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ジャックと豆の木  作者: 周防 夕
第一章 あなたへの手紙
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◇望まぬ主人公

 八月二十四日

 ひまなことだし今日から夜に日記をつけることにした。

 朝起きてスーパーに向かう。ベンツに乗ろうかと思ったが、荷物を運ぶので軽トラにした。誰もいない道を走らす。途中、半透明のデカブツをはねかけた。よそ見は良くない。

 スーパーについて気がついたんだけど、壁が木のつたにおおわれていた。半月前までは普通の町だったのに今やジャングルだ。場所によっては車じゃ入れないだろうな。

 この前やっと建て終えて売り出していたマンションもコケが生えて古代遺跡みたいになっている。いつか自分の家も緑の根っこにからまれるんだろうか。心配だ。

 本当にだれにも会わない。一人くらいおれみたいにドームの中に残っていてもおかしくないのに。危険だから家にとじこもっているのかな。もっと部屋を探ってみようか。

 スーパーではカップめんとミネラルウォーターとかんづめを借りた。買いたくても店員などいないし、食べなきゃおれもうえ死にしてしまう。仕方ないから借りるんだ。盗むわけじゃない。これで一カ月はもつだろう。カニのカンヅメはおいしい。

 食料調達した後は二階のホームセンターでのこぎりを借りた。軽トラの後ろに借りものをのせて壁まで向かった。壁を切り開こうとしたものの上手くいかない。のこぎりは折れてしまった。今度はオノで試してみよう。

 今は早く外に出たい。人に会いたい。

 

 八月二十五日

 昨夜の日記を読み返してちょっと恥ずかしくなった。日記っていったいなにを書いたらいいんだろ。野球しかやってこなかったから作文は苦手だ。そんなおれがこんなことに巻き込まれている理由を誰でもいいから説明して欲しい。もう二週間もだぞ。なんで助けがこない。

 ああ、気付いたんだがこのままじゃなにを書いてるか分からない。一度整理しておこうと思う。じゃなきゃおれの頭も混乱したままだ。

 まずこんなことになる直前を書くとする。おれは裏山の空き地ですぶりをしていた。そうやって甲子園の予選でぼろ負けしたいらだちをぶつけるのが最近の日課なんだ。

 高校一年からレギュラーに選ばれたからおれは浮かれてた。マンガみたいに甲子園の土をふめるとは思ってなかったけど、一戦目くらい勝てると思ってた。でもまあ結局コールドで負けたんだけど。やっぱり金をかけてる私立にフツーの都立は勝てないんだ。

 あの不気味な日は八月十五日。いつものようにすぶりをしていると雨がふり始めた。急いで荷物をもって山をおりようとしたんだ。雨がどしゃぶりして雷も鳴っていた。むらさき色で空は不気味だった。雲がうずを巻いていた気がする。風も強くて吹き飛ばされそうだった。台風が来るとは聞いていなかったから焦った。べちゃべちゃした土をけって駆け下りた。

 そこからはあやふやだ。気付いたらおれは地べたの上にあおむけで寝ていた。首がずきずきしていたような気がする。ぬかるみに足をすべらせて頭を打ったのかもしれない。まったく静かになっていた。風もほとんど吹いていない。でも、なんか奇妙で、落ちつかない。ちょっとしてそのわけが分かった。

 空が緑色だった。最初は木の葉っぱのせいでそう見えるのかと思った。でも違う。緑ににごった空はヘドロのたまった池みたいで、不気味のあまり目がそらせなかった。もっと変なのが目に入るのが怖かったのかもしれない。

 空は緑色のセロハンに包まれていた。でもそれは見間違いで、どうやらおれは半透明の緑の膜でできた巨大なドームの中にいるようだった。膜には血管のようなものが浮き出ている。動物の内臓みたいだった。

 不安だ。何が何だか分からない。手がふるえて冷たいもの触れる。その時は本当に怖かった。でもゆっくり顔を動かしてみると金属バットだった。とたんに気がぬけて、腰はひけてたもののバットをつえ代わりに立ちあがった。

 裏山はちょうど町が一望できる見はらしのいい所だった。

 ほんとうに意味が分からない。町は変わりはてていた。緑におかされている。緑のドームが見える範囲すべてを包んでいる。電車で二十分はかかる国分寺までドームの中だ。町一個のレベルじゃない。

 さらに数メートルの太さの木の根っこが道路をぶちこわして顔を出し、建物をからめとっていた。その根っこの持ち主はえらそうにそびえていた。

 東京タワーをバスから見たとき、意外と小さいなと思った。近づいてその大きさにめまいがした。この根の持ち主にも似た感じだった。ひたすら巨大な柱がドームの中央に立っているということは分かった。だがその普通じゃないスケール感は把握できない。

 柱は濃い緑色をしていた。上へとのび続けてドームの天井へつながっている。ドームを支えているというよりかはこの柱から膜が生えているみたいだ。すぐにSF映画にあるような宇宙人の侵略を連想した。

 のんきなことを妄想するひまもなく頭が冷えてきた。家族が心配になるのは当然のことだろ? 駆け足で家へ向かうものの、誰ともすれ違わなかった。

 裏山からみた感じより道が崩れていなかったから苦労せず走れた。でもその分、考える余裕ができてしまった。誰もいない町をはっきりと意識させられる。部活の練習で経験したことがないほどに息が切れて、胸が苦しくなる。

 家に着いた。誰もいない。スリッパも外用の靴もおかれたまま。夕食の準備の途中で母さんはいなくなっていた。献立は厚切りした牛肉が入ったクリームシチューだった。おれの好物は鍋に入れられたまま冷たくなっていた。

 そのあと安田の家に走った。誰もいない。ベッドの上にやり途中のゲームが放置されていた。学校に走った。多分、みんなそこに避難しているんだろう。そう思って、そう信じて走った。でも、学校にも誰もいない。

 そのとき、緑の膜を通して太陽が登っていることに気づいた。おれはいつも夕方にすぶりをしていたから、気づかないうちに一日が終わっていた。腕時計で日にちを確認すると三日が経っていた。そんな長時間寝ていたのだろうか?

 でも、たった三日間だ。そんな短い時間でなぜこうも街が変わってしまったんだろう。みんなはどこにいるんだ。なんでおれだけ取り残されている。

 甲子園にでて活躍したかった。そういう野球マンガの主人公みたいになりたかった。なのになんでSFの主人公みたいなことをしなきゃいけない。ごていねいにエイリアンまで準備しやがって。

 

 八月二十六日

 朝飯にカップめんを食べる。電気や水道が使えないのでガスコンロとペットボトルのミネラルウォーターでお湯を作る。面倒だけどほかの方法は思いつかない。

 朝食後は日課のドライブ。今日は外車に乗ることにした。しかし異常な生活にもなれるもんだ。最初は不安でたまらなかったけど、今はカップめんができるまでのんきに待つ余裕さえある。

 高校を卒業する前に免許をとろうと思っていたけど、当面はその必要はない。無免許で誰も怒る人はいないし。ただで高級車に乗れるなんて夢みたいだ。

 車の行き先はいつもの壁だ。ドームの中心の柱に近づくにつれてジャングル化がひどい。この先成長が続くとしても、

おれの家は中心から離れていたのでしばらくは大丈夫だろう。

 目が覚めて二日目には安全そうなドームのはじのほうまで車で向かった。その時、外とをくぎる壁にぶちあたったんだが、これがなかなか頑丈だった。

 ドームの内側の壁、内壁は固かった。空の方に向かうにつれて半透明で弱そうなのに地面に触れている部分はコンクリートみたいだ。

 ここを切り開けば普通の生活に戻れるはず。さいわいたくさん道具はあるので、毎朝壊してやろうとやっきになっている。

 スーパーに道具を借りに行く途中でまたデカブツをはねかけた。デカブツ。おそらく宇宙人、エイリアンだろう。デカブツははっきし言って気持ち悪い。身体は半透明で、ちょっと水色っぽい。背は俺よりもでかいから百八十センチくらいありそうだ。その内の半分以上が頭で、小さい体で丸まっている。

 母さんのお腹の中にいるときの赤ちゃんみたいな形。理科の資料集にカエルとかニワトリやら人間の卵子が受精してから細胞分裂する図がのってるけど、あれの後半の形に似ている。タイジっていうんだっけ? 

 そんなやつらがふわふわと浮いている。のろのろ移動している。時々低い音でジーッとないてる。きもい。頭はよくなさそうで力も強くはないみたいだ。殺してしまったら後味が悪いから車の運転時には注意している。いや、でもやつらがこんな状況の原因なら倒すべきなのかな。

 一昨日は壁を壊すのにノコギリを使ったけど道具の相性が悪かった。なので今日はオノを使うことにした。スーパーでオノを借りるついでにライターとランプも集めておいた。暗くなってから電気がないと不便だ。これで夜になってもマンガが読みやすい。

 キャンプ用品コーナーはかなり役に立つ。お米が食べられなくてイライラしてたけど飯ごう水さんセットも見つけたのでその不満もなんとかなりそうだ。

 高級ボールペンも借りた。一本三万円もするだけあって書き心地がすごいい。今それで書いているんだけど字が上手くなった気になるな。ついでに吸ったこともないタバコもワンカートン借りてみた。

 スーパーから青梅街道を真っすぐ行って薬局を右折し、ピンクのマンション近くで左折するといつもの壁に着く。そのルートは道路が安定してるし、壁へも近道なんだ。毎朝そこの壁に攻撃を続けている。だけど、どれだけ傷つけようと翌日になると壁は元通りに回復している。まったくどういうことだ? 昨日ののこぎりのあともまっさらなくなっていた。

 オノをふるっているとバッティング練習を思い出した。今までしてきた朝練と変わらないとすると、とたんに無駄な努力に思えてくる。こういうのを徒労っていうんだっけ?  嫌なことは考えないでおこう。

 壁を攻撃してるとデカブツ二匹がこっちへ寄って来た。壁や根を傷つけたから怒ったのだろうか。今度やつらの観察ノートでも作ろうと思う。もしここから出た際にそんなことを書いておけば表彰されるかもしれないし。

 デカブツの相手をするのも面倒だったので車に乗りこんで逃げた。あいつらはカタツムリくらいのったりしてるから追いつけるはずもない。

 帰り道に大きな古本屋によった。読みたかった野球マンガをまとめて借りる。単行本で五十冊もあると運ぶのが大変だった。車内は広いけどマンガにシートベルトするのもおかしいので座席に置いていたらタバコをつぶしてしまった。まあ問題ないだろう。吸ったことないから分からないけど。

 帰ってマンガを読みだしたら止まらず、気が付いたら日が落ちていた。ちょっと野球がやりたくなって身体がうずうずした。壁相手のキャッチボールしか出来ないのがくやしい。

 怪物はのろまだし、必需品も娯楽品もたくさんある。救助が来るまでの時間つぶしには困らないだろう。面白い光景も見れるしな。

 ここの夕焼けは少し奇妙なんだ。夕日のだいだい色が緑のセロハンを通過する。油と水が溶け合わずにどろどろするように、緑とだいだい色がぶつかりあって汚い虹みたいな光を帯びる。ある一瞬だけ、夕日は緑をうちやぶり、町が暖色に包まれる。この一瞬がすごい好きだ。だからそれくらいになるとベランダに出て外を眺める。

 晩飯は飯ごう水さんのご飯とレトルトのカレーを鍋で温めて食べた。なかなか美味。さて、そろそろ寝る。

 日記を書くのも少し慣れたかな。昨晩はその日の内容をほとんど書いていない。初めの頃のことを思い出していたら、むしゃくしゃして、気持ち悪くなってお酒を飲んでしまった。ウィスキーはあんまりおいしくないけど飲みだすと止まらない。当日のことを書く前にばたりと寝てしまった。

 最初はビールや缶チューハイに挑戦したんだけど、どれもぬるくてまずかった。ウィスキーは常温でもそんな変な味じゃなかったから選んでる。水とかで割らないで、ゆっくりじっくり口で味わうんだ。いろんな種類があるそうだから、ちょこちょこ味比べしてみよう。今晩はどうしようかな。

 

 八月二十七日

 今日はいっさい外出しなかった。あまりにも頭が痛くて。二日酔というものを初めて体験した。お酒は怖い。身体がだるくてどうしようもなかった。ずっと水ばっか飲んで、マンガを読んでベッドでゴロゴロしていたらもう夜になっていた。

 

 未成年がお酒を飲むのをとがめる人もいると思う。それは当然だ。だから昨日は飲もうとしなかった。でも、夜になると無性に不安になって、嫌なことばかりが頭を埋め尽くして、寂しくなって、でも話す人もいなくて、どうしようもなくなる。悩みを打ち明ける人も居ないんだ。両親も、友達も、誰も彼も。

 暗い気持ちを忘れるには、今は、お酒しかないんだ。怒る人がいたら怒ってほしい。無免許運転も、無断拝借も、全てばっしてほしい。

 文字に書き起こそうとすると嫌な想像がどんどんはっきりしてしまって気が気じゃなくなる。そういうことは文字にしないほうが良い気がする。いや、もしそうなら日記なんて書かない方がいいんじゃないか? 今日、読み返した時、破り捨てたくなった。ちくしょう。なんのための日記だ。

 だれか、お願いだから、おれに会ってくれ。

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