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第二十五話 遭遇

 目が覚めると、真っ白な天井が見えた。視界は最初ぼやけていたが、すぐにクリアになる。クライドはゆっくり起き上がって、愕然とした。

 床で倒れていたはずなのに。クライドは、真っ白なベッドの上に居た。しかも、両手が手錠でつながれている。それを理解した途端、身体じゅうから血の気が引いていくような感覚がした。丁度、手首にかけられた鉄製の手錠から、その冷たさが身体じゅうへと伝わってしまったかのように。

 ベッドの傍には、疲れた顔のグレンが座り込んでいた。彼の手にも手錠がかけられていた。

 ミンイェンに敗北したことは理解できた。あんな煽り方をしてくるミンイェンが今度はクライドとグレンを同室に閉じ込めているのが不可解だったが、とにかく無事を確認できてよかった。

「起きたか」

 かすれた声で呟くグレンは、本当に疲れきっているようだ。クライドが気絶している間に、デゼルトと酷くやりあったのだろう。グレンもクライドも、着ていたはずの白衣がなくなっている。

「グレン、これ」

 手錠を見せ、グレンの意見を求める。するとグレンは、大きくため息をついて首を横に振った。無駄だ、そう呟いた彼の声が、微かに耳に届いた。

「魔力封じの手錠らしい。諦めろ、壊せるような脆いものじゃない。壊そうとするだけ時間の無駄だ」

「ここはどこなんだよ」

「知らない。とりあえずトニーもノエルも無事だけど、二人とも寝てる」

 そういわれて右隣を見ると、アンソニーの姿があった。よほど疲れているのか、彼は熟睡している。そしてクライドの左隣にあったベッドにはノエルがいて、彼は随分と不機嫌そうな顔で眠っていた。きっと、こんな敵地では寝ていられないという思想がこんな表情を生むのだろう。寝ているのに。

「よかった。四人一緒ならそれで……」

「良くないだろ、この手錠があるかぎり。これじゃ相手の思うつぼだ」

「まあ、そうだけど」

 グレンは不満だろうが、これは四人別々に閉じ込められた時よりは良いといえる状況だろう。クライドは隣のベッドで寝ているアンソニーの布団をずり上げてやり、かけたままになっていたノエルの眼鏡を外してやった。それくらいの動作なら手錠が掛かっていても問題なくできた。

「とにかく、ここから出てシェリー探して早くずらかりたいところだけどな。でも、クライド。ポケットの中、凶器とカードの類はほぼ全て没収されてるぞ」

「え? ……うわ」

 ポケットの中は見事に空っぽだ。グレンの言うとおり、行きに手に入れたハサミなども全部なくなっていた。携帯と財布だけが辛うじて残っていたが、それでは護身に役立たないだろう。

 クライドは項垂れ、小さくため息をついた。ベッドが四つ並べられた白いだけの部屋には、アンソニーとノエルが立てる微かな寝息だけが聞こえる。この部屋は一体何の目的で作られたのだろう。ここはクライドが最初に閉じ込められたタイプの部屋ではなく、本当にただ白い四枚の壁に仕切られた空間なのだ。奇妙なほどに清潔感にあふれたこの部屋は、あまりに静かで薄気味悪い。しかも自分達の足でここに来たわけではないから、入り口がどこにあるのかもわからないのだ。

 クライドは拘束された使いづらい両手で携帯を開き、着信履歴から一番新しいものを選んで電話をかけた。そんなクライドの様子をグレンがじっと見ていたが、彼はすぐに立ち上がってノエルのベッドに腰掛けた。

 ノエルは寝ているように見えたが、先ほどから寝息が聞こえない。恐らく寝たふりをしているのだろう。グレンはそれに気づいていないのか、ノエルを見下ろして『よく寝てるなぁ』などと呟いたりしていた。

 しばらく電話が繋がるまで待っていると、何回目かの呼び出し音で相手が出た。

「もしもし! クライド、起きたんだ? 気分はどう?」

「お前さあ、いい加減にしてくれないかな本当。早くシェリー返せ」

 開口一番に文句を言い、クライドは舌打ちした。ミンイェンは相変わらず明るい声で笑いながら、クライドの言葉にノーの返事を返してくる。

「だめだよ、僕はずっと君を待ってたんだから。苦労したよ、今日まで」

「……気持ち悪い」

 ストーカーかこいつは。クライドは旅に出るたび変な奴に絡まれている気がする。しかも今回の場合、かなり危険等級がランクアップしているのだ。この少年を早く黙らせて、シェリーを連れてここから逃げなければ危ない。

「あ、酷い! 僕の九年間を気持ち悪いなんて言葉で片付けちゃうなんてさ!」

「お前九歳? あー、だからこんなガキみたいなことを。ボク、お兄ちゃんをからかっちゃいけないよ」

 九歳にしては低い声だとは思うが、それでも少年の声は大人にしては若干高めだ。本当に九歳かもしれない、というか彼は絶対に精神的な部分が九歳だとクライドは思う。

 クライドの思い描くミンイェンは、東洋系のお坊ちゃまだ。黒髪で、前髪が眉の上できっちり切りそろえられた生意気そうな子供で、部屋の外にあまり出ないだろうから青白い肌をしていそうだ。そしてきっと執事みたいな者が何人かいて、彼らがミンイェンの世話をしているのだろう。

 彼は毎日高級な食事ばかりして、おそらく偏食だろうから肉ばかり食べているに違いない。そうするとミンイェンは、ちょっと肉付きの良い九歳児なのかもしれない。

「失礼な、十九だよ! そりゃあ童顔ってよく言われるけどさあ」

 彼の言葉に、十九歳バージョンの東洋系お坊ちゃまを思い浮かべなおしてみる。背は低いだろう。やはり外に出ないだろうから日に焼けてもいないだろう。執事もおそらく健在で、人数が増えて五人くらいが常に傍にいるのかもしれない。

 そうやって考えていくと、結局は前髪が眉の上で切りそろえられた意地の悪そうな顔つきの少年が再び頭に浮かんでくる。

「本当かなぁ? 九歳なんじゃないの?」

 否定するミンイェンにからかい気味の声を投げながら、クライドはため息をついた。こんな子供と遊んでいる暇はない。

「本当だよ! わかった、じゃあ会ってあげる!」

「おう、じゃあ来いよ。すぐだぞ」

 ミンイェンはクライドの言葉を待たずにすぐに電話を切った。クライドは手錠をかけられたまま電話を耳にあてていることに疲れ、すぐに手を降ろす。

 それを見届けたグレンがにやりと笑う。クライドは、彼が言わんとしていることを大体解っているつもりでいた。おそらく、ミンイェンの年齢についてだろう。

「ミンイェンって九歳?」

 ほら、大当たり。

「本人は十九って言ってるけど絶対嘘。今から来るって」

 笑いながら返すと、グレンは頷いた。そして、寝たふりをしたノエルをつつく。

「おーい、来客だぜノエル」

「聞いていたよ」

「うわ、お前起きてたのかよ」

 案の定、ノエルは寝たふりをしていたようだった。ノエルはグレンに向かって微笑してから、先ほどクライドが外して枕元に置いてやった眼鏡をすっと掴み取る。その仕草から、彼は眼鏡を外してやった時には既に起きていたことが解る。起きていたから、外された眼鏡がどこに置かれたのかも解ったのだろう。

 ノエルは小さく伸びをして、クライドのほうを向いた。

「アンソニーは寝ているのかい?」

「見ての通り、熟睡中。グレン、起こしてやれ」

 ベッドから降りつつ、目覚まし役をグレンに頼む。グレンは頷いて、アンソニーの布団を勢いよくはがす。アンソニーは寝ぼけているのか、しばらく宙を掻くように手を動かしていた。しかし、再び寝た。

「トニー、起きろよ」

 声をかけてやれば、アンソニーは布団を手繰り寄せた。手錠がかけられた手を邪魔そうに胸へと引き寄せながら、彼は不機嫌そうに唸った。

 グレンはアンソニーの両肩に手をかけて揺さぶり、起こそうと躍起になっていた。よほど眠いのか、アンソニーはそれでも目を覚まそうとしない。

「起きろってトニー」

 グレンが何度揺すっても、アンソニーは不機嫌そうに彼から逃げるだけで目を覚まさない。そんなアンソニーを見て、ノエルが小さなため息と一緒に苦笑を漏らした。

「グレン、もうやめていいよ。アンソニーは魔法の使いすぎで疲れているんだと思うから。彼は何度も僕を守ってくれたからね」

 言いながら、アンソニーを揺さぶり続けるグレンの手を押さえ、ノエルは小さな欠伸をした。アンソニーを気遣う姿勢を見せるノエルだが、彼も十分に疲れているのだろう。

 クライドは白い壁を見つめながら、手首の違和感に苛立ちを覚える。重たい手錠は手を動かすたびに耳障りな音を立て、クライドの手首に圧し掛かった。見た目より重い気がするのは、魔力を封じるギミックのせいだろうか。

 グレンはノエルからアンソニーの活躍を聞いて感心しながら、眠るアンソニーを見下ろした。当のアンソニーはと言うと、グレンの凝視にも気づかずに熟睡している。最近になって成長してきたアンソニーだが、やはりこの無防備な寝顔のせいで実年齢よりいくつも年下に見えた。

 純情で頑張り屋のアンソニーは、誰かが困っていたら手を貸さずにはいられないタイプだ。誰かに手を貸し、その末に自分が困ることになってからようやく誰かに助けを求めるのが彼なのだ。そうでない場合は、彼が意図しなくても勝手に周りが彼を助ける。それが、少しずつ変わってきているのをクライドは感じていた。

 彼は確実に成長している。そして、自分の身を自分で助けることが既にできるようになっている。外見から受けるイメージで、アンソニーは守られるタイプだという固定概念を誰もが持っているだろう。けれどその考えは、もう否定せざるを得ないものになっている。

「ミンイェン遅い」

 呟いてみると、グレンは頷いた。ノエルは黙って部屋を見回し、それからすっと立ち上がった。何が起こったのかと訝りながらノエルを見ると、彼はクライドの視線に気づいて壁を指差した。ベッドの足元にあたる壁だ。

「ドアは向こうじゃないかい。今、そっちで何か音がしたよ」

「音?」

 聞き返すと、ノエルは唇に人差し指を当てながら注意深く壁を見つめた。クライドも彼の雰囲気に気圧(けお)されて、息をひそめて壁を見る。

 部屋にはアンソニーの微かな寝息だけが響いていたが、確かにノエルの言うとおり、物音が聞こえた。壁に何かをぶつけたような音だ。クライドは黙り込み、いつしか呼吸をすることすら忘れていた。

 音が近づく。胃の底を締め上げられるような緊張感がクライドを襲う。

「来る」

 呟くと、グレンがそっとベッドから腰を浮かせた。彼の手首にはめられた手錠の鎖が、耳障りな音を立てる。

 それとほぼ同時に、空気の音がした。この研究所でドアをあけるときにする音で、その音が聞こえたのはやはりノエルが指した壁の方だった。クライドは無意識に身構え、意識して壁の方を睨みつける。

「ミンイェン……」

 低く呟くと、白い壁から長めの白衣を纏った腕がぬっと突き出てきた。細い腕だったが、明らかに若い男のものだ。仮にミンイェンが若い男ではないとしても、この腕が九歳児の腕でないことは確かだろう。

 腕はすぐに引っ込んだ。刹那、響いた明るい笑い声にグレンの表情が強張った。ノエルは真顔で壁の方を見つめたまま、身動き一つしない。

「あははっ! ね、僕は九歳なんかじゃなかったでしょ?」

 楽しそうに笑いながら、壁の向こうから少年が飛び込んできた。少年とは言ったものの、青年と呼んでもいいくらいの体格だ。クライドは初めて、ミンイェンの姿を目にした。

 ミンイェンは想像とは大きく違った、小柄な男だ。太ってはいないどころか、むしろがりがりに痩せていた。思わず間の抜けた声をあげ、ミンイェンを凝視してしまう。

 まず目を引いたのは、その前髪の長さだった。彼の前髪は頬骨の上ぐらいまであって、目を隠している。これでは前が見えないだろう。ミンイェンは一体どうやってものを見ているのだろうか。その前髪は眉の上で切りそろえられているわけではなかったので、あまりのカルチャーショックにクライドは暫く反応を返せなかった。

 彼の髪は東洋人らしい漆黒で、アンソニーほどではないが癖が酷かった。そのおかげでナチュラルな髪型になっているので良いだろうが、想像していた姿とあまりにかけ離れすぎていてクライドは本当に驚く。こんなに貧弱そうな男だとは思っていなかった。

 肌は白く、身体は華奢で、白衣は好んでそうしているのか大きめだった。長い袖から指先だけ出して、ミンイェンは楽しそうに笑っている。白衣の下には白と黒のボーダーのロングTシャツを着ていた。どういうわけかミンイェンはぶかぶかの服を好むらしく、Tシャツの丈は膝上くらいまであった。

 彼は小柄なのだが、ノエルやアンソニーよりは身長があった。けれど、身長の割りに小さく見える。例えば、背筋がぴんと伸びたノエルの隣にいれば、猫背気味のミンイェンは彼よりも小さく見えそうな具合にだ。

 彼は金持ちと言うよりむしろ貧乏そうな風体で、東洋によくいる貧窮した子どものように見えた。何も食べていないからこんなに小さくてがりがりなのだろうか。

 本当に、この少年がクライドたちを苦しめた張本人なのだろうか? 目の前に現れたのがあまりにひ弱そうな少年なので、クライドはミンイェンを凝視したまま首を捻った。

「……何か不満でもあるの、クライド?」

 ミンイェンはそういいながら、かなり不満げな顔をしている。前髪に隠れているせいで目つきは解らなくとも、口許に浮かべる表情で感情はすぐに読めた。彼はおそらく、感情表現がかなり顔に出やすいタイプだろう。

 部屋の入り口から、クライドのベッドに向かってミンイェンが歩いてくる。それを見たグレンはさっと立ち上がり、ミンイェンを睨みつけながら舌打ちする。けれどミンイェンは怯まず、ポケットから何やら注射器のようなものを取り出した。注射器の中には、薄い黄色をした液体がたっぷりと入っている。

「これは麻酔薬、即効だよ。僕ね、動物実験をよくやるんだ。あんまり煩いとこれで眠らせちゃうよ」

 声を上げて笑いながらそう言って、ミンイェンは注射器に針を取り付けた。そしてそれをグレンのほうに向けながら、口許に笑みを浮かべる。部屋の照明を受けた銀色の針先が、物騒に煌いた。

「これ打たれたくなかったら黙っててね、グレン!」

「なんだこのガキ、うぜぇ」

「ちゃんと忠告を聞いていた? 黙らせるよ」

 白衣のポケットに左手を突っ込み、右手で注射器を構えたミンイェンは、クライドの数メートル手前で止まっていた。おそらくは、グレンが凄い形相で威嚇しているからだろう。注射器を持って強がっていても、ミンイェンはグレンのことが恐いらしい。顔に浮かべた笑みが、ちょっと引きつりかけている。

 けれどクライドがちらりとミンイェンに目をやれば、彼はグレンのことなど頭から消してしまったかのように楽しげな笑いを浮かべた。

「ああ、やっと会えた! やったぁ、クライドに会えた!」

 真っ白い部屋のなかで、楽しそうに飛び跳ねるミンイェン。飛び跳ねた拍子に彼の前髪がめくれ上がったのだが、肝心の目は見えなかった。

 この変だとしか言いようのない少年は、一体何のためにクライドを捕らえようとするのだろう。よく考えればこの少年がマーティンやレンティーノ、おそらくハビをも統率している人物だということになるが、それも何だか変な感じだ。この研究所の人間は全員そうだ、何故こんな子供に従い、何故こんな子供を慕うのだろう。

「気持ち悪いこと言わないでくれないかい。さっさとクライドから離れて」

 ぴしゃりと飛んだ冷たい声に、クライドはびくりとした。声の主であるノエルは、不快感をあらわにした顔でミンイェンを睨みつけていた。

 ミンイェンは唇をとがらせ、両手を腰にやりながらノエルを見下ろす。

「ちょっとノエル。生意気な口きかないで」

「君に敬意を払う理由なんて、僕にはない。ファーストネームで呼ぶ許可も与えていないよ」

 ノエルは冷たい笑みを浮かべながら、ミンイェンを射るように見つめる。ミンイェンはありえないとでも言いたげに固まって、グレンは笑いを堪えてぷるぷる震え始めた。

 初対面の人間に向かってノエルがここまで敵対心をあらわにしたことがあっただろうか? クライドが唖然としていると、ミンイェンはその場から一歩下がった。

「……なにこれ。データの十倍ぐらいムカつく」

 今にも泣きそうな、情けない声でミンイェンは言った。グレンがとうとう吹き出して豪快に笑い始め、ノエルは冷たい目でミンイェンを見つめ続け、クライドはそんな三人の様子をまじまじと眺めていた。

「ははは! マジでこいつ九歳かも!」

 容赦なく笑いながら言うグレンに、ミンイェンが注射器を振り上げる。

「十九だって言ってるでしょ! 刺すよ!」

 グレンはそんなミンイェンを見て更に笑いながら、真っ白いシーツの上に仰向けに寝て腹を抱えた。歯止めがきかなくなったのか、グレンはミンイェンが声を張り上げて静止しようとするのも構わずに笑い続けている。

 目じりに涙を浮かべ、グレンは遠慮なく笑う。ミンイェンがぎゅっと唇を引き結び、泣きそうな顔をして俯いた。ノエルがそれに気づいて微笑した。

「……やめてあげようグレン、泣かせるつもりかい?」

 先程とは打って変わった、優しい声だ。ミンイェンが可哀想になってきたのだろうか。

 確かに小さい子を三人がかりでいじめるのは、感心できない行為だ。そう思い、クライドもグレンの肩を叩いて制止を試みる。

「その辺にしといてやれ。この子かわいそうだろ」

 言ってやればグレンはこくこく頷いて、呼吸を正そうとしながらまた笑う。放置しておくしかないようだから、クライドはノエルと顔を見合わせて苦笑した。

 勿論、ミンイェンは不機嫌を極めていた。ぷるぷる震えながら注射器を握りしめ、今にもそれを振り上げそうな様子だ。

「舐めた口きいていられるのも今だけなんだからね。僕は本当にやるからね。誰から遊んであげようかな!」

「あーはいはい。シェリーどこ?」

 ミンイェンの対応に飽きたのか、殆んど面倒臭そうなニュアンスでグレンが言った。シェリーの名前を口に出した途端、グレンは再び不機嫌そうに戻ったようだ。彼はゆっくりと起き上がり、さらさらの金髪を指で梳いた。グレンのそんな態度を見たとたんに、ミンイェンは挑発的な笑みを浮かべた。

「ふふ、会わせてあげても良いよ! けど、絶対約束して欲しいことがあるんだよね」

「何をだよ、とっととシェリーを返せ」

 突っかかるグレンに注射器をちらつかせて密やかに脅し、ミンイェンは楽しそうに笑ってクライドたち四人(寝ているアンソニーもだ)をぐるりと順に見回した。何を言い出すのかと身構えていると、ミンイェンは徐に注射器を降ろす。そして、口許に笑みを浮かべたまま言った。

「僕に協力して、皆」

 一体何を協力すれば、シェリーを返してくれるのだろうか。まずそう考えたが、その前に今ミンイェンが言ったことに引っ掛かりを感じる。今、ミンイェンはクライドにだけ協力を求めたのではなかった。確かに『皆』と言ったのだ、クライドだけではなく。ミンイェンの狙いはクライドだったのではなかったのか?

「……皆?」

「うん。クライドが一番大事だけど、必要なのはクライドだけじゃない。グレンも、ノエルも、そこで寝てるトニーも。皆協力して!」

 聞き返してみると、ミンイェンはあっさりと肯定した。なんだか頭が痛くなってきた。協力してなんて言われても、困るとしか言いようがない。それに、ミンイェンの態度は絶対に十歳前後だとクライドは思う。こんなわけの解らない子供に、一体何を協力すればシェリーが返ってくるのだろう。

「ねえ、説明してくれないかい? まずは、君がどうしてクライドにストーカー行為をするようになったのか」

 ベッドに浅く腰掛けて腕組みした姿勢のまま、ノエルが言った。

「そうだぞ。俺やノエルのデータもあったし、探せばきっとトニーのもあるんだろう? 気持ち悪いんだよ」

「ストーカーじゃないってば! ちゃんと理由があるんだよ?」

 小さく不満の声を上げたものの、説明する気になったらしいミンイェンは、アンソニーが寝ているベッドに腰掛けて嬉しそうに笑みを浮かべる。

 この黒髪の東洋人が、一体何の目的でクライドをここまで誘引したのか。それが最も気になることである。クライドはノエルとグレンに目配せし、ミンイェンをじっと見た。ミンイェンはクライドを見て、ふふんと得意げに笑う。

「僕ね、すっごく大事なもののために頑張ってるんだ」

 まるで幼い子供が無謀すぎる夢を語るときのように、ミンイェンは楽しげに話し始めた。

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