『どうしても』
どうしても変える事のできない事実がある。
それは私が『女』だという事。
アマルナに12ある獣士の1つ、ティティ家の一人娘であるという事。
私がいかなる努力をしても、それらの事実を覆す事は絶対にできない。
私ガ 『女』ダトイウ事――。
『この次は必ず男の子を』
それが母の口癖だった。
獣士――それは一族の守護者。
他部族の侵略からも、樹海の獣からも一族を護ってくれる頼もしい存在。
数々の武勇伝と惜しみない憧憬の眼差しとがついてまわる存在。
父――グラン=ティティも例外ではなかった。
母はそんな父にとって完璧な妻であろうとした。
ならば立派な跡取りを産もうと思うのも無理からぬ事。
それが待望の第1子を取り上げてみると女だった。その事実を知った時、母は父にすがって誓った。
『この次は必ず男の子を』
有事には最後まで行動しなくてはならない持久力、戦場や樹海を徘徊する体力、自らの武具を操る強い腕力。
一般的に、獣士に必要なそれらは女より男の方が秀でている。
逆に月の障りやふくよかな胸があっては時として動きに大きな支障をきたす。
要するに、女では不都合なのだ。
私が3つの時である。
父は自分のビーストからベースという名の猟犬を選び、娘である私に与えた。
『必ず男の子を産んでみせます!』
父が私にウィップの操り方を教え始めると、母は半狂乱になってそう叫んだ。
『おいおい、これは娘だろう?』
父が私にビーストの接し方を説き始めると、ラフィ家の家長ダラ=ラフィは嘲笑してそう言った。
『女が獣士になる――』
その史実がアマルナになかった事も手伝って、私と父は一族中から好奇の目で見られるようになっていた。
私ガ あまるなニ12アル 獣士ノ1ツ てぃてぃ家ノ 一人娘デアルトイウ事――。
『ネフェルは特別だよ』
それがラジャ様の口癖だった。
小さな頃から、私は父に連れられてよく長の邸宅に足を運んだ。
私たちを出迎えてくれるのは偉そうなラフィ家の家長ダラ、意地悪なその息子ユダ、実際偉い当時の長、私と同い年の長の娘ラニー様、3つ上の長の息子ラジャ様――。
ユダは嫌い。いじめるから。
ラニー様は好き。友達だから。
ラジャ様は――。
『ネフェルは特別だよ』
初めて言われた時はユダにいじめられて悔しくて泣いた時。
ラフィ家は長を守る家系。
だからラジャ様たちと遊んでもいい。
でも私はそうじゃないから『無礼』だと言われた。
『特別』ハ トテモ 心地ヨイ言葉
『特別』ハ トテモ 温カイ言葉
13の春、父の死と共に私は獣士として長から正式に認められた。
女だからと突き当たった『大きな壁』。
人々にも、母にも認められなかった日々がその時やっと終わりを告げた。
それからは更に獣士としての修行を積んだ。
私には大きな目標があった。
強クナレバ、らにー様ヤ らじゃ様ヲ オ守リデキルンダ。
ズット オ側ニ イラレルンダ。
『お互いそれなりの獣士になったんだ。
『ラフィ家のユダ』と『ティティ家のネフェル』――どちらが上か、そろそろはっきりさせようじゃないか』
15の春、当時18のユダが戦いを挑んできた。
己の強さを確信する為に。
同族の獣士との戦闘は禁じられていた。なぜなら重要な戦力が失われるから。
折しも数百年前の因縁か、対岸のポリスと再び漁業権を巡って小競り合っていた時期だった。
『俺はアマルナ一の獣士と呼ばれる日を夢見て今日まで頑張ってきたんだ』
とユダは言った。
私ハ タダ らにー様ヤ らじゃ様ヲ オ守リデキタラ ソレデイイノ……。
『ははぁん。さてはおまえ、負けるのが怖いんだな?』
私ハ タダ……。
『長たちをお守りするのはアマルナ一の獣士だ。勝負を恐れるようなおまえに長たちをお守りする権利などない』
その一言で何かが弾けた。
数分後、辺り一面に羽毛が舞った。勝ったのはユダだった。
『俺の女になれ』
とユダは言った。
誰ガ オマエナンカノ――。
ルビードの躯を抱き、私はユダを睨みつけた。
『おまえが子を2人なせばそれぞれにティティ家とラフィ家を継がせられる。そうする事がアマルナのより良い未来につながるとは思わないか?』
勝手ナ 言イ分。
そう思って聞き流していたのに――。
『おまえを特別だと言ってくれたラジャ様におこたえしたいだろう?』
ドウイウ事ダ!?
『おまえの父は家の為に女のおまえを獣士にした。ティティ家を継がせて永らえさせる為にだ。だが――』
ユダが私を抱き寄せる。
『女は本来子を産むものだ。獣士の父と獣士の母からは最強の獣士ができる。だからこそおまえの存在は『特別』だった。アマルナの未来の為にな』
フザケルナ!
ルビードの躯を抱いていない右手で、私はユダを払いのける。
『ラジャ様は諦めろ。民を導く者と守護する者とでは生きていく次元が、身分が違う』
見透かした様な目で、ユダがそう言い切った。
私は走った。
折しも振り出した雨の中、私は走ってその場を去った。
もし……もしも、だ。ユダの言葉が本当だったとしたら……
『特別』ハ トテモ 心ナイ言葉
『特別』ハ トテモ 冷タイ言葉