『永遠の君』
私ハ 何ダッテ デキタ――。
私は何だってできた。できない事など何一つなかった。
まだ幼かった頃、私は魔術師になろうと思った。
そしてその2月後、私は魔術師になっていた。
私の師である魔術師は私を入門させるにあたって『どうせ目指すなら頂点を目指せ』と言った。
私は『大陸一』の肩書を目指して更なる修行を積んだ。
そして更に2月も経つとその目標も案外あっけなく達成してしまった。
大陸中の人々から『魔術王』という大層な名で呼ばれるようになった頃、私は職人・匠と呼ばれる人々に片っ端から弟子入りしていた。
そのありとあらゆる技を伝授され、それ以上の技を生み出したりもした。
極めたと思えば他の職を求める。そんな日々が続いた。
ドンナニ努力シテモ 超エラレナイ壁ナンテ 一体 ドコニアルンダ――?
あまりにも簡単に全てが身についてしまうので、『周りの大人がグチグチこぼすほど、そう大きな壁など世の中にそうそうない』と思い始めていた。
ほどなく大きな戦争が起きた。
始まりは2つの部族の争いだった。
大陸の中心部に1つしかない淡水湖での漁業権。
2つの部族はどうしてもその権利が他より多く欲しくなったのだ。
小さな争いが始まると我慢していた全ての部族が蜂起した。
少数部族は大きな部族に対抗する為、よく他部族と同盟を結んだりもしたが裏切りも絶えなかった。
力のバランスは日々変化しつつも決して一点に集中することはなかった。
女たちは痩せ細り、子供たちはよく泣いた。
『この争いを終わらせる事のできる者はいないだろうか』
湖畔の都市を訪れた時、その都市の人間の本音を私は聞いた。
そこは最初に争った2部族の内の1部族が暮らすポリスだった。
度重なる他部族との小競り合いや裏切り、増え続ける死者の数に一族は存続の危機にさらされていた。
最初に争った手前、引くにも引けない矜持がある。
だから自分たちが負けるのではなく、今争いに参加している部族――要するに自分たちの敵ではない絶対の存在によって争いが終わればいいと思っている。
自分たちだけが負けるのでは我慢ができないようだった。
勝手ナ 言イ分ダナ――。
そう思って聞き流そうとしていた所、どこからかこんな声が聞こえてきた。
『そんな事のできる人間がいるものか』
その一言だった。私は嬉しさで全身を震わせながらこう考えた。
ソレガ 大キナ壁カモ シレナイ――。
私は一振りの半月刀と習得した呪文とを用い、『大きな壁』であろう事に立ち向かっていった。
1月後、私は15歳の若さで『大陸の王』という異名で呼ばれる身になっていた。
私を住まわせる為に、人々は淡水湖の側に王宮を作った。
各部族の中でも優秀な者たちが王宮に上がった。
私は彼らの地位を決め、漁業権を分配した。
大陸中が平和を取り戻した。
人々は喜んだが私は喜べなかった。
ドウシテ デキテシマウノダ――。
子供はよく考え、大人はよく悩む。
どうしたらそれができるかを考えるのが子供なら、どうしてそれができないのかを悩むのが大人だった。
私と同い年の子供たちが人生について悩み始めた頃、私はついにある1つの結論を導き出した。
私ハ 他ノモノトハ 違ウノカ――?
それからは孤独だった。
家臣たちが政について真剣に悩めば悩むほど、私はその悩みすら持てぬ自分を虚しいとさえ思った。
ある日、後宮に置いていた女が文を見るなり取り乱して泣いた。
文には女の母が老衰で死んだと記されていた。
そして私は閃いた。
老イヲ 止メル事ナド デキナイノデハナイカ――?
私は誰も成しえた事のない魔法を生み出してみた。
『不老の術』だ。
さすがにこれは無理だろうと思ったが、私はその年を境に外見が変わらなくなってしまった。
それからは何人もの人間が死んで、家臣たちは何代もの代替わりを繰り返した。
老いもせず、死にもしない私を、人々は上目遣いに眺める事が多くなった。
それは才ある者への畏敬の念と、特異な者への恐怖の感をないまぜにした目だった。
私はもう何百年も若かりし日の姿のままでただ退屈な日々だけを過ごしていた。
するといつからかこんな噂をよく耳にするようになった。
『不老不死である王の血を飲めば、きっと我等も不老不死になれるに違いない』。
もちろん馬鹿げた噂だと思った。
しかし否定はしなかった。
だから噂は一人歩きをする。
そしてある晩、事件は起こった。
『申し訳ございません!』
そう言って短剣を振りかぶる1つの影。
就寝していた私は先の一言で即座に目覚め、いつものように相手から短剣を奪ってその胸に深々とつき立てた。
性懲りもなく私の血を狙う刺客かと思い明かりをかざした。
そして私は驚愕する。
それは側仕えの女官だった。
私を上の者として敬う気持ちは強かったようだが、恐れる素振りは少しもなかった。
広くて冷たいこの王宮で、私を恐怖の目で見ないただ1人の人間だったのだ。
明らかに他の人間とは少し違っていた。
例の噂が流れ始めた頃だって、彼女は笑って言ったのだ。
『本当にくだらない噂ですね』と。
急ぎ駆け寄って私は彼女を抱き起こした。
ナゼ コノヨウナ事ヲ シタ――?
『……うちのトーマが……不治の病にかか……て……どうしても王の血が……』
女の目が虚ろに淀む。
抱いていた彼女の体が少し重くなったように思った。
ドウシテ 直接 私ニ 言ッテクレナカッタ――?
私の血。何でもできてしまう私の血。
ひょっとしたら不老不死の妙薬に化けるかもしれない。
そうでなくても私の魔力で……。
私は気づいた。
いつだって奪われるのは我慢ならない。
だが決して与えたくないわけではなかった。
ただ一言、言ってくれればよかったのだ。
それを誰一人としてしないという事は――
ソコニ 『信頼』ハ ナイノダ――。
初めてだった。
どんな修行よりも辛いと思った。
落涙したのも、取り乱したのも、心に痛みを負ったのも、初めての経験だった。
私ハ 何ダッテ デキタ――。
そう、何だってできた。
『できない事』が人々の言う『大きな壁』だと思っていた。
しかし違った。『大きな壁』は、昔から私と他人との間に、常にこうして存在し続けていたのだ。常にこうして――。