2.お多恵ちゃんがいれば百人力ね!
多恵の部屋へと移ると、香は涙ながらに母から言われたことを話した。
多恵は香から渡された釣書を見ながら言う。
「あら、長崎医専に進学されたの? 立派な方じゃない」
香は顔をしかめ、首を振って答える。
「ほむがむんむ、んむむうむんぐむ」
「そう……まったく分からないわ。食べてからお話しなさいな、お行儀の悪い」
香はうなずくと、手にしたフォークでカステラを切って二口目を口に入れた。
二切れのカステラをぺろりと平らげる。香は空になった皿を満足げにテーブルへ置くと、紅茶で喉を潤し、懐からレースのハンカチを取り出した。口元を軽く拭って、そのままハンカチを握り締めると、切々と訴えた。
「よく見てちょうだい。中学を退校処分になって、私学に転入しているでしょう? きっと、よからぬことを行って追い出されたんだわ。後輩からお饅頭やお団子を徴収したり、先輩の大福を盗み食いしたり……おせんべいを狙って、用務員室に侵入したんじゃないかしら!?」
「ずいぶんと知恵の回るドラ猫ね、それは。あなたとお似合いじゃないかしら?」
香の目にじわりと涙が浮かんできた。椅子から立ち上がると、多恵の足元にすがりついて言う。
「結婚したら、私も虐げられるんだわ。女学校のお姉さま方が、そんな話をたくさんしていらしたもの。きっと私の大福を取り上げたり、夜なべして鶏のお世話をさせたり、真冬にタケノコを探しに行かせたり……! なんて恐ろしいの」
「夜なべして……鶏のお世話? どうして、そんなことを?」
「決まってるでしょう? 朝ごはんに卵はかかせないじゃない。毎朝、卵を産んでくれるよう、夜っびてお世話しなければならないと、おトラおばばが言っていたわ」
「……おトラさんに感謝なさいね」
「ええ、もちろんよ。でも、私には到底、真似できないわ! お多恵ちゃんだって、私と会えなくなるなんて望まないでしょう?」
「そうねぇ……」
多恵は、香の手からハンカチを取り上げると涙を拭いてやった。
「でも、遅かれ早かれ、いつかはそういう日が来るのよ」
「そんなこと言わないで、お多恵ちゃん」
香はぽろぽろと大粒の涙をこぼして、多恵の手を握り締めた。
「私、お多恵ちゃんと、もっとたくさん遊びたいの。カフェーに行ったり、花見山のあんみつを食べに行ったり、縁日で飴細工を食べたり……街にお洋服を見に行ったり」
「……あなたのお腹には合わせられないけど」
多恵は小さく息を吐き出した。
「私も、もう少し、お香ちゃんと楽しみたいわ。なにか方法を考えましょう」
その言葉に香は歓声を上げて多恵に抱きつく。勢いに押されて、多恵は危うく椅子ごと倒れそうになった。
「お多恵ちゃんがいれば百人力ね! 待ってなさい、花太郎。あなたなんて枯太郎にしてやるから!」
「まったく意味が分からないわ、お香ちゃん」




