まぁ……こういうのもいいかな
とある休日の、たわいもない早朝の話。
「ふあぁ~……ねむ」
ただ今の時刻7時13分。
今日は仕事も学校も休みの最悪な日。
今私は起きたばかりで、時計を確認しながらもう一眠りしようかと思ったところで……。
「おねぇちゃぁーーーーーんっ!おーはよぉーー!」
近所迷惑さながらの大声を発しながら、下から二番目の弟ーー鈴原 陽介が部屋に入ってきた。
うるさいなぁ……。
「おねぇちゃん!朝だよ起きて!」
「うぅ~まだもうちとだけぇ」
「だぁーめ!」
そういうと暖かかった布団を豪快に剥いでしまう。
布団を奪われてしまった私ーー鈴原 美咲は、さぁむぅいぃ~とうめきながらも体を起こして陽介に向き直る。
「ん。陽介おはよ」
「おはよう!おねぇちゃん!やっと起きたね」
「悪かったわね、ねぼすけで」
子供にはにつかわしくないニヤリとした顔でこちらを見つめる弟に、美咲はブスッとした顔で吐き捨てた。
すると……
「おねぇちゃんはねぼすけじゃないよ?」
「ん?じゃあ何?」
予想外の答えに思わず聞き返す。
これがいけなかった。
美咲の言葉に陽介はうーんと腕を組んで考えると、何かを思いついたのか突然笑顔になり口を開いた。
「おねぇちゃんは……」
「……?」
「お猿さんなんだよ!」
……は?
「ちょっと待ていきなりどうした?」
陽介の言葉に美咲固まる……。
"お猿"?
あの「ウッキー」とか言っているあの猿?
うちが?
何で猿になるのよ
しばらく惚けてた美咲が我に返ると、超至近距離……キスでもするんじゃないかと言うほど近くに弟の顔があった。
「おねぇちゃん?」
「うわぁ!?」
突然のことに驚いて思わず後ろのベットに倒れ込む。
「おまえ近いよ!」
「ん、わざとだもん」
「ワザトやるな恐ろしいな!」
「えーーだってボクお姉ちゃんスキだよ?」
「おまえの言う“スキ”がどういうスキなのかはあえて聞かないでおくよ」
「聞かなくてもわかるでしょ?男と女によくあるエ」
「おまえ今何を言おうとしてるんだやめなさい子供がそんなこといってはいけません!」
「どうして?ママはすごい言ってるよ?」
「原因はあの人か……」
「あとパパも」
「あんの夫婦は……」
衝撃的発言と衝撃的事実が次々に発覚して美咲は頭を抱えた。
子供になんてこと教えてるんだあの人たちは……
これだから教育がどうのこうのと問題になるんだよと、どこかずれた考えをしながら美咲は起き上がり陽介に向き直った。
「あのね?そういうことは言っちゃいけないの。あんたはまだ子供なんだから」
「ダメなの?」
「だぁめ。そういう変なことはお母さんが言ってても聞いちゃダメだし覚えちゃダメ。すぐに忘れなさい」
「はぁい」
いつもなら聞き分けの悪い弟が素直に返事をしたので怪訝に思ったが、まぁいいことなので追求はしないことにした。
これで小学三年生というんだから将来が心配である。
「ほら、着替えするから部屋から出てちょうだい」
「はぁい。……あ、お母さんがさっき呼んでたよ?」
「え、まぢ?」
陽介の言葉に、服を取りに行く足を止めて振り返る。
「うん。だからオレお姉ちゃんを起こしに来たんだもん」
お母さんが呼んでると聞いてイヤな予感しかしないのは、だいたい用事を押しつけられることが多いからだ。
それか変なジョークをかまして脱力させられるかいじられるか。
「早くいかないと……」
陽介がそういって部屋の扉を開けると、壊れたレコードのような音が廊下に響きわたっていた。
意識しないうちに顔の筋肉がひきつる。
こうなるともう絶対何かある。
イヤな予感はその時点で確信に変わっていた。
『みさきーみさき~はぁやくこないと~』
オペラ歌手にでもなったつもりなのか、早朝だというのにノリノリだ。
頼むから大声で呼ぶの止めてくれませんかねぇ。
心の中だけでそういいながら着替えるのをあきらめて母の部屋に向かう。
『みさき~み~さ~き~、はあやくへやにこ~い~』
その間も母のはずれた歌声はあたりに響きわたっていて。
いや“えーでるわーいす”じゃないんだから。
苦笑混じりに心の中でつっこむ。
その内飽きてきたのか、母の歌声が止んだ。
「ん?」
あれ?と思っていると、再び母の声が……。
『みーさきーみさきー……みさきみさきみさきみさきみさきみさき……』
れ、連呼!?
「あぁもう!」
大声で連呼されるのはうるさくてかなわない。
美咲は思わず悪態をついて母の部屋に飛び込んだ。
「そんなに連呼せんでもちゃんと聞こえるから!」
「なんかきた」
「いやあなたが呼んだんでしょーに」
部屋にはいるとベットに腰掛けた母……頼子と、ベットに寝ころぶ父……和宏の姿があった。
「ねぇみーさきー」
その父が私を呼んだ。
何か妙に声がたか……
「みさきの」
「いきなり何を言ってるんですかあんたは!?」
「まだ何もいってないよ?」
「何を言おうとしてるか聞かなくてもわかりますが」
「超能力者?」
「あなたは最近それしか言ってないでしょ」
「他にもいっぱい言ってるよ?」
「ええそうですね危うく“何歳未満の方は見てはいけません”みたいな表示がついちゃいそうな発言はしてますねいっぱい」
「でしょ?」
「それもまた問題だってこと気づいてます?」
「なんのこと?」
「ああもうけっこうです」
父親の相手をしただけなのに何でこんなに疲れるんだろうか……
「それで何のよう?」
和宏はもう放っておくとして、母に用件を尋ねる。
「べつに」
「はい?」
「呼んでみただけ」
「ああそうですか」
もうやだ……。
なんで朝からこんなに疲れなきゃならないんだろう?
「はぁ~~」
深いため息をついて部屋に戻り、着替えると、下に降りていた末っ子の亮が腕の中に飛び込んできた。
「おねえちゃんおはよ!」
「おはよぉ」
美咲が返事をすると、亮は顔を上げて小首を傾げる。
……かわいいなあ。
「やっとおきたんだ?」
「おまえも言うか」
「だっておねえちゃん、おねぼうさんなんだもん」
「悪うございましたぁ」
亮の言葉にブスッと仏頂面で返すと、陽介が言っていた猿がどうのという話を思い出して美咲は首を傾げた。
あいつ……いったい何が言いたかったのやら。
気にはなったが、くだらない答えが返ってきそうなので聞くのは止めておくことにした。
さて……。
時計を確認するともう八時を回っていた。
「亮、もう朝だから早く着替えなさい」
「うん!」
末っ子なのに素直にうなずいて着替えを始める亮の姿に、美咲は思わず目元を拭った。
素直だ……末っ子なのにこんなに素直だぁ
この家の中、素直な弟の存在は美咲の心を癒した。
「さて!うちも始めるかな」
朝はこんな感じでどっと疲れるけど、それでもさほどイヤってわけでもない。
父親も母親もあんなで、陽介は人の言うことも聞かない小僧で、お兄ちゃんは自分勝手自由奔放でだらしないし、みんなことあるごとにうちをおもちゃにして遊んでたりするけど。
ま、これが我が家のいいところかな?
他とは違う面白さがあって、うちはすごい迷惑してるけど、みんな笑顔ですごしてる。
それを考えるとこれくらいの迷惑なんて、無いのと同じ。
「でもやっぱりセクハラ発言は止めてもらいたいな」
あれは精神的なダメージがデカいし弟たちに悪影響が……。
と今日も美咲は、両親がぶっかます発言が弟たちの成長に影響しないか頭を巡らせる。
まあ、こういうのも悪くないかな。
そう思い笑みをこぼす、とある朝のことでした。