もまた混乱しているようで、ジャックに答えを求めるように琥珀色の瞳で見つめた。少女に頼られたことを彼は喜ぶ。

 眉間にしわを寄せて少年を睨みつけた。その感情を察しなかったのか、もしくは無視をして少年は平然と二人の会話に割って入った。

「まあ、そうでしょう。僕は貴方たちの生態で称するならば、ソレ……」

 すあまを指差して言葉を続ける。

「……の弟ということになります」

 少年がすあまを物のように扱うことにジャックはひどく苛立った。彼の口から出たのは地面を震わす低くしゃがれた声だった。

「彼女は知らないと言っているぞ。弟を知らないなんてことがありえるかっ……!」

「母は同じでも違う子宮から生まれましてね。腹違いの姉弟とも言えます。ソレが命令を無視して動き回るもので顔を合わせることができませんでした。無害な失敗作エラーだったため放置していましたが、貴方との接触も勝手に行い予定を台無しにしたために、とうとう無視できずにここまで来る始末となったのです」

「弟のわりにはだいぶ偉そうだ。それで、すあまをどうするつもりだ?」

 ジャックはすあまを守るように腕の中から離さない。銀髪の少年の口ぶりがあまりにも大人びていたからか、それとも失礼な物言いだったからか、ジャックは八十センチ近く身長差がある相手を遠慮なしににらみつける。

 ジャックの様子などおかまいなしに銀髪の少年は無表情で話し続ける。

「すあま? ……ああ、ソレに名称をつけて下さったのですか。確かに僕はソレよりあとに生まれましたが、その分、調整がとれています。僕は『我々』の共同体では指導者の立場なのです。そして貴方にもいろいろとお話をうかがいたいのです」

「俺からお前に話すことなんてないね」

「ええ。そうかもしれません。ですが交換条件があればどうでしょう? ソレは貴方に説明できないでしょう? 僕には可能です。貴方がたには好奇心というものがあるそうだ。それを満たしてあげられる。僕らの存在を、この空間を、言葉が許す限りに貴方に説明することができます」

「……」

 ジャックは歯を食い縛り血走った眼を少年に向ける。

「加えて僕にもソレのように名前をいただきたい。ソレよりかは立場上、権利があると思えます。どうでしょうか?」

 少年の言葉にジャックはつばを吐いて答えようとした。腕の中のすあまのために苛立ちを必死に抑える。そんな情報など必要なかった。必要なのは――

「俺が知りたいのはたった一つ、お前がすあまをどうするつもりか、ってことだ」

 手の内の少女にまた会えるか彼は知りたかった。他のことはどうでもよかった。

「理解しかねますね。そんなことが気になるのですか? ソレは日が暮れれば共同体の寝床に入り睡眠をとるだけです。明日からは貴方と接触しないように行動を制限させてもらいますが、何も罰は与えません」

 接触させない、その言葉が彼の胸をしめつける。もはや、彼にはすあま無しの生活など考えられなかった。

「……これからも変わらず彼女を自由にしろ。ついでに、お前の顔なんて見たくない」

 有無を言わさぬ低い声で言いのけた。少年は始めて表情を崩し、目を丸くした。恐怖、落胆、感動、そういった類の感情は見えず、ただ純粋に驚いているようだ。数秒固まった後、少年は元の通りに落ち着き払い、口を開く。

「貴方が望むのならそうしましょう。ですが今日はもう帰る時間です。母もそう求めています。今から向かわねば睡眠時間までに間に合いませんから。それに対しても異論はありますか?」

 少年の冷静な対応にジャックの熱も冷やされた。銀髪の少年は少女にまるで興味もなく、ゆえに危害も与えないし、そのことで嘘もつかないように思えた。そうして、これ以上自分が少女を束縛するのはわがままを通り越して犯罪じみている気がし始めた。

 腕の中に抱えていたすあまをジャックは解放した。少女は彼の正面に立ち、ジャックは彼女に目線が合うようにしゃがんだ。彼の眉尻は下がり、声は寂しさに沈んでいる。

「また明日、遊べるか?」

「うん!」

 少女の元気な声に彼の心は安らいだ。彼女の瞳の輝きをうけて、彼の瞳も光を取り戻す。少年との会話は彼女を人形から人間に変え、少女との会話は彼を死人から人間に変えた。

「じゃあ、ここで、また明日。約束だ」

「やくそく!」

 夕日は沈みかけ、空の底から濃緑が侵食し始めていた。ジャックは少女の笑顔を作れるのは自分だけだと思いこんだ。彼女にとって自分が特別な存在だから、明日も会いに来ると信じて心を落ち着かせた。

 銀髪の少年がこちらを向く。半透明の生物が二匹、宙を泳いでかけつけた。少女と少年は胎児のようなそれにまたがった。

「それでは、失礼しました」

「またね! じゃっく!」

 少年と少女の背中を彼は見送った。『ベイビー』に乗った二人が見えなくなるまで。彼の目は笑っていて、口は苦しみに歪んでいた。

 空を羽ばたく鳥は雲から落ちる影に乗りかかられる。その重みに息を切らし、羽を散らしながら太陽を目指す。しかしその体力は限界に近い。決して高度はあげられない。時が経つにつれ、地面へと近づいていく。

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