お返し
調子がいい。
イメージした通りに体を動かせる。
今まで感じたことのない未知の感覚が優平の全身を包み込んでいた。
男から仕掛けてくる様子はない。
優平も同様に、まだ仕掛けていかない。
膠着状態につき、この空間へ静寂が訪れる。
お互いに、相手の出方を伺うように視線を向ける。
シーーーーーン…………。
ッバッ!!!
この状況で先に動いたのは優平。
床を強く蹴りだし、倒れそうなほどの勢いで男との距離を詰める。
加えて、右手で男を殴ろうと拳を構える。
先ほどより数段早い動きであったが、男はただ構えを取る。
優平の射程圏内に入り拳を突き出すのと同時に、腕を取ろうと左手で先ほどと同じく、優平の右手首を狙う男。
男が手首を掴もうとした。が、
掴むことはせず、バランスを少し崩しながらも距離を取った男。
その頬には一滴の汗が流れていた。
「お前、まさか…。」
振り返る優平を見ながら、小さくそうつぶやいた男。
「あんたにさっきのお返ししなきゃ…な!!」
先ほど同様の驚異的な加速で男に向かう優平。
男の方は先ほどとは異なり、迎え撃とうと拳を構える。
間合いまであと一歩というその時、優平が仕掛ける。
急に倒れるように地面へと向かう。
ように見せかけて、両手で地面を押す。
勢いよく宙へ飛び上がり男の頭上を通り抜ける。
「曲芸かよ。」
男が嫌な顔をしつつ、振り返ると、首を掴もうとする優平の手が目の前に迫る。
バックステップで、素早く後ろへ下がる。
しかしその時、優平の指の先端が男の首元をかすめていた。
突如、その箇所で白い炎が発生する。
「この前と同じやつ…!」
この前とは違い、一瞬のみ出現したが、それでも効果があったようであると確認することができた。
男の喉元が支える力を失ったように首が前へとダレたのである。
その小さな隙を優平は見逃さなかった。
足をもう一歩踏みだし、拳を力強く握り、腕を引く。
「借りは返すぜ!おっさん!!」
男に対する怒りと、自身の不思議な力への高揚感が混じったような声を叫ぶ。
腕でガードを試みる男ではあるが、それも間に合わず、
ドムッッ!!!
優平の拳がめり込みそうな勢いで男の腹部にねじ込まれた。
「ッ…カハッ」
顔をしかめながら殴れた衝撃で後ろへ飛ばされそうになる。
ズザザザザザッ!!!!
しかし、カーペットから白煙が上がるほど、足でブレーキを掛けつつ、後ろへ流されることで衝撃を和らげたのだ。
男の体が壁にぶつかるまで、後5cmといったギリギリの場所でピッタリ止まる。
「バケモンかよ。」
「ふぅーーーー。」
深呼吸をするように、ゆっくり息を吐く男。
男にはダメージがあるようには見えない。
パンチ自体は問題なく入っていた。
しかし、優平自身にもパンチの手ごたえはあまりなかった。
それは、男の腹筋が丸太のように固く、男に効く攻撃ができたという実感はなかったからである。
「ま、ここ1年で一番ってとこか。」
余裕の表情をしながらそう言った男。
「何言ってんだお前。」
そう投げかける優平に自身の両手に身に着けていた黒い手袋を外しながら男が言った。
「ここ1年間で一番効く攻撃だったって話だよ。」
手袋を地面に落とす。
その手袋は地面に落ちた瞬間、メリメリと小さく音を立て、ところどころ一部が裂ける。
踊るように動いたあと、力を失ったように止まった。
「第二ラウンドだ。」
目の前で起きた奇妙な出来事と、力強いその言葉に、男が手加減をしていたということを実感する優平であった。




