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4.このままではダメだわ……

 翌日、香はおまじないの効果が現れるのをワクワクして待った。けれど、なんの兆しもなかった。それどころか見合いに備えて、日曜日に買い物へ行くと母が言い出した。


 香は部屋に駆け戻ると、次のおまじないを探した。

 習字紙に縁切りの呪文と花太郎の名前を書いて、竈で燃やす。


「げほっ、げほっ。お香さん! そんなに紙を燃やさんでください。ご飯が煙臭くなってしまう」


 三十枚ばかり燃やしたところで、おトラおばばに叱られて台所を追い出された。残りの二十枚は、どうしたものかと途方に暮れる。悩んだあげく、解決策をひらめいた。


 多恵から借りていた、おまじないの本から縁切寺の住所を探し出し手紙をしたためる。それを残った二十枚の紙と封筒に入れて、ポストへ投函。

 香は足取り軽く家に戻り、少し燻されたにおいのするご飯を美味しく食べた。


 さらに翌日。まだ兆しは見えなかった。

 香は朝から忙しく働いた。こっそりと靴や下駄をひっくり返し、箒を逆さにして回る。家を一周してくると、玄関先の靴が戻っていたので、またひっくり返す。


 近くの雑貨屋へ買い物に出かけて戻ると、また戻っていたのでひっくり返して回った。


「お嬢様、子供じゃないんだから妙ないたずらはやめてください」


 女中に叱られて、しぶしぶ諦める。


 代わりに、買ってきたお香を使ったおまじないに集中した。異国の文字で花太郎の名を書いて、お香で燻す。十分に香りが移ったら半分に破いて庭に埋める。

 夜になったら埋めようと、何十枚もせっせと書いては香りを移し、破く。書いては香りを移し、破く。


 お風呂をすませて部屋に戻ると、布団を敷きにきたおトラおばばにすべて捨てられていた。


「お香さん、あんまり紙を無駄にしてはいけませんよ。もったいない」


 香は慣れない文字を書きすぎて痛む手をさすり、飴玉をなめて自分を慰めた。


「ゴミの中に埋めても、きっと効果があるわ」


 日曜日になっても、それらしい兆しはなにもなかった。

 街へ出かける支度をしながら、香はさり気なく言ってみた。


「わざわざ新調しなくても、いいんじゃないかしら? もしかしたら……無駄になってしまうかも知れないし」


 母は香の髪のリボンを整えながら答えた。


「無駄にしないよう努力なさいな」


 百貨店で買い物をしている間中、小言を聞かされ、家に帰ると香はぐったりと横になった。


「このままではダメだわ……」


 香は重たい体を起こし、おまじないの本を開いた。


「もっと強力なおまじないじゃないと」


 本を貸してもらったとき、多恵に、これだけはやめなさい、と言われていた依り代人形のおまじない。念を込めて、縁を切りたい人間の名前を仕込んだ人形を作り、その首をちょきんと切り落とす。


 考えただけで背筋に虫が這うような恐ろしさを感じる、おまじないだった。

 さすがに香も躊躇いを覚える。けれど、吊り下げられた真新しい洋服に背中を押されて意を決した。


 裁縫箱とはぎれを入れた箱を持ってきて生地を選ぶ。


「ど・れ・に・し・よ・う・か・な。花太郎だから花柄にしましょう」


 香は赤い花模様の入った着物生地を選ぶと、胴の長い大の字の形に二枚を切った。


「お見合いが壊れますように。お見合いが壊れますように……」


 ぶつぶつと繰り返しながら、二枚を縫い合わせて中に綿と花太郎の名前を書いた紙を詰め込む。刺繍で目と口をつけると、立派な人形になった。


「出来た! さあ、切るわよ……!」


 香は裁ちばさみを手にすると、掲げた人形の首にあてがった。

 手がふるふると震える。

 人形のつぶらな瞳と目が合う。手から力が抜けて、香ははさみを取り落とした。


「うぅ……ダメだわ。可愛く作りすぎてしまったわ。もっと憎たらしく作らなきゃ」


 香は花柄の人形を文机に置くと、生地を選び直した。

 夕食のあとも精魂込めて人形を作る。気づけば文机の上には六つの人形が並んでいた。

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