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第四十話 慟哭、そして終焉

 何だこれは、ホラー映画の展開か。

 固まったまま動けないクライドをよそに、レンティーノが最上級に優美な笑みを浮かべて言った。

「ご自身で確認してみてはいかがですか、ミンイェン。実験は、成功ですよ」

 その言葉に、身体の力がくたりと抜けた。その場にしりもちをつくと、ガラスが手の平に食い込んで痛かった。ハビが何気ない動作でクライドの腰を支えてくれていたので、後ろに倒れずにすんだ。

 目の前が霞んだり歪んだりする。貧血が起こり始めたようだ。

「リィ!」

 ミンイェンは血塗れの頬を拭おうともせず、白衣についたガラスを適当に払ってからリィを覗き込んだ。見たくなかったけれど視線はそちらに向いていて、目に入ってしまったリィがこちらをみた瞬間に寒気がした。どう見ても未成年の、非力な少年がわずかに動いている。

「ごほっ、ごほ…… げふっ、君は、誰。怪我を、してるね」

 むせた。喋った。数分前までは死体だったはずの彼が。

 腹から下はずぶ濡れだが、上半身は綺麗に乾いている。彼の声はまだ声変わりをする前のボーイソプラノで、掠れて小さかった。そんな声でも聞こえたのは、計器の類が全て機能を停止して、それを動かす人間も誰一人として口をきかなかったからだ。

「僕だよ、ミンイェンだよ! わかる? 僕なんだよっ! 怪我なんかどうだっていいよ、リィ、僕のことわかる?」

「ミンイェ……? っ、ごほっ」

 リィはミンイェンの腕に起こされ、むせながらも物珍しそうに辺りを見回して、目の当たりにした惨劇に眉をひそめていた。九年間死体だった子供が、目を覚ましたら当たり前のように喋っている。レンティーノが心から嬉しそうに微笑み、ハビも安堵の表情を浮かべている。

 異常でしかなかった。今ここで、生命の倫理は崩壊している。自然の摂理も道徳的観点もぶち抜いて、ひとりの子供の願いがひとりの子供を黄泉から取り戻してしまったのだ。

「リィ、どう? 思い出せた?」

「記憶、無いんだ。白衣の男に囲まれて、そこから」

「いっぱい話してあげる! 僕ね、すっごく頑張ったんだよ。九年間も、リィを生き返らせるために」

「きゅ、ねん? ごほっ…… そんなに」

 不安そうなリィ。対するミンイェンは、これでもかというほどはしゃいでいた。よく見ればその頬に涙が伝っているのが見えた。嬉し泣きだろう。

 レンティーノが二人を見て微笑みながら、そっと左腕から手を外した。白衣の袖は真っ赤だった。微笑んでいるが、彼は時折痛そうに眉を顰めている。その隣で、ハビは白衣の裾を引っ張ってはたき、背中のガラスを落とすことに専念していた。マーティンの姿が見えないと思い、辺りを見回すと彼は足を引きずりながらミンイェンの傍に寄ろうとしていた。

 リィはミンイェンの腕の中で、優しい笑みを浮かべる。ガラス片が散乱した血痕だらけの部屋で、無傷のリィは一人だけ浮いていた。

「凄く、身体が重いんだ。足も腕も、動かない。それに、喋るたびに喉が、焼かれてるみたいに、っ、痛くて」

 言われて見れば、びしょぬれの半身は全く動いていないし血色も悪かった。ミンイェンはすぐに真面目な顔になり、指示を飛ばそうとして顔を上げて、今頃になってようやく怪我をした友人達のすがたに気づいたようだった。

「み、皆大丈夫? マーティン、あ、駄目だよ歩いちゃっ! レンティーノも、ハビも、みんな血が……!」

 うろたえたミンイェンに不安そうな視線を向けたリィは、首だけ動かして周りを見回していた。何もかもが珍しいといった様子だったが、リィの顔も歪んでいた。喉が痛いのかもしれない。

「私は平気です、ミンイェン。何をすれば良いのですか」

「僕も手伝うよ。おそらくチームの中で、一番怪我が軽いのは僕だから」

「いい、二人とも座って。僕がやる。レンティーノ、リィをお願い」

 ミンイェンは自分の首筋に刺さっていた小さなガラス片を取り除き、一番近くにいたレンティーノの腕にリィを預けて立ち上がった。ゆっくりとした動作で踏み出し、彼はマーティンの方へ歩いていく。

「マーティン、座って。とにかく座って」

「チッ、気にするな。こんな怪我、いつものことだ」

「そんな、マーティンがこのまま歩けなくなっちゃったりしたら僕絶対に嫌だよ」

 ミンイェンの泣きそうな気配を感じ取ったのだろう、マーティンは仕方なさそうにその場に座った。どんな状況でも、マーティンはミンイェンにだけは逆らえないらしい。

「ねえクライド。グレンでもいいけど、怪我あんまりしてない誰か。手伝って」

 クライドはすぐに立ち上がってミンイェンを追った。何かしていないと気が狂いそうだった。

 血に染まった白衣を翻す彼は、痛みのためか時々小さくうめいた。

「大丈夫か?」

「いいんだ、こんな怪我少しすれば治る」

 いや、少しで治るような怪我ではないだろう。彼の白衣の前面は斑に真っ赤で、歩くたびに血塗れの小さなガラス片が白衣の裾を滑って落ちてちゃりちゃりと音を立てている。

「全然平気そうにみえない。お前がぶっ倒れたら実験はどうなるんだよ? 何すればいい?」

 ミンイェンは小さく項垂れ、それからすぐに顔を上げて明るい笑みを浮かべた。

「そこの取っ手を引っ張って。ベッドが出てくるから」

「お、本当だ」

 言われるままベッドを出し、彼の指示に従って近くの棚からシーツと枕を持ってきた。一応止血の想像はしておいたが、それでも既に流れていた血は拭き忘れていたので、白いシーツの端の方にちょっと染みをつけてしまった。しかしその染みのすぐ傍にミンイェンが片手をついたので、すぐに気にならなくなった。彼の方がひどくシーツを汚していた。それはもう、クライドは比にならないぐらいの出血量だった。今すぐに止血するべきだと思う。

「ミンイェン、ストップ。そのまま動くな」

 クライドは先ほど、シーツが入っていた棚にさらしのような布を見つけていた。それを持ってきて細く裂いて、ミンイェンの出血が激しい腹部や腕に巻きつけてやる。

 ぞんざいな巻き方になったが、ミンイェンはにっこりと笑ってクライドに礼を言った。そして、嬉しそうに背後を振り返ってレンティーノを呼ぶ。

「レンティーノっ、立てる?」

「ええ、勿論ですよ」

 リィを腕に抱いたまま立ち上がり、レンティーノはベッドまでゆっくり歩いてきた。痛みを堪えているのか時々うめき声を漏らす彼に、リィは心配そうな目を向けていた。

「大丈夫、ですか」

「ええ、すみません。ご不快でしょうが、しばらく我慢して下さいね」

 妙な感じだ。これではどちらが年上か、まるで解らない。実際はレンティーノよりもリィの方が五つも年上だが、九年間死んでいた彼は一体年齢をどう数えていくべきなのだろう?

 レンティーノはゆっくりとリィをベッドに降ろし、優しく微笑んだまま自己紹介を始めた。彼の長い本名にリィは戸惑い、それから自分も名前を名乗った。

「リウ=リィ、シュイ。十五歳。ミンイェンと、父さんと母さんと、四人、で……」

「ねえリィ、父親はもう死んだよ。母さんもそのあと亡くなった。僕ら、もう二人きりなんだ」

「……そっか。もう、いないんだ」

 リィは憂うように目を細め、こちらを見て瞬きした。やはり慣れないため、目が合ったときにぴくりと反応してしまう。

「でね。リィは十五歳どころじゃないよ。九年プラスするからもう二十四歳なんだ」

「いきなり? そういえば、特進、どうなった、の」

 驚いたように言い、リィシュイはむせた。激しくむせて、ぎゅっと目を閉じて、彼はむせすぎて首から上を真っ赤にさせる。

「リィ、リィ大丈夫? リィっ」

「へ、きだから」

 泣きそうになるミンイェンがリィを抱き起こすと、彼は弱弱しく微笑んだままやはり何度かむせた。彼は少しの間荒い呼吸を繰り返していたが、落ち着いてきたためか、目を閉じて軽く深呼吸する。

「不完全な蘇生だけど許してね、リィ。まずは皆の手当てをして、リィの検査するね。ね、今夜は一緒に月を見ようか。この屋上から見える月って、綺麗なんだよ」

 ミンイェンは楽しそうに言った。言い続けた。

 何か答えようとリィが口を開いた。刹那、彼の乾いていた咳に、ごぼっと湿った音が混じった。

「え」

 小さく呟いたミンイェンは、腕の中のリィを見下ろして固まった。ミンイェンの白衣には、リィが吐いたどす黒い血がべったりとついていた。元から血塗れだったということを抜きにしても、異常な汚れ具合である。

「え、やだ」

 ぽつりと呟き、ミンイェンは確かめるようにリィが吐いた血の上を指でなぞった。そしてその指に黒っぽい血が付着していることに気づき、愕然として指先を見つめている。

「ミン、イェ」

「やだよリィ、また離れ離れになっちゃうの? そんなのやだ!」

 ミンイェンは叫び、助けを求めるように辺りを見回し、リィを揺すり、最終的に彼を寝かせてクライドに掴みかかってきた。面食らったクライドは何を言うこともできず、ただ呆然と彼に揺さぶられていた。

「クライド、ねえなんとかしてクライド! 今すぐ魔力を分けて、お願い」

 がくがくと揺すられながらも、クライドは困っていた。これ以上魔力を使ったら、貧血で倒れてしまう。というか、既にミンイェンに揺すられているせいで気持ちが悪くなってきた。ぎゅっと顔をしかめたところで、背後から誰かの手がミンイェンの手を掴んだ。

「無茶いうな、ミンイェン。直接、魔力、流したら…… 死ぬぞ、てめえの兄貴。それで何度失敗した」

 声の主はマーティンだった。肩越しに背後を振り返ると、マーティンは小さく舌打ちした。いつもどおりの反応だが、その顔色は青ざめていた。失血の量が多すぎたのかもしれない。彼に刺さっていたガラス片は、ぱっと見ただけでも貫通に近いぐらい深々と刺さっているのが窺えたほどだ。もともと暗い色のズボンを履いていたから怪我の具合はよく解らなかったが、彼の周囲には血痕が大量にあった。

 これでは、彼も危ないではないか。ミンイェンのことなど気にしている場合ではないのに、マーティンは何故こんなにもミンイェンを助けようと必死なのだろう。

「じゃあどうすればいいのっ? やだよ僕っ、やだよ! またリィと離れ離れになっちゃうなんて嫌!」 

 駄々をこねるように身をよじって掴まれた手を離させるミンイェンを、マーティンは苦しそうに見つめていた。ミンイェンはそれきりマーティンの顔を見ることなく、リィの両肩を掴んで揺さぶる。

「リィ、だいじょうぶ、リィっ」

 両目からぼろぼろ涙をこぼしながら、ミンイェンは狂ったようにリィを呼び続けた。リィは困ったように笑い、すぐに表情をゆがめて咽る。白いシーツはあっというまに赤黒く染まっていった。アンソニーが小さく息を呑んで、クライドの袖を引いた。大丈夫だよと宥めてやる。ノエルとグレンはまだ壁際にいて、二人とも少し辛そうだった。失血しているのだろう、二人のもとに戻るべきだろうか。

 けれどミンイェンは目の前の現実を否定するように激しく首を横に振り、息を荒げながらリィの名を叫ぶ。誰か抑える役が必要だった。

「リィっ! やだよ、リィ、ねえリィっ」

 嗄れはじめたその声を聞いて、胸がしめつけられたようになった。今まで黙っていたハビは、おもむろに目を伏せてミンイェンの肩に手をやり、そっと抱き寄せるようにしてリィを揺するミンイェンを止める。

「大丈夫だよ、ミンイェン。リィ、喋れる? ミンイェンを落ち着かせてあげて。辛いかもしれないけど、頑張ってくれるかな」

 優しく言うハビに向かって少し苦しそうな顔をしながらも、リィは頷いてミンイェンの名を呼んだ。ミンイェンはしゃくりあげながらハビの腕の中で大人しくなり、やがてよろめきながらリィの傍に寄る。

「リィ」

 涙声で呼ばれたリィは、苦笑して少し咽た。彼の喉から血の塊が吐き出されるのをみたミンイェンは、がくがく震えながらその場に膝をついた。そして嫌だよ嫌だよと何度も繰り返しながら、今度は静かに泣き崩れる。そんなミンイェンをベッドの上から身体を動かさずに見下ろして、リィは彼を柔らかな声で呼ぶ。

「ミンイェン。話、して」

「でも、リィの身体、もう壊れかけてる。僕には解る。今まで何回も、実験に失敗してきたんだ。いろんなエルフが、色んな人間が、僕のせいで死んだ。君で失敗するわけにはいかなかったのに、どうして、……どうして」

 それでも、リィはひるまなかった。

「聞かせて。時間がないならせめて、君が僕のために、してきたこと」

 そこでまた大きく咳き込み、リィは目じりに咳き込みすぎて出た涙を溜めてミンイェンを見た。

「ね、ここに、いる人。皆、ともだち?」

 優しい声だった。震えてはいたけれど、ミンイェンが泣き叫ぶのをとどまる効果は十分にあったようだ。ミンイェンはこくんと頷いた。何度も頷いた。声を上げずに泣きながら、床に涙をぽたぽた落としてミンイェンは頷く。

「リィが、生き返るの、皆が待ってたんだ」

「うん、ありがとう」

「僕、リィがいないと生きていけない」

「うん。僕も、おなじだ」

 ミンイェンは顔を上げた。クライドは黙って二人の挙動を見守っていた。またミンイェンが暴れはじめたら止めてやらなければ。

 決意した直後に後ろでマーティンが軽く呻いたから、振り返ったらまた舌打ちされた。彼なりに、無様な姿を見られたくないと思う気持ちの表れなのだろうか。それとも単に、貧血で気分が優れないために八つ当たりをしてきただけなのだろうか。

「寂しかった、リィ」

「うん」

「九年、色んな失敗をしながら、やっと……」

「ん」

 静かに相槌を打つのがやっとのリィに、ミンイェンは大きく肩を震わせて泣きながら言葉をぶつけている。床を見たまま白衣の裾をぎゅっと握った彼は、親の言うことに反発して泣きじゃくっている子供のようだった。

「やっと、あえたのに」

 床を殴りつけて、ベッドにごつんと頭をぶつけて、ミンイェンはまだなき続けていた。レンティーノが黙ってミンイェンの傍に歩み寄って、彼の肩を抱き寄せた。

 ベッドの上に寝たままのリィは、哀しそうに目を伏せてぽつりと呟く。

「そっか、ミン…… ごめん、ね」

 すっと顔を上げたミンイェンは、ゆっくり立ち上がってリィを見下ろす。レンティーノは座ったままでいた。動く気力がないように見えた。

「リィだけが僕の家族なんだっ」

 もう声も出せなくなったのか、リィは何を言われても頷くことしかしなかった。

「僕にはリィしかいないんだ」

 頷くのも辛くなってきたのか、やがてリィの動きは殆どなくなった。それでも彼はミンイェンを見つめ、必死に彼の話を聞いていた。

「リィ絶対死なないで。もう僕をひとりにしないで!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ミンイェンは叫んでいた。彼がずっと抱えていた孤独は、今ここで爆発していた。クライドは呆然と彼らを見守り、時々辺りを見回して皆の無事を確認しながら突っ立っていた。

 リィは暫く黙っていたが、やがて小さく口を開いて何事かを呟いた。ミンイェンはそれを聞いてリィのそばに屈みこみ、彼の口許に耳を寄せて震える声でリィの名を呼ぶ。

「もういちど、言って」

 ついに、返事はなくなった。

 その事実を、ミンイェンは受け止めようとしなかった。

「ねえリィ、何て言ったの?」

 リィは虚ろに目を開いたまま、動かなくなっていた。歩み寄って首筋に触れてみると、もう脈動は感じられなくなっていた。

 まだほんの少し、暖かさは残っている。しかしミンイェンのたった一人の兄は、再び死んだのだ。もう二度と目を開けることはないだろう。彼の青ざめた身体は既に冷たくなり始めていたし、そんな彼を見てミンイェンは何をすることもできずに呆然と固まっていたのだから。

 目を閉じたその直後に何らかの処理をくわえれば、もしかしたらまたホルマリン漬けのようにして保存しておけたのかもしれない。けれどもう、今のリィはただの死体だった。

 グレンとノエルが顔を見合わせた。アンソニーがクライドの袖を掴み、不安げに見上げる。

「もう、無理だよ」

 呟いた声は予想以上に響いて、この場にいるミンイェン以外の全員がクライドをじっとみつめていた。責めるような目だった。

「ミンイェン、冷凍保存の準備に入ろう」

 ハビは静かにミンイェンに歩み寄った。レンティーノは立ち上がり、厳しい表情でベッドの上に横たわっているリィを見下ろしていた。マーティンは足を引きずるようにして、それでもミンイェンに歩み寄ろうとしていたが途中で崩れ落ちる。呆然と立ち尽くすミンイェンにハビの手が触れたとたん、ミンイェンは凄い勢いで彼の手を振り払った。それにはさすがのハビも怯んだ。

「聞いてたよねリィ!」

 ミンイェンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。言いながら彼はリィを抱き起こし、瞳孔を開ききったその目を見つめて幸福そうにする。

「僕の言葉、聞いてたよね!」

 ずっと笑っていた。ミンイェンは壊れたように同じ言葉を繰り返し、楽しそうに笑っていた。リィが生きて、自分の言葉を聞いてくれているのをその目に映しているかのように。

 小さくため息をついて、ハビはミンイェンの肩に手をかけた。今度は両手がふさがっているから、ミンイェンも振りほどこうとしなかった。代わりに、今度はハビに向かって笑いかけた。無邪気そのものの笑顔に、何故かぞっとする。

「ミンイェン、解ってるでしょう」

「ハビっ、聞いて! リィね、僕とずっとずっと一緒にいてくれるって言ったよ。もう僕は独りじゃないんだよ。リィとずっと一緒にいられるんだよ!」

 思いつめたようなハビの声にも、ミンイェンは壊れたように笑いながらそう答えただけだった。ミンイェンはリィが死んだと思っていないのかもしれない。見ていて胸が痛くなった。

「ねえハビ、隣の部屋にベッドを用意して。リィのオフィスは今日からそこね!」

 ハビは何も言わず、ミンイェンの手をぎゅっと掴んだ。ミンイェンは不思議そうにハビを見上げて、それからリィの顔を見てまた微笑む。

「リィ、一緒にいてくれるって」

「ミンイェン」

「たった一人の家族だもん」

 ミンイェンはにこやかだった。レンティーノが苦しそうに視線をそらし、マーティンはいつもの嫌味な笑みすら忘れて呆然としていた。

 しんとした空気の中、ハビはミンイェンの手を掴んでリィを離させた。彼は無表情になってリィをベッドに寝かせ、ミンイェンの肩を両手で掴む。

「可能性を潰すつもり? そのままだと腐敗が進む。蘇生しきってない下半身から徐々に腐敗していって、最終的には蘇生が不可能になるんだよ。君はそれを、解ってるでしょ。もともと蘇生したとき、動かなかった腕や下半身は死体のままだったってことも」

 ミンイェンは答えなかった。答える代わりに微笑を消し、その場にずるずるとへたり込む。

「っ、うぁああああああああっ!!」

 ガラスの落ちた床にべったりと身体をつけて、ミンイェンは大声で泣いた。泣きじゃくった。ハビは…… あるいはイヴァンだったのかもしれないが、彼は黙ってリィの死体を抱き上げて、部屋を出て行った。

 実験は終了した。最悪の結末で終わった。クライドはなす術もなく、泣きじゃくるミンイェンを見下ろして立ちすくんでいた。

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