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第十話 門出の宴

 宴会場はリヴェリナの町立で、主に漁師が豊漁祭のあとで酒宴をやるときに使うところらしい。他には学生たちの歓送迎会等でも使うし、時には葬式などでも使うという。この町の宴会場は、ただ一つなのだ。

 勿論、今回の宴会でも漁師達が大量の酒を飲むらしい。漁師は皆、かなりの酒好きだと思う。頭から大量に酒を浴びせかけられたことを思い出す。

「あ、見て! あのホテル、格好良い」

 リゾートホテルと思われる施設を指さして、前を歩くアンソニーがはしゃぐ。紺色と白が基調なのでアンシェントの伝統的な建物とカラーリングが似ているが、エントランスに軍艦の模型のようなものがライトアップされていた。どちらかというと海軍をイメージした建物なのだろう。軍艦のすぐそばにあるのは、南国の白い花を浮かべた噴水だ。この港町にしては、なかなかお洒落だ。

「本当だね、トニー。ちょっと海軍っぽいデザイン」

 シェリーはそう言って興味を持ったようにそちらを見る。

「そういえば、ノエルの父さんってデザイナーなんだろ? 家のデザインやったのって自宅の一回きりだって言ってたけど、他にどんなものをデザインしてるんだ?」

 シェリーの『デザイン』という言葉で思い出して訊ねてみると、ノエルはにっこりと笑って頷いた。ノエルの父は、鳶色の長めの癖毛に無精ひげという、いかにも芸術家らしい風体の小柄な男性だった。ノエルは父親似で顔立ちや体つきがそっくりだから、ノエルに無精ひげを生やしてみたらこうなるのかと妙な感覚に陥ったことを覚えている。

 ノエルの父は、二十年近くアンシェントに住んでいるが未だにディアダ語が得意ではない。きっと普段から、家族とは母国語で喋っているからだろう。

「ファッションデザイナーだから、普段はアパレルとかジュエリーかな。実はこの眼鏡、父さんが作ったブランドの限定モデルなんだ。世界に二つだけしかない型で、片方は父さんが使っているんだよ」

「へえ。珍しいデザインだと思ったら、そういう理由だったんだ?」

 ノエルの言葉に、アンソニーが驚いている。確かにそれは普通の眼鏡に比べると、うまく言えないがファッショナブルだ。風に軽やかに舞うような流線形を描いているが、大筋は普通の眼鏡のフレームラインを採用しているのか無駄に顔から浮くことはない。良く見れば、テンプルの一部に何か文字が刻まれていた。

「ちなみに、それは俺らでも知ってるブランドか?」

 グレンが訊ねる。ファッション関連の話題には興味をひかれるらしく、シェリーとサラもノエルをじっと見ている。

 ノエルは相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、クライドたちに向かって言った。

「いずれバレるから言うけど、『HoLLy』って聞いたことないかい?」

「は、まじかよ。聞いたことない人、いないと思うぞ…… 創立者ヴィクトル=ハルフォードって、名前はそりゃ聞いたことあったけど。デザイナーとおなじ苗字だなとしか思わなかった」

 グレンが引きつった顔で笑った。クライドも、一瞬何を言われているのか解らなかった。そんな、まさか。ノエルと知り合ってもう四年がたとうとしているというのに、今までそんなことも知らなかったなんて。

 『HoLLy』は、すっきりしたデザインが人気の一流ブランドだ。世界的に有名なブランドで、都会に行けば専門店もあったりするらしい。前に、テレビのニュースで『HoLLy』のショップに行列ができているところを見たことがある。クラスメイトに『HoLLy』の専属モデルになりたいという女生徒がいたことを、ちらりと思い出した。

 クライドはブランド品にはあまり興味を持たないが、前にノエルから誕生日プレゼントでもらったハンカチが『HoLLy』だったことがあった。しかしあの時点で『HoLLy』がノエルの父が作ったブランドだと解ることが出来ていたら、それこそ奇跡だと思う。

「ノエルのお父さんが?」

 頓狂な声をあげるサラは、ノエルをまじまじと見つめている。身長が近い二人だが、ノエルのほうがわずかに高いので、サラはほんの少しだけノエルを見上げていた。

「そんな凄いこと、教えてくれないなんて…… 言いふらしたりしないのに」

「君を信頼していなかったんじゃなくて、色眼鏡で見られたくなかったんだ。有名デザイナーの息子としての僕じゃなくて、僕が僕自身の努力で築いた中身だけ見ていてほしかったから」

 残念そうに言うサラに向かって、ノエルは微笑みかける。グレンがにやにやと笑い、ノエルの肩口を小突く。小突かれたノエルはよろめき、何が何だか解らないといった表情でグレンを見上げた。

「みんな撤収するぞ! 我らがノエル大先生には、言葉を尽くす時間が必要なようだ」

 ふざけた口調で言いつつ、グレンは行ってしまう。アンソニーが慌ててグレンの後を追った。クライドもグレンたちを追いかけながら、ちらりとノエルを振り返って微笑む。うまくやれよと視線で訴えて、それきり彼らのことは気にせずにずんずん先に進んでいった。

 宴会場までの長い道のりを、クライドたちは歩いた。後ろから来る二人のことで盛り上がりながら歩いていたが、唐突にアンソニーが声を上げた。

「ねえクライド、先に行こう」

 視線の先には並んで歩くシェリーとグレン。クライドもうなずいて、アンソニーと一緒に独り者同士楽しくやることにした。

「グレン、ブリジットたちに会ってこいよ。きっと驚くぞ」

「え? ……ああ、サンキュ」

 グレンは素直に笑うと、恥ずかしげもなくシェリーの手を握る。真っ赤になるシェリーが可愛いと思いながらも口には出さずにおいて、クライドはアンソニーと二人で並んで歩く。

 どちらからともなく競争したりエアーバスケをたしなんだりと、子供っぽいことをしてふざけているとアンソニーが笑った。

「僕さあ、彼女できるといつも『思ったのと違った』って言われるんだ」

「そんなもんだろ。俺だって大体振られるから、きっと毎回そう思われてる」

「だけど地味に傷つかない? 思ったのと違ってる方がきっと本当の僕なのに、本当の僕は好みじゃないなんて。そもそも君の思う僕ってなに? って感じだよね。もうしばらく彼女いらないや、頑張って合わせたって結局ダメになるんだから」

 投げやりにそういうアンソニーは、足元に落ちていた瓶のふたを勢いよく蹴った。路地裏に消えていく鈍色のふたを見送りながら、クライドは肩をすくめる。

「わかるよ。俺それでグレンに乗り換えられたこともあるから。グレンはOKしなかったけど」

「うわ、きっつい! 僕の方が全然ましだった」

「あー。古傷がいろいろ思い出される」

「ごめん! カバディしよ!」

「そうしよう」

 真面目くさって返答すればアンソニーは笑って、両手を広げて無駄に真顔でカバディを唱え始めた。真剣な顔でやられるものだから、呪術めいたものを感じて面白くなる。彼と二人でいるとやっていることがいちいち子供のようで、擦り切れた心を思い出さないようにするには却ってそういう行動が良いように思えた。

 アンソニーとふざけていると宴会場が見えてきた。必要以上に子供っぽい動作をするのは、息抜きにはよかった。さすがに女の子がいるところで鬼ごっこの真似事をしたりカバディを連呼したりするのは恥ずかしいが、アンソニーと二人きりなら悪ふざけが楽しい。

 やがて宴会場につく頃には、微妙に落ち込んでいた気分もすっかり晴れていた。宴会場の入り口で、漁師が何人か手を振っている。大きく手を振り返すと、彼らが駆け寄ってきた。ジャックとジェシーだ、この二人はやはり仲がいい。

「スーさんはもう宴会を始めてるよ。早く、早く」

 去年よりも随分と日焼けして、小麦色になったジャックが言った。頷く暇さえ与えられずに、クライドとアンソニーは宴会場に連れられる。ドアをくぐると、空気が異常にアルコール臭かった。もう酒を始めているらしい。

 歌ったり踊ったり、漁師はとにかく楽しそうだった。騒がしい宴会場の中には、酔っ払って真っ赤になった漁師がちらほら居た。立食形式らしいテーブルには海の幸がずらりとならび、生きたままで刺身にされた大きなエビが触覚を動かしているのが見える。一瞬ぎょっとした。食べられるのだろうかと思ったのだが、その瞬間に誰かがそのエビの背中から新鮮な身を取って食べる。ちょっと気味が悪いと思ってしまった。

 壁際に椅子が並べて置いてあったが、さっそく泥酔して眠りこけている漁師らしき姿も見えてクライドは呆れた。大人になってもこういう風に潰れる大人には絶対になりたくない。

「クライド! トニー! 待ってたよ、こっち!」

 そう言いながら、壁際の椅子から立ち上がって手を振っているのはエディだ。一瞬、その声の低さに驚いた。この短い期間に、声変わりをしたのだろう。前に見たときよりも背が伸び、日に焼けたエディは、いくらか男らしくなっていた。それでも、少年らしい笑みは去年と全く変わっていない。クライドはエディの隣に歩み寄り、彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「久しぶり、元気だったか?」

「皆勤賞! すごいでしょ、胃腸炎が流行った時もセーフだった」

 言いつつ、エディはグラスに入った液体をぐいっと飲み干す。一瞬酒かと思ったが、それはただのリンゴジュースだった。近くに、まだ中身が残っているリンゴジュースの瓶があった。

「ね、他の皆は?」

「エディ君。それは大人の事情というものだよ」

 ふざけてそういってみる。するとエディは笑い、クライドの肩口を小突いた。

「クライドたち、まだ大人じゃないじゃん」

「まあな。大人じゃないけど、子供でもないだろ。ちなみに、ノエルとグレンはそれぞれの彼女とじゃれてるぞ」

 少しの皮肉を込めて言うと、エディはぐっと後ろに仰け反ってため息をついた。アンソニーは苦笑しつつ、エディの隣に座って勝手にリンゴジュースを飲み始める。

「グレンは前回いろいろ見せつけてくれたけど、ノエルもついにサラと付き合い始めたんだね。僕、まだ誰ともつきあったことないよ」

 実際にはまだノエルとサラは頑なに絶妙な距離感を保っているということを、クライドはあえて言わなかった。アンソニーもにやにや笑いながら同意しているので気持ちは同じだろう。

「でもエディ、好きな人はいるんじゃないの? ノートに名前が書いてあったよね? カ…… カー…… なんだっけかなあ」

「ちょっと! やめて!」

 エディはたちまち顔を真っ赤にし、アンソニーの口をふさごうとした。そういえば去年の旅のとき、アンソニーが笑いながら『エディのノートの隅の方に女子の名前が書いてあった』と言っていたのを思い出した。いつだったか、雑談中のことだったので詳しくは覚えていないが、もしこの歳で一年以上にわたる片思いを経験しているならエディもなかなかませている。

「あれ? エディ、顔真っ赤だよ? それお酒?」

 けらけら笑いながら、アンソニーがエディをからかった。クライドは笑いながらそこらにあったコップを勝手に使って、テーブルにあった炭酸飲料を飲んだ。

「煩いなあトニー! もう、いいじゃんそんな話題。ね、食べよ!」

 アンソニーの言葉を適当にはぐらかし、エディはテーブルの上にあった酒のつまみを口いっぱいに頬張った。クライドは笑いながら、スタンリーの姿を探す。すぐに彼は見つかり、クライドと目が合って遠くのテーブルから手を振ってくれる。しかし、彼にはちょっとした変化があった。右目に、白い眼帯をつけているのだ。クライドは立ち上がり、彼の傍に行った。

「お久しぶりです」

「おう。良く来たな」

 全くいつもどおりに、スタンリーは言った。小麦色に日焼けした筋肉質の彼は、宴会場を眺め回して嬉しそうに笑っている。そんな彼に近寄ると、ちょっと酒臭かった。

「右目、どうかしましたか?」

「ああ、これか。獲ったマグロの尾が当たったんだ。もう二度と見えないが、まだやっていける」

 それを聞いて、クライドは言葉を失った。失明? そんな。

「片目になって分かったが、世界には意外と奥行きがあったんだな」

「それでも、漁師を続けるんですか?」

「愚問だな。当たり前だ、俺は海に生きて海に死ぬ。漁は俺の生きがいだ」

 そういえば、漁師の一人に片足を引きずっている人が居たのを思い出す。足が悪くても、目が見えなくなっても、漁を続ける。そんなリヴェリナの漁師が、クライドにとって素晴らしいものに思えた。自分の仕事に誇りを持ち、生きがいに思う人はそうそう居るものではないのではないだろうか。

「頑張ってください」

 言うと、スタンリーは大声で笑ってクライドの頭を撫でた。何だか父に撫でられているみたいで、クライドは苦笑した。いつだって、子ども扱い。クライドだって来年からはもう学校を卒業し、ある程度大人として扱われるようになるというのに。

「クライドー、この魚美味しい! 早く来ないとなくなるよ!」

 アンソニーが本当に嬉しそうに笑いながら、焼き魚の料理を食べていた。クライドは苦笑し、スタンリーを見た。スタンリーは右目の眼帯をいじりながら、クライドの背をとんと押した。

「ほら、行ってこい。今日は楽しんでいけ」

「ありがとうございます」

 スタンリーに会釈し、クライドは立食式テーブルの近くにちゃっかり椅子を準備していたアンソニーの隣に座った。エディの母が、リンゴジュースの瓶をテーブルに補充し、クライドににっこりと微笑みかけてくれる。微笑み返すと、エディの母は忙しそうに他のテーブルに駆けていった。

 近くのテーブルで、大声を上げて歌いながら踊りだした漁師が居た。それをみて、エディが腹を抱えて笑い転げる。

「あはは! みて、ジェシーの踊り」

 確かに、見ていて笑えた。調子はずれの歌に、酔ってへろへろした動き。いつもしている赤い鉢巻は、今日に限って腹巻にされている。いつもの精悍な様子はどこへやら、裏声を張り上げて白目を向いている姿は即座にクライドの笑いのツボを刺激した。靴はどこかに脱ぎ捨てられていた上に、靴下は片方しかない。もう片方はどこかと探すと、空き瓶にかぶせられていた。クライドもエディと一緒に笑い転げ、腹筋がつりそうになりながらもなお笑い続けた。

「てめえらも酒のみな、ほら」

 言われて振り返ると、口許に酒瓶を押し当てられて驚いた。押し当てている漁師はかなり酔っ払っていて、目がとろんとしていた。クライドはとりあえず、酒瓶を押し返した。栗色の髪をしたハワードは、つまらなそうに自分で酒を飲んだ。

 横を見れば、アンソニーが別の漁師に酒を呑まされかけていたところを、間一髪で救われているのが目に入る。

「未成年者にお酒をすすめちゃだめよ、ハワード。クライド、飲んじゃだめ」

 そんな厳しい声に振り返ると、アンソニーが余分にもってきていた椅子にブリジットが座っていた。微笑むと、ブリジットも微笑み返してくれた。

「おぉブリジット。相変わらず綺麗だなあ」

 にやりと口の端を上げ、ブリジットに擦り寄ろうとするハワードは、完全に酔って理性をなくしているようだった。ブリジットはハワードをやんわりと押し留めるが、ハワードはブリジットの頬に手を添えた。

「俺と」

「おい、手を離せ。俺の妻だ」

 何かいいかけたハワードに、鋭い声が飛ぶ。声の主はイノセントで、彼はハワードを冷たい目で見下ろしていた。物凄く怒っている。近寄るだけでナイフが飛んできそうだ。

「ちっ。なぁんだ、いたのかよお…… なんだっけ、そう、イモ。イモセント。お前、漁師向いてるよ…… こええもん」

 ハワードはろれつの回らない言葉を無造作に並べると、瓶の酒を一気に飲んだ。そして、大きく息を吐いたかと思うとその場に寝転んだ。クライドは唖然として彼を見るが、イノセントは彼に構わずにハワードの上をまたいで通っていく。そして、ブリジットの隣に椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。

「さっき絡まれたばかりだろう」

「もう。だってハワード、私の大事な従弟にお酒飲まそうとしたのよ?」

「傍を離れるな、危険だ」

「……心配してくれているのね。ありがとう」

 イノセントは、テーブルの上にあったコップで透明な酒を飲んだ。それはこの辺りで作られた酒らしく、瓶のラベルに「リヴェリナ銘酒 ヴァルガド」と書いてあった。酒を飲むイノセントを横目でちらりと見て、ブリジットは小さくため息をつく。

「飲みすぎないで、イノセント。貴方、酔っ払っているの見た目で分かりにくいんだから」

 ブリジットの忠告を聞いているのかいないのか、イノセントは透明な地酒を一気飲みしている。小さくため息をついて、自分の腹を撫でるブリジット。しょうがないパパねえ、という心の声が聞こえてきそうだ。

「あれえっ? ブリジット、何そのお腹」

 驚いたような声に振り返ると、漁師達の乱闘に巻き込まれかけていたアンソニーが、どうにか抜け出してブリジットを見下ろしていた。ブリジットは微笑みながらアンソニーを見上げ、イノセントはアンソニーを微妙に睨んだ。どうやらイノセントは、アンソニーをまた酔っ払った漁師だと勘違いしたらしい。

「赤ちゃんよ」

「へえ、凄いや! 男? それとも女? 今何ヶ月? いつ産まれるの?」

 物珍しげにブリジットを眺め、質問攻めにするアンソニー。何から答えて良いのか解らないようで、ブリジットは困ったように笑いながらイノセントを見た。イノセントは俺に振るなとでも言いたげに眉を顰めている。

「女の子よ、トニー。十月の終りに産まれる予定なの」

 ブリジットはにこりと微笑んだ。

「なんか、女の人って凄いね」

 輝かしい笑顔のアンソニーを見て、クライドもつられて微笑んだ。

 まるで時間の感覚がないかのような空間で、酒宴は続く。ブリジットやイノセントは、遅くならないうちに帰っていった。妊婦が宴会場に長時間いるべきではないと思うし、名残惜しかったがきっと明日もまた会えるのでクライドは笑顔で二人を送り出した。

 確かにイノセントは全く見た目に酔いが現れないタイプのようだが、ブリジットの腰をしっかり抱き寄せて歩き始めたのを見てあれは相当酔っ払っているとクライドは確信していた。

 クライドの隣ではしゃいでいたアンソニーは、疲れたのかテーブルに突っ伏している。良く見れば辺りには同じような状況の漁師がたくさんいて、クライドは少し笑ってしまう。これでは、まるでアンソニーが酔って寝ているおやじの仲間入りをしているようではないか。

「クライド、あたしそろそろ帰らなきゃ。サラの家の門限、厳しいから」

 テーブル二つ分離れた場所から、シェリーが言う。彼女の長い髪は、なぜかゆるく編まれている。おそらく、女の子同士で髪をいじりあって遊んでいたのだろう。何だかほほえましい。

「そっか、シェリーはサラの家に泊まっていくんだったよな。じゃあ、また明日会おう」

「うん、おやすみ」

 シェリーは、髪をおだんごにしたサラと連れ立って宴会場を出て行こうとする。壁際に凭れて座ったまま手を振って送り出すグレンだが、ノエルはすっと立ち上がった。

「クライド、二人を送ってくるよ。夜道に女の子だけじゃあ、危ないからね」

 さすが、ノエルは紳士だ。クライドは、二人の姿を見てそこまで気が回らなかった。宴会場は明るくて華やいでいるので、外がもう真っ暗であるということを忘れていたせいでもあるかもしれない。一緒に行こうかと思ったが、クライドがいればノエルとサラが二人きりになるタイミングを奪うことになりかねない。

 そう思ってノエルを送り出そうとすると、グレンがクライドの隣で立とうとした。しかし、ノエルは慌ててグレンを再び座らせる。

「あぁ? あんだよ……」

「君はいい、かえってお荷物だ」

「歩けるって…… いって」

 なるほど、よろけて酒瓶に躓いたグレンの周りには酒の瓶が何本も転がっている。まさか飲んだのだろうか? 漁師が飲み散らかした瓶かもしれないが、グレンなら飲みかねないと思う。

「ね。それじゃ、僕は行く」

「……おう、いってらっしゃいノエル」

 クライドは苦笑気味にノエルを送り出す。グレンが壁に凭れてうつらうつらしているのを見て、ため息をついたノエルは仕方なさそうに肩をすくめてクライドに向かって手を振った。そして、待っていた女の子二人に合流して歩き始める。

 さて、後には何だか微妙に白けた雰囲気が残る。クライドは完全に酔っているように見えるグレンと、突っ伏したアンソニーを見てため息をついた。夏休みはまだ始まったばかりだが、早速こんなに疲れてしまっている。まあ、一日ぐらい羽目を外したっていいか。だが、話し相手がいないのはつまらない。

 漁師達は楽しそうに飲み、食い、踊っていた。そんな中に、エディも混ざっている。宴会場にいる人間の三分の一ぐらいが、既に泥酔しているか疲れきっているかでその辺りに突っ伏したり寝転んだりしている。クライドは用意された魚料理を食べながら、一人寂しくノエルの帰りを待った。

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