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第十五話 ラジェルナ国首都、ヴァル・セイナ

 真夏の太陽が照りつける道を少し歩き、途中でタクシーを拾ってようやく到着した空港には人があふれかえっていたように思う。一時間ほどかかっただろうか。

 旅行鞄をもった人々がせわしなく行き交い、時々客室乗務員にぶつかったりしているのが見えた。

 クライドはノエルと二手に別れ、手分けして聞き込みをすることにした。旅行客は何時間もここにとどまっていないだろうから、受付かパイロット、客室乗務員などに聞き込むことにする。

 受付の女性は首を捻り、掃除の女性はきっぱり「見ていない」と言い、パイロットは外国から飛んできたばかりだったりした。そうだ、もう何時間も経ってしまっている。目撃者はいないのか。絶望的になったが、適当に行動してシェリーを失ってしまうなんて嫌だ。闇雲に行動せず、最善手を取り続けなければならない。

 俯いていると、ノエルが走ってきた。彼にしては珍しい行動で、クライドは顔を上げて彼を凝視した。

「首都だよクライド。首都行きの飛行機に乗ったって」

「本当か?」

「パイロットに聞いたんだ、彼はデゼルトに乗り場を聞かれたって」

 彼の背後を視線でたどれば、自販機の前でタバコを吸っているパイロットが見えた。まだ若い、ラジェルナ人らしいパイロットだった。金髪碧眼の彼は、クライドを見て甘い微笑を浮かべる。どこかで会ったことがあるような気がしたが、クライドにパイロットの知り合いはいない。

「首都までどれくらいかかる?」

 ノエルに訊ねると、彼は軽く首を捻った。そして、時計を覗き込みながら声を上げた。

「時間かい? それとも旅費かい?」

「両方」

 彼の問いに単語で答えつつ、クライドは辺りを見渡した。夏休みの始まりだから、旅行客の中には学生らしき少年や少女もたくさんいる。家族連れも多かったが、一人で旅行している人が意外に多くて驚いた。ビジネスで飛行機を使うなんてアンシェントではめったにないことだから、ビジネスマンが行き来しているのも新鮮だ。

 ここには外国人もたくさんいたが、銀色の瞳をしているのはクライドだけだった。

「ここからなら、首都まで三時間かな。旅費は直前割引を使うとして、二十デラぐらいが妥当だと思う。レッドライン航空の場合、飛行機に空席がある場合は半額ぐらいで乗せてくれる」

 二十デラ。財布の中にそれだけあるかどうかが、怪しいところだ。確認してみると、ぎりぎりだった。想像で増やして偽札事件に発展するのは困るので、帰りの旅費はノエルに借りるしかないだろう。

 学生の身分であることが恨めしく思えた。きっと大人なら、なりふり構わずクレジットカードを掲げてどこへでも行けるのだ。シェリーを見つけた後に借金地獄が待っているとしても、尤も使いたい方法は本当はそれだった。二人とも旅費が尽きてもシェリーを見つけられなかったら、本気で偽札を作る羽目になるかもしれない。

「行こう、ノエル」

 ノエルに声をかけ、クライドは窓口へ向かった。飛行機はどの便も混雑していたが、キャンセルが出たので空席が二つ確保できた。隣の席ではないが、空きが出来ただけ嬉しいと思わなければ。三十分後に発つ飛行機で、クライドたちは首都へ向かう。

 搭乗ゲートの番号がややこしかったが、ノエルの道案内で迷わずに飛行機に乗り込むことが出来た。やはり席は離れていて、ノエルは半分より前側に、クライドは半分より後ろ側に席があった。名残惜しかったが彼と離れて、クライドは一人で割り当てられた席に座った。

 隣の人は一人旅を楽しんでいる男性らしく、気さくに話しかけてきた。彼の隣にいれば、退屈はしないだろう。金髪碧眼のラジェルナ人らしい彼は、四十代かそれ以上の中年男性だ。

 シェリーが今どうしているのか、気がかりでならない。首都に着いたら手がかりはないから、また聞き込むしかない。それで見つからなかったら?

 クライドは緊張感と戦い続けていたが、男と話すことによって気を紛らわせた。窓の外には、小さくなっていく灰色の街が見える。

 ヘリコプターと違って騒音が聞こえないので、飛行中はかなり快適だった。冬のリヴェリナにも小型機で行ったが、大型機は格段に揺れが少ない。同じ空を飛ぶ乗り物でもこんなに乗り心地が違うのかと驚く。

 客室乗務員がワゴンに乗せて運んできた紅茶を飲みながら、クライドはカフェ・ロジェッタを思い出して憂愁に浸る。こうしている今も、シェリーが危険にさらされている。そして、こうしている今もハビがどこかで人を殴っているのかもしれない。

 一人旅の男とアンシェントの話題で盛り上がっていれば、三時間がすぎるのはあっという間だった。着陸の時に空港の滑走路が見えたが、行きに見た景色とは大分様子が違っている。陽炎の向こう側に海が見えて、水平線沿いにまるで壁のように高層ビルが立ち並んでいるのだ。

 ラジェルナの首都、ヴァル・セイナについたことを実感する。ラジェルナも先進国のひとつだから、都会には人と建物と交通機関がひしめき合っている。考えるだけで目が回りそうだ。

 隣に座っていた気さくな男と別れて、クライドはノエルと合流して飛行機を降りた。最初に発ったスウェント国際空港も、とても綺麗だったし洗練された感じがした。しかし、このヴァル・セイナ国際空港はスウェントを遥かに凌ぐスケールで、クライドは暫く圧倒されていた。

 透明感あふれる設計の空港は、スウェントの五倍ぐらいの大きさはあると思う。中央ロビーの天井はビル並みに高く、そこから多方面へ向かう通路が延びている。更に上があるのだ。通路には間接照明が施してあり、何だか交通機関の中継所というよりかはリゾートホテルにいるようだった。クライドはそういう場所に行ったことはないが、テレビでならみたことがある。

 色々な制服の客室乗務員が、色々な国の言葉で話しながらクライドとすれ違っていく。すれ違う人たちを調べて出身国を書き留めてみたら、世界にある全ての国の人がここにいるんじゃないかと思うほど、空港は込み合っていた。

 一分おきにアナウンスが流れるような忙しさで、空港にいる人々の動きもめまぐるしいものだった。増して、今日はまだ夏休みの頭だ。何だかもう、ここに立っているだけで迷子になりそうな勢いだ。ちょっと眩暈がする。

「クライド、まずはカウンターに行ってみよう」

 ぼんやり立ちすくむクライドの腕を、ノエルが引っ張る。

「そうだな」

 そう答えたものの、ここで人探しをするなんて絶望的なんじゃないかとクライドは思った。けれど、シェリーは何か手がかりを残してくれるかもしれない。そんなことを想像して、クライドはなんとか挫けずに聞き込みを始めた。パイロットも客室乗務員も、すれ違った旅行客も、皆首を捻って去っていく。

 レッドライン航空の搭乗受付窓口で訊ねてみれば、一人の女性がシェリーの姿を見たと言った。シェリーとデゼルトは連れ立って、南口から出て行ったという。しかし、それだけでは情報が足りない。デゼルトとシェリーが何か言っていなかったかと訊ねてみたら、言葉が解らなかったと返された。そういえば、クライドが喋りかけているこの女性はエフリッシュ語を喋っている。

 女性にお礼を言ってノエルを探す。ノエルはパイロットを呼び止めて何か聞いていたが、暫くしてパイロットに軽くお辞儀してため息をついてた。情報はなかったらしい。

「南口からでてったって。けど、そこから先は全くわかんない」

 言ってやると、ノエルは力なく笑った。スウェントで出会ったパイロットのような、記憶力に優れた人物はいなかったようだ。ノエルの方の収穫は、ゼロだった。

「とりあえず、南口から出てみようか。そこでまた、誰かに聞いてみよう」

 彼の言葉に頷いて、クライドは南口を目指した。天井から下がっている標識に、『南口』と五ヶ国語で書いてある。ちなみに一番大きく書いてあったのは、ラジェルナの公用語であるディアダ語だった。

 しばらく歩くと、自動ドアがある。冷房のきいた空港から足を踏み出せば、熱風が頬を撫でる。一歩下がって空港に戻ろうかと思った。熱い。暑いを通り越して熱い。文字通り空気が熱そのものとして、肌をひりつかせる。ヒートアイランド現象といったか、都会では建物がありすぎるせいで熱がこもると前にテレビでやっていたような気がする。涼しい高地の、しかも田舎のアンシェントには縁のない話だ。

「空港のホテルには該当しそうな宿泊客がいなかった。そう考えると、市街地に出ていった線が濃厚だと思う」

「俺もそう思う、空港って結構郊外にあるんだよな。すぐ傍には大きい街がない」

「南口はシャトルバスの乗り場になっているから、これを使った可能性は高いと思うよ」

「ダメ元で聞いてみるか? 運転士さん」

 首都の栄えた街へと向かうシャトルバスは五分後に発車予定だった。クライドは運転士に声をかけてシェリーのことを聞いてみた。すると、ちょうどこの運転士が二時間ほど前に運転したバスに二人が乗っていたというのだ。

「女の子、可哀想なぐらい表情が死んでたよ…… 絶対何かワケアリだろうなとは思ったけど、なんだ、あの男DVでもするのか?」

「違うです、あいつは誘拐犯で…… 女の子は俺たちの友達で、誘拐されたんです」

「おいおい、冗談よせよ。お前らの方が誘拐するつもりなんじゃないだろうなあ。横恋慕はいかんぞ、こじれると面倒だ」

 完全にからかわれている、そう思ってクライドは落胆したが、ノエルは真摯な目でじっと運転士を見つめている。笑っていた運転士は、ノエルのその真顔につられて笑いをひっこめた。

「捜索願を出していますので、捜査協力を依頼されるかもしれません。僕らからも、お願いします…… 警察から要請があったら、知っていることをすべて伝えてください」

「マジなのかよ、おお怖。オーケイ、全部話す。男は携帯で何か話しながら女の子を地下鉄の駅の方へ引っ張っていった。けど、全部ったってこれだけだぞ。こんな広い街でどうやって探すんだ」

「どうやったって探すんです」

 クライドがそう答えると、運転手は気の毒そうに肩をすくめた。クライドはノエルと共に運転士に礼を言うと、バスの最後列に座って発車を待った。ほどなくしてバスは動き出し、三十分少々かけて街のバスターミナルに到着した。運転士にもう一度礼を言って別れ、クライドとノエルはバスターミナルを出た。

 見上げると首が痛くなるような高層ビルばかり並ぶ都会のこの風景は、知識が豊富なノエルにとっては見慣れた景色なのだろうか? ノエルは泰然と、驚いた様子もなく、何かを考えながら通行人の波やビル群に目を走らせていた。

 ふと、クライドはあるビルに目を留める。バスターミナルから見て北側にそびえるガラス張りのビルには、センスの良い巨大なポスターが貼られている。いや、ポスターではなく、こういうものはラッピング広告というのだとどこかで見たことがある。ここから徒歩でいけそうな距離にあるそのビルを飾るのは、鳶色の髪をした理知的な少年だ。どう見ても、あの緑の目はノエルだった。

 隣に立つノエルを思わず見れば、彼は逆の方向にある商業施設を観察していた。その横顔と、ポスターを改めて見比べる。

 洗練された都会のビルに良く似合う、白と黒のコントラストがシックでクールなデザインだ。キャッチコピーの文字は黒、背景は白っぽい。全体的に低彩度に加工された写真の中で、瞳だけが新緑の輝きを放っていた。やや加工されて、緑の彩度がより印象的に強められている。写真の中でノエルは何というか妖艶に微笑していた。こんなノエルをサラが見たら、顔を赤くするだろう。そっと携帯を取り出してシャッターを切る。喧騒に紛れてシャッター音はノエルに聞こえていないようだ。

 まだ静止が入らないので、クライドは改めてビルのラッピングを見た。半裸でシーツにうつぶせになって、左手で眼鏡を外そうとしている構図はなかなか大胆だ。写真や文字のデザイン技術からも、ノエルの髪形や表情からも、素人臭さが感じられない。ピントは彼の顔に合っているから、腰のあたりまで入った彼の身体は少しぼやけていた。普段骨っぽいことを気にしているその痩躯は、多少加工で盛ってあるのかもしれないがあまり気にならない。

「わ、ちょっと、クライド。やめて、注視しないで」

 ノエルはビルを見ているクライドにやっと気づいて、慌てて腕を引っ張った。少しよたつきながらも、クライドはノエルを見る。

「何で? お前すごいよ」

 痩せすぎてさえいなければ、ノエルはとても良いモデルになると思う。彼は微笑が武器なのだし、去年の瓶底眼鏡以外は服装や小物の全てにおいてファッションセンスが高い。

「僕は医者だよ。モデルなんかもう二度とやらない。絶対にね。はやくあれ剥がして貰いたいよ」

 ノエルがここまであからさまに嫌悪感を丸出しにすることはあまりない。よほどモデルが嫌だったのだろうと再認識するが、あの妖艶な微笑はちょっと意外だった。

 ノエルは、与えられた仕事は完璧にこなす。だからこんなに嫌がっているモデルの仕事だって、たった一度とはいえ完璧にこなしていたようだ。撮影の時に、ノエルはおそらくサラのことでも考えていたのだろう。でなければ、あんなに優しげな、かつセクシーな微笑は出せないと思う。

「シェリーを探すよ、僕のポスターじゃなくて」

 少し照れた様子のノエルは、キャリーカートを引きながら周囲を見渡した。クライドも辺りを見て、長時間ここに留まっていそうな人を探す。

 しばらく探し回っていると、さすがに疲れてきた。汗が肌を伝う感触が気持ち悪くて、クライドはバッグから出したタオルで額を拭いた。ノエルは何食わぬ顔をしながらも、長袖を肘近くまでまくっている。彼にしては珍しいことだ。

「見つからないね。見当もつかないし」

 げんなりした声でノエルは言う。クライドも頷きながら、コンクリートでできた都会の地面を恨んだ。蒸すような暑さと、肌を焼くようなじりじりとした暑さが同時に襲ってくる。かなり喉が渇いてきたが、水は持っていない。高いビルがあるだけで木陰の一つもないなんて、都会人はこんなところでよく生きていける。

「何かないのか? 良い方法」

「地道に聞き込み。それが今出来る最良の手段だよ。地下鉄の駅のほうって言ってたけど、その方角にはハイウェイバスの乗り場もあるし私鉄の駅もいくつかある…… 人探しの魔法、ないのかな。魔導書を電子化して持ってくるんだった」

 顔を上げて空を睨んでいるノエルを見つつ、クライドは思う。白い。色が白い。本当に、ノエルは病弱そうな肌色をしている。骨ばった手足に、肋骨が浮いた腹部。彼はいつか栄養失調で病気になると思う。医者の不養生ということわざを聞くと、真っ先にノエルのことが思い浮かぶ。

「倒れるなよ」

「君の方こそ。貧血起こしたりしたら、寝るところないからね」

「そうだよなあ…… じゃあ、涼しくなる想像」

 想像する。ひんやりとした風が肌を撫でて、このじりじりと焼けるような肌の熱を奪っていくところを頭に思い描いた。想像は上手くいったが、頭がくらりとした。体が重くなったように感じ、クライドはついその辺りのビルに寄りかかってしまう。

「……もしかしたら、魔力弱まってるのかも」

「ちょっと、言ってる傍から無理しないでクライド。休もうか」

「いや、シェリーがデゼルトに何かされる前に見つけなきゃ。休んでるわけにはいかないんだ」

「そうは言っても、君の身体が心配だよ」

「大丈夫だって。想像しなきゃ平気なんだ」

「辛くなったら絶対言って。グレンもアンソニーもいないのに、君までいなくなったら僕は困る」

 そういわれて初めて、クライドはノエルが自分と同じ気持ちであることに気づいた。ノエルだって、グレンとアンソニーがいないことを勿論気にかけているのだ。考えてみれば当然だ。シェリーと出会うずっと前から、クライドたちは四人で一緒にいたのだから。

 ノエルのことを考えてやれなくてすまないと思うと同時に、飛び出していった二人のことを思う。今頃彼らも、ここでシェリーを探しているのだろうか? それとも、まだスウェントにさえたどり着けずにいるのだろうか。早くシェリーを見つけて、彼らと合流しなければ。

 元はクライドについてくるという名目で町を出た仲間達は、今はそれぞれ全く違う目的でいる。シェリーは訳もわからず連れ去られ、グレンはクライドに失望し、アンソニーはグレンをサポートする側に回り、ノエルはいなくなった仲間たちのために必死だ。

 こんなことなら町を出る時に独りでくればよかったとクライドは思う。もともと、シェリーもグレンもアンソニーも、そして隣にいるノエルでさえもこの件には関係ないのだ。

「なあ、ノエル」

 声をかけた瞬間、何人かの少女がノエルに駆け寄ってきた。全員クライドたちより年下のようだが、ノエルを見て恍惚としている。一体何事かと思い、クライドはノエルと少女達を見比べる。

「ねえ、もしかして貴方って『HoLLy』の人? 本物の!」

「だよね、だよね! 凄い凄い、一緒に写真撮ってください!」

「私もお願いしまーす!」

「あ、ずるい! 私も!」

 あっという間に少女達に囲まれたノエルは、彼にしては珍しいことにあからさまな嫌悪感を顔に出していた。ノエルとの距離を詰めようと一歩前に出ると、少女が割り込んできてクライドをにらみつける。その形相に思わずひるむと、もう二人か三人ぐらいクライドとノエルの間に入ってきた。

「困ります。人探しの途中なので、僕はこれで」

「きゃー! 声も格好いい!」

「急いでいるので通してください」

「クールなのね! ますます素敵」

「ちょっと、通してください」

 ノエルの迷惑そうな声が、次第に苛立ちを含んだものに変わっているのをクライドは感じ取った。少女達は黄色い声を上げながらまだノエルを取り囲んでいる。野次馬はどんどん増していった。このままでは不味いので、クライドはまだギリギリ届く位置に見えていたノエルの手を取って逃走を試みた。しかし、伸ばした手は野次馬の誰かに振り払われ、クライドは突き飛ばされて転ぶ。

「……ノエル!」

「クライド、どこだい?」

 ノエルの返事は遠くから聞こえた。困ったことになったと思い、クライドはすぐに立ち上がって人垣を追いかける。女の子たちは組織的な結束を感じさせるほど、息ぴったりでノエルを囲い込んでいた。小柄なノエルは流されるように、『HoLLy』専門店の方へ向かっている。何度も女の子を振り払ってこちらに来ようとするノエルを、女の子たちが押し流していく。彼女たちの黄色い悲鳴に交じって、ノエルがクライドを呼ぶ声も聞こえた。

 追いかけたのだが、不意に目の前の信号が変わる。赤信号に向かって駆けだしたクライドめがけて左折の車が突っ込みかけ、激しいクラクションと共にブレーキ音が響いた。クライドは寸でのところで後ろに飛びのいていたから、事故には遭わずに済んだ。エルフの瞬発力がなければ多分、跳ね飛ばされて骨の二本や三本は粉砕されていただろう。

 立ち上がってみると通行人の目が恥ずかしくて、クライドはうつむいて信号を待った。焦燥感がこみ上げる。クライドが事故に遭いかけている間に、もうノエルは『HoLLy』のビルへと流されきってしまったのか見えなくなっていた。

 信号が変わる。クライドは走って横断歩道を渡りながら、『HoLLy』ビルへ向かう道を探す。横断歩道ではなく地下道を通らなくてはならないことに気づいて足を止めて方向転換をすると、クライドはまともに通行人の男性の胸へと飛び込んでしまった。うっすらと上品な薔薇の香りがした。よろけてたたらを踏めば、相手に腕をつかまれる。どうやら彼は、クライドが倒れないように腕を掴んで支えてくれたらしい。

「す、すみませ…… え?」

 体制を立て直しつつ顔を上げると、見知った長身の男が優美な笑みを浮かべて立っていた。

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