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第四十ニ話 オペ

 ノエルがハビをつれて戻ってきたとき、二人が服を着替えていたのに一瞬だけ驚いた。ノエルもハビも、薄い緑色をした手術用の上着をきて、同じ色の帽子を被ってマスクもしていた。おまけにゴム手袋まで装備している。ということは、彼らが手術をするのだろうか?

 遅れて部屋に入ってきたアンソニーも、同じように手術用の服を着ている。しかし彼はゴム手袋をつけていなかった。

 彼は銀色のワゴンを押して駆け寄ってきて、ミンイェンの顔を覗き込んだ。ワゴンを放置して彼はまた出て行き、今度はモニターつきの機械と点滴を持ってきてまた出て行く。

 この機械は見たことがある。あの、心電図の波形や血圧を測定する装置だ。まさか、こんな場所で本当に手術を始めるなんて。そう思ったが、よく考えてみればミンイェンは重傷だ。動かしたら生死に関わるのだから、ここでやっても仕方ないのかもしれない。

 何度か往復して、アンソニーは機材を部屋に運び入れた。ワゴンは三台ぐらいになっていたし、キャスターつきの点滴も二本あった。その他に用途がわからない機材もいくつかあったが、ノエルとハビは二人で小声で何か打ち合わせをしながら既に銀のトレーに入った器具を確認していた。

「お医者さんたちの到着まで僕らが止血に入るんだ。大規模な手術になると思う。レンティーノを連れて部屋の隅に行っていて」

 先ほどからばたばたと忙しく駆け回っているアンソニーは、真面目にそういった。緊張しているのか、がちがちに固まっている。

「おいトニー、もしかしてお前もやるのか?」

 唖然としたグレンが訊ねると、アンソニーは首を横に振る。

「執刀はしないよ。でも機械の管理は僕がやる。点滴の交換とか、看護士さんの役割みたいなことならちょっとハビに習った。医師団はこの研究所の研究員だから研究所にはいるんだけど、実験中の人が二人いて、すぐ中断するけど着替えとかに時間かかるって言ってて…… 僕なら、まだみんなより動けるから」

 言いながらアンソニーは白い壁を探り、コンセントを探して機器を接続し始めた。レンティーノはぎゅっとミンイェンの手を握ったまま、離そうとなどしなかった。

「クライド、お願いがあるんだ」

 アンソニーとレンティーノを見ていたクライドだが、背後からノエルに声をかけられて振り向いた。ノエルは割れた眼鏡を指差し、困ったように笑う。

「僕に触れずに、魔力を貸して。眼鏡を直して、それからここを無菌室にしたいから」

「難しい注文だなそれ……」

 解っている。人体を切り開くのだ、もしもノエルを介してミンイェンの体内に雑菌がうつってしまったら大変なことになる。だからこそ、ノエルの魔法で原子単位で空間を清浄化して手術を行うべきなのだ。けれど、今この貧血状態でどうやって魔力を分けたらいいか解らなかった。とりあえず、ノエルの背後に回って両手を彼の背中にかざした。

「上手くいかなかったらごめん、別の方法考える」

 一刻を争う状況だ、はやく彼に魔力を分け与えなければ。目を閉じて、想像する。掌から少しずつ、クライドの魔力がノエルに移るところを。もやもやと陽炎のように揺らめく魔力の波が、手術服の背中に当たるところを。

「ありがとうクライド」

 振り返ったノエルの眼鏡はすでに直っていた。ノエルは右手を空間にふわりと上げて、目を閉じてじっと何かを念じていた。ああ、良かった。そう思った瞬間に、意識が一瞬飛んで後ろに倒れた。床に落ちる寸前でグレンが助け起こしてくれたので平気だったが、自分で動くような気力はもうない。仕方なく、グレンの腕にもたれて二人で壁際に行った。

 クライドを壁に寄りかからせてくれたあと、グレンはレンティーノのところへ行った。背後にグレンが立ってもレンティーノは何の反応もしなかった。肩に触れられてから彼はようやく拒絶を示したが、グレンはめげずにレンティーノの腕を掴んで立ち上がらせる。

「てめえ、ミンイェン殺す気か」

「っ、貴方には解りません。解るはずがありませんっ! ミンイェンは、わ、私の大切なっ」

「落ち着け。解ってないのはてめえだよ、何やってんだ。それじゃ、てめえもミンイェンと同じだ」

 抵抗を続けるレンティーノにため息をつきながら、彼は嫌がる彼を引っ張って壁際まで来た。

「レンティーノ。今は、医学でミンイェンを助ける時だろ。傍に居てやりたいのも良く解るけど、ハビさんとノエルに任せよう」

 目を伏せて眉根を寄せるレンティーノを見上げ、クライドはそう声をかけた。レンティーノは泣きそうな顔をしたまま、ぴくりと口角を動かした。もしかすると、笑うつもりだったのだろうか。

 アンソニーがベッドの周りに透明なカーテンをかけていくのが見えた。ノエルはそのカーテンの中で、魔法をかけ続けている。彼の掌に、青緑色の光がかすかに見えた。

「処置を始めるよハビ。滅菌は完了」

 手を胸くらいの高さまで下げたノエルは、アンソニーをちらりと見た。アンソニーは大きな緑色のシートのようなものをミンイェンの上からかぶせ、こくりとひとつ頷いた。

 傷口のところだけ穴のあいたそのシートは、テレビドラマで見る手術のシーンでよく見るようなものだ。魔法で滅菌したとはいえ、そのまま処置を始めたら衛生的ではないと判断したのだろう。

「麻酔かけおわったね?」

 ハビが言う。グレンに寄りかかったクライドからは、透明のカーテン越しにノエルがどんなことをしているのかは解らなかった。

「……四十」

「大動脈……」

「……を……へ」

 断片的に聞こえる手術の様子がいまいちわからなくなってきた。貧血が一層酷くなってきてしまったようで、じっと一点を見ているとその一点がぼやけたり遠近感を失くしたりする。

 ずるりとへたり込みそうになったが、グレンが抑えてくれた。彼は黙って床のガラスを足で払いのけ、クライドの座るスペースを作ってくれる。

「死なないといいな、あいつ」

 グレンは言いながら、自分が座る場所もつくって腰を下ろす。クライドも隣に腰を下ろし、ふらつく頭を抱える。レンティーノは黙って立ち尽くしたまま、今にも駆け出しそうな具合に身体を屈めてミンイェンの手術を見ていた。

「……ああ」

「おい、無理するなよ」

 グレンは言いながら、腕に刺さったガラスの破片を抜いていた。痛そうに顔をしかめながら彼は立ち上がり、あの棚から布を持ってくる。どうやらそれが、そこにあった最後の布らしかった。

「お前もどっか怪我してる?」

「あらかた想像で血は止めといた」

 グレンはそうかと小さく頷いて、布を細く裂いて自分の腕に巻きつけた。その綺麗な身体に傷がついているのを見ると、何だかもったいないと思う。彼の腕に、傷が残らなければいい。グレンは夏になるとよくノースリーブで動き回っているから、余計にそう思う。

「いてえな……」

 グレンは呟いて、立てた膝に肘を乗っけて目を伏せる。

「こんな傷だけでも痛いってのに、あいつはずっとこの何十倍って量の傷の痛みに耐えてたんだろ。生き返った兄貴を見た途端、嬉しそうに笑っちゃってさ」

 先ほど彼の服を切った時に感じたことを言っているのだと、理解するまで少しかかった。自殺目的のあの傷に比べれば随分と浅いが、範囲としては何倍も広くミンイェンの身体に広がっていた、ガラス片の刺さった痕。痛々しくて見ていられなかった。

 どんな傷にも耐えられるぐらいに、ミンイェンは痛覚のない人間なのか。いいや、違う。彼なりに、リィに心配をかけたくなかったのだろう。そこまで強くリィを想っていながら、ミンイェンは彼と月を見るという手の届きそうな夢でさえも叶えることが出来なかった。絶望するのも無理ないことだと思う。彼はこの先、立ち直ることができるのだろうか? それも不明だ。

「たった一人の兄貴だもんな。ちっちゃい頃からずっと縋ってきた、親より理解力ある兄貴だったら尚更だろ」

 深く頷く。ミンイェンがどれほどリィに依存していたかは、この数時間内でまざまざと見せ付けられた。

「あ、医者きた」

 グレンの呟きに顔をあげると、手術着を纏った男が五人入ってきた。男らは四人ミンイェンの方へ行き、一人はマーティンの方へ行く。早速処置を始めたようで、マーティンが呻く声が聞こえる。

「マーティン!」

 レンティーノが即座に反応し、駆け寄ろうとしたがグレンに腕をつかまれた。彼は渋々引き下がり、マーティンとミンイェンを交互に見てぎゅっと両手を握り締めていた。もともと血の気の無い手が、真っ白に変色していた。

「あいつさあ、まさか麻酔かけてもらってないのか?」

 グレンの疑問を含んだ声に、クライドも同意だった。

「ありえる」

 入ってきた医師たちは無表情で、マスクと帽子で顔の殆どを覆っているので人種すらよく解らなかった。背の高い黒人男性が一人いたが、それ以外は四人とも背が同じ位の大きさだったし体格にも差はあまりなかった。彼らは言葉をあまり発することなく、黙々とミンイェンの腹部に処置を施していく。その間、ずっとマーティンの掠れた呼吸とうめき声が聞こえていた。

「っ、ミンイェンは?」

 ようやくまともに意味がある言葉を喋ったマーティンに、医師は答えなかった。ただ一人の助手であるアンソニーは、手術を施されているマーティンとミンイェンのベッドの間をいったりきたりしてせわしなく動いている。

「おい、ミンイェンはっ!」

「マーティン動いちゃダメ! ちゃんと手術終わってからミンイェンのところに行って!」

 アンソニーにぴしゃりと言われ、それきりマーティンはミンイェンを探すのを諦めたようだ。

「……無様だな、俺」

 小さな呟きは、しんとした部屋によく響いた。クライドは壁に背中を預け、大きく息を吐きながら上を見上げた。格好つける必要なんてない。けれど、マーティンが自分を責めてしまうのも頷けた。

 同じような状況で、腹にガラス片を刺したのがミンイェンではなく例えばアンソニーだったりしたなら、クライドはレンティーノのように何もできずに呆然とするか、動けない自分の身体を忌々しく思ってマーティンのようになるかのどちらかだと思う。間違ってもハビのように冷静ではいられないだろう。それだけは確実だ。

 思考が暗く沈みかけると、隣からグレンの凛とした声が聞こえた。

「マーティン」

「馴れ馴れしく呼ぶな、グレン=エクルストン」

 グレンはその場に座ったまま、苦笑してノースリーブの腕を見つめている。見たところ血は止まってきているようで、クライドはほっとした。

「……ありがとな」

「はあ? 寝言は寝て言いな、殺すぞ」

「照れんなよ」

 グレンはくすくす笑い、ズボンをめくって小さなかすり傷をクライドに見せる。

「これだけで済んだんだ、俺は。あいつ、どさくさに紛れて近くにいた俺を魔法で弾き飛ばしやがって。それで、あいつ足にあんな怪我」

「つまり、マーティンがお前の盾に?」

「そういうこと」

 嘘だ。あんなにイノセントやクライドを憎んで、グレンの事だって嫌っていたマーティンが、身を挺してグレンを守るなんて。

「チッ…… キズモノを嬲るなんざつまんねえ。てめえの手足は俺が一本ずつ吹っ飛ばす、それまではせいぜい健康でいやがりな」

「言ってろよ」

 それきり二人の会話は途切れた。レンティーノは複雑そうに下を向いて、握り締めた右の拳を白い壁にこつんと当てる。

「レンティーノも座れよ」

 宥める目的でそう声をかけてみると、レンティーノは眼鏡の奥の目を憎憎しげに細めて明後日の方を向く。

「いいえ、結構です」

「いいのか? 見てて気持ちいいもんでもないだろ。お前眼鏡してると視力いいから、鮮明に見えちまうんじゃねえのか」

 グレンの諭すような言葉に、しばらくレンティーノの反応はなかった。しかし、少しすると彼は高価たかそうな茶色の革靴でクライドの隣に広がっていたガラスの欠片を避けた。

「……クライド。お隣、失礼します」

「ああ」

 十代後半の男が壁際に座って、三人で手術を見守っているなんて。なんともおかしな構図である。ふらつく頭を抱え、前髪に指を差し入れながらクライドはただ二人の無事を祈った。ミンイェンはともかく、マーティンにまでそんな感情を抱くとは。初めて嫌いな奴が無事で居て欲しいなんて思った。

「すみませんでした、お二人とも」

「何だよ」

 ちらりと隣を見やれば、レンティーノは抱えた膝の上に顎を乗せて息を深く吐いている。細い長身を縮こめたその姿は普段見れば滑稽だったかもしれないが、今この状態で見て笑えるようなものではなかった。

「感情が抑えられませんでした。頭では何もかも、分かっているのに。ご迷惑をおかけしました」

「俺は別に、迷惑とか思ってないよ」

 可哀想と思ったりはした。冷静になれない彼に共感したりもした。けれど、迷惑だという感覚は全くなかった。彼に言われて初めて、迷惑という言葉を思い出したほどである。

 レンティーノは仕立ての良いスーツのジャケットを脱いで、その下の血塗れになったシャツのボタンを外した。彼はインナーに黒のTシャツを着ているようだ。彼は脱いだシャツとジャケットをはたき、綺麗にたたんでその場に置く。生白く骸骨のように細い腕は、ガラス片による傷だらけだった。

「先ほどのガラスのおかげで、携帯電話が壊れてしまいました」

 レンティーノは苦笑しながら言って、畳んだジャケットの内ポケットから携帯を出した。思わず呻いてしまったのは、携帯からまるでどす黒い血のように黒っぽい液体が滴っていたからだった。オイルのようにも見えるそれは、多分電池パックの中身かディスプレイの液晶の中身だと思う。

 見せてもらったその薄っぺらな新機種には、ガラスの破片がものの見事に貫通している。貫通と言ってもその鋭い切っ先は一センチ程飛び出している程度のものだったが、もしもこの携帯がなかったらレンティーノはガラスの破片に心臓を貫かれていたはずだった。

「助かったんだからよかっただろ? ミンイェンにちゃんと生きて会えること、喜んでやらなきゃ駄目だ」

 ちょっと怒ったようにグレンは言った。レンティーノは微笑し、小さく頭を下げた。

「ええ、そうですね」

 ようやく平静を取り戻してきたレンティーノにほっとした。

 爆発が起きてから即座に逃げたクライドだが、ガラスの飛散が終わって最初に顔を上げたときに皆がいた位置を思い出す。その時の位置から考えると、レンティーノは爆発の直後に大きな機材の後ろに隠れたように見えた。けれど、隠れるまでの間に飛散したガラスを浴びたのだろう。身体の前面には沢山の傷が出来てしまっている。

「クライド、顔色がすぐれませんよ。貧血なのですか」

「まあ、ちょっと」

 答えながら頭を抱える。顔色が悪いといわれる理由は貧血のせいということでもあるだろうが、あの惨状を思い出して気が滅入ってしまったせいでもあると思う。

「いや、本当にお前顔色真っ青だから。寝たほうがいいんじゃねえ?」

 身を乗り出し、クライドの髪をかき上げてグレンが覗き込んでくる。心配そうな彼の顔に小さな傷がついているのを見て、少し胸が痛む。

「こちら側にもベッドがございます。すぐにご用意いたします」

「いいって、俺は大丈夫だ」

 捕まれた腕を離させる。ノエルだってハビだって頑張っているのだ。しかも、クライドはマーティンやミンイェンほどの大怪我をしているわけでもない。一人だけのうのうと寝ているなんておかしいだろう。

「もっと自分を大切にして下さい。貴方は数少ない」

「おい、この期に及んで数少ない混血児とか実験台とか言うつもりか? 殴るぞてめえ」

 低い声でグレンが言い、レンティーノを氷河のような冷たい蒼の目で睨みつける。レンティーノは相変わらず笑顔のまま、違いますよと柔らかい仕草で否定した。

 クライドには、二人がいる場所が別世界のような気がしていた。ふらつく体は言うことをきかず、意識はふわふわと彷徨いかけている。

「クライド。貴方は数少ない、ミンイェンの友人なのですよ。ミンイェンのためにも、辛い時には無理せず休んでください」

「友人…… なのか?」

 ただの実験台として連れてこられて、脅迫もされた。挙句の果てには直接顔を見たことすら無い時点で間接的に何度も殺されかけた。そんな相手は友人などと呼べるものではないだろう。

「貴方たちが来てからというもの、ミンイェンはいつでも楽しそうでした。ミンイェンはただの実験台にクロスワードを作って与えることはありません」

「楽しそう? そりゃそうだろうな」

 グレンの皮肉っぽい応答にレンティーノは苦笑し、自分の腕から滴る血を綺麗にたたんであったシャツで拭った。

「貴方とミンイェンは対極の存在です」

 言いながら、レンティーノは腕に埋まったガラスの破片をつまんで引っ張り出す。引っ張り出しながら眉根を寄せて嫌そうな顔をするので、それならやらなければいいのにと思うが声には出せなかった。頭痛がしてきたのだ。

「貴方はアンシェント学園の人気者で、いつでもクラスの中心にいますね。スポーツは万能で、容姿も整っていますから女性からの人気も圧倒的です。貴方の周りには、いつだって人が絶えない」

 唐突にそういわれてグレンは面食らったようだった。

「……知ったようなこと」

「知っているのですよ。データの上では、ですけれど」

 血塗れのガラス片をそこらに捨て、レンティーノは白いシャツを引き裂いて腕に巻きつけた。彼は応急処置をこんなに適当に済ませてしまうらしい。しかし考えてみると、布はもう全てグレンが使ってしまった。仕方ないのかもしれない。

「勿論ミンイェンも、学校に通っていたことがあるのですよ。この近くの学校なのですが、二人で一緒に通っていました。私に対する実験の一環として」

 割れた丸眼鏡をはずし、レンティーノは髪をかき上げる。かき上げた髪の間から、細かいガラス片がちゃりっと音を立てて落ちる。

「成績優秀で明るいミンイェンの周りには、ちゃんと人がいました。けれど、その中に友達はいませんでした」

「なんで?」

 聞き返すグレンの方をちらりと見ると、目の前がかすんだ。彼の開き気味な胸元が滲んだようにぼやけて、強い眩暈に目の奥の方が痛くなる。

「リィシュイさんのことしか考えていなかったからです。学校が終われば人の輪の中からいち早く抜け出して、彼はリィシュイさんの傍へ行きたがりました」

「うっわ、その頃からあんな性格? 嫌なガキだな」

 グレンの正直な反応にクライドも笑う。笑ったら頭痛がしたので頭を抱える。だめだ、いっそのこと二人の会話を聞かないようにしようか。そう思っても結局耳を傾けてしまう。

「友達は私や研究所の仲間がいれば良いそうです」

 ミンイェンは昔から、閉鎖的な性格らしい。遊ぶよりプログラム言語を学ぶ方が好きで、クラスの中にいるよりもパソコンを借りて新しいプログラムを開発する方が楽しいといってパソコン室を占領するような子供だったというから、少しというかかなり変わり者だったに違いない。今だって明らかに変人なのに。グレンは『ますます嫌なガキだ』と笑った。

「そんなミンイェンが、貴方達にはクロスワードを作りました。食事に呼ぶことさえありました。挙句、自分の部屋に入れました。驚きましたよ、ミンイェンときたら本当に楽しそうに笑っていましたから」

「そうか…… 嬉しいんだか嬉しくないんだか」

 レンティーノは苦笑した。グレンは長い足を床に投げ出し、長座の姿勢で壁に背中を預けてそっと息を吐いた。

「祈ってあげて下さい、クライド、グレン。ミンイェンは、絶対に目を覚ましてくれるはずですから。目を覚ました世界に貴方達がいないと、彼はきっとまた絶望してしまうでしょう」

 ただ黙って頷いたグレン。ちらりと見られたクライドも、頷いた。飛びそうな意識を留めて、目を閉じる。そうすれば少しは楽になった。

 まだまだ終わりそうも無い手術はだんだん慌しくなってきている。ハビとノエルの声が飛び交う。専門用語ばかりで意味が解らなかったから理解しようとするのをやめた。頭が痛い。

 いっそのこと、意識を失いたい。そうすれば痛みも苦しみもだるさもなくなる。けれど、ここで倒れたらただでさえ大変な状況が余計に大変になる。それは避けたかった。

 膝を抱えてじっと眺める先の、透明なカーテンの向こうに手術着を赤く染めた医師がちらちら見える。早く終わって、ミンイェンが元に戻ってくれればいい。そうしてアンシェントタウンに早く帰りたい。帰って何事も無かったかのように、学校生活を楽しんで卒業したい。そうだ、夏休み明けから最終学年なのだから。クライドはそう思いながら、酷い頭痛に目を閉じる。

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