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『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』  作者: とびぃ


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2-2:村長エドガー

扉の奥から現れたのは、一本の枯れ木がそのまま人になったかのような老人だった。

年齢は六十代か、あるいは七十代か。しかし、この過酷な環境で生き抜いてきた年月の重みが、彼から実年齢以上の生気を奪い、その肌をまるでなめし革のように変色させていた。

痩せこけた体に、村人たちと同じボロボロの服をまとっているが、その背筋だけは、まるでこの土地の重力に抗う最後の意地であるかのように、ピンと伸びている。顔には、乾いた赤土に刻まれたわだちのように、深く、複雑なシワが刻まれている。

そして、そのシワの奥で、両目だけが、この死んだ村で唯一、冷たい理性の光を宿していた。それは、燃え盛る炎ではなく、極北の氷河の奥で、静かに燃える青い炎のような、冷徹な光だった。

「……騒々しい。何の御用ですかな、兵隊様」

老人は、私たち、特に衛兵二人を値踏みするように見つめた。そのかすれた声には、武装した兵士を前にしても臆することのない、静かなとげがこもっていた。長年、外からの「権力」と対峙し、領民を守るために心をすり減らしてきた者だけが持つ、独特のこわさだった。

「無礼者! こちらは、バルケン公爵家、ファティマ・フォン・バルケン令嬢であらせられる!」

衛兵の一人が、王都での高圧的な態度をそのまま持ち出し、声を荒らげた。

「このたび、事情により、この地はファティマ様の所領となった! 本日より、ファティマ様はこの地でお過ごしになる! 貴様は村長であろう、名を名乗れ!」

老人は、衛兵の怒声にもまったく動じなかった。

彼は、その冷たい視線を衛兵から私へと移した。私の、泥と血で汚れ、ところどころ破れたシルクのドレスと、疲労困憊だが、なぜかその瞳だけが妙な熱を帯びているファティマの顔を、じっと。

それは、公爵令嬢に向けられる「敬意」の眼差しではなかった。

それは、嵐の前に、空模様を伺う農夫の目。あるいは、手負いの獣が、まだ息があるかどうかを見定める狩人の目。私という存在が、この村にとって「益」になるのか、それともさらなる「害」になるのかを、その氷の瞳で見極めようとしていた。

そして、彼は、ゆっくりと頭を下げた。

「……これは、ご丁寧に。私は、この村の村長を務めております、エドガーと申します」

その所作は、貴族に対するものというよりは、仕方のない儀礼をこなす、といった風情だった。

「して、ファティマ……『様』、でしたかな。そのようなおなりで、王都からわざわざ、このような『地の果て』へ、一体何をなさりに?」

その言葉には、明確な皮肉と、そしてそれ以上に深い「不信」が込められていた。

(……当然の反応、か)

この土地の人々にとって、「王都の貴族」とは、搾取するだけの存在でしかなかったのだろう。

衛兵が「貴様!」と再び声を荒らげようとするのを、私は手で制した。

「……衛兵の方。状況の説明、感謝します。ですが、ここからは私が」

「は? し、しかしファティマ様」

「もう、あなたたちの任務は終わりました。王都へお戻りください。道中、お気をつけて」

私は、きっぱりと言い放った。

衛兵二人は、一瞬顔を見合わせた。彼らにとって、私は「追放された罪人」であり、もはや敬意を払う対象ではなかったはずだ。だが、崖崩れの後の私の変わりようと、今の有無を言わせぬ口調に、何かを感じたらしい。あるいは、こんな不毛の地に一秒でも長くいたくないという本音が勝ったのか。

「……承知いたしました。では、我々はこれにて」

彼らは、まるで厄介払いから解放されたとでもいうように、安堵の表情を浮かべ、私とエドガーに一礼すると、そそくさと来た道を引き返していった。

嵐のように現れ、嵐のように去っていく王都の権力。

後に残されたのは、追放された令嬢わたしと、この死んだ土地の村長かれだけだった。

再び、あの乾いた風が、二人の間を吹き抜ける。今度は、衛兵たちが立てていた馬鹿げた怒声もなく、風の嗚咽だけが、やけに大きく響いた。

「……さて」

エドガーが、その冷たい瞳を再び私に向けた。

「兵隊様はいなくなりましたが……本気で、ここに住まうとおっしゃるのか? この、何もかもが死に絶えようとしている土地に?」

「ええ、そのつもりよ」

私は、揺るがない視線で彼を見返した。全身は痛むし、腹も空いている。だが、それ以上に、私の中の「畑中みのり」が、この状況を「現場」として認識し始めていた。

エドガーは、ふ、と鼻で笑った。それは、嘲笑というよりも、あまりの現実離れした状況に対する、諦めの乾いた笑いだった。

「……左様ですか。しかし、ファティマ様。あいにくですが、ご覧の通り、この村には貴族様がお遊びになるような場所は、何一つございません」

(……お遊び)

その言葉が、私の中の「畑中みのり」の逆鱗に触れた。

王都の貴族たちが私を「地味」と嘲笑ったのとは、質の違う侮辱。

生きるか死ぬかの現場を知らない者が、現場を踏み荒らすことへの、現場からの、痛切な「拒絶」。

私は、ドレスの裾を掴んでいた手を解き、強く握りしめた。

「……エドガー村長」

「はい」

「私は、遊びに来たのではありません」

「ほう? では、何を?」

「仕事を、しに来ました」

「……仕事、でございますか」

エドガーの目が、さらに冷たくなった。氷の炎が、その奥で揺らぐのが見えた。

「貴族様の『お仕事』とは、我々からなけなしの食料を『徴税』なさることですかな? それとも、この赤土を眺めて『詩』でもお詠みになることですかな?」

痛烈な皮肉。だが、それこそが、彼らが今まで受けてきた仕打ちのすべてなのだろう。

私は、彼の皮肉に、言葉で返すことをやめた。

「……畑を、見せてちょうだい」

「……畑?」

エドガーは、いよいよ怪訝な顔を隠さなくなった。この令嬢は、ついに気が触れたのか、とでも言いたげな視線。

「畑などと呼べる代物ではございませんが。まあ、よろしいでしょう。この土地の『絶望』を、その目でご覧になるのも、また一興かもしれませんな」

エドガーは、そう吐き捨てると、私に背を向け、村のはずれへとゆっくりと歩き出した。その痩せこけた、だが頑なな背中は、これ以上私に何も期待しない、何も期待させないという、最後の砦のようにも見えた。

私は、その背中を、黙って追いかけた。

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