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第二話 再開

 まずグレンが到着した。息を切らしている所を見ると、本当にシェリーの家から全力で走ってきたらしい。クライドが何か言う前に、グレンはシェリーに強く抱きついた。そして、頬を真っ赤に染めたシェリーから『人前でそういうことをするんじゃない』と怒られていた。汗をかいているとか暑苦しいとかそういうことはいいのか。二人の関係は相変わらずだ。

 続いてノエルが到着し、それほど差をつけずにアンソニーが自転車で到着した。クライドはアンソニーに自転車を停める場所を指示してから、ノエルを家に上げる。その間にクライドの父がグレンとシェリーに声をかけたらしく、三人が楽しそうに喋っているのを肩越しに振り返ってクライドは笑った。

「上がってくれ。グレンとシェリーがいちゃついてて俺の居場所ないんだ。またグレンがやらかした」

「あはは、よくシェリーに相談されるよ…… 相談という名の惚気だから、二人の行く末はあまり心配していないけど」

「その通りだな」

 笑いあいながら、ふと思う。街を出れば一番に、ノエルはサラのいる町にたどり着く。山と平原を隔てた隣国のような隣町に外国語で手紙を送る彼の習慣は健在だ。最近では嫉妬深い彼女の兄による検閲への対策で、ダイレクトメールのふりをしてサラ宛に手紙を送るのだと一昨日も笑いながら話していた。彼にとってサラはかけがえのない存在だということは間違いないが、クライドは二人の関係をどう言い表していいものか迷っている。

「俺はお前らの行く末が若干心配だな。早く街を出て会わないとまずくないか? めったに会えない遠距離恋愛なんだから」

「またそういうことを…… クライド、やめてくれないかい」

 いたずらっぽく笑いながら、ノエルはやんわりとそういった。その言葉の真意は見抜けないが、クライドは少なくともノエルにとってサラが生活の一部で、彼の狭い交友関係の中でもかなり特別な部類であることは間違いないと思っている。

 冬にアンシェントタウンを出た時も、漁師町であの二人はどうみてもカップルのようなやりとりを繰り広げていた。互いの服装を褒めたり、二人だけで別行動をしたり、親しげに髪を撫でたりといった姿を見てクライドは正直なところどう声をかけていいかわからなかった。

 ノエルはあれだけサラと親密にしているのに、未だに彼女を友達だと言い張る。一体どうしてそんなに頑ななのか分からないが、ノエルは繊細だし自分の道理を大事にする人だから、クライドは無理に踏み込んだ話を聞けずにいる。

「お、シェリー! ノエルとトニーがきたぞ」

「ちょっとグレン、抱きつくの後にして」

「へえ、後だったらいくらでもハグしていいんだな?」

 顔を真っ赤にして照れるシェリーを抱き寄せながら、グレンが楽しそうに笑った。後ろからやってきたアンソニーは露骨にげんなりした顔をしたし、ノエルは笑顔で呆れているようだ。

 二人の仲むつまじい様子を見て、羨ましさが心にくすぶる。クライドはつくづく恋愛が下手で、今年に入ってからまた失恋記録が更新された。去年の夏から付き合い始めていたクラスメイトのヴァレリーには、この春に別れを告げられている。

 誕生日の前日に振られたのはさすがに初めてで、あまりに格好悪すぎて絶対誰にも言うまいと固く心に誓っていたのだが、狭い学園内ではクライドの知らないうちに噂がすさまじい速度で巡っていた。二時間後ぐらいには早速グレンに把握されていて、大げさに心配されたので笑うしかなかった。

 いっそオープンにした方が心の傷が浅く済むだろうと思い、帰りのホームルームでひょうきんに終焉を暴露してクラス中の笑いを集めて今に至る。厄介なことに公認カップルというやつだったので、誰もがクライドとヴァレリーの関係を知っていた。ひっそり別れたらクラスメイト達が腫れ物に触るような態度に出るであろうことは容易に想像できたのだ。

 一年もたなかったあまりに下手な恋愛の名残は、今でも時々胸の奥を疼かせる。いや、もっと前から引きずっている存在のほうが厄介だ。彼女の存在を懸命に上書きしようとして空回った結果がこれだと、今なら思う。

 黒い髪に灰色の眼をした、猫を思わすあのメイド服の少女。どう見ても戦いに慣れ切った身のこなしの、クライドを守ろうとして死んだ少女。彼女の存在が、自分を旅に向かわせようとするのだ。まだ彼女に抱いていた感情は忘れられない。空疎でしかなかった、最初で最後のキスの感触も。

 こんなふうにレイチェルを引きずっているせいで、ヴァレリーはクライドを見切ったのかもしれない。別れた後もクラスメイトとしての距離感で良好に接することができているのは、狭いアンシェントタウンに住んでいる以上はラッキーだと言えた。

「とりあえず、僕らを呼んだってことはもう決めたんだね」

 アンソニーの声で我に返り、彼を見る。旅から帰ってきてから今までの間に、彼の声はかつてのトーンから少しだけ低くなったように思う。アンソニーは思ったより男らしくなった。今では可愛い天使というより、立派な普通の少年だ。人間はほんの一年とそこらでこんなにも変わるのかと実感し、少し残念な気分になる。

 可愛くて幼かったアンソニーは、凛々しくなって少し大人に近づいてしまった。彼が気にしていた薄いそばかすは、やや日に焼けたせいかよく見ないと気づかない程度になった。身長なんて、最早クライドを抜かしそうな勢いだ。十センチぐらい差があったはずだしクライドだって伸びたというのに、並ぶとほとんど同じぐらいなのだから。

 グレンも以前より大人びて、髪も背も伸びた。折角背が伸びたクライドなのに、彼との身長差は今までとさほど変わらないままなのだ。むしろ今までより差が開いたかもしれない。確か、彼は百八十四センチもあると言っていた。彼の身長はもうこれ以上伸びてくれなくていい。グレンは髪を前と変わらずゆるく纏めて左肩に垂らしているが、その長さは既に肘の辺りまで届きそうなほどあった。頻繁に髪型を変えていたのが町に戻って三か月くらいの間で、そこからずっと伸ばしている。一度だけイノセントと同じ長さの直線的なボブカットにしていたこともあったが、あの時はあまりの似合わなさに三日で別の髪形になっていた。

 ノエルもわずかに背が伸びた。そして帝王戦で破損した眼鏡をシルバーの細いフレームの物に新調したので、旅を始めた頃の野暮ったかった印象はかなり改善された。尤もあれは、あえてダサく振舞っていたのだとノエルに種明かしされてクライドは深く納得していた。どう考えてもノエルの美的センスからして、あの瓶底眼鏡をチョイスしていたのは不自然だったのだから。

 彼は作り笑いが一段と上手になったから、つられてクライドも誰かの作り笑いを見抜くのが上手くなったと思う。自分は、どうなのだろう。作り笑いを見抜く以外に、何か変われた部分はあったのだろうか?

「クライド?」

 不思議そうな顔でシェリーにそういわれて、はっと顔を上げると四人が全員でこちらを凝視していた。クライドは慌てて言おうと思ったことを思い出して、口にした。

「ああ、準備が整えば明後日もう出ようと思うんだけど」

 すると、グレンはすぐに頷いてくれた。シェリーもだ。アンソニーは一瞬だけ迷ったように悩む仕草を見せて、ノエルは相変わらず穏やかな表情のまま暫く何も言わなかった。

「うん、明後日だね。解った、仕度しておく」

「今回の旅は、どれくらいかかりそうなんだい?」

 アンソニーが承諾してくれたあと、ノエルがそう訊ねてきた。クライドは少し考えてから、ノエルだけでなく全員に向けて答えを返した。

「まだ解らないけど、二ヶ月以上はかかると思う。降りるなら今だぜ」

 そう言ってみると、案の定反発された。

「降りねえよ!」

「降りないよ!」

 二人の声が見事に重なって、声が重なった二人は顔を見合わせて笑いあっている。声質の差はあるにしろ、同じような調子で同じような大きさで発された声だったので、今の声は聞いてて綺麗だったと感じた。クライドも小さく笑って、各々の顔を順に見た。

「明日、買出しに行ってくる。各自、必要なものはちゃんと揃えておいてくれ」

 グレンは頷いて、それにあわせてシェリーも頷いたが、アンソニーは頷かなかった。

「一緒に行こう? だって、僕また余計なもの買いそうだし」

「ああ、そうだな。じゃあ、明日うちに来いよ」

 アンソニーに向かって頷いてやると、今度はノエルが声をかけてきた。

「僕も一緒に行っていいかい? こういうのは、仲間と重複する持ち物があったりしたら無駄だからね」

「あー、そうか。じゃあ俺も行こう」

 ノエルとグレンの会話に対して、それなら全員で行こうとシェリーが言った。確かにそのほうが合理的だ。

 日時を決めると、最初にアンソニーが帰った。続いてシェリーが帰ると言い出したのを、グレンが送るといって二人とも帰っていった。グレンが散々悩んで買った手土産のケーキが、シェリーの家の冷蔵庫で冷えているらしい。ノエルは暫くクライドと話をして、それから笑みを残して帰っていった。

 父は台所でオレンジを剥いていたし、祖母はずっと部屋にいた。それでもクライドは、何となく独りになってしまったような寂しさを少しだけ感じていた。

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