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『いつまでも』

いつまでもきっと私は求め続ける。

どんなに高い『壁』に囲まれても、いつかはそれを乗り越える強さを、そして……。




リーファスの湖畔。

柔らかい日差しの中、私はただ流れる雲を眺めて座り込んでいた。

側にいるのは白い虎。

鼻先をかすめる小さな虫をうるさそうに前足で追い払う姿が滑稽に見えた。



人ノ姿ニ 戻ッタラ? 虫ノ 1匹グライナラ 簡単ニ 追イ払エルダロウ?



「……それもそうだな」


瞬時に虎が青年に姿を変える。

パチンと虫を両手で潰した。


彼の名はガルーダ。

彼とはかつてのビースト、ルビードを葬った時に初めて出会った。

以来私に『ビースト』として同行している。

どうやらものすごい魔術師らしい。


「どうした? 帰るのはやめにするのか?」


なかなか進もうとしない私に、ついにガルーダが問い掛けてきた。


ここから少し先に大きなポリスがある。


私の故郷、テル・エル・アマルナだ。


良からぬ噂を耳にした。

大陸中のほとんどのポリスが水飢饉に陥り、人々が生活の苦しさを味わっている中で、常にアマルナの生活水準だけが年々上昇していく。

豊富な地下水源の賜物だ。

それを妬む連中がいる。

更にそれを利用して領土を広げようとする連中もいる。

守りに戻ろうとここまで来たが、どうにもまだ決心がつかない。



3年、カ……。



呟いてみる。

その月日は決して短いものではなかった。

何度も夢で家路を辿り、何度も夢で戻りたくて泣いた。

しかしいざ帰ろうと思うと、今度は心が不安で満ちる。

『壁』を乗り越える方法が見つかってもいないのに、このまま帰郷して大丈夫なのか、と。


リーファスから、水気を含んだ風が吹く。

瓦礫の上に咲く花が答えるようにゆらゆらと揺れた。

なぜかもう少し、ここにいたい気分になる。



ソウイエバ ココハ 昔 王宮ダッタラシイナ……。



私はふいに思い出した。


その昔、不可能をも可能にする1人の男がいたという。

大陸一の魔術師で、自らに不老不死の魔法をかけ、以来ずっと若かりし日の姿のまま生き続けた。

それが後世の人間が彼を『永遠の君』と呼ぶ所以である。

史実で唯一『王』と呼ばれたたった1人のその存在。

人々が彼を住まわせる為に協力して建てた王宮。

その成れの果てが、この瓦礫の山だ。



ココノ主モ 『壁』ヲ 自覚シテ 姿ヲ 消シタト イワレテイルガ――



私はゆっくりと立ち上がった。



――『乗リ越エル方法』ヲ 見ツケル事ハ デキタノダロウカ?



「……今でも探し続けているのかもしれないな」


珍しくガルーダが仮想を静かに口にした。



案外 オマエガ ソノ『永遠ノ君』デハ アルマイナ?



「だとしたら?」


振り返ると、真剣な眼差しのガルーダと視線が強く重なった。



……ダトシタラ タクサンノ 同情ヲ スル。



「同情?」


わずかに不服な表情をガルーダは見せた。


同情――それは上辺の感情。

優しくされると心地よい。

いたわられるとホッとする。

しかしそれは上辺の関係。

壁越しの交流。傷つけ合わずに済むけれど、互いの本心に触れる事も決してない。



ソウダ。タクサン タクサン 同情ヲ スル。何百年ト 1人デ 悩ンデ

辛カッタデショウネ、オ気ノ毒デシタネ、カワイソウデシタネ

ッテナ。



「……それで?」



ソレデ 終ワリ。



明らかに不服な表情をガルーダが見せる。



後ハ オマエ次第。



と私は言った。



『壁越シノ交流(壁の中)』ニ 甘ンズルカ、『相手ノ本心(壁の外)』ヲ 目指スカハ。



誰の周りにも『壁』はある。

しかし2枚と同じ『壁』はない。

なぜなら2人と同じ存在はあり得ないから……。



『オマエノ壁』ヲ 越エルノハ、所詮ハ 『オマエ自身』ダト 言ウコトダ。



ガルーダに向かってそう言った。そして自分にも強く言い聞かせる。


「……おまえが私を同情するなら――」


ガルーダはゆっくりと言葉を続ける。


「――きっと私はおまえに二度と同情されない存在となる為に、いかなる努力も惜しまないだろう」


自然と口元に笑みが浮かんだ。



……私モ オマエト 同ジ。同情サレルノハ 絶対ニ 嫌。




いつまでもきっと私は求め続ける。どんなに高い『壁』に囲まれても、いつかはそれを乗り越える強さを、そして――同情だけで接する事も、接される事もない存在を……。


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