不幸中の幸い
心臓の高鳴りを残したまま、上体起こしを行う。
「では、抑えますね!」
美波さんの太ももが優平の足を強く挟みこむ。
そして、足の甲にはお尻が乗っかり、足をがっちりと抑えられた。
優平は緊張のあまり、目をつぶって行うことを決意した。
「それじゃ、今から30秒間上体起こし始めていきますね~!よーい、始め!」
同時にタイマーを押した美波さんと、上体起こしを始めた優平。
体を起こすたびに美波さんのいい匂いがする。
なんだかいつもより、いい感じに力が入り、記録を伸ばせる予感がしていた。
「残り10秒ですよ!ラストスパートです!」
(いける!いける!)
その言葉を聞いて、さらにペースを上げる。
しかし、力を腹部へ集中的に入れたことで、目を閉じる力が緩んでしまった。
結果的に、目の前に美波さんの顔がある状態で目を開けてしまうことになる。
思わず赤面し、後ろに倒れた。
「残り5秒ですよ!」
恥ずかしさと美波さんのことで頭がいっぱいになり、もはや、心臓の音しか聞こえていなかった。
再び、力を込めて起き上がろうとするも、うまく力を入れることすらできない。
「3、2、1、終了!」
結果は、34回と10点まで、あと一回足りなかった。
だが、今の優平にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
恥ずかしさでのたうち回っていると、
「それでは一日目の体力テストはこれで終わりです!お疲れさまでした!」
そう言われ、病室へ帰らせられることとなった。
「はぁ…」
ため息をつきながら、翌日の予定を確認する。
(明日は11時からか…)
帰り道に予定表を確認していると、一つの可能性を思いついた。
(これ抜けだして、警察に行けんじゃね?)
現在時刻は18時過ぎ。
病院から警察署までなら、往復10分もかからない距離である。
そのため、抜け出して夜まで時間がかかったとしても、明日の体力テストまでの睡眠時間や着替えの時間などは確保できるはずである。
「じゃあ行くか!!」
「どこへ行くんですか?」
「うへぇ!?」
背後からの唐突な問いかけに、後ろを向く。
そこには美波さんが居た。
「急にどうしたんですか!?」
驚きはしたが、見知らぬ人ではないことに少し安心感を覚えた。
「いえ、朝の検診のことを伝えてなかったな~って思いまして!」
初耳学である。
「検診なんてのがあるんですね。」
「はい!入院中の患者さんには、毎朝担当の看護師が検診に来るんです!」
とのことらしい。
「ちなみにー、何時ごろですかね。」
「8時ですね!」
誤算である。
11時まで余裕があると思ったからこそ、夜に時間が使えるとおもっていた優平の計画が崩れる。
「あの、大丈夫ですか?」
どんどんしかめた顔になっていく優平に対して、美波さんが心配する。
「あーいえいえ!ちょっと考え事を。」
「悩んでることがあるなら、隠さず教えてください。」
なんとかごまかそうとするも、美波さんが膨れた顔で問い詰める。
美波さんから感じる圧で壁際まで押しやられる。
(ん~相談みたいな形にして誤魔化すしかないか。)
「実は、相談したいことがあって。」
優平は真剣な面持ちで言った。
「実は僕、警察署に行きたいんです。」




