無力感
優平の頭の中にあったのは、恐怖ではなかった。
殴られ、蹴られ、命の危険にさらされているというのに、彼の思考は妙な方向へと広がっていた。
(もし、こいつらが死んだら、その家族はどうなるんだろうか……)
頭のどこかで、自分の考えがおかしいことは分かっている。
それでも、自身のおかしな思考は止まらなかった。
(こいつを殺せば)
(そんなの間違ってる)
(こんな奴ら生きる価値なんて)
(今死ねば苦しい思いも)
(こいつらは許せない)
(美味しいもの食べて来ればよかった)
ぐちゃぐちゃな思考の中でぼんやりと一つの結論が形づくられていく。
(今殺せば)
(問題ないよね)
「キョウエイ!その時計も袋に入れろ」
白の半袖男がそう言って、俺の腕から時計を乱暴に引き剥がす。
金属が擦れ、ぶつかる音がこの場所に響く。
(ああ……やっぱり、全部奪われるんだ……)
無情にも荷物は一つ一つ奪われていく。
「カバンの方はどうだ?」
「財布に金が少しだけだな……あ?なんだこれ」
ひょろがりの男が、財布の中から何かを取り出す。
「金の……バッチ?」
その瞬間、この目ではっきりと捉えた。
母さんの形見。
あの人が最後まで大切にしていた、あの金色のバッジ。
「…それは……!」
声にならない声が、喉から漏れる。
「返せ…」
誰にも届かないほど、か細く。
「……返せ!」
もう一度、今度ははっきりと。
「は?こんなもん返すわけねぇだろ」
ひょろがりの男が笑いながら、バッジを自分のポケットにねじ込む。
その瞬間。
俺の奥で、何かが”プツッ”と切れた。
(ああ……そうか)
(俺は、ずっと――)
体を押さえつけられ、一方的に殴られ、蹴られても、母さんの形見まで奪われても、ただ地面に這いつくばり、見ていることしかできない。
あの時と同じように。
(嫌だ……)
(もう……失いたくない)
その感情が、初めてはっきりとした形を持った。
欲しい。
取り戻したい。
奪われたくない。
ただ、それだけだった。
その願いが、胸の奥から溢れ出てくる。
そのとき――
<……力が>
頭の奥で、
<……力が欲しいか>
耳ではなく、脳に直接響くような、
<望むなら、くれてやろう>
誰かの声がした。
<お前の“願い”を、叶える力を>




