第四十五話 癒えぬ傷
目を覚ますと、白い空間が目の前に広がっていた。朝になって照明が灯ったのだろうと思い、クライドはゆっくり上体を起こした。しかし。
「……あれ」
起き上がった世界にミンイェンの姿がなかった。ベッドごと、ミンイェンがいなくなっている。レンティーノの姿も無い。彼が寝ていたはずのベッドはきちんと整えられ、何もなかったかのように存在していた。
部屋の隅の机にも、誰もいなかった。昨夜はそこにハビがいたはずだった。ベッドから降りて歩み寄ってみると、なにやら難しい言葉で記された書類がたくさん置いてあった。たぶん、昨夜ハビが書いたものだろう。その筆跡は、クライドの知る手紙に残されたイヴァンのものではなかった。
「報告書に、明細書に、なんだこれ」
「蘇生実験のまとめだ、触るな。ミンイェンがやれる状態じゃなかったからハビがやってる」
はじかれたように振り向くと、マーティンがベッドに上体を起こしてこちらを見ていた。そんなに眠そうな顔をしていないし、声もいつもどおりだった。今起きたばかりという風体ではないから、たぶん彼は誰かが起きるまで退屈をこらえていたのだろう。
「ミンイェンは?」
「部屋に戻った」
「そうなのか。じゃあレンティーノとハビさんもか?」
「チッ、レンティーノはずっとあいつの傍を離れようとしねえ。ハビは実験の処理を兼務していやがる、過労死ルートだ」
不機嫌そうなマーティンの声に自分まで不機嫌になりかけるが、クライドは真っ直ぐ自分のベッドに戻った。しっかり寝たはずなのに、未だに体が重いし頭がふらつく。貧血の薬を貰いたいが、ミンイェンの携帯は無事なのだろうか。かけてみよう。
「てめえ、何の真似だ。二度寝か? ああ?」
「煩い、頭に響くんだよお前の声」
マーティンは忌々しげに舌打ちをしてくる。クライドはマーティンの方に背中を向けて、部屋の入り口を向いて横になった。
「呑気に寝てる暇あったらハビのパシリでもしな」
「貧血治ってねえんだよ。昨日ミンイェンの傷を塞ぐ魔法をかけたから」
人が怪我をして寝ているのにのうのうと二度寝をするような輩だとマーティンに誤解されておくのは癪なので、クライドは歪む視界に吐き気を覚えながらそう説明していた。
「ふん、柔だな。てめえはそれぐらいして当たり前だ」
口が悪いのはいつものことだが、この説明で彼はまあまあ納得したようだった。色々と言い返したいことはあったが、この男とはあまり会話をしたくないので、これ以上は何も言わないことにする。しかし一つだけ気になって、彼に背中を向けたまま訊ねてみる。
「何か話したか、ミンイェンと」
「いいや、まだだね」
そうなのか。だから彼の機嫌が悪いのかもしれない。まあ、彼の不機嫌はいつものことなのだが。
ポケットの携帯に手を入れ、寝た姿勢のままミンイェンに電話してみる。長らく呼び出し音が鳴り続いたので、おそらく電話に出られない状態なのだろうと思う。切ろうかと思ったとき、電話の向こうで声がした。
「もしもし、クライドですね」
「ああ、レンティーノ。ミンイェンは?」
「少し疲れているようですよ。ですが、ちゃんと目を覚ましてくれました」
最初に聞いた声のトーンでミンイェンが目を覚ましていることは判った。レンティーノの声は、いつにも増して嬉しそうだったから。
「良かった。傷、どうだって?」
「貴方に補助していただいたおかげで、大分良くなったと伺いました。ですが、酷く傷むそうです。鎮痛剤を打っておきました」
そうか、想像のことはレンティーノに言ったのか。その時、ミンイェンは自殺を止められた話もしたのだろうか? 別にしてもしていなくても良いが、ミンイェン本人があの話を忘れていなければいいと思う。
「ミンイェンに代わってもらえるか」
「少々お待ち下さい」
それきり、電話の向こうが沈黙する。しばらく待つと、レンティーノと話しているらしいミンイェンの声が途切れ途切れに聞こえ出した。
「お電話代わりました、僕だよ」
電話の向こうで、レンティーノと二人でミンイェンは笑っているようだった。声だけ聞けば元気そうだ。ほっとする。
「変な言葉遣い。どうだよ、調子は」
くすくす笑いながら言うと、ミンイェンはか細い声で良くないよと呟く。
「痛み止めを打ってもらったおかげでなんとか生きてる感じ。でももう切れかけてるよ絶対」
いいえ大丈夫ですよとレンティーノが言う声が聞こえた。ミンイェンの泣きそうな声はどうやら演技ではなさそうで、大丈夫ですよとまた繰り返すレンティーノの声が少し聞こえた。電話の向こうで、ミンイェンはうっと小さく呻く。
「おいおい、無理すんなよ」
呆れながらも自然と口許が緩む。とりあえず、良かった。彼は今、痛すぎるから死にたいだなんて言いださなかった。
「クライドは平気?」
ミンイェンの方からそう訊ねられて、クライドは本題を切り出すことにした。ベッドの上で少し身体を動かすと、シーツに傷がこすれて思わず呻いてしまう。
「傷はちょっと痛むけど大体平気。けど、貧血の薬ない?」
「あるよ! じゃあ、どうしよっかな。僕も君もここから動けないから、お使いが必要でしょ? レンティーノ、行ってくれるかな」
ミンイェンの後ろの方で、いいえと声がした。彼はあくまでミンイェンの傍から離れたくないらしい。自分がいない間にまた自傷行為をしたら困ると考えているのだろうか。その危険性はゼロではないから、レンティーノの言動は極めて賢明だといえた。
「怪我が軽そうな誰かが起きたら頼むよ。ハビさんは?」
「ハビね、寝てるんだよ。珍しいでしょ、いつもすっごく早起きなのにね」
不思議そうな声を上げるミンイェンに、クライドは笑い声を返した。何を不思議がることがあるのだろう? 彼は何時間も立ちっぱなしで、なおかつその後は机に向かって書類を処理し、ずっと集中力を使いっぱなしだったのだ。きっとクライドが寝ている間だって、たくさん働いていたに違いない。
「疲れたんだろ、お前の手術とかでさ」
「う、ごめんなさい。本当ごめんなさい。もうしないよ。絶対しないから」
悪戯をした子供に許しを請われているようで、思わず苦笑がもれる。実際にはそんなに生易しいものではなく、ミンイェンがしたことは自殺未遂だ。悪戯と呼ぶには重過ぎる問題である。
「口先だけじゃないだろうな? 俺が昨日言ったこと、ちゃんと覚えとけよ」
そうしてもらわないと、安心して帰ることができない。もう知らない間柄ではないのだ。どうなっても知ったことではないだなんて、非情で無責任なことは思えない。
「わかってるよ」
ミンイェンは静かに言った。
「ただのエゴだし自己満足だけど、僕は皆の言葉を信じるよ。僕が生きててよかったって、ハビもレンティーノもそう言った」
「……そっか」
「嘘でも信じ続けるよ。今のところそう思うしかない」
自嘲めいた響きでそういうミンイェンに、クライドはわざとため息をつく。彼はどうしてそうやって、ネガティブな方向に物事を考えるのだろう。ただ真っ直ぐに、信じ続けていればいいだけの話ではないか。レンティーノたちの様子を見て、どこが嘘だと思えるのだろう。偽りの感情で、あそこまで身体を張ってミンイェンを護ったりできるだろうか? ミンイェンを騙そうと思うような人たちが、ミンイェンを助けようと必死になるだろうか。
「それはさ、体張ってくれた仲間に失礼だと思うぞ」
もう少し仲間を信じてやってほしい。孤独感と絶望感は、大変なものだろう。けれど、だからといって、たった一つ残った希望すらも自ら打ち砕くようなことはしてほしくない。
「……そうだね。ありがとクライド」
「ああ。それじゃ、また誰か起きたら連絡入れるよ」
そうして携帯を耳から離そうとしたとき、不機嫌そうな声に阻まれた。
「おい、待ちな」
「……俺に言った?」
「てめえ以外に誰がいる」
何故、いま絡まれなければならないのか。そう思いながらも、電話を切らずに次の言葉を待つ。
「どうしたの? 誰? もしかして研究員の人かな」
ミンイェンが不安そうに訊ねてくる。ちょっと待っていろと言い置いて、クライドは寝返りを打ってマーティンのベッドの方を見る。
「何? かわりたいのか?」
「チッ。あいつも俺も動けないんじゃ、電話でもする以外に無事を確かめる方法がねえ」
それもそうか。嫌いなマーティンのためにわざわざ貧血の身体を起こして歩くのは気が進まなかったが、ミンイェンもマーティンと話をしたいだろう。
「ほら」
ふらつく身体を壁に沿わせるようにして歩き、ようやく携帯を届けることができた。マーティンは無言で携帯を受け取って、適当に髪をどけてから耳に当てる。
「俺だ」
うわぁ、と電話の向こうのミンイェンが叫ぶのが聞こえた。マーティンと話ができるのが、かなり嬉しいらしい。
一旦ベッドに戻っても良かったが、そうすると通話終了後の携帯を回収しにまた歩いてこなければならないのが辛いので、二度手間を避けるために壁に寄りかかった。
ミンイェンは嬉しそうに喋る。受話音量は最大に設定してあるので、結構音がもれて聞こえてきた。
「良かったっ、声聞くの久しぶりだよ! 大丈夫? 痛くない?」
対するマーティンは、少し不機嫌そうにわざとらしいため息をつく。
「てめえ、ふざけるな。何故そうやって自分を傷つける? 俺がどんな思いでてめえを見ていたと思ってる」
短気なマーティンも、ただ単純にミンイェンの行動に苛立ったから怒っているわけではないだろう。心からミンイェンのことを心配している様子が、実験中からかなり窺えていた。
「ごめん……」
しょげたように謝るミンイェンの声で、マーティンの怒りはひとまず軽減されたようだった。マーティンは携帯を持っていない方の手で青い髪をさらさらと掻き乱し、声を少しだけ和らげて問う。
「傷は痛むか」
「うん、すっごく」
「レンティーノの怪我は」
「腕がかなり痛そうだし、浅いけど顔にもいくつか切り傷がある」
「しばらくは商談も無理か…… 本当に無茶しやがって」
チッ、と小さな舌打ちが聞こえた。電話の向こうでミンイェンがおろおろしている。
「させたのは僕だよっ」
「今のはお前にも言ったんだぞ」
「ごめんなさいっ」
「俺に謝ってどうする」
皮肉っぽい声で笑いながら、マーティンは脚を押さえた。どうやら、傷が痛むらしい。それでも声だけは平静を保っているのは、ミンイェンに心配をかけたくないという一心でいるからだろう。
「マーティン、今度会えるのいつかなあ。僕、意識が戻ってから一回もマーティンと会ってないよ」
「チッ、すぐだ。車椅子でも松葉杖でも何でも良い、部下に用意させな。今日中に行ってやる」
無茶なことを言い出す奴だ。怪我をしている方の脚はきっと殆ど動かすこともできないだろうし、体重を支えきれるほどに回復してはいないのだ。あんな傷の状態で立ったりしたら、激痛で悶え打つに違いない。
「そんな、まだ傷が痛むでしょ? 駄目だよ」
「てめえに来させる訳にはいかねえ。ハビが起きたら手配させる」
「マーティンには会いたいけど、マーティンの脚が治らなかったら僕は嫌だよ」
「俺はそんなに柔じゃねえ。なんなら、てめえの部屋まで今から行く」
嘘だ。本当は痛みをずっと堪えているくせに。顔色だって青ざめているくせに。明らかに無茶をしすぎだ。
「じゃあ僕が行く! これ以上マーティンに辛い思いさせたくない」
「チッ、アホが。てめえが無理だから俺が行くって言ってんだ。脚以外はほぼ健康体だ、問題ない」
「レンティーノっ、説得してきてよ! お願いっ」
「仕方ありませんね……」
そこから先はよく聞こえなかった。レンティーノはマーティンが今すぐにでもベッドを這い出す危険性を考えて、ミンイェンは置いてこちらにくるつもりらしい。ミンイェンが彼の離れた隙に自傷を再開しないとも限らないのだ、あまり彼を一人にしてはいけないと思う。
「おいミンイェン、切るな」
「え?」
「電話切るな。まだ話してろ」
「なんでっ」
「電話切ったとたんにてめえがこっちにこようと無理し出す可能性もあるからな」
言いながらマーティンはちらりとこちらを一瞥した。クライドは軽く頷いた。おそらくこれは、同意を求められていたのだろうと思った。通話料はクライド持ちだから。
マーティンがこんな提案したのは、きっとクライドがミンイェンを心配する気持ちが顔に出ていたことに気づいたからだ。クライドの表情が意味するところを、マーティンは解っていたに違いない。
こんな奴と以心伝心なんて嫌だと思ったが、人の命がかかっているのだ。クライドはマーティンを見下ろしたまま、壁に頭をこつんとぶつける。
「し、しないよ」
「フン、嘘言うな。しようとしてた」
「解ったよもう、僕の負け」
その調子で、マーティンとミンイェンは喋り続けた。レンティーノが貧血の薬を持ってここに来て、マーティンを叱りつけるのまでにはそんなに長い時間がかからなかったから、二人は話すことがなくなって沈黙したりはしなかった。相変わらずシックな茶系のスーツを着て現れたレンティーノだが、その頬や首筋や手の甲には生傷がいくつもあった。確かに柔和なビジネスマンとして商談に赴くには向かない見た目だ。
「全く、貴方という方は。あれほどミンイェンに心配をかけないよう釘を刺しておいたというのに。大丈夫だと答えた舌の根も乾かないうちにそれですか」
「少しは黙りな。俺は重傷だ」
「そういう時だけ怪我人ぶらないで下さい」
呆れたようにレンティーノは言い、持っていた薬をクライドに手渡してくれる。
「ミンイェンから預かりましたよ。これを飲んで寝ていて下さい、クライド。半日も安静にしていれば、楽になるはずです」
頷き、クライドは無色透明で無味な液体を飲み干した。空の瓶を受け取り、レンティーノは去ろうとする。
「……そうだ、ちょっと待って」
呼び止めて、レンティーノを手招く。彼は肩越しに振り返り、それから体の方もクライドに向ける。
「どうかなさいましたか」
「エルフの薬を調合したいんだけど。屋上のハーブ園にリャーナと月光草とシェイデュの花はあるか? 緋冠の花と乾燥させたアルルザイツも必要だけど、とりあえず入れなくても若干効き目はあるらしくて」
「今挙がった薬草でしたら、全部ございますよ。アルルザイツのドライフラワーもあります。材料を全てここに持ってきましょうか? もし煎じるのでしたら、鍋も必要でしょうか」
「出来れば頼みたい」
薬の作り方は、去年のうちに覚えておいた。祖母にみてもらい、ちゃんと効き目のある薬を一応は煎じることができるようになったのだ。けれど、シェリーに貰った薬よりも少し効果が薄い気がした。多分、彼女はまた違う薬草をそこに混ぜているのだろう。
「解りました。まず、ミンイェンのところに寄ってからにします」
「そうしてくれ。っていうか、それ全部他の研究員に頼んでくれて構わないから。ミンイェンの傍にいてやって」
「ええ。ありがとうございます」
レンティーノは部屋を出ていった。マーティンはその背中を見送り、ミンイェンにそれを伝えようと声を上げる。
「おいミンイェン、レンティーノが今」
そこまで言って、マーティンは異変に気づいたらしかった。
「……おい」
言いながら携帯を耳からはなし、マーティンは苛立たしげに枕を殴り付ける。どうしたんだと言いかけたところでマーティンは舌打ちを立て続けに二度もした。
「ミンイェン、切るなと言っただろ!」
マーティンは忌々しげに何度も舌打ちし、畳んだ携帯を投げてくる。危うく携帯を抱き止め、クライドはたたらを踏んで壁に背中を打った。
「行きな。ミンイェンを止めに!」
お前に指図されたくはないとは、流石に言える状況ではなかった。クライドは言われるまま走った。走ると視界が酷く揺れて吐き気がした。
「っ、」
吐き気を堪えながら走り、白い壁に突っ込む。転がり込んだ部屋にレンティーノはいなかった。ベッドの上に上半身を起こして座ったミンイェンが、何か銀色の物を持っているのを見つける。
「ミンイェン!」
また死ぬつもりなのか。反省したように見えたのは、演技だったのか。
けれど、良く見るとミンイェンが持っているのは刃物ではなく箱だった。銀色の小さな箱だ。その先に、先端に絆創膏のようなシールが貼られたコードがついている。あれは何なのだろう? 自殺を助長するような道具ではない気がする。
「お前、それ何?」
駆け寄ってミンイェンの手元を覗き込む。ミンイェンは笑顔でクライドにそれを見せた。ステンレス製だろうか。つやつやした表面に、少しだけミンイェンの指紋がついているのを確認できた。
「脳内すっきりリフレッシュメカだよ! いいでしょ」
「何それ。具体的には?」
彼のいうことがいまいち良く解らず、クライドは訊ね返す。ミンイェンは箱についたコードを指先に絡めながら、楽しそうにクライドを見上げる。
「んーとね、これがウワサの『せんのうそうち』だよ」
「……は?」
コードの先に着いた絆創膏を左手首に貼り付けながら、ミンイェンは相変わらず楽しそうにしていた。とっさに理解できなかったその言葉を、クライドは頭の中で何度も反芻する。
洗脳、装置。人格を壊し意図しない思想を植え付け、人間を支配するための機械。
「クライドは止めないよね。僕が記憶を塗り替えても、君は死ぬよりいいって言ってくれるよね」
確かにそう言うだろうとは思った。けれど、そんなことを目の前でされては困る。大体、記憶を塗り替えるだなんて。
「待て。とりあえずレンティーノに話を聞く」
「だめだよ! 絶対レンティーノはだめっていう。ハビもマーティンもセルジもノーチェもだめって言う。リィもきっとだめっていう。だから、君だけは僕を止めないで」
必死にそういって首を横に振るミンイェンに、クライドはたじろいだ。けれど、その銀色の箱を取り上げてしまわなければまずいと思い、咄嗟にそれに手を伸ばす。
「やだ! クライドやめてっ」
「お前もやめろよそんなこと! とにかくそれを離せっ」
相手が怪我人だということなんて、今は関係なかった。大体、ミンイェンは怪我人の癖にかなり激しく抵抗してきたのだ。クライドも本気で奪おうとしなければ、すぐに押しのけられてしまっただろう。
必死に攻防していると、あわただしい革靴の足音と緊迫した声に空気が切り裂かれる。
「クライド! 何をしているのですかっ」
その声に反応し、一瞬の隙が出来てしまった。ミンイェンはその一瞬を見逃さず、洗脳装置を抱き締めてクライドに背を向ける。
「どういうことなのですか」
柄になく怒った様子のレンティーノに詰め寄られ、クライドは小さくため息をついてミンイェンから離れた。壁にもたれると視界が一瞬ブラックアウトし、直後に全てが歪んで見えた。
座り込んで深いため息をつき、クライドは膝頭に額を押し付けて眉根を寄せた。
気分は色々と最悪だった。