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ジャックと豆の木  作者: 周防 夕
第二章 夏の日差しと亡霊の悪夢
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◇ゆめみごこち

 半透明のカーテンを通った黄緑色の光がやわらかに地面へそそぐ。熱を肌で感じる。今までの汚れを押し出すように汗がつぶとなり流れ落ちる。

 二人はずいぶんじゃれあった。どんな目的があって、どんな行為だったのか、彼には思い出せない。少女を感じているだけで時が過ぎていた。時計の針の音のような鼓動を感じもしなかった。

「なんのおと!?」

 少女は無邪気に笑いながらたずねる。低い音が二人の笑いをさえぎった。

 恥ずかしそうに青年は頭をかく。時を思い出させるのは時計。日時計、砂時計、たくさんの種類があるが、今回は彼の体内の時計が役目を果たす。

「俺の腹の音だ」

「んー、なにそれ!」

 すあまは腹の音の存在を本当に知らないようだった。

「おなかがすくと腹から音が出るんだ」

「なんで?」

「ええと、なんでだろな?」

 ジャックは理由をいろいろと考えてみた。

 胃が空っぽになりけいれんして音が鳴るのだろうか? しかしどの考えも正しいと自信が持てない。小さくため息をつき、彼は子供に科学的なことを説明する必要もないと考えた。

「腹の音は、お腹がすきましたよーって合図をしてくれてるんだ。早く飯をくれって『ぐーー』ってうなってんだ」

「かってになるの?」

 利発そうな少女の目はまっすぐと彼へと向かう。琥珀色の瞳に写るのは子供騙しの嘘つき男。彼は見ていられず目をそらす。

「すあまはご飯をたべたのか?」

「んーん。ひがあがってから、たべてないよ」

 今日は朝食も食べていないということだろうか、彼女の親はいったい何をしている? 疑問を浮かべる彼の頭上では太陽が熱を放っている。正午になっていた。

「良ければ、一緒にご飯たべよう」

「ごはん! いいところしってるよ! いこう!」

 小さくとびはねてすあまは木の根に飛び乗った。にんまりと笑い、ジャックの手を引く。彼は驚いて手を振り放そうとしてしまった。彼の指をつかむ手のひらは小さく柔らかい。

「すあまは、家に帰らないでいいのか?」

「うん! くらくなるまではなにしてもいい!」

 それ以上ジャックは問えなかった。そうして大きく息を吐き出す。

「じゃあ、そこへ向かおう」

 彼は夢の中で鳥になって青空を飛ぶような気分だった。その羽は震える。彼は大地に引き寄せられる。重力に抵抗し、逃れるように太陽を目指す。

 

 二人は根を乗りこえ、巨大な枝の下をくぐりぬけていく。昨晩、酔ったあまり密林化の進む地域に入り込んでしまい、ジャックは現在地がまるでつかめなかった。

「じゃっく! おそいよ!」

 少女の背中を眺めみる。すあまは重力を感じさせない足どりで銀色の髪を風に舞わせて進んでいく。ジャックは息を切らして必死に追いかける。行きつく先に不安を感じつつも彼女から離れたくなかった。

 すあまがふり返りこちらへ手をふる。彼をうずうずと待っている。あんな小さな子供のどこに体力がつまっているのだろうかと彼は不思議に思う。

 茂る木々を越え、街並みを維持している区域までたどりついた。さまざまな店が道を挟んで並んでいる。ここが近所の駅前の商店街ということをジャックは察した。

「あそこ! あそこがいい! いつもあそこでたべてるんだよ! たくさんある!」

「……じゃあ、入ろうか」

「うん!」

 すあまが指差すのはコンビニエンスストアだった。返事すると同時に少女は駆けだし店へと入る。

 彼女はいつも一人でコンビニで食事をしているのだろうか? 母親はいったい何をしている? いや、そもそも、もっとおかしいことがあるだろう? 彼は自分に問いかける。

 ゆっくりとジャックは踏み出す。決断した勇敢な一歩という感じではなかった。おそるおそる忍び足で店内へと向かい辺りを見回す。少女の姿を探す。

 一足先に少女は食事にありついていた。容器を砕いて固形のままカップめんをガリガリと口にしている。ジャックは止まる。少女はまるで獣のようで、人形のような外見とはギャップがありすぎた。

「おっ、おい! すあま! やめなさい」

「……え?」

 すあまは動きを止める。手に持っためんを大事そうに抱え、怯えた目つきで彼を見つめる。しかったような口調になったことに気づき、ジャックは彼女に嫌われまいと優しげに話しかける。

「それはそうやって食べるよりおいしい食べ方があるんだ。ちょっと待ってな」

 少女に好かれようと彼はカップめんを大急ぎで作り始める。少女を店内に待たせ、隣の金物屋からガスコンロとやかんを拝借してコンビニに戻り、ミネラルウォーターを注いでお湯を沸かす。

 彼女は火にも、やかんから発せられる「ぴーっ」という音にさえ感動して、どうしてそうなるのか彼にたずねる。ジャックは再びきちんと答えられずにごまかした。すあまは「ふーん」とつぶやくだけで納得はしていないようだった。

 二人並んでコンビニ床に座ってめんがふやけるのを待った。

「いいにおい! たべていい?」

 カップとふたの合間から食欲そそる香りが漂い始める。床に腰を下ろしていたすあまは手を地面についてカップをのぞきこむ。よだれをたらしそうな勢いだ。

「あとちょっと待たなきゃダメだ。とっても熱いから気をつけろよ」

 ジャックはレジの下からプラスチックのフォークを借りてすあまの元へ持って行く。その足どりは軽い。少女が興味を持っているのを喜んでいた。

「あとって、どれくらい? あつっ!」

「おい! 大丈夫か?」

 少女の声を聞いて彼はすぐに駆けよる。すあまは指を口にくわえて困った顔をしている。

「……やけどにはなってないみたいだな。話しはちゃんと聞きなさい」

 少女の手をとり確認する。火傷にはなっていない。我慢できずに手を伸ばしたらしい。

 体を揺すり、すあまの視線はカップめんへ釘づけだった。わくわくとしているのが誰にでも分かっただろう。

「ねえ、あとどれくらい? あとどれくらい!?」

 すあまが彼の服を引っ張る。カップめんのふたには熱湯三分と書かれていた。

 ジャックは時間なしでもカップめんの調理時間を把握できるようになっていた。彼の計算ではあと二分は待たなければならない。

「まだ入れたばっかだろ。ちょっと我慢しろよ」

「まだ!? まだなの?」

 何度も同じやりとりを繰り返した。彼女はもう座り続けるのもガマンできなくなり、立ち上がって店内をうろうろと歩き始める。その様子を見ていられなくなり、ジャックは声をかける。

「……もういいぞ! このフォークを使って食べな。熱いから気をつけろよ」

「ほんと!? やった!」

 すあまは早足でジャックの元へ戻り腰をおろした。彼はカップめんのふたを取りフォークでめんをすくってみせた。すあまはフォークに顔を近づけ、大きく口を開ける。

「あっ!」

 すあまの口へ入る直前で彼はフォークをよけさせた。いじわるそうににやりと笑う。

「いただきます、がぬけてるぞ」

「なんで?」

「この食べ物を作ってくれた人にありがとうっていう感謝を伝えるんだよ」

 小さい頃を彼は思い出す。食事に関して母に厳しくしつけられた。はしの持ち方や、食器の置き方、そういったマナーを忘れていたことに気づく。それらのルールを守らなければいけない気がした。

「そうなんだ! わかった!」

 彼女は食べたい気持ちを必死におさえて彼の目を見つめる。彼女にとってこの料理を作ってくれたのはジャックに他ならないのかもしれない。

「いただきます!!」

 めいいっぱいの大声だった。それほど食べたかったのかと呆れながら、ジャックは彼女の笑顔をみて暖かい気持ちを抱いた。輝かしい銀髪をなでてみたい気分だった。その手は動かない。

 銀髪、日本においてはあまりにも珍しい。彼女の髪色は明らかに地毛だった。その特殊性が彼の手を石化させる。

 すあまはがじがじとフォークをかじっている。どうやら、めんの食べ方が分からないらしい。

「おいおい、フォークごと食べるな。すすってたべるん……」

「おいしー! おいしい! すごいおいしい」

 先ほどを上回る声量。彼女に顔を近づけていたためにジャックの鼓膜は大ダメージをうける。彼は耳鳴する左耳をおさえて、ひきつりながら微笑んだ。

「そうか、それはよかった」

 少女に熱いものを任せるのも心配で、彼は容器をつかんでいる。熱そうに食べているのを見て、ふーふーと息をかけると少しましになると教える。

 彼女は風船のように頬をふくらませて強く息をはく。肝心のめんが吹きとびそうになり、彼は「やりすぎだぞ」と注意する。少女は照れて笑った。

 一人っ子の青年は妹がいたらこんな感じなのかなと想像した。握りこぶしでフォークを持ち食事のマナーなんてありやしない。でも、彼女は楽しそうに食べていた。その姿をみてジャックは注意せずに見守った。

「じゃっくはたべないの?」

「じゃあ、一口もらおうかな。こうやって食べるんだ」

 ジャックはすすって食べて見せた。すあまは「おー」と声をもらし、早く自分にもやらせてほしいとせっついた。

「すごい! わたしもする! あつっ! うー、あつい!」

「だから気をつけろと言っただろう。まったく」

 涙目になったすあまの頭をジャックはなでた。自然となでることができた。少女はそうされたのがくすぐったいらしく、眼を細めて体をよじらせた。くすくすと笑った。そして猫のように彼に頭をこすりつけた。

 少女の柔らかな髪はあまりにも心地よかった。琥珀のような瞳は愛らしく自分を写す。暖かいまどろみに包まれ、彼はただ幸せを感じる。それは重力とは無縁の、夢のようなひとときだった。

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